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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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真相心理

牛歩戦術をご存知だろうか。


国会による採決を故意に遅延させる妨害行為であるらしい。

記名投票の折、制限のある投票時間が過ぎて議題の可決を先延ばしにするのを狙い、投票箱までの列に紛れた対抗勢力が牛のような緩慢な歩みで他の議員を阻むのだ。


国家を背負う政治家にしてはいささか卑劣で幼稚な戦術であるけれど、俺は先人たちの悪知恵を拝借することにした。


なにも焦ってメイと睦言を交わす必要はないのだ。

急いては事を仕損じると有名なことわざもある。


まず、解決すべきはフクジュ商店でヤマ兄の演説に賛同した学生たちの横槍だ。

茶々を入れられて強制告白タイムの突入は俄然避けたい。

牛歩戦術を強行し、できるだけ登校を延ばして、学生たちのやじうま恋愛熱を冷ます。

彼らの興味を削いでから、落ち着いてメイとの軋轢を修復するのが賢明である。


我、玉砕ハセズニ、平穏ヲ欲ス。



翌朝、遂行された牛歩戦術は熾烈を極めた。

天候は芳しくなく、小雨が降っている。天気予報では今晩、嵐になるらしい。

暇を持て余す俺は雨宿りと称してバス停の待合所で文庫本を読み、自販機で温かいミルクティーを購入して暖をとらなければならかった。


やっと校門に到着すると時刻は正午を過ぎていた。

四限終了の五分前、昼休み目前だ。

校内は耳が痛むぐらい森閑としている。

地球が滅亡したら、こんな静寂が永遠に訪れるのだろうと思った。


終業のチャイムが鳴ると、地球は息を吹き返し、がやがやと賑やかになる。

自分の教室がある三階まで階段を一段、一段登ると胸の鼓動も呼応して高まっていく。

早々に教室の前に着く。俺は気合を入れて踏みこんだ。


室内は生徒グループが群島のように散り散りで昼食を取っていた。

俺はなるべく存在感を薄くして、自分の席に鞄を置いた。

椅子に座る前にメイの席をちらりと窺ったけれど、彼女はいない。

俺という避難先が不在なので、屋上にでも代役を頼んだのだろう。


拍子抜けではある。

しかし、屋上でぷるぷる震えながら孤独に弁当を食べるメイを想像すると忍びない。

早く見つけてやらねば。


俺は席に腰かけ、鞄のジップを開いて弁当を取り出そうとごそごそやっていると、男子生徒が近寄ってきた。


「この度はご愁傷さまで」


やけに馴れ馴れしい男子生徒はそうお悔やみを申すと俺を憐れむ表情で、目前の椅子にどっかりと座った。

日焼けして茶けた肌から覗く歯がやたら白くて、浮かび上がって見える。


「たしかに、うちのじじいは黄泉路をフルスロットルで爆走中だが、まだ故人じゃないぞ」


俺は訝しげに眉を寄せた。

男子生徒はへらへらとした笑みで「違う、違う」と手のひらを振り、前のめりで俺に迫った。


「トキワのことだよ、トキワメイのこと。隠さなくたっていい。遅刻したのはあいつとこっそり逢引して

きたんだろ? 担任もやむなしって感じだったぜ」


「お前はなにを言っているんだ?」


俺は嬉々として喋る男子生徒を睨む。

彼は笑みを硬直させたまま、後ろにぬけぞった。


「そんなキレんなって。トキワはアフターエフェクト適正者なんだからしょうがねえじゃん。凡人と天才が織りなすラブストーリーの結末は今生の別れが筋書きなんだからよ」


「まず順序を整理してくれ。なにがなんだかさっぱりだ」


この男子生徒の止まない妄言に、俺は頭痛がしてきた。

男子生徒は目を白黒させてから、会話の辻褄があわないことに合点がいった顔をした。


「ジュン、まじで知らされてないのか?」


「もったいぶるな。俺には大切な用があるんだ」


俺は腕を突っこんでいた鞄から弁当を取り出す。


「トキワ、地球発つってよ」


一瞬、森羅万象の動きが止まった。


「……そうか」


「そうかって。L町湖上造艦基地から明日出航する航宙艦の搭乗要請がトキワに下ったんだぞ。今朝、準備があるから欠席するって連絡があったんだと」


俺の身体からみるみる力が奪われていく。

驚きも、動揺もしていない。


本当はわかっていた。

なぜ担任がメイを連行したのか、なぜメイの態度が急変したのか、全部わかっていた。


知りたくなかったのだ。だから、メイに自白を強要する勇気が湧かなかった。

わかりきった事実に耳を塞いだ。どこまでいっても俺ははっきりさせるのを恐れる臆病者だ。


俺が脱力して黙っていると、男子生徒は困ったように短髪の頭頂部をぼりぼりかいた。


「ま、まあ、失恋は新しい恋で埋めるしかねーべ。ほら、あいつ」


男子生徒は前方の黒板に近い女子グループを指さす。

俺は彼の指さす方向をぼんやり見やると、黒い長髪を携えた女子生徒と目が合った。


「ずっとジュンが好きなんで有名だぜ。凡人は凡人同士で幸せになるっきゃねーのさ」


女子生徒がついっと恥ずかしそうに顔をそむけるとグループ内はひそひそと賑わう。

俺は胡乱な瞳で男子生徒に視線を戻した。


「誰だ? あいつ」


「おいおい、小、中、高と同じ学校だったのに名前すら覚えてないのかよ。ジュンはトキワしか眼中になかったのか」


男子生徒は呆れたように言うと、しばらく沈黙して唇をひきつらせた。


「もしかして、俺の名前も覚えてない?」


俺はどうでもよく頷いた。

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