転校生からは逃げられない
久しぶりの更新です。
哀原に屋上から追い出された俺はあの後、ゆったりと、非常に重たい足取りで教室まで戻って来ていた。
教室の様子は相変わらずで、俺の席の隣には物凄い数の人が密集して蠢いている。虫みたいで軽くキモい。思わずスズメバチに群がるミツバチを連想した。
しかもあの人間のカタマリ、俺の席まで飲み込んでやがる。
あれを掻い潜って席に戻るなど、もちろん真性のボッチである俺に出来る訳もない。
仕方なく、休み時間が終わるまで人目のない隅で時間を潰す。
しかしチャイムが鳴り、担任が教室に入って来てもアレが解散する事はなかった。
だが、ここで担任、切り札を使う。
「数学の時間だが、席替えをしようと思う」
その一言に、教室中の人間、特に男子が素早く反応した。
あっという間に人間の塊が弾け、蜘蛛の子を散らすように着席して行く。やっぱりキモい。
その教室中の動きに紛れて、俺はこっそりと自分の席へ着席する。クラス全体で動く中自らを空気としつつ空気を読むなどお手の物。
これがボッチの嗜みなのだ。
「あれ? いつの間に」
隣の転校生もこのスキルを破る事は叶わなかったようで、突然現れたようにも見える俺に驚きを隠せずにいた。
寝たフリを決め込んで無視したが。
それにしても、席替えとはこちらとしても喜ばしい。
担任にしては珍しくナイスだ。
今までならばこの特等席を離れるなど絶対にゴメンだったが、その特等席そのものが針の筵と化した今、席替えは、さながら天から垂れる蜘蛛の糸。もう一番前の席で良いからこの転校生と一刻も早く距離を取りたい。
そうする事で休み時間に睡眠という平穏が約束されるのだ。
幸い俺の運は席替えにおいてのみ百戦百勝を誇る。
正確には五戦五勝だが、どっちにしろ100%だ。
そんな訳で、謎の自信が生まれていた。
そもそも普通に考えてこのクラスの人数は三十六人。
つまり特定の誰かが隣になる可能性など両隣を想定して単純計算で35分の2。端っこの席になる可能性を含めて考えればなんと105分の4。
これを百分率換算をすると5%もない訳で、つまりこんなの最早なにを警戒するまでもなく俺の一人勝ーーー
「また隣だね。よろしく」
「……うん。よろしく……」
何故。
何故だ。
何故なんだ。
くじ引きの結果、俺の席はやはり作為があるのか窓際最後列。
これには内心ガッツポーズをしたものだが、その隣に着席してきた人物を見て、内心そのまま膝をついた。
なんで、何故、どうしてお前が隣なんだ。転校生……!
これならば明からさまに俺を嫌う連中の方がマシだ。
というか二人とも場所変わってねえじゃねえか。前に人が来た分むしろ悪化しかしてない。
「在織くん、だよね?珍しい苗字だから覚えちゃった」
「……よく言われるよ」
嘘だが。
そんな事を言ってくるような知り合いがそもそも居ないが。というかいつの間に俺の名前を知った。
そんな俺の心境にも構う事なく、初めて会話らしい会話が成立したことに明るい笑顔を弾けさせる転校生。
この笑みに既に何人もの男が骨抜きにされているのだろう。まるで天使のような、眩しい笑顔だった。
まあ、今この状況で俺に対しては煩わしさを感じさせる程度の効果しかないが。
それにしても、ああ、視線が痛いなあ。
ちなみに転校生の右、つまり俺じゃない方の隣は先程前方にあった不登校の奴の席だった。
したがって転校生の隣は今俺が独占中。
「チッ」
「なんであいつが」
一部から敵意が向けられるのをひしひしと感じる。
というか担任よ、お前まで俺を睨むな。元はと言えばクジに細工しなかったお前の所為だろうが。
……なんて、責任転嫁甚だしい事を考えながら、内心の意気消沈を表すように項垂れていると、そのまま意識は微睡んでいった。
「あっ……寝ちゃった?色々と話したかったのにな……。
むう、残念」
隣からそんな声が聞こえた気がするが、知らない。
「というか授業中なのに寝てて大丈夫なのかな。
コレ、起こした方が良いのでは?
うーん……あ、授業始まっちゃった」
……知らないったら知らない。
哀原との契約、今から変更出来ねえかなあ……。
もう奴隷になって良いから授業サボらせて欲しい。
◇
拝啓、生徒会長様。
秋晴の侯、貴女様におかれましては、お忙しい中でも爽やかな季節を満喫なさっているのではないでしょうか。
さて、ところで最近、私の隣が大変喧しゅうございます。
というのも本日なんとお隣に転校生がいらっしゃいました。
クラスの方々は彼女に親切にも私めの余計な情報など、様々な事を楽しくご談笑されていらっしゃいます。
そこで先程のお話についてなのですが、あの席で授業受けるとかもう無理だからあの要求なんとかしやがれください。
追記
そろそろあの担任ホントになんとかしろ。
「……一体君は授業中に何を書いているんだい?」
「いやもうホントあの担任授業下手だわ。
公式を暗記しろとか、それならそんなのもう教師の存在意義ねえだろ……」
「ボクは真面目に授業を受けろと言ったはずだが?」
愚痴る俺に呆れたような視線を向ける哀原。
ちなみに今居るこの場所は生徒会室。
我が妹様が日々放課後などの時間に庶務として事務作業をこなしている部屋である。
「受けたさ。ちゃんと、可能な限り、自分の思う中で最も自分の為に能力にそして授業が素晴らしいものになるよう高い意識を持って取り組んだ」
「なら『コレ』はどういうことかな?」
机に置かれたルーズリーフを指差しこちらを睨む哀原。
手紙風に書いた懇願はどうやらお気に召さなかったらしい。
「やはり舞花には伝えておいた方が良いのかもしれないな。
お前の兄はどうしようもない変態だと」
「生憎だが、ソレを書いたという事実と授業を真面目に受けたという事実は決して背反しない。
たしかにソレは授業中に書いたものだが、問題演習の時に余った時間を利用したものであって、授業を疎かにして書いた訳じゃない。
したがって俺は真面目に授業を受けた!QED!」
「なんで背理法?というか証明は完了してないだろう。
ただキミが真面目だった可能性が現れたというだけで」
「じゃあ、疑うのか?
生徒会長であるはずのお前が、生徒の一人である俺を?
それはそれは随分と面白い冗談だ」
「度し難いノリを急に展開するな。返事が面倒だ。
……はあ、もういい分かった。
それでその転校生って、そんなに人気なのかい?
確か、『天衣 鳴』……だったかな?」
「そうだった。それを話しに来たんだった。
というかそんな名前だったんだ」
やっと本題に入った。
こいつとしてはこっちの話の方がついでなんだろうが。
それにしても流石は化け物生徒会長。
他クラスの転校生の名前をもう覚えている。
全学年の生徒の名前を覚えていると聞いた後だともう驚かないがな。ちなみに最初にそれを聞いた時はちょっと引いた。
「逆にキミが覚えていないのはどうなんだ。と、言わせて欲しい。で、どんな感じ?」
「人気かどうかで言えば、そりゃ人気も人気。大人気さ。
白髪紅眼と目を引く見た目に加えて美少女と来てる。
そんな美少女転校生の隣になってしまった俺はヘイトやら騒がしさやらで、もう夜道が怖いレベル」
「……隣?」
「あ?だからさっきから言ってるだろうが。
しかもその反対側が八原だから独占状態」
「なんだと?」
ちなみに八原とは席替えの前は俺の前の席だった生徒だ。
そう。不登校の奴。
その所為で転校生の注意やら嫉妬やらが分散することなくこっちに集中して、死にそう。
顔も知らぬ八原君に呪詛を吐いていると、哀原は唐突にボソリと呟いた。
「……存織、先程の話はなかった事にしていいぞ。
会長権限で休み時間の屋上滞在も認めよう」
「え?」
「だから、授業をサボっても許そうと言っているんだ」
「……ハア?」
突然どうした。
いや、願ったり叶ったりではあるんだが、頷くにはあまりにも不可解というか、いつもいつも真面目を強制してくるこいつがこんな事を言うなんてあり得ない。
UFOを見たと言われた方がまだ信じられる。
もしかして状況の深刻さが伝わったのだろうか。
「なんなら生徒会室も開けておいてやろう。
だから、教室には戻らなくていい」
「本当にどうしたんだよお前。
何か変なものでも食ったのか?……いや、お前を害せる毒が想像出来ねえな」
「失礼な。ボクだってちゃんと人間だぞ?
毒キノコ御三家をフルコースでもらった時は流石に体調を崩した」
「そもそも人間はドクツルタケだけで死ねるんだよ。
それ以前にンなモン食うことになった経緯が気になるわ」
「盛られたに決まってるだろう。それ以上は聞かないでくれ。
あの企業絶対に許さん」
涙目で話す哀原に、絶句しかできなかった。思いの外スケールがでかい。
「と、話が脱線したね。とにかくその転校生に関わらないようにしてくれ。
変に学校の風紀を乱されると面倒だ」
「ああ、そういうこと」
つまり問題事を起こすな、と。
関わり合いになりたくない、普通に嫌い、死ね、などなど、悪評では右に出る者がいないこの俺が、ただでさえ目立つあの転校生の隣の席に居る。
この事実はクラス中の人間にとって面白くないだろう。
もちろんこちらも意図した訳ではないし、むしろ迷惑さえ感じているのだが、そんな事はきっと彼らにとって関係ない。証拠に見たかよあの前の席の奴の顔。
コミュ障に殺意丸出しで睨みつけてくんなっての。
せっかくこの前ドヤ顔の諭吉たっぷり献上したのにまた放課後に呼び出しくらったし。
哀原が言いたいのはそう言った馬鹿どもが面倒事を起こさないように教室へ行くなという事だろう。
なんか俺って居るだけで腹立つらしいし。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて……」
「失礼します」
願っても無い提案に快く頷こうとしたその瞬間、ガラリと生徒会室の扉が開く。
俺たちは思わず揃ってそちらを振り向き、その人物に視線を浴びせる。
そしてその人物を確認すると、揃って顔を痙攣らせた。
「あれ? 在織くん?」
噂をすれば影がさす。とはよく言ったものだ。
入り口に立っていたのはまさしく噂の張本人。
白い髪に赤い目と校内では見間違えようもないその容貌に、どこまでも通りそうな凛とした声。
そして何より、俺をそんな、まるでふつうのクラスメイトのように呼んでいる。
そんな奴、考えるまでもなくーー
ーー転校生、『天衣鳴』その人だった。
「担任は席替えをした」
「しかし何も起こらなかった!」
「在織にクラス中の視線が突き刺さる。
在織に287のダメージ!」
「生徒会室に逃げ込んだ!」
「しかし追い詰められてしまった!」
天衣「知らなかったのか?転校生からは逃げられない」
相変わらず不定期です。
そもそも読んでる人居るのか知りませんが、気が向いたら投稿しますのでふと思い出した時に見て頂ければ、と。