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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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救われてはいけない

早くも投稿を忘れる

両親が搬送された病院へむかうタクシーの中、俺は車窓から流れる景色を眺める。

嵐はとうに過ぎ去り、嫌味なほど清々しい快晴であった。

澄んだ風になびく植物も、大空を羽ばたく鳥たちも皆、活き活きと生を謳歌している。

隣に座る祖父は口を一文字に紡ぎ、じっとフロントガラスを見据えていた。


祖父の対応は迅速かつ冷静であった。俺の通う小学校に欠席を伝えると、すぐにタクシー会社へダイヤルを回す。

祖父は動揺せずにいつもと変わらず毅然としていて、俺の悲しみをいくらか紛らわせてくれた。


しかし、祖父の悲しみは俺よりも深かった。

霊安室に並んで横たわる両親と対面した途端、祖父はむせび泣いた。

「大馬鹿もんめ」と悪態をつきながら、滂沱の涙を流す。

祖父の変貌に圧倒されて俺の悲哀はいき場所を失くした。


俺はいたたまれなくなり、ひんやりと冷たい霊安室を出た。

ほの暗い廊下をとぼとぼ歩いていると木調の長椅子を見つけて、そっと腰かける。


これからのことを考えた。

ぬくぬくとしたこれまでは終わりを告げ、母がこなしてきた家事を習得し、これからは祖父とふたりだけの暮らしがはじまるのだ。


母と父は死んでしまった。

弟か妹になるはずだった生命もあいさつすら交わす前に天国へ引き返してしまった。

祖父もいつかは天寿をまっとうしていなくなる。

そうなれば、俺はもうひとりぼっちだ。ひとりではあの小さい家は広すぎるかもしれない。


「強くならなきゃ」


漠然と誓った。

自分を奮い立たせなければ不安で押し潰されそうだったし、なにより幼いながらに祖父を世話していかなければならないと殊勝な考えを巡らせた。


どうせ人はいなくなる。

強くなって、おわっていく世界を孤高に睥睨して生きていくのだ。


「ジュンちゃん!」


目前に小さな女の子が立っている。

息を切らして、栗色の長い髪は乱れている。

頬が紅潮していて、林檎がふたつ実っているみたいだった。


「メイ、なんでここに? 学校は?」


「先生からジュンちゃんのお父さんとお母さんが亡くなったって聞いて飛び出してきたの」


「だめだよ、そんなことしたら」


俺が首を横に振るとメイも首を横に振った。


「いいの。私が学校へいくのはジュンちゃんに会うためだけだから」


メイは至極当然のごとく言ってのけた。

俺は照れくさくなり俯くと、さっきまで張り詰めていた緊張の糸が解れているのに気がついた。


「帰ってよ」


「えっ?」


「早く帰ってよ」


「なんでそんなひどいこと言うの?」


泣き出しそうなメイの声が決意を鈍らせる。

俺は喉を鳴らして唾を飲みこむ。


「俺は強くなるんだ。料理も洗濯も掃除も覚えて、じいちゃんの世話もする。じいちゃんだっていつまで生きていられるかわからない。そうしたら、俺はひとりで暮らしていかなきゃいけない。強くなってひとりでも淋しくないようになるんだ」


「大丈夫、私もいるよ」


「嘘つき」


「本当だもん。ずっと一緒だよ」


「メイだっていつかは宇宙にいっちゃうじゃないか!」


寂寞とした廊下に俺の悲痛な叫びが響く。


「……お願い帰ってよ。メイがいるとほっとしちゃうんだ。ひとりはやっぱり淋しいって、俺は弱いままだ。もう学校でも話しかけないで――」


突然、唇をなにかが塞ぎ、視界が暗転した。

温もりを感じ、他人の心臓の音がする。


俺はメイに力いっぱい抱きしめられていた。


「ジュンちゃんはそのままでいて。優しくて、弱いジュンちゃんのままでいてほしいの。代わりに私……僕が強くなるから。ずっとジュンちゃんの傍で淋しくならないように守ってあげる」


柔らかい声色と忘れるはずだったぽかぽかとした幸福感に身体の芯が抜けてしまった。

俺は堪え切れずに述懐する。


「父さんと母さんが死んだんだ」


「うん」


「大好きだったのに」


「うん、そうだね」


俺はメイの小さな胸に頭を預けたまま、声を上げて泣いた。



大雨はなおも勢いを増す。

学習机にぽたぽたと滴が垂れる。

雨漏りかと天井を見上げるけれど、あらゆる物体が水中で瞼を開いているみたいに歪んでしまって判別できない。


「なんだ」


俺は苦笑した。


「雨漏りしているのは俺か」

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