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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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約束の青いベンチ

久しぶりに覗いてみたら未完のままでした。

息が苦しい。肺が破裂しそうだ。


太ももが重い。筋肉が千切れそうだ。


それでも俺は左右のペダルを全身全霊の力でこぎ続ける。

商店街を抜け、街路を縫い、小高い丘を登り、リュウコツ川沿いの遊歩道を疾駆する。

不思議と誰ともすれ違わなかった。

信号機は常に青を灯していた。

追い風が前へ前へと背中を押す。


「自分が間違っていた。俺が悪かった」と猛省するつもりなどさらさらない。

俺は俺の思う最良の楽をしたかっただけだ。

諦めは思考を停止させて、煩わしい面倒を放り出すことができる。

終末思想が染みついた人間の処世術だ。みんなだって怠けたいだろう?


呼吸は絶え絶えで、「きつい、しんどい」と警告する脳も霞がかかってぼうっとしている。

それでも、ペダルをこぐ。

メイに会いたい一心で、無我夢中で。


嵐の晩、メイはどこも通行禁止の経路を迂回して、ぐしょぐしょに濡れながらもフクジュ商店を目指す。

その姿は果てしなく滑稽で、限りなく健気だ。


メイが笑っていない。大きな瞳に光が宿っていない。


「そんな顔するなよ」


急いで駆けつけるから。

どうか笑ってくれ。


青いベンチが見えた。

ブレーキをかけずに、自転車を平野側へ投げだす。

操縦者がいなくなった自転車は不安定にタイヤを転がし、斜面に消えた。

しっとりと湿った芝生を踏みしめて、青いベンチに腰かける。


「待ちくたびれたかな」


俺は呟いて見上げると、桜が少しだけピンクに色づいている。


メイはいなかった。


俺は青いベンチに座ったまま呼吸を整え、額に滲む汗を拭う。


メイがいないのは当然だ。

航宙艦が夕刻離陸する前に、約七万人が一斉にターミナルに押し寄せ搭乗手続きをする。

彼女がすでにL町に到着していないと間に合わない。

最初からわかっていたのに、ヤマ兄の口上に感化されてこの醜態だ。

ださすぎる。

会うよりも、会わないよりも、会う努力をして会えなかったほうが一番辛いじゃないか。


俺はうずくまり、瞼を閉じる。

リュウコツ川のせせらぎが聞こえる。

しばらく、傾聴しているとアスファルトを蹴る音が混じった。

その音はじょじょに自分のほうに迫ってくる。

健康志向の住民がジョギングでも嗜んでいるのだろう。

たんったんっとアスファルトを叩く小気味よいリズムが傍で一際大きく跳ねると、サクサクと芝生を踏む音になった。


荒い息遣いが俺の正面で聞こえる。

引き続き読んで頂けると嬉しく思います。

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