叫歌
お久しぶりです。
メインはこっちでは無いんですが、息抜きに書いて見たら思いの外筆が進んだので更新しました。
あの後、道中舞花の同級生に遭遇するというハプニングが起こったりしたが、なんとか無事に帰宅した。
舞花も俺も昼食がまだだったので先程冷蔵庫の中のもので適当に作って済ませ、現在時刻は午後五時半。
俺は自室でぐったりしていた。
「はぁ、疲れた……」
呻くように呟く。
冗談抜きで今日は疲れた。あの転校生の所為で、いつもより5倍増しで息苦しかった。
これからもあの転校生がとなりに居るのかと思うと、もうそれだけでストレスを感じる。
教室の空気読まずに話しかけてくるわ逃避先の生徒会室まで乗り込んでくるわ、かと思えば友達になろうとか言い出してくるわで、不良に絡まれる方がまだ楽だった。
「もう鞄とかどうでもいいから明日から引きこもるか」
今ならあの完璧主義生徒会長こと哀原奏からも許可が貰えることだろう。それこそあの転校生と無用な因縁を作らないように。
もちろんその際には転校生がこちらへの興味を失くすまで、という条件が付いてくるのだろうけど。
とはいえ、それも案外悪い話ではないかもしれない。
そもそも俺には学校へ行く義務はあってもそこに意思と利益はない。あの契約が無ければすぐにでも不登校を決め込んでいるところだ。
「明日、言うだけ言ってみるか」
哀原の許しが出たならばあの理事長も納得してくれるだろうし、試して見るだけ価値はあるはずだ。
と、枕に顔を埋めながら一人馬鹿みたいなテンションで盛り上がっていると、突如部屋の扉が勢いよく開かれる。
「お兄ちゃんお兄ちゃん!大変だよ!」
のっそり頭を枕から持ち上げとそちらを向くと、そこにはスマホを掲げる舞花の姿があった。
息が荒く、どこか興奮しているのが見て取れる。
「何かあったのか?」
「あったよ!大アリ!ウチの近くで『叫歌』が演奏やるんだって!」
「……んぅー?」
勢いよくまくし立てる舞花。その尋常ならざる様子からよっぽどの事でも起きたのだろうと身構えていたが、その内容はよく分からないものだった。
お陰でいまいちピンと来ず、なんとも気の抜けた返事になる。
「溶けてる場合じゃないよ!
あの叫歌が来てるんだよ!?」
「あの、って言われてもなぁ……いや知ってはいるんだけど」
体を起こし、ため息をつく。
叫歌。
一年程前からとある動画投稿サイトに彗星の如く現れ、瞬く間にブレイクしたバンドグループだ。先月事務所入りし、発売された初アルバムは若年層を中心に凄まじいまでの人気を誇っている。
流行の曲といった話に疎い俺でも名前は知っている程には有名なグループだ。
確かに音楽好きの舞花にとっては興奮ものの話だろう。
「ねっねっ今すぐ見に行こーよ! 市民会館前の広場ででやるんだって! 生だよ生!」
「えー……」
目を輝かせてSNSを見せびらかしている舞花には悪いが、さっきも述べたように俺はそういった話に疎い。
言い換えれば、興味がないのだ。
「俺より友達とか誘って行った方が良いんじゃないか?」
「今から都合なんか確認してたら演奏終わっちゃうでしょ?」
「ああ、それは確かに」
なら一人で行けば良いのに、とは言わない。
というのも舞花が誰も連れずに一人で道端を歩いていると必ずと言っていいほど男に絡まれるのだ。
必ず、だ。お陰で近くのコンビニへ行くのでさえ一苦労。
なんともラノベのヒロインみたいな話だが、実際舞花はそのくらい容姿が良い。最早異常と言って良い程に。
それ故か、友人と約束した時以外では滅多に外出しないし、どうしても個人的な用事で出かけたい時は俺が同伴し男避けとなっている。
ちなみにだが、登下校では舞花に惚れている同級生のイケメンくんとその取り巻きが家まで送り迎えしてくれている。その取り巻きには舞花の女友達も居るので安心だ。
しかし今回に限っては彼らをアテにする事は出来ないらしい。
「ね、行こ?」
言いながら、舞花は膝の上にちょこんと座り、覗き込むようにこちらを見上げてくる。
……出たよお得意必中必殺。
可愛い妹を持つ兄というのは総じて妹からの上目遣いに弱い。ソースは俺、というか他に情報源となるような知り合いが俺には居ない。
要するに、上目遣いをされては俺に断るという選択肢はない。しかも今回は服の端を掴むというコンボ付き。
「…………分かった」
渋々、というよりは仕方ない、といった感じで頷き、俺は外出の準備に取り掛かるのだった。
◇
「お出かけだー♪お出かけだー♪
お兄ちゃんと一緒にお出かけだー♫」
隣を歩きながら、舞花が独自に作った歌を口ずさむ。
歩調も妙に弾んでいて、表情は曇り一つない満面の笑顔。
見るからに機嫌が良い。
「随分とご機嫌だな。そんなにそのバンドグループが好きなのか?」
「それもあるけど、お兄ちゃんと二人でどこか行くなんて久しぶりだから」
「そうだったかな。けど、その分友達と遊べただろ?」
確かに最近はバイトやらであまり構ってやる事が出来なかったが、むしろそのお陰で舞花には多くの友人が出来た。寂しい思いはさせていないはず。
「それはそうなんだけど、そういう事じゃなくてさ?」
「……???じゃあどういう事だ?」
「さあ、ね。少なくとも今はまだ言えないかな」
口の前に指を立てて、可愛らしくウィンクを決めてみせる舞花。これであざといと思えないのは本当に凄いと思う。
ともあれ、この反応ではきっと何度聞いても無駄だろう。
曖昧に頷いて話を有耶無耶に打ち切るのだった。
そんな風にダベりながら歩いて行く。そしてやがて会館の近くまで来た頃、ふとざわめきが聞こえてきた。ちょうど会館の方からだ。その音を辿って行くと、やがて演奏が行われるという広場に行き当たる。
そこでは、見渡す限りの人波が広がっていた。
「わぁ……」
舞花の方より驚きの声が上がる。
俺たちの住む町は人口こそあるものの、賑わうことが滅多にない。あまり催し物が開かれないというのもそれに拍車を掛けている。
つまり、このような大勢の人が他の町からも集まって来ているような光景は珍しいのだ。かれこれ十年この町に居ても初めて見ると言うほどに。
「すごい人だな」
「ねー。ちょっとお祭りみたい。このワクワクする感じ」
「ああ、言われてみればそんな感じの雰囲気だな」
この陽気な色合いが特に強い喧騒は非日常的な実感を掻き立て、心もついつい弾んでしまう。
お祭りという表現はなんとも的を得ていた。
「けど、これだけ人が多いとはぐれちゃいそうだね。
手、繋いでもらって良い?」
言いながら、舞花はこちらへ手を伸ばし照れ臭そうにはにかむ。その申し出に、しばし考える。
公衆の面前で手を繋ぐ、というのは少し気恥ずかしい。が、もしはぐれて舞花に何かあっても行けない。
「……わかった、別に良いーーーー」
「マイちゃーん!」
笑顔で頷き応じようとして、しかしその寸前で手を引っ込める。
二人して声のした方を見ると、一人の少女が大きく手を振りながら、こちらへ小走りで向かってきていた。
「あー……夜宵ちゃん」
舞花がポツリと呟く。
その名前に俺は聞き覚えがあった。確か舞花が学校などでいつも行動を共にしている友達だ。
なんという偶然、という程でもないか。家の近所で、しかもこんなに人が来ているのだから、知り合いと一人二人すれ違ってもなんら不思議はない。
それが顔の広い舞花となれば、むしろ誰とも出会わないなんて事の方が珍しいだろう。
「行って来い」
「……うん。帰る時は連絡するね」
「分かった」
短くそう告げると、こちらも静かにその場を後にした。
別れ際、視界の端に映った舞花の後ろ姿が、どこか弱々しく見えた気がした。
ファンタジーの方も出来るだけ早く修正&更新します。