夢だけど夢じゃなかった
投稿するのをつい忘れてしまう。
その晩はなかなか寝つけなかった。
ヤマ兄の「それは一等残酷な行為だ」という苦言が俺を陰鬱とさせた。
振り払うために寝返りをうつと、ヤマ兄の「メイちゃんを好きだと抱きしめてやれ!」という助言が俺を悶々とさせる。
眠ろう、眠ろうと努めるほど脳は活発になり、睡眠を許さない。
刻々と夜は深まり、虫の音も聞こえなくなったころ、俺はやっと微睡みはじめ、夢を見た。
あの、四月にメイと見た雪の夢だった。
満開の桜の木の下で俺とメイは青いベンチの前で対峙している。
桃色の花弁がひらひらと舞い、リュウコツ川は夕陽に照らされ、オレンジジュースが流れているみたいだ。
俺たちは黒い球体をふたりで支え持ち、なにやら囁きあっているけれど、映像に音声はない。
俺の心情は秋晴れの空みたいに爽やかに澄み渡り、満ち足りた気分でいる。
桜が一斉に散る。
刹那、純白の雪がこんこんと降りはじめた。
やはり、ここで俺の意識は薄れ、視界がかすんでいく。
と思いきや、突如、耳鳴りがして、船酔いみたいな目眩がする。
滲んだ視界が正常に回復すると、場面は一転していた。
そこは鉄塔が群生する新緑樹のように乱立する平野だった。
まばゆい朝焼けに照らされた鉄塔はいくつもの長い影を地表に下ろす。
その鉄骨の間を、俺は大股で足早に進んでいる。
「どうして、天才になんて生まれてしまったの?」
俺に手を引かれるメイが悲痛に嘆く。
「どうして、みんな、放っておいてくれないの?」
メイは嗚咽を漏らして泣きじゃくり、子供の運命を強制する大人たちへ呪詛の言葉を吐く。
俺たち子どもは大人よりも自由でありながら、大人よりも選択肢がない。
理不尽から抵抗しうるには、あまりに無力で、浅はかで、どこへ逃げても、そこは大人が誂えた狭い檻の中だ。
ふと立ち止まった俺は、朝に馴染みつつある淡い水色の空を見上げる。
「メイ、見てごらん」
俺に促さて空を仰いだメイは目を見開いて、ぽかんと口を開けた。
「きれい……」
空一面は光輝く粒子が無数に降り注いでいる。
粒子は落下に呼応して、雪のように白く、桜のようにピンクに、次々と色を変化させていく。
「万物を創造する希望の種さ。物質、現象、あらゆるすべてが、このカンナ粒子で構成されているんだ」
「私たちも?」
「もちろん」
メイは粒子に触れようと指先を伸ばす。
「世界は光でできているのね」
「ああ。だから――」
俺は首を屈めて、メイと視線を交わらせる。
「世界のおわりは暗黒なんかじゃない」
心をこめて、力強く言う。
メイの潤んだ大きな瞳に自分の顔が映り、まるで俺が俺を励ましているみたいだった。
俺の腋に抱えられた黒い球体がメロディがかった高周波を発すると、鉄塔の影が急激な速度で右回りに動き出す。
そして、カンナ粒子の光が一切合切を包む。
夢だけど、夢じゃない。
なぜか、そんな気がした。