『序章の序章』
始まりは唐突で、唐突に始まるのが物語だと僕は思う。
突如として聴こえる少年の声。
聴き慣れない声の主が喋りだしたりすれば誰だって軽く驚きはするだろう。
しかし周囲には誰も居ないし、自分の立っている場所だけ明るく、逆に周りは何も見えない闇ときた。それは演劇での舞台でスポットライトが集中している主役と大差ないだろう、まあ……演劇と違い、当たるライトは眩しくはないけれどね。
そして、特にこの場合の条件は特別で、まるで直接、脳内に語りかけているような聴き取りやすさがあるとする。リスニングテストでこれが起こりうるならば、記憶力さえ良ければ満点は確実だろう。
しかし、残念な事にこの空間は全てが僕の"妄想"だ。この空間には僕しか居ない。
何故なら、これは僕の脳内であって誰でも見れますよ、という訳じゃないからだ。
それでも脳内で一人語りしている変な奴という事に変わりはないので第一印象はそれでいい。
そもそも一人語りなのに誰かに話しかけている風に聴こえる? それは……一人語りでも話し相手くらいは欲しいものだよ、ペットでもロボットでもお人形だとしてもね。
僕が居るこの場所は天界、お空の上に居る神や天使の領域だ。
そして僕はここで仕事をしていて、そのお昼休みに天界のとある公園に居る。ここは職場にかなり近く、仕事を少しの間サボる時にはこうやって誰にも邪魔されず目を瞑り一人で妄想が出来るので、重宝させてもらっている。
それで、ここは妄想だと分かったところで、ここから話すのは語りというより愚痴の一種だ。
最初の話題として、神様は眠らない、眠りを必要としないのである。
唐突に語る話題が神様とかヤバイ奴じゃん、とか思っているのであったら最初の一人語りの時点でヤバイと気付くべきじゃないかと僕は思うよ!
そして眠らないことが、神と人類との違いとかそういうのは僕は考えない質なので、『何で神様だと眠らないの?』とか『人間は何故眠るのか?』とかの質問は担当外である。
そして僕が何故、神様は眠らないという事を知っているのか、察しは付く人も居るだろう、名乗り遅れたけれど自己紹介をさせて欲しい。
僕の名前は"神"、神様ではなく"神様の使い魔だから"と、こう名付けられている。
とても紛らわしいが、僕が神様の事を語る事への違和感は、払拭出来たはずだ。
ちなみに名付け親であり契約した主というのが"地球神様"という神様だ。その名の通り、地球の神様をやっている訳なんだけど、そういう分かりやすい名前を僕にも付けて欲しかったなぁ……と、しみじみ思う。
いや、地球神様なら"奴隷"とか"家畜"とか"ゴミクズ"や"愚か者"とかいう名前を付けそうな気がする。あの神様は……実際、そういう性格だ。
一番酷いものとなれば……これ以上はやめておこう。考えるだけで精神がどんどん磨り減る。そもそも僕はこんな話よりも大事な話がしたいのだ! ……が、誰か来たようなので後にするとしよう。心が読めるおじいさんみたいな見た目のお偉い神様とかたまにここで日向ぼっこしに来るからね、目を開けて確認しようかと考えたけれど、多分大丈夫だろう。
「おい、俺の使いが何故ここで呆けてるんだ?」
しかし、さっきみたいに自分から精神を削る考えは止めにしてそろそろ仕事に戻らないと地球神様に起こられるかもしれないが……まだバレてなさそうだし、もう少ししたら戻るかー。
「聞こえているのか? 無視をするな!」
うるさいなぁ……こんなに待たせるとか使いの者も頭おかしいんじゃないかと思うよ。
どことなく、地球神様に似ている声や口振りだけど似た神様も居るもんなんだな。
「聞いているのか! 神!」
神? 神様が使いなんて珍しい。そんな卑劣な奴が神の居場所に居るなんて知らなかった。
偶然にも僕の名前も"神"だけど勘違いして返事するのは恥ずかしいので多分僕ではないと思われる……あぁ、うん、きっとそうだ。
「もういい! 本来ならばこれから五時間の労働だが、今日は昼の十二時まで、みっちり仕事してもらうぞ!」
さてと、そろそろ僕も神様のところへ向かうとするか……
一人妄想終了!僕、満足!
「雷撃ッ!」
そして僕は目を見開き、目の前によく知っている地球神様のお顔が、どアップで見える。若干、怒っている様にも伺える。まずは僕が声を掛けようとすると高濃度の光が目の前に広がっていった。
「ほんげぇえぇええええ⁉」
人間だったら普通はこの痛みで死んでるよ⁉ 神様とか神霊の類いは基本的に死なないからって、こういう魔法を平気で使うのはどうかと思うんだよね……! うー……痛い……。
体が多少ビリビリする……そんな気分だ、多分雷系統の魔法でも撃ったのだろう。神様ならその程度撃つことは些細な事だろう。
「よう、どうだ? 仕事そっちのけで楽しい妄想に浸っているときに主が邪魔してくる気分は」
ハッキリ言って最悪だし、丁度妄想終わって仕事に入ろうってときから邪魔され……痛てててててててっ⁉
「言っておくが、お前の考える事は全てお見通しだからな……? 紛らわしい名前が何だって?」
聞かれてたんですか⁉ そんな技術があるなんて聞いてなかったですよ……。
分かりました。これから妄想は控えさせていただきます………。トホホ……。
その後、僕は神様が言っていた、らしい? 昼の十二時までみっちり仕事をさせられた。僕が確実に悪いです、ハイ。
仕事の内容は資料の整理とかそんなのだけど神様の領域に来てしまうと地球上の社会人と比べて仕事量や難しさは天と地程の差がある……天界だけに。
「痛ーいッ!」
今のは僕悪くないですよねー⁉
言葉は全く返されない。こちらが何を言っても無駄らしい。しかし悪口を叩けば雷が飛んでくる、妄想や想像は控えないとね。
僕が今やっている資料の整理を例にすれば、毎分に約五百枚の処理された資料を仕分けして片付けるんだ。人間の身体能力じゃ無理だろうけど、僕ならギリギリ達成出来る程度の難易度にはなっているようだ。勿論、この時間外労働におけるボーナスは無し、現実は非常である。
"神様の使いだから〜とか、高度な術式や〜、凄い魔法なんかが使える〜"ってみんな思ってるだろうけど現実は甘くない、そう非情なのだ。
確かにそう言った類いの物は存在するし僕も使える。ただ、ここでは『『疲れない仕事があってたまるかッ! 脱ゆとり思考!』』という上の話で、身体能力を上げたり、物を瞬間移動させる、つまり……楽が出来そうな魔法の類いは使えない様に決まったそうだ。誠に遺憾である。
そんなこんなで仕事を終わらせたわけなのだが……どうしようか……。
今は午後一時〇七分。
下界に降りて人間達と会話するっていうのもいいなぁ……今、日本って国が熱いらしいから行ってみたい。
僕が暇潰しに何をしようか考えているところにドアの扉がノックされている事に気付く。
「どうぞー」
特に帰す理由も無いので普通に部屋に招待する。
「どうだ? 仕事は済んだか?」
ドアが静かに開くとそこから地球神様が顔を出しに来る。
「丁度終わったところですよ、仕事の追加はやめてくださいね? 本当にキツイので……」
すると、地球神様はチェスと英語で上品に書かれた箱を、まるで手品の様に空中の何も無いところから取り出しながら喋りだす。
「仕事の追加は、他の神様に回してもらった。ただ私も暇なのでね、暇潰しがしたい、それだけでここに来たんだが……」
そう言ったときは大抵、会話を交えながらのチェスと相場が決まっている。
神様はチェスがお好きだ、駒を並べながら僕はそう思った。
「神は戦が好きだ、だからチェスを好む」
地球神様は僕の思考を読んだのか、はたまた、そう語りたかったのかは分からない。
ただ、自分は気になる事がひとつ思い浮かんだ。
「……? 他にも立派な戦系のシミュレーションゲームならいくらでもありますよね? 将棋とか正に該当しませんか?」
「チェスは最も単純に戦が楽しめるように造られたゲームだ。正に単純、故に綺麗な決着が付く訳だ。」
つまり、どういう事なんだ? 確かにチェスは駒を動かして相手の王を討ち取るわけだけれど……?
「まだ理解していないようだな。それでは問うぞ、人間同士の争いに感情や人間関係があるはずで、集団同士の争いともなれば、自軍の士気向上は必須と聞く。攻撃をする事しか脳の無いユニット。そして権力を使えば戦わないであろう、王や姫が戦に入る等々。不可思議な所を極端に省いている訳だ、だから人間性の無い単純なゲーム。頭は使うが深く考える必要性が無いゲームだ。感情を持つ者を動かすというのは操縦者に技術力が必要になるロボットよりも断然、難しいという事だ」
とりあえずよく分からない話ではあったが、神様は人間が嫌いという内容なのは伝わってくる。いっそロボットの方が良いとまで思っているのだろう。地球神様は仕事的なニュアンスで話した訳ではなく、何か別の理由で嫌悪している気がした。
「地球神様って何かと人間を嫌っていますよね、人間が作った嗜好品は好きなのに」
「そう言えば、まだお前には話していなかったな、私の過去を」
過去と言われれば確かに知らない、今年の四月に雇われたのはいいけれど、今は七月。三ヶ月もの間はこうして話す機会も無く、仕事漬けの毎日だったのだからここで得た知識は全て、仕事に関するもののみだ。是非とも聞いてみたい。
「えぇ、忙しい時に契約されて仕事ばっかりでしたし。今は退屈続きで仕事も落ち着いてますし、聞きたいです!」
二人はチェス盤に乗っている駒を交互に動かしていく。それと同時に地球神様は語る。