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若者たちのすべて  作者: 藤沢悠
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不一致と日常

俺は四月に雪が降ったことをよく思い出す。


外気はまだ肌寒くて、夕陽が辺り一面を橙色に染めていた。

雄大なリュウコツ川は滔々と流れ、小高い丘に整備された遊歩道には満開に咲き誇った桜並木がずらりと植えられている。

絢爛な桜花は夕陽に照らされてまるで燃えているみたいだ。


俺とメイは桜の木の下にある青いベンチの前で対峙している。

俺は群青色のマフラーに首をうずめて、メイは頬を紅潮させて、ボーリング球ほどの黒い球体を支え持つ。

ふたりは何事かしゃべっているけれど、記憶の映像に音声はない。

目前で唇を動かすメイは泣いているのか、笑っているのかよくわからない表情をしている。

リュウコツ川を跨いで、遠くに連なる山脈の谷間から巨大移民航宙艦がゆっくりと姿を現し、宇宙を目指して推進していく。


会話が途切れたと思うと、桜の花弁が一斉に散りはじめ、俺たちを覆い隠すほどの無数の花びらが空へ舞い上がった。

満足げな俺たちは瞼をとじる。

鼻先に冷たい感触がして、薄目をひらくと、ひらひらと雪の粒が落ちてきた。

吐く息が白い蒸気になって、世界に溶けていく。

雪は深々と降り続け、俺の意識はうっすらと遠のいていく。



「そんな事実はございません」


放課後、俺がメイと一緒に眺めた四月の雪の話をすると、彼女はあきれたように言った。


「そんなはずはない。俺ははっきり憶えているぞ」


食い下がる俺にメイは嘆息して、やれやれと首を振る。


「この町で四月に雪が降ったことはあるだろうけれど、僕はお目にかかっていないね。

桜が一斉に散るなんて怪現象に立ち会った体験もない。

それに、群青色のマフラーは去年の冬に僕があげたものだよ。お忘れかな?」


メイにじとりと睨まれ、俺は咄嗟に視線を外す。


「わ、忘れるわけないだろう。

去年、俺の誕生日にメイがプレゼントしてくれたよな。

いやあ、これ一本で寒さなんて吹き飛ぶよ。

温かいじゃ足りない。あたたたたかいぐらい温かいよ」


「たたた、うるさい!」


メイにきっぱりと一蹴され、俺は冷や汗をかきながら笑って誤魔化した。


「下校の時間です。まだ残っている生徒は速やかに帰宅してください」


タイミングよく下校のアナウンスが入った。

教室を見渡すと残っている生徒は俺とメイだけだった。

メイは掛け時計を確認して機嫌悪く立ち上がる。


「もう、ジュンちゃんのくっだらない夢を聞いてたらこんな時間になっちゃったじゃん。

知ってる? 女性の九十パーセントが男性の夢の話しに不快感を抱くんだよ」


「ソースを出せ。てか、それ夢の意味が違うぞ」


追いすがろうとするも、メイはスカートをひるがえし、すでに学生鞄のショルダーを肩にかけている。


「ほら、もう帰るよ。先生に叱られるの、僕、嫌だからね」


メイに促され、俺は渋々立ち上がり、群青色のマフラーを首に巻く。

窓から差しこむ斜陽はがらんとした教室内を照らす。

その光景にまた、四月に降った雪の情景がフラッシュバックする。やはり、夢だったのだろうか。


「ジュンちゃん!」


はっと我に返ると、メイは心配そうに俺の顔を覗きこんでいた。

メイとの距離は彼女の白い肌に浮かぶそばかすを視認できるほど近い。

常に潤んだ大きな瞳に俺が映っている。なんだかいい匂いもする。

俺は気恥ずかしくなってしまい、のけぞって頬をかいた。


「すまん。ちょっと思索に耽っていた」


「いい加減になさい!」


メイはぷりぷり頬を膨らませて、俺の腕を引っ張り、ぐいぐい進む。

彼女の後頭部は栗色のショートヘアがふわふわと踊る。


「ちょっちょっ」


俺は慌てて机の上にある鞄をつかんだ。


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