《第2話》 「2時間ぶりと4年ぶり」
「……どっと疲れた」
自分の机に突っ伏して大きく息をつく、口の中にある甘い物体がこの疲れた体を少しでも癒してくれているという実感を得ると殊更腹がたつ
「今年も同じクラスだな! よろしくなシンジ!」
そんなシンジの気持ちをつゆほども知らず、友人の1人が声をかけてくる
「えー…と…タナカだっけ?」
「ナカタだよ!! 1年同じクラスだったのに覚えてくれてないの!?」
「いやいや、覚えてるよ。
ナカタって名前のやつにはこのテンプレやんなきゃだろ?」
「なんだよ! 本当に忘れちまってたのかとビビったじゃねぇか!!
俺もこれからはそういうネタに対する耐性つけないといけないな!」
(……ほんとは全然思い出せなかったとは言い出せないな、なんか良心が痛む…)
とことん性根のいい友人と軽く会話を続けていると、教室のドアが大きく「ガララッ」とぶっきらぼうにスライドされ1人の中年が入ってくる
「おらさっさと席につけ、朝のホームルーム始めるぞ」
さっきまで騒がしかったクラスが一気に静かになる、中には「やべっ!早く戻れ!」等、先生に対して明らかビビっている連中もいる
「……お?今年のクラスは聞き分けがいいみたいだな、これは俺も楽で結構結構」
「多分先生にビビってんだよ、みんな」
屈強で顎髭を蓄えた見た目怖そうな男にズバッと言い切った俺
先生のクラスが初めてな連中は戦慄した…ような空気になった
「なんだ?ビビってんのかお前ら?」
全く反応しない新参者たちに俺みたいな古参のメンバーは苦笑気味だ
(でもまぁ、この先生一応悪いやつではないってことが分かればすぐに慣れるだろうな)
こんな事口に出したらこの教師は調子に乗ってまたダル絡みしてくる事請け合いなので絶対言葉には出さないと誓うシンジ
「まぁいいや、今日はな、ホームルーム言わなきゃならん事あった気がするんだが…なんだったかな…」
白衣のポケットに手を突っ込み一枚のくしゃくしゃになったメモを取り出す
「あー、そうそう、お前ら部活何やるか決めたら早いとこ提出しろよ。
どの部活にしてもいいけど今週一杯だからな」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「……部活かぁ……」
ホームルームが終わり、先ほどまでこの空間を牛耳っていた顎髭教師も自分の巣(理科準備室)に戻り教室にはまた騒々しさが戻って来ていた
「なぁ、シンジどの部活にするか決まってんの?」
斜め後ろの席から身を乗り出して俺の肩を叩く男、タナカ……じゃなくてナカタ…?どっちだっけ?
名前が覚えづらい友人が声をかけてくる
「……いんや、まだ決めてない。
タナカタはどう?決まってんの?」
「誰だそれ、タナカタ。
俺はナカタだよ!さっき確認したばっかじゃんか!!あやふやだからってタナカとナカタを足すなよ!!」
「あぁ、悪い悪いナカタだよな!忘れたわけじゃないからな」
「なんだよー!またネタかよ!
俺も学習しないなー!いやー疑って悪い悪い!」
自分の手のひらで額を小突くナカタを見つめながら
(こいつは騙されてても気づかないタイプだな……今度注意してやろう)
と、シンジは密かに決意する
「でもそっか!まだ決まってないならさ!ちょっと俺に付き合ってくれよ!」
「……? 別にいいけど」
「おっしゃ!! そんじゃ他のメンバー連れて来るからちょっと待っててくれ!
すぐ戻る!」
そう言い残し教室をダッシュで出て行くナカタ、彼が言っていた他のメンバーとはなんだろうか?サッカー部みたいな団体競技俺は苦手なんだけど……と思いを巡らせていると1時間目の始業のベルが鳴った
廊下からは「コラー!! ナカタ! 授業始まるぞ!!」と叫ぶ体育教師、それに捕まって説教を受けるナカタの涙声が聞こえて来ていた
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「こいつらが俺の仲間達だ!!」
1時間目を終えた頃、目を赤く泣き腫らしたナカタが後ろに2人の男子を連れて戻ってきた。
先生に怒られて泣く男子なんて今時いるんだな……と思った事は口には出さまい。
「紹介するな!こっちの彼がヤシキくんだ!元バレー部でジャンプ力は随一だ!身長も185センチと高身長だから頼れるだろ!」
「……よろしく」
ナカタから紹介を受け、控えめに会釈をする好青年ヤシキくん。
なんでバレー部の主力みたいな子連れてきてんの?どんなハードな部活やるつもりなの?
そんな疑問が頭をぐるぐる回り素っ気ない挨拶しかできない
「そんでこっちがナバタメくん!
結構控えめであんまり自分から喋ってくれる事はないけどいいやつだぞ!
ちなみにこの子に関しては自分から名乗り出てくれたんだ!
隠れた熱い想いがあるんだな!」
「……はぁ…そうなんだ…よろしく……」
なんの部活だ?という疑問で頭がフル回転していたせいで返答が全て生返事。
そんな俺にもナバタメくんは優しく声をかけてくれた
「よろしくね、シンジくん」
その声を聞いた瞬間「部活はなんだ?」で占領されていた脳内が完全停止して目の前の暗そうな男子生徒に全て持っていかれた
「……ナバタメって……ナバタメ・リョウか?」
この名前を口に出す事すら何年振りだろう。もしこのナバタメくんがナバタメ・リョウだってんならそれはとんだ大事件だ
「……そうだよ、よく覚えてくれてたね、シンジくん」
望んでいた答えを得られてシンジは勢い良く椅子から立ち上がる。
なんてこった!まさかこんな所で再会出来るなんて!
ナカタファインプレイだ!!
「久しぶりだなぁ!! 元気にしてたか!? 何年振りだよ!!」
「小学校卒業して以来だから4年振り…かな? シンジくんは背伸びたね」
「お前髪の毛で顔全然見えないんだもんよ!これは気づけって方が難しいぞ?!」
「でもシンジくんは気づいてくれたね…そうだ、クルミちゃんは元気?」
「おう! クルミも俺もバッチリ元気だ!」
いきなり怒涛の懐かしトークをし始めた俺達2人に、頭の上にハテナマークが見えるほど困惑してるナカタとヤシキくん
「……あぁ、わりぃ、2人で話しすぎたな。
実はよ、俺とこのナバタメ・リョウ……通称ナッチは幼馴染なんだよ」
俺の簡単な説明に、あぁ、なるほど、と言ったようにすぐ納得してくれる2人はほんとにいいやつだ
「俺とナッチは小学6年までずっと一緒に居てその時は兄弟同然に育ってきててな、
なにをするにもいつも一緒…というか俺がなにをするにもいつもナッチが後ろからついて来てたんだけど
ナッチは小学校卒業と同時に遠くに引っ越しちまってそれ以来会えていなかったんだよ!
まさか戻ってきてるとは思わなかったからな!」
「それは2人とも会えてよかったじゃないか! 俺もなんだか嬉しいぞ!!」
他人事なのに目に涙を滲ませるナカタ
こいつ今日何回泣くんだよ、なんて思ってはいない
……まぁ…ただの幼馴染かっていうとちょっと違うんだけどこの2人にはいう必要ないしな、これでいいだろ
事態が飲み込めたナカタが俺たち2人の肩を抱き寄せ嬉しそうに笑う
「よし!それじゃ全員顔合わせが済んだ所で早速だが戦国部の申請に行くぞ!!」
「そうだな!早速……は?」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
ーー戦国部……それは数ある部活の中でも特別過酷な部活動である。
武器や装備を身に纏い戦国武将よろしく他校の選手、もとい戦士と火花を散らす……
武器もどのような物を使ってもよい。
例えば大剣、太刀、拳銃…
しかしあくまで部活動、それらは全て本物は使えず、専用の硬質ゴム材質で出来た物で戦うよう義務づけられている
とは言っても武器は武器、刀で斬られれば多少血は出るし、当たりどころが悪ければ骨折もあり得ない話じゃない
致命傷が出ないくらいってなだけで攻撃を喰らえばめちゃくちゃ痛いだろう
……なんでそんな部活に……
「俺は入る事になってんだろう……」
部活に入るにしても楽で基本座りっぱな将棋部とかにしようかな、なんて思っていた男が、スポ根球児も尻尾巻いて逃げ出す戦国部なんか務まるだろうか?
否、無理であろう
4人で楽しく(?)談笑している所に1人そんな考えの男がいるとは他の3人は気づく気配すらない
「……っはぁぁぁあ…」
自分でもびっくりするくらい大きな溜息が出た
そのあまりの溜息の大きさに少し笑いそうになりながらもやはり気持ちは晴れない
なぜこんな事に……
「シン兄そんなに溜息ついたら幸せ逃げちゃいますよ?」
教室の入り口から届いた良く聞き慣れた声がずっと伏せていたシンジの顔を上げさせた
「クルミ、2時間振りだな、何しにきたんだよ?」
「愛しの兄さまの様子を見に来ただけですよ
それにしてもすごい大きい溜息でしたねー、ちょっと面白かったです」
クスクス笑いながら教室に入ってくる妹分を横目にまた机に突っ伏す
クラスの男子……いや、女子もか…
いきなり現れた超絶美少女にクラスがざわつく
あの子めちゃくちゃ綺麗だな…
お人形さんみたい…
桃色の髪って珍しいけど顔があんだけ可愛いかったら似合っちゃうんだね…
などなど、至る所から賞賛と驚嘆の声が上がる
「この子シンジの妹なのか?めっちゃ可愛いな!!」
そんなナカタのセリフに対して少し嬉しそうに頭の後ろについた尻尾をぴょこぴょこ揺らしながらクルミが答える
「はい!私はシン兄の妹分です!
本当の兄妹じゃないですけど、私達の兄妹愛は誰にも負けないですよ!」
「おー!そうなのか!いい妹分をもったな!シンジ!」
「……まぁな、クルミは自慢の妹分だよ」
さっきまでの不機嫌はどこへやら、可愛い妹分を褒められると悪い気はしない
「所でなんでさっきあんなに大きい溜息ついてたんですか?」
クルミがこちらに向き直り問いかける
「……部活の事でな…」
なんとなく戦国部とは言えずに濁してしまった、まぁいずれバレるだろうが余計な心配はかけたくない
「そうなんだよね!部活決めなきゃだろ?だから俺たち4人で戦国部やる事にしたんだよ!」
屈託のない笑顔で肩を組んでくるナカタ、せっかく濁した事を全部言いやがって…!
と、少し動揺。
絶対反対してくるに違いない……まぁそれはそれで断る口実になるか…なんて思索しながら恐る恐るクルミの反応を見てみると
「…………戦国部?」
……クルミの雰囲気が変わった。
元々中学の時弓道部だったクルミは、怒った時、集中してる時、雰囲気が熟練の戦士のようになる
…俺の大好きな海賊漫画で手も使わずに敵を威圧して倒す、なんて技があるけど漫画の中ならクルミもきっと使えるに違いない……
「…………」
黙ったままのクルミは顔を上げないで俯いている
これはやばいか?キレた?でもなんで喋ってくれないの?めっちゃ怖いんだけど!!
「……決めた」
「え……?」
「私も戦国部入ります」
第3話に続く
ここまで読み進めていただきありがとうございます!
3話からはバトルシーンも入って来ますのでそちらを期待してらっしゃる方は乞うご期待です!