第0話 プロローグ
前の作品を書き換えるつもりが完全別作品になってしまいました(^_^;)
--地獄だった。
灰色。地上から空まで全て灰色一色。そんな世界にただ1人。
辺り一面に広がる瓦礫の山。絶え間なく立ち込める黒煙。三原色などという概念はもはや記憶の中にしかないほどだった。
唯一灰色以外の色があるとすれば、それは瓦礫から垣間見える腕、脚、頭。そして、少し前にそこから噴き出し、今も残る血痕の「赤」くらいだ。
まさに、"目に映るもの全てが痛々しくて禍々しい"。そんな表現にぴったりの状況だ。
そんなことが分かる日が来るとは。いや、来てはいけなかったんだ。
こんなことになってからは発狂と絶望の繰り返しだったが、今やもうそんなこともなくなって死体も見慣れてしまった。
こんなことが現実だとは信じたくなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。なんで自分だけ、それも無傷で生き残っているんだろう。
自問自答を繰り返し続けるも、未だなんの意味も成果も得られることはなかった。
とにかく自分だけが生き残った、そしてそれ以外が消えた事実だけは揺るぐことはなかった。
意味があるわけでもなく、ひたすら歩き続けた。
一瞬で死の世界と化したこの街をただひたすらに歩き続けた。
初めは戸惑うままに彷徨い続けた。考えることなんてできるわけがない。
いや、考えることはできたのかもしれない。ただ、そうすることで、この現実から逃げようとしていたのだろう。
どれだけ歩いたかなんてもはやわからないほどだった。
だが、
…あれっ?
正面に向いていた視界は突然真下にそのままスライドし、膝には僅かな痛みと衝撃が同時に走った。
下を向いてみる。
気づけば脚は限界を迎えていた。もはや脚にほぼ感覚はなく、痺れと疲労感を残して地面に張り付いていた。
それに気付いて間もなく、目の前の地面に一滴の水が滴った。しばらくするともう一滴。また一滴。
間隔を置いて落ちてくる水滴に、目の前の瓦礫はところどころが黒く変わった。
…雨?
あぁ、そうか考えないようにしていたんだ。
無意識に歩くことで、この気持ちを抑え込んでいた。だけど、もう動けなくなった今、それは抑制も効くことはなかった。
視界は徐々に曇る。それと同時に込み上げてくる感情と言葉はもう歯止めは効かず、溢れ出した。
「何が起きたんだよ…なんでなんだよ…なんで俺だけこんな中で生きて行かなくちゃ行けないんだよ…」
昼間ながら異常に薄暗い空にただ本音を吐き出し、泣き叫んだ。
--一瞬だった。
事故が起きたわけでもなく、災害が起きたわけでもなかった。瞬きのただ一瞬で、目の前が死の世界となっていた現実。自分以外の何もかもがその瞬間に崩壊した。いや、正しくは崩壊していた。
それを容易に受け止めるなど、誰にできるものか。いや、できてたまるか。
普通はこんな状態に陥ることなんてないのだから。
だがいつまでもこうしているわけにはいかないだろう。それこそ死んで行った人たちに失礼というものだ。
生き残っている人もいるかもしれない。見つかれば何かわかるかもしれない。
確証は勿論なかった。だけど、いつまでも絶望に浸る自分に腹が立った。
「よし!」
頬を両手で思い切り叩き、涙を腕で拭い取った。しばらく地面に這いつくばったままだった脚へもついでに一喝。そして立ち上がった。
刹那
灰色に埋め尽くされた空から目の前に一筋の光が差しこむ。
闇に閉ざされたこの世界に、日の光などいつぶりだろう。
それは久しく見たからかはわからない。だが、一筋しかないそれは、何故か神々しさというものすら感じるほどだった。
しかし、何かがおかしい。辺りを見渡すが、依然灰色一色の景色。光は目の前にある。
だが、光の差す一点から光は漏れ出すことなく、地面に差す光はただくっきりとした円を描いていた。
しかし、おかしいというのはこれだけじゃない。何故か分からないが、本能的に思った。そうして目の前の光をまじまじと観察する。すると、
…え?…
--それは光などではなかった。
その道筋からは瓦礫や黒煙、つまりこの災禍の産物は何もかも消え、その一筋の中に見えるものは舗装された道、透き通った空気、そしていつ以来かの澄んだ青空だった。
それは懐かしくあたたかい。
目前にあるものはまさに"過去の景色"だった。
・・・あぁ…
無意識のうちに手を伸ばしていた。突然消えたこの光景が一部でも帰って来た。
長らく無と最悪に閉ざされたこの世界に取り戻された、唯一の輝き。
伸びた手は間もなく過去の光景に触れた。
・・・それは一瞬のことだった。
「ッ!?」
指先が触れるや否や全身に強い電撃が走る。
視界は波紋が広がる様に次第に黒く。それに連れて意識も徐々に薄れていく。思った通り、それはただの光ではなかった。
いつしか目の前は真っ暗になり、それを認識して間も無く、完全に意識は消失した。
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…あれからどれくらい経っただろうか。気づけば黒い空間をひたすらに意識は彷徨っていた。
音もない。光もない。
どこへ向かっても暗いまま。景色は変わらない。「俺は死んだのだろうか」なんて絶望さえも覚えるほどだった。
そこに「歩く」などという行動はもはや存在しなかった。ただただ本能の赴くまま、「浮遊」している様な感覚だったが、もはやそれも慣れた頃合いだ。
そんなとき、
--……よ…
それは突然のことだった。
暗黒の世界に閉ざされて数時間、音という概念すらも存在しなかったこの世界に、微かな音が聞こえた気がした。
--…よ…其方に……ならば…
耳を澄ます。
--特異…る…も…よ…其方に…意思が…ならば…
それは確かに何かの「声」だった。
それはあまりにも微かで今にも消えかかりそうな、だけど間違いなく、何者かが自分に対して向けている言葉であることは感じ取れた。
なんでそんなことがわかるのかは分からなかった。ただ、音のなかった世界に声が聞こえた。それだけのこと。脱出する道もないなら、そこへ向かう以外すべきことなんてないだろう。
声の聞こえる方へ、耳を澄まし進み始めた。足音すらも存在しない暗闇の世界に1人、全神経を集中させ、耳から入る情報だけを頼りにひたすらに、ただ真っ直ぐと。
--特異なるものよ…其方に…の意思があるならば…
しばらく進むと、声はその大半を聞き取れるほどに大きくなった。声の主は近いんだろう。
終わりの見えた探索に安堵しながらも再び進み続ける。もはや気を抜いても余裕で聞こえるほどの声量だ。主の元など楽に行けるだろう。
--特異なるものよ…其方に変革の意思があるならば…
「特異なるもの?」
声は完全に聞こえるほどに近づいた。だが、目前は以前漆黒に包まれたまま。主の居場所はこの辺りのはずなのだが、未だその姿が見えることはなかった。それに、言葉の意味も理解できなかった。すると、
--その力、其方に与えよう
先程までとは違い、その声は一字一句欠けることなく聞こえた。いや、頭に入ってきたという方が言葉として適しているか。
なんて考えていると、突然目の前は白く、今まで見ることのできなかった光に包まれた。
・・・なんてあたたかい。
そんな感傷に浸りつつも、意識は気づけば薄れ、暗闇へと消えていった。