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カオナシ

カオナシ-2

作者: 如月厄人

「で?」

  自前のテクノカットを弄りながら、目の前で首を傾げる男に尋ねる。

「なんたってお前さん戻ってきちまったんだ?」

  男の表情から答えを求めることはできない。真っ白な仮面は表情を持たないどころか、喋りかけることすら拒絶させる力がある。それでも声を掛けられるのは、その付き合いの長さと彼の胆力に他ならない。

  今度は無精髭をさする。ぞりぞりと指に引っかかるそれを心地よく思いながら、文字が浮かぶのを待った。

『他の者にエモノの手入れは任せられない』

  エモノ、と聞いて真っ先に思い浮かんだのはあの大太刀だ。それに付随して小太刀二振りが隣に並ぶ。実剣が珍しい世の中になったとはいえ、あちらにはこちらより良い設備が整っているはずだし、自分より腕利きはいくらでも居るはずだった。逆に首を傾げる彼に、男はまた文字を打つ。

『感触が合わない。説明も出来ない』

「あぁ、そういうことか」

  確かに、男のエモノを手入れしたのは自分が最初だった。そもそも男のエモノを用意したのも自分だった。

(なんでこいつにエモノを渡したんだっけか…)

  記憶を遡ると、思い出されるのは赤黒く変色した包帯だった。そうか、と辿って行く。

  男と出会ったのは、この路地だった。店を開けると、目の前の壁に凭れかかる男がいた。その時は、男というよりは少年、というのが正しかった。全身に変色した包帯を巻き、その上にまた新しく傷を作り、虚ろな目で(なまくら)を握っていた。彼が最初に興味を持ったのは男よりもその鈍だった。

(それを直してやったら…普通の料金の十倍が返ってきたんだっけか)

  店の裏の鍛治場を浮かべる。そのお返しに渡したのが、小太刀だった。勿論最初は拒まれたものだが、だったら差額を返すといったところ、渋々受け取った。それからも男と彼の交流は続き、幾度となくエモノの手入れをこなしてきた彼には、男がどの箇所で斬り、どの箇所に手の力を加えるかもわかっていた。その都度その都度彼がすり減らしたエモノの手入れを重ねる中で、そのエモノは彼の手に最適なものへと姿を変えていた。

  だからこそ、男は彼に頼むのだ。小太刀の反り、大太刀の重心の位置、ナイフ一つ一つの重量に至るまで長年の感覚で把握し尽くした彼に。

  少し考えた後で、仕方ねえか、と膝を叩いて立ち上がる。あそこに来いと言われるよりはマシだ。

「わかった、また手入れしてや……」

「おーいムラマサー!」

  元気な声が店の外から飛び込んでくる。そして元気な顔が視界に飛び込んできた。彼女が来ることは想定していなかったのだろう、男も首を傾げながら文字を打つ。が、彼女が先に話し始める。

「いや、口が聞けないから手間取ると思ってさ。まぁあんたらなら慣れっこなんだろうが、私が待てない。ってことで、だ」

  カウンターに身を乗り出し、彼の胸ぐらを掴んで堂々と言い放つ。

「あんたを今日からウチで雇う、賃金はあんたの一生の保障だ。無論、来るよな」



  四人乗りのスラスターの後部座席で項垂れながら、彼はため息をついた。

「どうしてこうなった…」

「何回言うんだそれ…。いいだろ別に、ムラマサが来なかったら他の客なんて来なかったろうしさ」

「それは言うんじゃねえ」

  図星を突かれる。正直、男が居なくなったあと、本当は店を畳もうと本気で考えていた。それが、三日と経たずに帰って来るもんだから、閉口する。

「でもさ、良い条件だろ?安定した収入に安全な寝床、最新式の鍛治場だってある。文句のつけようが無いと思うんだけどな」

「そういうことじゃないんだよなぁ…」

  運転をしている男もうんうんと頷く。

「なんだよそれ、お前も、どういうことなんだよ」

「条件どうのじゃなくて、あの場所が、お気に入りだったのさ」

  あそこが、言ってしまえば、全ての始まりだったのだろう。あの場所で、売れもしない実剣だけを扱い、そのおかげで男のエモノを用意するに至り、そして今に至る。

  寂れた路地裏でも、彼らにとっては大事な場所だったのだ。

「ふーん…」

  少しつまらなそうな彼女の頭を男が優しく撫でる。くすぐったそうに首を竦めた。

  その二人を見て、そう言えば、と彼が切り出す。

「結局、こいつが婿になったのか?」

「あぁ、そうだよ。勝てなかったのはこいつが初めてだ」

「それまでは負け無しか、流石、剣聖は違うな」

「そういう教育だったからな、負けたら棄てられる。そうならないように頑張ってきたんだし」

「それももう終わりか」

「あぁ」

  と、そこで彼女は彼の方へ顔を向けて聞いた。

「でもよ、なんでそんな詳しいんだ?あんた。私が剣聖っていうのも、本来なら極秘事項のはずなんだけど」

  ギク、と肩を震わせる。どう返せばいいかわからないが、取り敢えず、繕う。

「いや、まぁ、ほら、酒場とかに行けば色んな情報があっからよ、そういうところから想像してな」

「ふーん…?」

  顔を前に向ける。絶対信じてない。それもそうだ、こんなその場しのぎの嘘、誰だってわかることだ。

  それはさておき、段々と目的地が近づくに連れて気が重くなってくる。また大きくため息をついた。彼にとって気を重くさせる存在はただ一人、老害とも言うべきか、保守的と言うべきか、迷うところだが。

(俺にとっちゃ老害よ)

  それから暫く、ある建物の前で止まる。

「ほら、行くぞ…」

「うぇぇ…くそう、行きたくねぇ…」

「文句言うな」

  彼を引きずって中に入る。それに続いて男も中に入る。

「おぉ戻った…か…」

「うげぇっ!糞爺!」

「どのツラ下げて戻って来よったワレェッ!!」

  椅子に座って帰りを待っていた老人は彼を見るなり傍らに立てかけていた杖で殴りかかる。勿論ただの杖ではなく、仕込み付きだ。躊躇無く抜いた老人に対し、彼は身をよじって逃げる。老人とも思えない剣捌きだが、それを的確に、尚且つ最小限で躱す彼に、二人は感心していた。

「ぜぇ…ぜぇ…、カオナシよ、お主が言っていた店主はこいつなのか、よりにもよってこやつなのか、何故こやつを見つけてしまったのか…」

  最後は誰に投げるでも無い問いになり、天を仰いだ後大きくため息をついた。その口ぶりは、お互い既知である事、互いに嫌いあっている事を案に示していた。彼女はだからか、と腰に手を当てる。

  男も肩を竦め、何も言わずに自分のエモノを渡した。

「あぁ、やるよ。糞爺、鍛治場の場所は変わってねえよな」

「…はぁ、変わっとらんぞ、全く」

「そいつぁよかった」

  案内も無しに一人で歩き出す彼の背中を目でおいながらも、老人の方へ顔を向けた。老人はもう一度椅子に腰を下ろし、テーブルの上の紅茶を啜る。その様子は隠そうとしない怒りで強張っていた。他人の揉め事に首は突っ込まない性分の男は、そのまま自分の部屋へと足を向けた。包帯を変える必要もある。瞼に貼った絆創膏もそろそろ鬱陶しくなって来たところだ。

  彼女はその場に残って、老人の向かいの椅子に腰を据えた。それはもう興味津々という顔で。老人はその顔と輝く視線に苦い顔をしながら、紅茶を置いて口を開いた。

「そんなに聞きたいのか?」

「そりゃあ勿論、爺やのそんな面白い顔は初めて見た」

「人の顔を面白いとか言うんじゃ無い」

  まぁまぁ、と流しながら、老人の言葉を待つ」

「………、奴はな、私の一番弟子だった」



 ーー厳密に言えば、私の心の息子だった。わかってはいるだろうが私の子はお前の母親だ。才能と引き換えに、戦闘に駆り出される為に代々短命だったこの家は、跡継ぎを確保することが最重要事項だった。その中で、本来ならお前の父親になるべくして、連れて来られたのがあやつだ。

  しかしあやつは別の才能を開花させていた。それが不味かったのだ。

  あやつは家中の反対を買った。今ある才と別の才を混ぜ合わせて、鈍ってしまえばこの家が見放されることは間違いなかったからな。だが私はあやつに拘った。私にとってその才能は、この家の為にあるべきだと思ったからだ。だから私は奴をこの家に置いていたと言うのに…。

  しばらくの間、私はあやつを鍛えていた。あやつは実剣を作るのは素晴らしかったが、電磁剣はからっきしだった。しかも、やつは学んだ知識を正しい方向に使おうとはしなかった。それだけ、実剣を作る才能が強すぎたのだろう。

  私はそれでもよかった。あやつの面倒を見ているうちに、愛着も湧いてきたのだろう。あやつが実剣を作ることを止めることはしなかったし、無理強いすることも無かった。だが、正式な婿が決まった途端、やつはいきなり姿を消した。

  何も言わずに消えたあやつに、私は憤りを隠せなかった。いや、憤るしかなかった。私にとって、息子はあやつだけだったのだ。それをあやつは…。



  彼女は肘をついて、ふーん、と言った後、つまらなそうに口を開いた。

「一方通行だったってだけの話か…。面白くねえ」

「…今となってみればそうかもしれん。だがな、あやつが十五の時から、十年も見てきた。共に過ごしてきた。その時間を、私は無駄にしたと思いたくは無い。だから、許せんのだ」

「…私のお父さんはどんな人だった?」

  今まで飛んできたことの無い質問に、少し目を丸くする。そうか、息子は一人ではなかった。彼女には悪いことを言っていたのかもしれない。

  彼女の父親を思い返してみる。剣に長け、紳士的だった。しかし、裏が深すぎた男だった。

「そうだな…。業が深かった」

「…?」

「国の敵対組織と繋がっていた。そのスパイとして、この家に目に付くように育成された、言ってしまえば駒だった。今のお前には酷な話かもしれんが、お前なら大丈夫だろう。よく聞け」

  息を飲む。

「この家はこの国の体の一部だ。幾ら分家が増えようとも、宗家であるこの家はその事を忘れてはいけない。その一部を、お前の父は内側から壊そうとした。お前も何度か墓参りに言っただろう。この地下にある墓地だ。本来であれば、あれほどの規模になるはずは無かった」

「お父さんが…増やした…?」

  老人が頷く。

「ある時にな、奴の手引きでこの家と、分家が一斉に襲撃された。勿論、才の一部を受け継いだ分家だ、抵抗することは容易であった。しかし奴の目的は、お前一人だった。お前の母親を殺し、才能を受け継いだお前を拐い、兵器として育てる。そういう狙いがあったのだ。この家の内部を知り尽くし、お前の母親と同等の力を持つ奴に、我々は随分と苦戦を強いられた」

  最後は、お前の母親と相討った。

  そう締めくくると、彼女は少し、目頭を押さえた後、震える声を響かせた。

「じゃあ…私のせい…なんだな…」

「そういうことではない。お前はいなくてはならない存在なのだ。それを争うことは今までもあった」

  そう、これが初めてでは無い。無論、その時ほどの被害は無かったにせよ、国同士、あるいは国をひっくり返そうとしているものからすれば、この家が持つ才能は魅力的だ。

  なんせ、その力があれば他国など目では無い。

  それでも、他国に攻め入ること無く、友好を深めているのは、この国の王のおかげなのだろう。

「しかし、今となってはそれほど心配することもあるまい」

  老人は紅茶をすする。

「もうNINJAはおらん。ここに攻め入るだけの戦力もあるまいて」

  老人は、コロッセオの惨状を思い出す。アレは、酷かった。何がとは言うまでもない。そしてそれだけの力を持つあの男には、十分気をつける必要がある。

「うー…くそー…聞くんじゃなかった…ムラマサー!」

  目を赤くし、目尻に涙を溜めながら、あの男の部屋に駆けていくその姿を見て、その心配は無いか、と改める。そして昔のことを思い出した反動か、いや反動に違いない。鍛治場へと、足を向けた。

  畳が敷かれた和室に胡座をかき、鏡の前で絆創膏を貼り替え、また重くなったまぶたを無理やり開けながら、呼ばれた方へ顔を向ける。駆け込んできた彼女がそのまま男に抱きついた。正面から受け止めて、顔を覗き込む。

  こすったせいか少し腫れた目に、膨らんだ頬をこさえて、顔を見せまいとしっかりと顔を埋める。頭を優しく撫でて、もう一度顔を覗き込んだ。

「衝撃の事実をさっき知ったんだ。思った以上にキツくてさ」

  目をそらしながらうつむく彼女を、男は優しく抱き締めた。

「ありがと」

  ことばが無くとも伝わるものは伝わる。温もりの中に身を委ねながら、彼女は男にも聞いてみる。

「なぁ、ムラマサの両親ってどんな人だった?」

  不思議そうに首を傾げてから、文字を打ち込む。

『知らん。多分死んだ』

「多分ってなんだよ」

  苦笑いしながら、体の向きを変える。男に寄りかかり、目を閉じる。

「私の親も死んじまってるんだ。なんで死んだのか、さっき聞いたよ。なーんて言うかなぁ…、知らない方が良いことってあるんだなぁ…」

『知らぬが仏』

「ほんとにな。困ったもんだ」

『少し寝るといい、膝を貸してやる』

「あぁ、そうする、ありがとう」

  体をずり落として、膝の上に頭を乗せる。思ったよりも軽い頭に、中身が無いのでは無いかと失礼なことを思いながら、深呼吸をして規則正しい呼吸を繰り返す彼女の頭を撫でた。

  その直後、手首の端末がメッセージを受ける。それを開くと見知った顔文字のタイトルで、気になる内容が綴られていた。

『やぁ、元気かい。昨日の今日で聞くことじゃ無いけど、安否の確認をね。協会からの通達、君は見ていないだろうから伝えておくよ。

  キュウビが脱走した。しかも一人で、じゃない。誰かの手引きを受けて、だ。君のことだから、奴に負けるようなことは無いとは思うけど、その裏に何かがあると思う。気を付けてね。私の身内も何人かやられていてね、こちらでも調べるつもりだから、そっちで何かわかったことがあれば協力してくれると嬉しいね。


 P.S

  借りは返したよ。また会おう』

  キュウビの脱走。あの狐の仮面を思い出す。おそらくクロウが一度捕まえたのだろう。誰かの手引きがあったと言うことは、奴は奴なりのネットワークを持っていたということだ。別段不思議なことでは無い。ただ、気がかりなのは、奴が追っているのが男とその膝で寝ている彼女、と言うことだ。

  そう言う意味では、この知らせは有難かった。

(早々に手入れを済ませてもらわんとな…)

  ぼんやりと考えながら、男はまた彼女の頭を撫でる。柔らかい感触、手のひらから伝わるその温かさ。友と呼べた存在はいれど、温もりを感じさせるようなことは無かった。その友も、今では彼の脳裏にしかいない。

『わかった。助かる。こっちは今動けないが、何かあれば知らせる』

  短く返信すると、間髪入れずに返信が返ってくる。

『ところで、お嬢さんは元気かな。多分二人で一緒にいるだろうから安全だとは思うんだけど』

『あぁ、それなんだが。お前は知ってたか、この依頼、内容が婿探しって』

  少し間が空いて、返事が返ってくる。内容的には凄く焦ったような、驚いたような、それでも平静を繕った感じが見て取れる。

『そのようだね。今情報を洗ってみたんだけどかすかにそういう情報がでてたみたい。っていうかもしかして君婿になったのかい?今?もうなってしまったのかい?いや、おめでたい話だね。君が腰を落ち着ける日が来ようとは思わなかったよ。ところでいつ結婚したんだい?』

  訂正、平静を繕えていなかった。まくしたてる様な質問に一々答える必要も無い。簡潔にまとめる。

『昨日婿として迎えられた。式はあげないことになっている様だから、余計な出費は無いと思ってくれていい』

  返信、開く。

『バーカ』

(………?)

  何か怒らせただろうか、と首を傾げながら、返信に迷う。返さない、という手もあったが、それはそれで悪い気がした。謝罪を入れて送り返すと、またすぐに返信が来た。

『ばああああああああか!!!!!!!!!』

(???)

  更に首を傾げる。何か悪いことを言ったのだろうか、いや、今自分は謝ったはずだが…。もしかすると、これは八つ当たり?

  憶測ではあるものの、おそらく正解なのだろう。しかし、自分では対処出来ない為、返事に惑う。さてどうしたものかと迷っていると、またメッセージが飛んでくる。

『すまない、取り乱した。お詫びと言ってはなんだけど、今入った情報がある。近々、戦争が起こるかもしれない。協会が口を挟むとは思えないが、雇われになる可能性はあるかもね。しかも、嫌なことに、その国対この国の連合国。君の国にいる剣聖とやらがよっぽど怖いらしい。剣聖って知ってるかい?』

  膝で眠る彼女を見やる。

『知らんな』

『だと思ったよ。不動の賞金ランキング一位、しかも誰もその姿を見たものはいないという。その国専属の仕事請負人だ。協会がなぜそいつを登録したままにしているのかはわからないけど、多分、私の軍事力ではないとでもいいたいんだろうね。恐らく今回の戦争でも顔を見せてくるだろう。私は中立になるつもりだけど、君はどうするんだい?』

『俺はこの国に付くことになりそうだ』

『そうか。じゃあ、気が向いたらそっち側で付くかな。それじゃあ、またね』

『あぁ、また』

  戦争が始まる。この町の活気の無さはもしかするとそのせいなのかもしれない。異様に少ない人通り、品を揃えない店、誰も遊ばない公園。ただの賞金稼ぎだった頃であれば、戦争に乗じて様々な仕事が舞い込んで来ていたが、それもこなすことが出来なくなるだろう。

  その上、恐らく戦争に駆り出されることになる。自分だけで無く、彼女も。それはさせない。させたくない。他の国には悪いが、彼女を出すまでもなく、終わらせてみせる。

  自分の仮面を見やる。真白の面。カオナシ。無くて結構、知らぬも結構。顔を知るのは、彼女だけで良い。

  カオナシは彼女を布団に寝かせる。ペンを紙に走らせた。

  ジャケットを着込み、ナイフを仕込む。強化外骨格を腕と足に、仮面を被って家を出る。壁を蹴り上げて見晴らしの良いビルの屋上に着地、周りを見渡す。顔を照らす夕陽を疎ましく思いながら、視線を其処彼処へと移していく。

(彼処が酒場か)

  発砲禁止区画の中、端の方にある看板を見つけると、一直線にそこに向かう。ゆっくりと目の前に着地すると、中から喧騒が聞こえてくる。何やら揉めている様子、邪魔をしない様にオクトカムを起動し、周囲と溶け込んで中に入る。カウンター席に座ったところでオクトカムを消し、テーブルを指でタップする。

  音に気づいたマスターが一瞬カオナシを見てギョッとするも、注文を取ろうと耳を傾けた。

『お勧めのカクテル、それと、肴を』

  文字に起こしたカオナシを見て、恐らくすぐそこで言い争う彼らにばれたくないのだろうと予測をつけたマスターが無言でカクテルを作り、それから小声で話し始める。

「戦争でどちらに付くかで揉めてるんだ。あの二人は常連ギルドの幹部二人なんだが。どうも意見が合わないらしい。この酒場にいる奴らはありがたい事に、こっち側についてくれるらしいんだが、如何せん、相手が悪い。いくらこの国に剣聖がいるとしても、姿の見えない味方を信じられるほど、ここの奴らも楽観的じゃない」

  グラスを揺らし、横目でその二人を観察する。流石に、国が違えばいる人間にも差が出る。見たこともない二人だ。恐らくここの人間もカオナシの事を知るものは少ないだろう。

「所で、あんた見ない顔だが、賞金稼ぎなんだろ?名前は?」

『カオナシ』

「へぇ…あんたが…。あんたはどっちにつくんだ」

『こっちだ。いろいろあってな。加勢せざるを得ない』

「そうかい、それなら、多少は安心出来そうだ」

  戦争と一言にいえど、今は代理戦争が主になった時代でもある。国が賞金稼ぎたちを雇い、自国の兵士たちの代わりに争わせることもしょっちゅうだ。しかし今回はそうはいかないらしい。クロウから聞けば、相手は連合国。恐らく自国の兵士を多く費やしても兵力として足りるかどうか。

  それでもこの国に味方をするということは、それなりに理由があってのことなのだろう。家族がいるか、あるいは…。

(故郷を守る…か)

  今までも戦争の度にそんな理由で不利な国につく者は大勢いた。その気持ちがわからないでもない、が、己の力で故郷を消してしまったカオナシには少し面食らうような話でもあった。故郷に良い思い出など無いのだから、当然といえば当然だが。

  それからまた暫くグラスを傾けることもせず、喧騒に耳を傾ける。

「ギルドを解散したとして!お前に誰がついて行くって言うんだ!生きて帰れる保障が無いことぐらい今までのことでわかってるだろ!」

「だとしても、俺はここから離れない。離れたくないんだ。何度も言わせるな、ついてこなくてもいいと。ギルドを解散するのだって、お前たちを巻き込まない為に…」

「解散してる時点で巻き込まれてるんだよ!お前が拾ってきた子供達はどうする!ギルドの皆で見ていこうって決めたのもお前だろう!まさか、投げ出すなんて無責任な事を言うつもりじゃないだろうな」

「それは…」

「俺は許さんぞ。いくらこの国に思い入れがあるからと言っても、お前はもう一人ではない事を忘れるな。賞金稼ぎとして登録してあるんだ。戦争にわざわざ参加する必要も無いんだ。移動しようと思えばいくらでも移動できる。もう一度考え直せ、頼んだぞ」

  片方が席を立つと、視線が集中する。それを振り払って、男は店を出て行った。重苦しい雰囲気に皆の酒が進まない。マスターは大きくため息をついて腰に手を当てた。

  カオナシが見上げる、首を振って口を開いた。

「あいつとは昔馴染みでな。孤児院を経営してるお姉さんがいたんだ。ただ、過労で亡くなっちまってな、その子供達を、代わりにあいつが見てるんだ。多分子供達の為にはここを離れる事が大事なんだろうが…、なんせ、家族全員がこの国で眠ってるからなぁ…」

  なるほど、それで離れたくないわけだ。カオナシは小銭をカウンターに置いて席を立った。そして何も言わずに立ち去った。彼を目で追うものも多く居たが、誰も止めるようなことはしなかった。

(それにしても、なぜこのタイミングで戦争をしようと考えたんだ?剣聖自体は健在だ。連合して数で潰すにしたって、かかる費用も馬鹿にならない。何か裏があるのか…?)

  家に帰る道すがら、彼女の好きそうな焼き菓子を一つ買っておく。何も言わずに出てきたのだから、もしかしたらご立腹かもしれない。

(…一度食べてみたかったんだよな)

  手に持った焼き菓子を見たあと、軽い足取りで家に帰った。




  別の酒場では、カラスの面をした女が勢い良く酒をかっくらっていた。それを見守る他のカラスも、半ば呆れたように少しづつグラスを傾けている。誰一人として止めるわけでもなく、慰めるわけでもなく、ただただ群れている。

「はぁ…あーくそー…私も結婚してえなぁ…」

  ため息と共にもれた言葉にカラスがざわめいた。流石に気を病んだかと心配になった側近の一人が隣に座り声をかける。

「アンタ大丈夫?なんかあった?」

「君でも良いんだけど私と結婚しない?」

「話聞けよ。いやよ、女と結婚なんて」

「だよなぁ…、でもこうしてる間に私の太陽は私のものでは無くなってしまったんだよ」

(うわめんどくせえこいつ)

「そりゃあね、アプローチの一つもかけなかった自分も自分なんだけどさぁ、なんていうか、掛け方わかんないから仕方ないよねぇ」

「ソーダネー」

「真面目にきかねえと今日からキモガラスってよばせっぞ」

「慎んで拝聴させていただきます」

  カラスたちの呼び名は全て彼女が決めている。勿論ギルドマスターである事が大きな一因ではあるが、彼女達が群れる為、一つの共同体で有ることを強調する為でもある。但し、クロウは彼女一人だ。他のものは全てカラスにちなんでいる。

「こんなことなら無理やり襲って処女捨てとけばよかった」

「え、あんた処女なの?」

「そーだよ、なんか文句ある?」

「いや、ないけど…あんたいくつよ」

「二十二」

  シーンと静まり返る群れ、集う視線、クロウは鬱陶しそうに振り払う。

「私より…年下…?」

「ヤタはいくつなんだい」

「二十六」

「へえ、大人だね」

  いやいや、とその場の全員が否定した。クロウのギルド『ブラックフェザー』には老若男女問わず様々な賞金稼ぎが集まっているが、そのほとんどが彼女より大きく歳をいっていた。少なからず年下の者もいるが、それも所属している者の親戚などだった。

  いくら顔が隠れているとはいえ、ここまで年齢が隠れるものとは思いもよらなかった。さらに言えば、その若さでそれだけの実績を積むことが出来た彼女に、改めて敬意を評せざるを得ない。

  彼女は、単独での暗殺に長けていた。役人から総理大臣に至るまで、彼女に頼めば一週間とかからずに命を散らす、と恐れられていた。その彼女がギルドを創設した時は、誰もが暗殺部隊を想像していたのだが、その実態は暗殺など全く行わないようなクリーンなギルドだった。

  そもそも設立した理由が、暗殺に飽きたから、という今となってみれば何とも若者らしい理由だった。

「まぁ、うん。それはさておくとしようか。野暮なこと聞くけど、そのあんたの好きな人って誰なんだい?」

「カオナシ」

「え?」

「カオナシ」

「…マジ?」

「マジ」

「本気?」

「本気だよ、君もしつこいね」

「いや、そりゃあ…ねぇ…?カオナシは良い噂聞かないし、顔も見えないし、NINJAって言われてるし」

「良い噂が無いのは私も同じ、顔が見えないのは皆も同じ、NINJAは…知ったことではないかな」

  確かに、クロウに関しては黒い噂しか流れたことはない。クロウの本質を射るような噂ではない為本人も特に気にしてはいないが、それはそれは黒い噂が立ったものだ。

  要人暗殺、その為に一度娼館に身を売り商売と見せかけて関係のない人まで殺したとか、メイドに化けてその屋敷の住人を皆殺しにしたとか、数えあげれば切りが無い。その上本人も流した噂があるのだから、最早出処がわからない。わかった所で、特に意味もない。

  賞金稼ぎにとって噂は一つの仕事の種だ。例えその噂が事実無根であったとしても、噂が立つほど有名な賞金稼ぎだと言うことを主張できる。依頼主も知名度のある賞金稼ぎなら安心して任せられる。

「でもさでもさ、妖怪だよ?妖怪カオナシ。あいつと一緒になった公募依頼は全部持っていかれるって言うじゃん。しかも、邪魔をしたら有無も言わず叩き斬るって」

「有無も言わないのは当たり前だよ。彼は口が聞けないんだから」

「そうなの?」

「彼が喋ったとこ、見たことある?」

「いや、そもそも遭遇したことがほとんどない」

  恐ろしくて遭遇したくもない。そんな顔だ。そもそもカオナシが良いという彼女がよくわからない。

「そっか。まぁ…わからなくてもいいんだけどね」

「っていうか、何でカオナシなの?」

「何でって、強いから、あと、カッコいいから」

「どこが?」

「戦ってるところ。凄いスタイリッシュだよ。実剣がね、光を反射して輝くんだ。それにスピードが加わって、光の軌跡が残るんだ。ビームサーベルでもないのにだよ?」

「へぇ…、そんなんどこでみたんだ?」

「目の前」

「は?」

「目の前で見たんだよ。私の目の前だ。別に殺されかけたってわけじゃないよ?でも、すごく、綺麗だったんだ」

  仮面からはみえないはずのその瞳が、輝いて見えた。側近は頬杖をつき、にやけながら尋ねる。

「そんじゃま、カオナシとの出会いでも語ってもらおうかね」

「いいよ。私と彼の出会いはね、依頼なの。彼を暗殺してくれっていう依頼。よっぽど腹が立ってたんだろうね、どんな方法を使ってもいいって、必ず殺せってね。まぁ、よくある話だよ、裏のシンジゲートを彼が別の依頼で潰したんだ。その報復で、彼を殺せってさ。身勝手だなぁと思いつつ、受けたんだ。支払いも良かったしね。でも、彼を一目見た時は寒気がした。本能で悟ったよ、これは無理だって、こっちが殺されるって。今まで何人も殺してきたけど、そんな寒気を感じたのは彼が初めてだった。直ぐに踵を返したよ、回れ右って感じで。初めての失敗だった。しかも実行もせずにわかった失敗。それはもう、屈辱だったさ、私にとっては一番やっちゃいけない失敗だよ、何もしないなんて。でも、今思えば、何もしないのが本当に正解だった。じゃなきゃ、今私はここにいないだろうしね」

「そうかもしれないね。それでそれで?」

「嫌だったけど、依頼主に報告しなきゃいけなかったんだ。その途中で、キュウビに襲撃されたんだ。私とあいつの因縁はそれからだね。公募の依頼中に奴が不必要な殺人をしている事は知っていたんだけど、依頼中でもないその時に襲われるとは思ってもみなくてね。抵抗する間も無く路地裏さ。これは死んだと思った。依頼に失敗した上にわけもわからない奴に殺される。最悪だ。そんな時に彼がやってきた。その路地裏に用があったのか、それともキュウビを追ってきたのか、多分私を追ってきたってことはないだろうけど、彼の真っ白な仮面が暗闇で浮かび上がって来た時はもっと冷や汗をかいたね。でも、キュウビの気はそっちにそれたみたいで、迷わずカオナシに飛びついたんだ。その時に、彼の実剣を見たんだ。軌跡が煌めいて、一瞬だった。峰打ちだったんだと思う、鈍い音とキュウビの叫び声が聞こえた時にはもう全部終わってた。首筋に実剣を添えたあと、それをしまってアゴで帰れってやったの。こういうことする人いるんだなって思った。そのままキュウビは逃げたんだけど、私は腰が抜けちゃって…恥ずかしい話、彼に助けを求めたんだ」

「どんな風に?」

  彼女は少し恥ずかしそうにしながら、両手を広げる。

「抱っこ」

  うーわぁ、という声が漏れる。それも嫌な声ではない、どちらかと言えば、羨望。カオナシに向けられたある種、羨ましさのようなものだった。見える耳がわかりやすく赤くなる。可愛らしい乙女だ。側近は赤く熟した実を愛しく思いながら、自分の今までの人生をやり直したくなった。

(やり直したとしても、こんな恋は出来そうにないなぁ)

  頬杖を突き柔らかい笑顔でクロウを見る。

「それで、彼はしてくれたの?」

「…うん」

(うっわイケメン)

「でも多分私だとは思ってないだろうなぁ。一般人に偽装する為に仮面外してたからね。多分、今もわかってないよ」

「なるほどねぇ…、それで、恋しちゃったわけだ」

「何その言い方…、恥ずかしいね…」

「そりゃあ今赤裸々告白したんだから、恥ずかしいでしょうよ」

「あーそっか、私今全部喋っちゃったんだ…。うー…顔が熱い…」

  思っても見なかったギルドの長の一面に、メンバーは楽しそうにグラスを傾けた。良いリーダーを持ったものだと感慨に耽つつ、彼女を慰めるように酒を頼む。

「でも、初めての良い体験になったかな」

「失恋?」

「うん。これでまた幅が広がりそう」

「そんなこと言わなくて良いの」

  クロウの手を握る。柔らかく、暖かいその手に鼻の奥がツーンとしてくる。

「ほら、お姉さんを頼んなさい。んーん、私だけじゃなくて、このギルドを、あなたのギルドを頼りなさい。大丈夫よ、私達はあなたを応援するわ」

  少し唸って、側近の肩に寄りかかる。小さくすすり泣く声を聞きながら、他のカラスは敢えて揚揚と酒を呷った。その声に釣られたのか、それとも混ざりに来たのか、酒場の扉が鳴る。

  ゾロゾロと、列を成し行進する灰色の集団。それぞれに気味の悪い笑顔を口元に貼り付け、顔の上は満面の笑みのネズミがこちらを見ている。

「おやおや…騒がしい鳴き声がすると思えば、害悪鳥の皆さんではないですかご機嫌麗しゅう」

  リーダーと思しき男が優雅に一礼をする。内容は失礼極まりないが、そんなことで一々腹を立ててもいられない。

「わざわざ餌の方からご挨拶どうも、こっちはこっちでやってるんでね、食い散らかされたくなけりゃ、別のとこでやんな」

「カラスに取って食われるほどヤワじゃあないんですよ。そちらこそ、駆除される前に何処かへ渡った方が良いのでは?」

「へぇ…言うじゃない。だったらここで…」

「ヤタ、わざわざ煽りにのらなくていいよ。低レベルなリーダーを持って、君たちも大変だね。そんなクソみたいなギルドやめて、こっちに入らない?」

  クロウが側近の言葉を制する。更にリーダーを無視してその後ろに並ぶネズミ達に声をかけた。当然、リーダーの彼からすれば、面白くないことこの上ない。低レベル扱いをされた上に、こちらの味方を引き込もうとする。何一つ面白くない。

「解せませんなぁ…!何故、私の兵が貴方に馴れ合うと?我がギルド『マウスマーチ』が、貴方達の様な低俗な群れしか為さない、いや為せないカラスどもに劣ると?」

「わかってないなぁ…」

「なに…?何のことです…?」

  クロウは側近から体を起こす。顔も向けずに言い放った。

「弱いから群れるんだよ。私は自分が弱いことをわかっているから、群れを成している。ところが貴方はどうだろう?如何にも、『私が一番強くて偉いから従えられている。』そういいたげじゃないか。だとしたら、矛盾が生じるなぁ」

  カラスが不敵に笑う、嗤う、嘲う。

「だったらギルドなんていらないじゃない」

  眉をひそめる。

「どういう意味ですか」

「そのままだよ。強いなら一人でやんなよ。カオナシやキュウビみたいに、一人で依頼をこなせばいいじゃない。単独で出来る依頼なんていくらでもあるよ」

「ふん、我々は集団でこそ強さを発揮するギルド、個別行動など以ての外」

「あーあ、言っちゃった。私達は一人ではなにも出来ない能無しです、って」

  クロウが一歩前に出る。更に一つ踏み出す。ゆらり、ゆらり。その男の前に立つと、長い前髪を垂らしながら顔を近づけた。正に嘴が当たる一寸、後ろの兵士を指差した。

「いくら隠そうとしても無駄だよ、立ち方、重心の傾き、見えない様で見えてるその色分け、ありありと出てるねぇ、役割分担。君のギルドは大きく役割を分け、それぞれに特化したプロフェッショナルにすることでマーチを完成させている。確かに集団での利は存分に発揮出来るだろう。しかしそれが分断されてしまったら、もう何も出来ない。例え出来たとして、特化した分野よりどれだけ劣ることか、たかが知れる」

  そうだなぁ、とまた歩き出す。兵達の前で足を止め、首を回して一巡、頷いて口を開いた。

「アスタリスクを書いて分断したら終わりだね、この隊列だと」

「ッ!!!」

  冷や汗が止まらない。確かに簡易的に組んだのは確かだ、然し、はたから見ればわからない様に組んだはず。しかも己の役割を示す為の色表示まで看破されている。

(おかしい…!色表示は最も見えないであろう仮面の内側にあるはず…!何故わかる!)

「何を簡単なことで悩んでるんだい?」

「………、」

  息が止まる。クロウがいつ背後に立ったのかさえ分からない。

「君が手首につけてるそのカラフルな時計、綺麗だよねぇ。ところでそれ…」

 息がかかるほどの近さ。動けない。体が硬直している。視線を動かすことさえも叶わない。全身に震えが走る。

「何のボタンなんだろうねぇ?」

(ダメだ、絶対にダメだ!こいつに手を出しちゃいけない!今すぐ…今すぐここから離れなくては…!)

  スッと男から離れ、居直る。パンパンと二度手打ちをした後で、兵に号を飛ばす。

「さぁ、リーダーのお帰りだ、整列!敬礼!」

  兵が男の通る道を開けて整列する。いや、せざるを得ない。今は逆らうべきではない。男が唇から血が出るほど強く噛む。床に雫を零しながら、踵を返した。

「許さん、許さんぞカラスども。いつか返すぞ」

「何かを貸し付けたつもりもないんだけどねぇ?」

  どうぞ、と恭しく一礼して見送った。振り返ると、側近が呆れた様に腰に手を当て苦笑いした。

「あんたの方が、大人気ない気がするんだけど?」

「大人になったつもりはないよ。それに、仲間をバカにされて黙ってられる程、気が長いわけじゃないしね」

  それでこそ、だからこそ、彼女を慕うことをやめられない。彼女のギルドが彼女そのものの気質を尊敬しているのだ。

「でもどうやってやったんだい?」

「あぁ、簡単だよ。カラスの目は、どこにでもある」

  自分の目をさして笑った。

  側近が首を傾げる。スルーしてカウンターに座った。

「口直しに何か依頼でも消化しますか」

  腕の端末を起動する。ディスプレイが空中に移され、協会のトレードマークが映し出される。仮面の認証が済まされると、黒い羽根が宙を舞う。今協会に集まっている依頼の一覧を見て回る。

  一番多いのは運搬。国から国への物資の移動だ。協会がわざわざ運搬まで取り仕切る理由は、ある種一つの信頼が置かれているからだろう。

  一昔前、クロウが生まれるよりももっと前に起こった大戦のお陰で、廃墟が増え、物資は不足し、人口が減れば、野盗が増えた。下手な業者に任せれば野盗に襲われておじゃんになる。だからこそ、賞金稼ぎという職が出来たのだ。野盗を取り締まり、金さえ渡せば運搬も警備も闘技もする。

  言ってしまえば何でも屋だが、金で信頼を買えると考えれば、それはそれは便利な仲間でもある。そして何千万と登録された賞金稼ぎの中でランキングを作ることで、受けられる依頼の質が上がったり、自由に国を移動出来るなどの恩恵を受けることが出来るようになる。

  だからこそ、不動の一位は疎まれる。国に守られた専属賞金稼ぎ、姿も見せないその賞金稼ぎは他のやる気を削ぐ不安要素でしかないはずなのに、何故協会は剣聖の秘密を守るのだろうか。

  クロウは意を決する。

「あのさ、ヤタ」

「ん〜?」

「あっちの国につこうと思う」

「…もしかして、戦争の話?」

「うん」

「…カオナシがいるから?」

「んー、それも無いことないんだけど、確かめたいことがあって…」

「剣聖のこと?」

「………、うん」

  側近はふーんとグラスを傾けた。案外薄い反応に、クロウが不安になる。横目にチラチラと確認する。側近は不思議そうに顔を向けた。

「いや、えと、なんか、ない?」

「なんも?」

「そ、そっか」

  なんだか気恥ずかしくなってくる。何故自分はこんなに構えているのだろう。いやそれより、今まで戦争で中立を保ってきたブラックフェザーがどちらかに傾くことに何か不満があるはずなのだ。あるはずなのに、誰も言わないとは…。

(うーむ…、不満が言いづらい環境にしちゃったのかな…)

「なーにきょろきょろしてんのよ。もう飲まないの?」

「あ、いや、そうじゃなくて、何かいいたいこととか無いのかぁって…」

「心配でもして欲しいの?」

「いや、そうじゃなくて…その…完全に私の独断な訳だし、それに巻き込むのはなんだか忍びないというか…」

「じゃあ解散でもする?」

「しないよ!こんなに良い仲間に会えたんだから、するわけないじゃないか」

「そ、じゃあきょろきょろしてないで堂々としてなさい。あんたの決定は私達の決定よ。文句なんてあるわけないでしょ」

「ヤタ…、やだイケメン抱いて」

「何いってんのよ…」

  抱きつくクロウを受け止めながら楽しそうにグラスが揺れる。他のカラスも楽しそうにグラスを揺らしながら、来るべきその時へ、また闇に紛れて消えた。




  炉の火を調整しながら、背後からの音に耳を傾ける。カツン、カツンと硬い音に視線はそのままに、声をかける。

「今度は後ろからってか?」

「そんな士道に反するようなことはせん。刀はどうだ」

「順調だ。それより、随分人が減ったな」

「…まぁ、な」

  白い髭を指でいじる。少しゴワゴワとした感触を残して、形を変えた。

「今思えば…」

「…?」

  老人は少し目を伏せながら、杖の先端を軽く蹴る。カツン、響く。

「あの時、お前がいなくてよかったと思っておる。結果論だがな」

「…そうだなぁ。いたら今いないだろうしなぁ」

  鎚を振り下ろす。鉄と鉄のぶつかり合う音、飛び散る火花を遠目に見ながら、老人はまた杖を蹴る。

「爺さん、その癖、相変わらずだな」

  鎚を振り下ろしながら男が言う。癖、と言う程やっていたつもりはなかったのだが、自分が思っている以上に、その行動は人目についていたようだ。すり減った杖の先端に、蹴られて削れた痕が映える。

「昔はな、ここに婿に来る前の話だが、私は、舞踏をやっておった。紳士ヅラした男の役をよく任されてな、多分、見た目が年よりも老けていると遠回しにいっておったんじゃろうな。その役の一節に、確かにあったのだ、杖を蹴って、舞う一節が。それは、私の一番の見せ場だった。あれは、楽しかったなぁ…」

  天を仰ぐ、煙を受けて黒ずんだ天井に、一際明るい照明が浮かび上がる。大きく手を広げる己の姿がすぐそこに見えた。受ける拍手喝采、息を切らしながらも、やり切れた幸福感、充足、興奮は今も鮮明に覚えている。あの舞台で、老人は誰にでも成れた。成ることで、自分のやりたかったことを為せた。

  それに比べれば、今の自分など枯れたものだ。後悔しているわけではない。ここに来ることで、様々な恩恵を受けることが出来た。様々な恩恵を送ることも出来た。ただ、一つだけ悔いることがあるとするならば。

「今でもやりたいんだろ、舞踏」

「…あぁ」

  自分の一番やりたいことは、全て封じ込めたまま、この歳にまで来てしまったことだろう。足腰は杖で支えなければ長いこと立てなくなるまで衰え、息はすぐに上がり、奮う腕も直ぐに落ちる。

  老い。絶対的に抗えぬ人としての性。ほんの少し前、この男が来るまで、すっぽりと抜け落ちてしまっていたことだ。それは、この男に一太刀も浴びせられなかった事で自覚してしまった。あの時自分は加減などしていなかったのだ、にも関わらず、自分でもわかる程に、筋が落ちているではないか。

  恐らく、この男も解ったのだ。この老人が、本当に老いてしまっていることに。だからこそ、早々に切り上げ、ここに来た。彼らが感心している間に、歳の割りには…、そう思っている内に。

  エモノを受け取ってからでもいくらでも言えたはずなのだ。

『老けたな、爺』

  それを言わなかった。それが余計に、老人に自分が老いたことを自覚させてしまった。

  情けない、情けないにも程がある。

「寄越せ。その杖、軽くしてやる」

「…なに?」

「軽くしてやるっつってんだよ。さっさと寄越せ。どこもかしこもあんたの癖は変わってない。まだ目に焼き付いてる今なら余計な部分を削ぎ落として最適化してやる」

  差し伸べた手に、視線が止まる。じりじりと焦がすような視線は期待しているようにも、バカなことを言うなと言っているようにも取れた。それでも手を差し伸べた。

「実はな、あんたが踊ってるとこ、見たことあんだよ。あんたが朝早く、誰もいない稽古場で、一人で踊ってるとこ。あの時のあんたは、本当に楽しそうだった。だから俺も本当にやりたいことに突っ走った。それをやることで、あんたみたいな笑顔になれたから」

  今更込み上げる恥ずかしさなどない。しかし、あの時の自分は、そんなに良い顔をしていたのか。この男にここまで言わせる程の、行動に移させる程の顔を。

「なぁ、爺。もう一回、踊ってみないか。観客も舞台も用意出来ねえ、俺が出来んのはせいぜい服をしたててやるくらいだ。それでももう一回、この杖を持って、踊ってみないか」

  思い出す。あの高揚を、興奮を、充足を。高鳴る胸が答えを欲している。最早出ている答えを欲している。形にしろと、口に出せと、暴れまわる。

「舞台なら、公開日なら、直ぐそこまで来ている」

  杖を手の上に置いた。

「この老兵の晴れ舞台だ。とっておきの意匠を仕立てておけ」

  男は口が裂ける程の笑顔で返した。

「誰に言ってやがる。とっておきじゃあ振り切れるぜ。とびきりだ」

  ふん、と鼻を鳴らして踵を返す。

「期待しているぞ、息子よ」

「………」

  そのまま踏み出したその背中に、間抜けな面を晒し、目頭を抑えた。

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、クソ親父」

  目を開いて杖をタタラの上に置く。カオナシのエモノはすでに出来上がっている。あとは仕上げに砥石で研ぐだけだ。仕込みを抜く、ほぼ使われた形跡は無い。だが目に焼き付けた太刀筋を頼りに、食い入る様に目で形を決めて行く。

  柄を外しそのまま炉に放り込む。じっくりと赤くなっていく刀身を見ながら、杭と鎚を用意する。全体が赤から黄色に変わる手前で取り出し、タタラの上に置く。杭を使って抉り取る。要らない部分を、杭を殴って削ぎ落としていく。

「…うし」

  もう一度炉に入れ直し温度を調整しながら、また取り出し、今度は鎚で殴って薄くする。それを何度か繰り返し、水の中へ。

  老人の鞘は杖である以上、ここで刀身が反ることは許されない。斜めではなく真っ直ぐ入れる。均一に冷やすことで、どちらかに反ることを許さない。

  これが、面白い。自分と鋼との戦い。叩き上げる感触、水に入れて理想の形に反り上がる姿、はたまた、直剣を作るこの加減。まさに、鋼と自分の根比べ。焦ってはいけない、急いでもいけない、じっくりと時間を掛け、理想へと近づけていく。

  水蒸気の中から、鎚の跡が多く残る剣が現れる。真っ直ぐ、曲がることなく。これを研いで形を整える。その後、鋼が減った分補強すべき強度を、カーボンで補う。受けて折れるようでは、戦ってなどいられまい。更にレーザーコート処理を施す。余りにも高い出力のビームライフルでなければ溶けずに受け流せる仕様にする。

  これで、老人の杖は出来た。汗を拭って射し込む光に目を細めた。やはり、一本を完全加工すればこれだけかかるか。だが、仕事はまだ残っている。

「紳士といえば、スーツよな」

  カオナシのオクトカムと同じ素材を裁断する。これはただの隠れ蓑だ。その内側にあるモノを隠してもらう。カオナシと同じ、もしくはそれよりも軽い、強化外骨格を加工する。作るのは、小型のビームシールド。オクトカムでこれを隠す。電磁系のモノを作るのが苦手な男としては、あってないようなものとしておきたいのだ。

(まぁ、ちょっとしたサプライズってことで)

  刀身を水につけ、チリや研いだ部分を洗い流す。一息ついて、視線を移すと、ボロボロになったツヴァイヘンダーが目に映る。

  うず…。

(あれは…、ったく誰が使ってんだ?えらくけったいな使い方しやがって、刀身も刃もボロボロだ)

  スーパーキラメクスマイル。

「俺に治させろぉい!」

  大喜びで飛びつき、頬擦りする。

「久し振りだな俺の第一号!良い持ち主に会えたか?!」

  ここに来て初めて作った剣、サイズの調整をまったくせず、デカイ方が強いんじゃね?という若気の至り感満載の両手剣。誰が使っていたのか知らないが、随分と使い古してくれたようだ。とはいえ、ここまでボロにされると、何を斬ったのかが気になってくる。

  じっくりと傷痕を見る。

(何かを斬ったあとじゃねえな、こっちの質量が勝ってるってだけで、基本的には斬られてやがる。なるほどな、振り回される事で、この剣を振り回してやがるのか。しかも最近付いた傷ばっかりだな。もしかするとこいつぁ…あの嬢ちゃんのか。ふむ…まだ力を大きく加えてるな、大体は振り回される事で威力を利用してはいるが、要所要所で重っくそ体に負担が掛かってやがる。そしたら…)

  余りに余っている素材の山、一つの形を思い浮かべた。

「もっと重くしちまおう」

  全体の重量を上げるのではなく、先端を重くする。斬るのではなく、叩き割る事をメインに据える。そうすれば中途半端に遠心力が弱まることも無い、回転力の上昇、即ちスピードの向上。

  入れるなら、球体。その周りを強力な磁石で固める。くびれさせ、他の部分の重量を減らす。結果的には、全体の重量を変えずに、先端だけを思い切り重くする。

  一番重い金属、オスミウムと、一番強力な磁石、ネオジウム、これらを組み合わせるだけでも相当な重さになる。これを先端に埋め込み、剣にする。

「さて…鋳型を作るか」




  深い深い闇の中、周りを見渡しても、何も見えない。ただ、声だけが聞こえてくる。何処かで聞いたような、さらに言えば、自分の声に似ているような、そんな声。それに加えてもう一つ、声が聞こえてくる。

  男の声、低く、無骨で、遠慮を知らない。そんな印象を与える威圧的な声は、先ほどの声と言い争いをしているように聞こえた。

  声が頭の中でグルグルと響き回る。だんだんと鬱陶しく感じるようになってきた頃、はっきりとした言葉が聞こえる。

「私と一緒に、死んでちょうだい…!」

「……っ!」

  目を開く。天井。暗闇の中では無い。かけられていた布団を剥がし、周りを見渡す。彼の部屋だ。だが肝心の彼が居ない。

  急に、寒気が襲ってくる。

  あの二つの声は、もしかしなくても両親の声だろう。

『最期は、お前の母親と相討った』

  そういうことか。納得する。震えが止まらない。自分の体を抱きしめてみても、収まるどころかますます震えは大きくなる。怖いのだろうか、何が怖いのか、どうして怖いのか、自分でもわからない。混乱した頭が求めたのはただ一つだった。

「ムラマサ…、ムラマサ!」

  錯乱したかのように首を巡らせる。呼吸がだんだん荒くなっていく。扉が開いた音に体が大きく反応する。

  ひょっこりと顔を出したのは、真っ白なお面だった。手に紙箱を持った彼は不思議そうに部屋に入り彼女の前に座って文字を打つ。

『どうした?』

「………」

  何も言わずに、その手を握る。震えが、止まった。彼女はそれを見て、ほっと息をつく。そして言った。

「ダメだな。もうお前がいないと死にそうだ」

  ピタッとカオナシの動きが止まる。それから数瞬遅れて焦ったように手を握り返してくる。紙箱を床に置いて、両手で彼女の手を包み込む。

「大丈夫、お前がいてくれたら平気になった」

  その緩んだ頬を見て、カオナシの焦りが止まる。そしてもう一度同じ事を打ち込んだ。

『どうした?』

「いや、なに、夢のような、何かを見ていただけだ」

  その無骨な手に包まれながら、手にも残る火傷の痕を見つける。

「ムラマサは…」

「………?」

「ムラマサは…、里の人を…その…殺した時…どう思った…?」

  カオナシは少し悩んだ後で文字を打つ。打ちにくそうにしていたが、その間も彼女の手を離すことはしなかった。

『その時の俺は、言ってしまえば抜きん出た杭だった。身体を焼かれた時は、杭が打たれたんだとしか思わなかった。里を滅ぼした時は、復讐というより、自分が生きるために必要だと思ったんだ』

「それは…なんで?」

『そこに比べられる対象がいるから、打たれなければならない。比べられる対象がいなければ、打たれることもない。そう思った』

「じゃあ、今は…?賞金稼ぎも比べられてるようなもんだろ?」

『確かにな。でも、賞金稼ぎ達は協会のルールに則って、競い合っている。彼らは、抜きん出た杭を打つのではなくて、それよりも抜きん出ようとする。俺はそれが気に入っているんだ。勿論、打ちに来る奴もいるが、俺は遠慮なく打ち返す。協会もそれに関しては明記してるからな』

「正当防衛か…」

『そうだ。誰が協会を取り仕切ってるのか知らないが、良く考えたものだ。尊敬に値する』

「そう…か」

『しかし、どうしてそんなことを?』

  彼女はカオナシの手を少し強く握る。カオナシも応えるように少し握り返すと、彼女は口を開いた。

「私が生まれた時、私の父はこの家を襲撃したそうだ。目的は私、私と手合わせしたお前ならわかると思うが、この家は剣術に長けてるんだ。しかも並の才能じゃない、一人いれば戦況を大きくひっくり返すことができる。故に、剣聖、この国を救う聖(ひじりと言われてきた。勿論、協会に登録しているから、この国の兵士ではないけど、まぁ実質この国が占有してるようなもんだ。それが、他国からすれば脅威にしか見えないだろうし、逆を言えば、引き込む、或いは何らかの形で奪取出来たとしたら、それはその国や組織にとって凄まじい力になる。だからなんだろうな、私が狙われたのは。父は、元々スパイだったそうだ。私を作って、奪うためのスパイ。そこまで出来るんだから、最早尊敬するよ」

  出来るわけないけどな、付け足して項垂れる。当然だ、出来るわけがない。自分の親ながら、閉口する。

「全く、そのためにどれだけの時間を費やしたんだろうなぁ…。そのために、どれだけ母さんといたんだろうなぁ…。はは…想像出来ないや…。私…どうして生まれてきたんだろ」

『俺と会うため、でいいんじゃないか』

  浮かび上がった予想外の言葉に目を丸くする。そして腹を抱えた。

「ぷっくくくく…、お前、やっぱ臭いセリフ好きだろ、いきなりそんなん飛んでくるとは思わなかったぞ」

  それから改めて、頷いた。

「そうだな、お前と会うためだったかもしれない。お前は父のようになってくれるなよ」

  カオナシは頷いて、そわそわしながら紙箱を差し出した。

「これなに?」

『焼き菓子』

「私に?」

  カオナシは動きを止める。いかにも、やってしまった、という感じだ。試しに紙箱を開けて見ると焼き菓子は一つしかない。焼き菓子と言うからパイかと思っていたが、小さなフルーツタルトのようだ。

  カオナシの手が文字を打たない、いや、打とうとはしているのだが大いにためらいがあるようで、なかなか文字が進まない。ははーん、彼女は少しやらしい目でカオナシの脇を突く。

「お主も食べたいと見えるのぉ…、食べたいのか?ん?」

「………」

  無言で後ずさる。恐らく、今まで自分が築いてきたであろう外堀、つまりイメージと葛藤しているのだろう。スイーツが好きと知れれば、女々しいと思われても文句を言えない、し、顔なしには文句を言う口がない。否定が出来ぬ口は即ち永遠の肯定を示してしまう。

  だがしかし、食べたい。食べてみたい。生まれてこの方菓子など食べたことはない。今まで何故買ってこなかったのか、と聞かれれば、返す言葉は一つしかない。

(だって俺すげえ目立つじゃん)

  今回買えたのも、単にこの街に、この国に活気がなかったからに過ぎない。店の中に入った時の店員の顔と言ったら、無い。この世の終わり、盗賊に襲撃されたような顔をしていた。それだけ、カオナシの仮面は目立つモノがあるし、恐怖を植え付けるものでもある。勿論、それが功を奏する事もある。

  例えば名を売る場合、この仮面は否応なしに目立つ訳だから此方は公募の依頼に参加して他の奴らから報酬をかっさらえばいい。噂は人を呼ぶ。呼ばれた人間を丁重にもてなしてやれば、輪を掛けて広げることが出来る。これはカオナシが始めたことではない。この業界が昔からやっていたことだ。カオナシはその方法に則っただけであり、特別なことはしていない。

  それでも、彼の名が広がるのは早かった。何を依頼しても二つ返事で了承しその全てをこなしてきた。信頼を寄せるクライアントはごまんといる。ただ、クライアントも適材適所はわかっているようで、暗殺に関してはクロウに頼むだとか、破壊活動はキュウビに頼むだとか、賞金稼ぎを上手く利用している。

  クライアント達は協会からその辺の説明はみっちり受けるようだ。適材をクライアントに紹介するのも一つの仕事らしい。昔、店主の男が賞金稼ぎのシステムについて説明した時に言っていたことをぼんやりと思い出す。

  閑話休題。

「………、」

  溜息をついて脱力、片膝を立ててその上に肘を乗せる。繋いだ手がぶらりと揺れた。仮面を外して、顎で箱を指した。食え、と言うことなのだろう。しかしその反応だけでは彼女としては面白くない。

「なんだ、半分こしてやろうと思ったのに…」

「…!」

「なんだその驚いた顔は、あのな、私にだって遠慮ぐらいある。折角買ってきてくれたんだから、一緒に食べたいと思うだろう」

  カオナシは少し沈黙した後、文字を打った。

『なおのこと二つ買うべきだった。一人が長かったせいでそんな事考えもしなかった』

  立てた膝を倒してぺこりと頭を下げる。その姿がなんだか可愛く見えた彼女は空いている手でその頭を撫でた。

「いいんだよ。それに、お前が食べたいなら、私がいくらでも作ってやるよ。店の味ほど上手くできるかはわからないけど、お前が望むならそれだけ練習する。勿論、食べるのはお前だけどな」

  頭を撫でられ硬直していたカオナシは、少し複雑そうな顔をしながら、ずっと閉じたままだった左眼を開いた。白くなった瞳が虚ろに虚空を見ている。恐らく、これからも彼の左眼は虚を見続けるのだろう。その瞳をジッと見つめ、彼女は口を開いた。

「どうした?」

  カオナシの口が動く。

  なんとなくだ。そう言った気がした。

「ふーん、そっか」

  頷いたカオナシの頬を両手で包む。顔を上げたカオナシの目に、嬉しそうに顔を赤らめて頬を綻ばせる彼女の顔が映る。少し首を傾げると、彼女は首を振った。

「これが私の旦那の顔なんだなって、思ってさ」

  頬を撫でる。くすぐったいようで、心地よい。

「思えば、急ぎ足だったなぁ…。もう少し、ゆっくりしててもよかった気もするよ」

  それもそうだな。心の中で頷く。事実会って三日目、急いだなんてものではない。しかしその間に、たくさんのことがあったのは確かだ。

  口に出せない、出ないもどかしさを抱えながら、カオナシは顔を上げた。

「そんな顔するな、別にお前と一緒になりたくなかったわけじゃない。私さ、恋愛の経験無いんだよ。だから、恋人らしいこともしてみたかったなって思うんだ」

  二人きりのツーリングも寝てたしな。そう言って、少し残念そうに頭を垂れた。その顔を、頬を、今度はカオナシが包む。顔を上げさせられた彼女は不思議そうに目を丸くする。

  やはり、もどかしい。文字を打つことでしか表現が出来ない事が、他に手段が無いことが。

(クソ、やっぱり恨むぞ、あいつら。ここまで不便にさせやがって)

  何もしないカオナシに、彼女は優しく言った。

「何か、不服そうな顔してるけどさ。何もかもを言葉にする必要なんて無いんだぞ。言葉より、行動の方が伝わることだってある。今だって、お前の手はすごく温かいんだ」

  カオナシの手に自分の手を添えて、目を閉じた。

「それだけでも十分、とはいかないけど、でも、足りてることも多い。って事で、そりゃ」

「…っ」

  手をひねられ組み伏せられる。が、すぐに解かれ、抱きつかれた。て慣れているように思えて全然やり慣れていないのが手首の痛みでわかる。加減が出来ていない。軽くひねった程度なので少し放っておけば問題ないだろう。そう思いながら、嬉しそうに胸元に顔をうずめる彼女の頭を撫でる。

  それも心地よさそうにしながら、小さく頬ずりした。

「ほら、すごく落ち着く」

  少し眠そうにしながら、彼女はカオナシに言った。

「ムラマサ、お前とはもっと別の形で出逢いたかったな。剣で語れ、なんて教わってきたけどさ、お前とは、こうやって、触れ合いながら語り合いたかった」

  表情の見えない彼女。カオナシは文字を打ち込む。

『剣が無ければ、出逢えなかったかもしれないぞ』

  それを見た彼女は、くすりと笑って、頷いた。

「それもそうか。お前が剣で語れなかったら、こうすることも出来なかったわけだ」

  頷くカオナシに、彼女は笑顔のまま溜息をつく。

「ほれみろムラマサ、言葉が話せようが不便なことはいくらでもあるぞ」

  これにはカオナシも苦笑い。また頷いた。

「ま、終わり良ければすべて良し。私はこの結果に大満足である」

  そのまま、彼女はゆっくりと規則正しい寝息を立てながらまた眠りについた。

  カオナシは彼女に出会ってからを思い返してみる。

(…三日しか経ってねえんだよなぁ)

  スピード婚、いや、爆速婚か。その三日で自分は彼女のどこに惹かれたのだろう。考えて見ても、思い当たる節がない。彼女を気にし始めたのは…、思い返そうとした時に、扉がノックされる。

  カオナシは彼女を優しくベッドに寝かせる。扉を開くと、メイドが少し驚きながらも一礼して口を開いた。

「お夕飯の仕度が出来ましたのでホールの方へお集まりください。本日は旦那様を皆様にご紹介するため、立食のパーティとなっております。お支度が済み次第お嬢様をお連れになりましていらして下さい」

  また一礼して立ち去ろうとしたメイドを引き止める。

「?」

『礼服がない』

「旦那様は、普段の格好で構いません。ですが、仮面の方はご遠慮下さいませ。決してお仕事ではございませんので」

  頷く。メイドはもう一度頭を下げて立ち去った。

  カオナシは眠りこけている彼女を起こすのは忍びないと思いつつも、その肩を叩く。ハッと目を覚ました彼女は、頭を振る。

「ごめん、また私は寝ちゃった」

  目をこする彼女に、カオナシは文字を打つ。

『顔合わせのパーティがあるそうだ。ホールに来いと言われた』

「そっか、もうそんな時間なんだ。タルトどうしよっか」

『パーティが終わったら半分こにしよう』

  頷いて、少しにやける。

「お前が半分こっていうと可愛いな」

「………」

「あたっ」

  デコピンをして扉を開けた。

  なるほど、確かに、体を動かすのも悪くはない。



  老人は次々と入ってくる親族達に笑顔で声を掛けながら、今回はどんな反応を見せるのか少し緊張していた。それに加えて、心配事が一つある。

  今回の結婚を急いだのもそのせいだ。本来であれば、彼女が成人して、更に剣の腕を高めてから行うはずだったのだ。それが、成人もせず、波動の体得もままならない状態で行わなければならなかった。その訳が、今、目の前で立ち止まる。

「ご機嫌よう、此度の結婚、誠におめでとうございます」

  その男は、別段他と比べて大柄と言うわけでもない。線も細い方、おまけに顔も整っている。少し長い金髪を後ろで結わえ、優雅に一礼をする姿に、一応此方も頭を下げる。

(思ってもいないことを)

  滲み出る赤が、その精神を、その内に秘められたる闘争心を感じさせる。嫌なものだ、と思いつつも、口を開いた。

「こちらこそ、わざわざご足労いただき、感謝する。会場はこちらに…」

「ところで」

  老人の言葉を遮って、その男は老人に尋ねた。

「お嬢さんはもう波動の習得を?」

「…まだ未熟故、習得には至っておりませんな」

「そぉでしたかぁ…、いやぁ残念ですねぇ…。良ければ私がお教えいたしましょうかぁ?教えられる人が居ないから困っているのでしょぉ?」

  先ほどの優雅さなど微塵も感じさせない表情を浮かべ、分かりやすく煽ってくる男に、笑顔を崩さず老人は言い放った。

「昔から、赤波を持った輩は災いを運んでくるというのでな。ウチには必要ないんじゃよ。ウチには、白波がよく似合う」

「あぁ?」

  バッサリ切り捨てられた男が更に顔を崩す。追い打ちをかける。

「聞こえなかったか、要らない、と言ったんじゃ。波動はな、才能さえあれば誰にでも体得出来る。一色手に入れた程度でほざくな」

「貴様ァ!」

  男の全身から赤が流れ出す。恐ろしくぬめりけを持った波が空気を乱して行く。視界が歪みそうな程、波がその場を埋めて行く。闘争をもたらす血の色、争いの種、人の心を乱して行く。

  後続の親族達が驚きの声を上げる。

「おぉ…、赤波だ」

「とすれば、あの方が例の…」

「そうだな、フリット様だ。分家の中で一番力を持っておられる方だ」

「しかしこんなところで波動とは穏やかじゃないな」

  ざわめきだす周囲にもっと見せつけるように赤が周囲を埋め尽くしていく。しかし老人は狼狽えない。染まっていく赤の中に混ざるように、老人の周りから色が変わっていく。

  少しずつ、少しずつ…。男が気づいた時には、老人の全身から、波がにじみ出ていた。

「闘争を運ぶ赤、秩序を正す青、平和をもたらす緑。その全てを統治する白。才能を分け与えられた分家が発揮出来るのは色波のみ。白波をその全てを上回る。三つの波が乱れれば、有無を言わさず全てを消し去る力を持つ。残念ながら、私は才の一部しか持たぬが、お前に波動で負ける程衰えたつもりもない」

  ザッ、と色が塗り替えられる。人の心を落ち着ける、冷たい水の青。冷たいようで、広く、受け入れるような安心感。しかし全てを押し付けるような圧迫感。その青の中に、男の赤はちっぽけに見えた。

  親族達が息を飲む中、男は大きく舌打ちをして、その場を去った。その後老人は、波を空気に染み込ませるように色を消し、その場にいた全員に声を掛けた。

「皆様、お騒がせして申し訳ない。会場はあちらです。どうぞお入り下さい」

  そのまま老人は控えの部屋に入って、椅子に座る前に崩れ落ちた。荒い呼吸、凄まじい発汗、遅れて入ってきたメイドが駆け寄る。

「お館様、何故あのような無茶を」

「舐められたままで終われる程、この家は弱くない。あの子が波動を習得するまでは私が守って見せる」

「…お館様、それではお館様の身が持ちません」

「良い。どうせ先の短い命だ。この家のために散らせるなら本望だ」

  メイドは老人の汗を拭いながら、口を閉ざした。何を言っても無駄、と言うことなのか、それでもついて来てくれるという意味なのか、老人にとってはどちらでもよかった。今はとにかく休みたい。深呼吸して息を整え、やっと椅子に座ることが出来た。

  そこへ、メイドが水を手渡す。

「お飲み下さい」

「…すまんな。君も忙しいだろう、もう戻っていいぞ」

「いいえ、そうはいきません」

「…これも仕事か、余計な仕事を増やしてしまってすまないな」

「そういうわけでもありません」

  老人が背もたれに寄りかかったまま視線だけをなげる。メイドは小さく笑って、彼に答える。

「私、歳上好きなんです」

「…そう…そうか」

  言葉に詰まる。まさかそんな理由だとは思わなかった。汗まみれになった醜い老人が、彼女の目にはどう映っているのか、老人には知る由もない。

  メイドはまた口を開いた。

「お館様は年齢的にドンピシャなんです、ドストライクなんです。ですが、欲を言えばもう少しお腹が出ていてもいいかと…。いえ、引き締まっている肉体も好きですよ?でも、少し弛んで柔らかくなったおなかも、魅力的なんです。理解されない趣味というのはわかっておりますが、お館様ほど、私の理想に近い方もいらっしゃらないのです」

 ですから、と一旦言葉を区切った。

「どうか居なくならないで下さい。私の保養は、貴方なのですから」

  貴方がいるから、私は休まるのです。

  そう言って、老人に微笑みかけるメイドに、なんだかんだ心配されていることをひしひしと感じながら、大きく息を吐いた。

「年寄りに無茶を言うな、全く」

  恭しく一礼をして、メイドは傍にはけた。その後、大分汗も引き、重かった体が少し起こせるようになってしばらく、扉がノックされる。予定よりも少し早い到着だが、遅いよりはマシだ。時間は伝えてなかったはずだが、大体の目安はついていたのだろう。

(流石、トップ10に入っているだけのことはある。時間の感覚もしっかりしておるわ)

  メイドが扉を開けて、その脇で一礼する。孫と、その婿が並んで立っていた。

「似合っておるぞ、マリア」

  純白のドレスに身を包んだ孫、マリアは、腰に手を当てて、呆れたように言った。

「そりゃどーも。こんなに早く着るとは思ってもなかったけどな。所で、なんでそんなとこでふんぞり返ってんだ?」

「一仕事したんじゃ、少しくらい休ませい」

「そうかい」

  視線をその隣に移す。仮面を外したカオナシが、何も言わずに立っていた。まだまぶたの傷が治りきっていないのか、少し重そうに片目を開いている。火傷の痕をじっくりと眺め、口を開く。

「いい顔だな、死線をくぐって来た顔だ」

  驚いたように目を見開く。恐らく、言われたことの無い言葉なのだろう。しかし、老人にはそんなことは関係ない。彼もまた、自分の息子に、孫になる男だ。貴賎などない。

「………」

  軽く頭を下げたカオナシに、老人は言う。

「さて、この後の流れを説明する。といっても話すことなど無いがな。私がじゃないぞ、お前がだ。この家は代々、剣で語るのが伝統儀式。礼服ではなく何時もの格好で来てもらったのもそのためだ。お前の名前と、今のランキングを紹介した後、分家の代表五人と手合わせしてもらう。勿論使うのは木刀だ、本当の勝負ではない。寸止めで頼む。お前なら出来ることだ。勿論、抜くまでもないと思ったなら組み伏せても構わんぞ。それが終わり次第、食事会が始まる。今はまだ飲み物だけが会場にある状態だ。あまり待たせるなよ」

  顔なしは文字を打つ。浮かび上がった言葉に、老人はニヤリと口を歪めた。

『5分で終わらせる』

「そうしてくれ。私も皆も、腹が減っておるからな」

  行こうか。その声と共に、部屋の奥にあるもう一つの扉を開けると、会場の壇上へ向かう通路がある。その通路を進んで行くと、その途中でアナウンスが入る。

『皆様お待たせいたしました。ご新郎、ご新婦様の入場です。盛大な拍手でお迎えください』

  その声と共に、壇上の袖から三人が脚光を浴びる。周囲の照明が少し落とされ暗くなり、壇上に視線と拍手が集まる。加えてどよめき、ざわざわとした音が会場を支配する。

  恐らく、その婿の顔を見たから、なのだろう。カオナシは意に介さず、会場を見渡す。一つの家の親族にしてはやたらと多い人だかり、しかしその真ん中に丁度円を描いてポッカリと空いている。白線で仕切られたその石段のステージが、恐らく老人の言っていた、手合わせをする場所なのだろう。

  冷静に情報を収集する横で、不機嫌そうに腕を組んでざわつきに耳を傾けるマリア。あんな婿だなんて、可哀想に、そんな言葉が耳に付く。開こうとした口を老人が引き止める。

  老人がマイクを受け取り、口を開いた。

「静粛に。この度はご足労いただきましてありがとうございます。遠路からいらっしゃった方も多いでしょう。その労に適うだけの者を、紹介させていただきます。彼が私の孫の婿であり、次期当主になります、カオナシです。名を聞いたことのある方も多いでしょう。彼は今、賞金稼ぎランキングで八位につけています。それではその実力、見せていただこう」

  カオナシは頷いて、壇上から一気にそのステージへ跳ぶ。ジャケットを翻しながら着地し、イライラしたマリアが思い切り投げた木刀を後ろ向きに受け取ると、後ろから怒号が飛んだ。

「やっちまえムラマサ!お前や私のことを可哀想だなんていう奴らに見せつけてやれ!」

  ゾロゾロと並んだ五人を目の前にため息をつきながら、肩に木刀を担ぐ。人差し指で五人に向かってクイクイ、と合図した。その五人の内一人が木刀を持って白線を踏み越える。

  黒い髪をオールバックで纏め、黒いタンクトップがパツンパツンになるほど筋肉を隆起させた大柄の男が、カオナシに物を言う。

「カオナシはコードネームなんだろう?俺も賞金稼ぎなんでな、コードで名乗らせてもらう。俺はレイジング・ブル。普段は斧使ってるんだが、剣じゃなきゃいけねえらしくてな、お手柔らかに頼むぜ」

  刺突の構えと取る男にカオナシは頷いた。

(なるほど、猛牛ね)

  いつの間にかやってきた老人が手を上げる。

「それでは一つ目、はじめ!」

「フンッヌ!!」

  速さの乗った突進。体の大きさの割りに意外な程のスピードが出ている。とはいえ、カオナシには止まって見える程、遅い。

  自分も猛牛に向かって踏み込む。

「ッ!!!」

  猛牛の目にはいきなり目の前にカオナシが現れたように見えただろう。そして急ブレーキをかける間も無く、踏み込み終わり、地面から離れた足を思い切り蹴り上げる。巨体がいとも簡単に回転する。そのまま背中から石の地面に叩きつけられる。

  受け身を取ることもままならず、肺から空気を吐き出した大男は、そのまま突きつけられた木刀に、手を上げた。

「か、完敗だ」

「………」

  カオナシはその木刀を残りの四人に向けて滑らせ、また肩に担いで、また、指をクイクイ、と合図する。大男が線を跨いでどいたあとも、三人は完全に気が引けて入ろうとしない。それに見兼ねた最後の一人が、木刀を持って線を踏み越えた。

(…?何だこの音は)

  小さく何かが振動する様な音が耳に付く。恐らく他の人間には聞こえていないのか、誰も気に止めないが、カオナシは少し顔をしかめる。

  老人とマリアも、同時に顔をしかめた。

「どいつもこいつも、腰抜けが。私はフリット、フリット・グランジスタ。先に言っておく。お前は俺に勝てない」

  小さな振動の音が少し大きくなる。それと同時に、フリットと名乗った男の体から赤が滲み出す。

(なるほど、全身の振動に内功を馴染ませて自分に有利な場を作るのか。面白いな)

「お前には使えまい、この波動の力が…!」

  会場内が真紅に染まる。まとわりつく男の気が、肌を伝って気持ち悪く感じてくる。

(チッ、もう一度やれる程、私も若くはない。かといってこのままやらせればカオナシには絶対的に不利)

「相変わらず気持ち悪いな、こいつの波は」

「マリア、お前…」

「私も何もしてこなかったわけじゃない。少しは出来るさ」

  カオナシが横目に見ると、マリアの肌を包むように、うっすらと白く滲んでいた。

(とはいえ、まだ弱そうだな。しかし俺ができるかどうか)

  カオナシは目を閉じて内功を集中させる。そして全身を振動させ…。

(あ、無理。流石に振動は無理。でももう流石に鬱陶しい)

  纏わりつく赤を、一息で一気に弾き出す。風圧が会場を乱す。赤一色に染められていた空気が無色に、元の色を取り戻す。男が気圧されるのを見ずに、目を閉じたまま考える。

(波動式っていうのは、このことだったのか。あの時にマリアが波動を完全に習得してたら…、いや、負ける気はしないな)

  ゆっくりと目を見開くと、阿修羅のような顔をした男が木刀をカオナシに向けた。

「貴様、何者だ」

「………」

  答えようと文字に起こそうとすると、男が怒鳴り声を上げる。

「貴様!真面目に答えろ!」

「でかい声出すな。ムラマサは口が聞けないんだよ」

『俺はカオナシ、それ以外の何者でもない』

  マリアの言葉を聞いた後、カオナシの文字を見る。男の顔が苛立ちで歪む。ギリギリと歯ぎしりをした後、自分の周りに波を纏わせる。

「私を侮辱したこと、後悔するがいい」

(した覚えは一度もないがな)

  口に出したら更に怒りを買いそうな事を考えながら、木刀を逆手に、胸の前に構える。その柄に軽く手を添えた。

  男は両手に木刀を持ち、中断で構える。

  老人は二人を交互に見た後、手を高く掲げる。

「怪我のなきようにな。では、はじめ!」

  掛け声と同時にカオナシが踏み込む。それと同じくして上段の構えになる男。

  男の口が歪む。

  ビュォッ!

  空気を突き破るように、赤い波が槍となって一直線にカオナシのその額を貫かんとする。

(殺った…!不意打ちは完全に決まるはず!上段の構えはフェイクッ!私を侮辱した罪その身ではら…)

「……ッ!」

  ザッ、と半身になり、木刀を波に擦りながら一気に加速する。息をはきながら、木刀の柄を腹に叩き込む。

「ぇげぇッ!」

  波の鎧を貫通し的確に鳩尾に叩き込まれた男の体がくの字に折れる。そのまま足を払って仰向けに倒すと同時に、男の口から吐瀉物が撒き散らされる。

  カオナシは文字を打ち始めると、吐瀉物を吐いている男から全ての視線が彼に集まる。文字を打ち終えたカオナシが視線を払いながら文字を浮かび上がらせる。

『内功の練りが足りん。意識しないと使えないなら使わない方がマシだ。マリアの方が理解しているぞ。意識をするということは、他の動作を鈍くするだけに過ぎない』

  木刀を支えに撒き散らした吐瀉物をところどころ服につけながら、男はまだ吠える。

「波動が負けるわけがない…負けるわけがないッ!貴様何を仕込んだァ!」

  ため息と共に呆れた声が聞こえてくる。

「いい加減にしろよ、女々しいな。お前が負けて、私の旦那が勝ったってだけの話だろ。そもそも、木刀のみの軽い手合わせに波を持ってくる方がおかしいだろ」

「貴様は黙っていろ!女の癖に出しゃばグッ!」

  口の中に木刀を突き込まれる。がつ、と木刀と歯がぶつかって鈍い音を立てる。

「………」

  カオナシは何も言わずに男を見下ろしていた。そのまま、ピクリとも動くことなく、ただ、男を見下ろしていた。何か圧力をかけられたわけでもなく、その木刀が奥に入ってくるわけでもなく、微動だにしない彼に、男は冷や汗に塗れながらゆっくりと後ろに下がる。喉奥からせり上がる胃液のツンとした酸味のある臭いに耐えながら、口から木刀を抜いた。にちゃ、にちゃ、と自分が出したものを踏み抜きながらも、白線の外側まで下がった。それは負けを認める行為であり、同時に、これ以上の負け惜しみはしないということでもある。

  老人が頷いて、少し声を張りながら空気を変えた。

「さあ、手合わせは終わりました。お待ちかねの食事といたしましょう。食欲のわかない方もいらっしゃるでしょうが、シェフ達が腕によりをかけて奮った料理です。すぐに忘れさせてくれるでしょう」

  手を二度叩くと、ホールの四方の扉を開けて、豪勢な料理が運ばれてくる。その料理に目を奪われている隙に、メイド達が手早く片付けを行い、ホールの四隅にフローラルの香料を置く。

  カオナシはメイドの一人に木刀を渡すと、腕の端末の時間を確認する。五分を大幅に超えてしまった。自分も少し大人気ないことをしたなと反省しつつ、二人に方へ向かった。

  石段を降りると、マリアがカオナシに抱きついた。

「やっぱり凄いなムラマサは!お前も波動が使えたなんて!」

  カオナシは首を振る。恐らく老人もカオナシがしたことをわかっているのだろう。マリアに向かって口を開く。

「いや、彼が使ったのは波動ではない。もっと単純なものだ。我々が使おうとすれば意図せずして波になるだけの話。彼はもっと単純に、気を外に発散する術を知っているだけじゃ」

「…?そうなのか?」

  カオナシが頷く。

『俺たちは、あなたの言う気を内功と呼んでいる。この家の特性なのだろう、その波を使用する際に、全身が、ブレて見えない程度に振動している』

  老人とマリアが驚いたように目を見開く。恐らく、本当に無意識で波動を使っていたのだろう。マリアは自分の手を自分で触ってみる。またうっすらと、白が滲む。

『所で、マリアの色とあの男の色が違うのは何か理由でも?』

「…あぁ、ある。お前が教えてくれた言葉を借りるなら、その振動の周波数特性が色に出ているのだろうな。恐らく、その人間の思想によっても違ってくるものなのだろう。しかしどんな人間性を持っていようと、宗家の人間だけは白波を体得してきた。どんな人間にも、白波を出すことはできなかった」

『何色ありますか』

「白波を含め四色。赤、青、緑、そして白じゃ」

  カオナシは頷いた後、唸りながら自分の手と睨めっこする彼女の頭を撫でる。彼女は少し不貞腐れながらも、そのままカオナシに寄りかかる。

「ずるい。なんかずるいぞムラマサ。なんで全部わかっちゃうのさ」

  カオナシは優しく抱きとめながら、肩を竦めた。

  老人は二人を置いてゆっくりとその場を離れる。いつの間にか居なくなったあの男を探すが、見当たらない。帰ったのかと考えていた頃、メイドが側に寄ってくる。

「お館様、ちょっと…」

  頷いて、静かにホールから出る。表に待っていたのは、真っ黒に染められた四輪駆動だった。電光の反射で煌めく車体には、国旗の印。それは国の重鎮が中に居ることを老人に教えてくれた。

  車の外で待っていた運転手が扉を開けて老人が中に入るのを促した。それに従って、老人が中に入ると、暗がりの中から、老人とさほど年も変わらないであろう男がやや疲れたようにシートに座っているのがみえてくる。

「久しいな、ロッド」

「ざっと、16年ぶりですかな」

「もうそんなに経つか。お互い老けたもんだな」

「全く、その通りで」

  国家元首、フーリガン・トリストレイト。この国の王にして、政を請け負う男。その男が直々に会いに来るのは、初めてではない。そして、この男が直々に来ると言うことは、それだけこの国が困窮していることを表している。

  ため息とともに、フーリガンは頭を下げた。

「今、この国は危機に瀕している。我々は今まで、他国とコミュニケーションを取ることによって和解をしてきた。しかし今回は、彼らを説得することは出来なかった。わからない、わからないのだ。彼らが我々を攻める意味が。今、大きな災害も無い今、どこもかしこも困っている国なんてない。国同士で直接交渉を行わず、協会を仲介することで大きな揉め事も今まで起きなかった。なのに何故なんだ…。対話を呼びかけても誰も振り向かない、協会を介そうとしても、協会すら取り合おうとしないんだ。どうして…このままでは我々は君達を雇うことすらままならない…」 老人が眉をひそめる。確かに国家間の協定や条例などを決定する際には、間に協会が入ることになっている。国家間を自由に移動する賞金稼ぎ達に、その国でしてはいけないこと、国と国の間で決められた約束事を速やかに伝えなければならない。

  そうでなければ、違法な依頼などを取り締まることが出来ないからだ。例えば、その国では正当な理由が無い限り国に申請せずに行う殺人が禁止されているとする。しかし、誰かが、その国の誰かを殺してくれという依頼を、何も知らない第三者である賞金稼ぎが受け、それを実行してしまうと、その賞金稼ぎが捕まってしまう。何故なら、その依頼主には正当な理由があっても、賞金稼ぎには理由が無い。もし国にその理由と、やり方(賞金稼ぎを雇うなど)の申請をしていなかった場合、その実行犯である賞金稼ぎが罰せられる。

  逆を言えば意図的に賞金稼ぎを嵌めることも出来る。そう言うことから賞金稼ぎを守るのも協会の役割の一つだ。

  しかし、今回はどういうことなのだろうか。国の呼びかけにも応じない、仲介をしようともしない。

(妙だ…。裏で何かが動いている…?この国を意図的に嵌めている誰かが、協会に潜り込んでいるのか?)

  本来、絶対中立を保たねばならない協会が、何処かに加担することはあってはならない。しかし、協会も一つの組織であることは否定出来ない。つまり、内側から腐っていくことがあり得るのだ。

(もし、今協会がそうなっているとするならば、腐らせた人間が連合国側にいるということになる)

  これは非常に厄介なことだ。連合しているということは、腐らせた人間がどの組織に属しているのかの特定も出来ない上、あちらはこちらを完全に敵と置いている。調べることもままならないだろう。

「おっさん達に教えてあげようか、協会がこっちを見ない訳」

「ッ!」

  青を滲ませながら、フーリガンを無理矢理こちらのシートに引っ張る。

「誰だ」

「あたし?あたしは、カオナシの同類だよ」

「…どういう意味だ」

「おっさんは知ってると思うよー?十年前にぱったり消えた人たちを」

「…NINJA」

「おおあたりー」

  嬉しそうに運転席にふんぞり返る運転手。その見た目と、声の高さ、口調が釣り合わない。恐らくフーリガンを騙すための偽装をしているのだろう。

「NINJAは全滅したと聞いているが…」

「そだねー、一番おっきな里はカオナシが滅ぼしちゃった。けど、里は一つじゃないよ。NINJA全体を取り仕切っていたあのクソ忌々しい里が消えた今、あたし達みたいな小さい里から出て来たりしてる。別に、完全にいなくなったわけじゃないよ。あの里が大きく目立っててくれたおかげで、私達は騒がれずにこうして出てこれてるわけさ」

  フーリガンがシートに座り直す。

「運転手は?」

「トランク、今はまだ寝てるよ」

「ならいい。続けてくれ、協会が我々を無視している訳を」

  いいよーん、と顔の皮を引っ張る。ベリベリ、と何かが割ける音と共に、褐色の肌に、金色の瞳が、猛禽類の様に二人を見つめていた。幼い容姿に反して、その目は余りにも獰猛だった。

「理由は、カオナシその人だよ」

「…何?」

「あのコロッセオに居たのは、おっさん達だけじゃないってことさね」

「…カオナシの殺人か」

「あれはいいんだよ、他のが殺しに来てたんだから。そっちじゃなくて、里を滅ぼしちゃったって話。あの里は目立ってたおかげで、協会とも関係があったんだけど、流石に協会も所在までは掴めてなかったのさ。しかーし、あのコロッセオで話されていたことを聞いてたのは、あたしを含めて複数いたわけ。そんでもって、その複数いた内の誰かが、この事を協会にリークした。そして、その事実関係を今協会は調査中。でもその間に、この国と深〜い仲を持つこの家、グランバレットと結婚しちゃった。まぁ大変、これでは重罪人かもしれない男を匿う国として一方的に求められている対話に応じられない。協会が応じないなら、他の国も応じる筈無いよね? フーリガンが老人に顔を向ける。知っていたのか、そんな顔だ。苦い顔の老人は、口を開く。

「カオナシがやったのは知っていた。しかし、その状況は知らなかった。もしかすれば、無実かもしれない訳だな?」

「そそ、でも難しいかなぁ。何たって10年前だもん、調べるのも一苦労だろうし、取り調べしている間に他の国に攻めて来られちゃ堪らないでしょ」

  老人はさらに苦い顔をして、フーリガンを見る。

「閣下、一つ、方法があります。受け入れていただけるか分かりませんが」

「…何をする気だ?」

「我がグランバレットを、閣下の臣として、私兵として加えるのです。どんな小さな小貴族でも構いません、閣下の傘下に入れば、我々は必然的に戦争に参加出来ます」

  フーリガンは頷きはしたものの、老人に尋ねる。

「だが、そのカオナシの事はどうするのだ。無実を証明せねば国の信用も落ちるぞ」

「戦争に勝ってから、連れて行けばいいのです。閣下、貴方には、我々グランバレットが付いております」

「…わかった。そなた達グランバレット家を、我が家臣、我が兵として迎え入れよう」

  老人がフーリガンに笑顔を見せる。それからまた険しい顔つきで、向き直った。

「目的は何だ」

「あたし?あたしはカオナシの追っかけ、ファンなんだよ。私達の里からすれば、圧力から解放してくれた英雄だからね。彼の活躍は、あたしらにとっても嬉しいことなのさ。だから、ちょっとお願いがあるんだけど」

「…なんだ」

「しばらくこの家に居候さしてくんない?ほら、これだけ助けてあげたんだからさ、ね、いいっしょ?一人くらい」

  老人は少し悩んだ後、他の者の意見を聞こう、と言って、ため息をついた。少女は、やーりぃ、と嬉しそうにガッツポーズをした後、車からおりて、トランクに突っ込まれていた、服を剥かれた男を運転席に投げ、自分が着ていた服を放り投げた。

  いつから着ていたのか、黒のドレスを身に纏い、車の外でクルクルと回る少女。フーリガンと老人は顔を見合わせ、やれやれと首を振った。

「では、私は帰るとしよう。ケヴィン、もう夜だぞ、いつまで寝てるんだ?」

「へ?ハッ!わ、私は何を?!」

「いいから、服を着て、運転してくれ」

「は、ハイ…」

  状況が掴めない運転手を放置して、老人は車から下りる。窓が下り、フーリガンが顔を見せた。

「またなロッド、次はゆっくり一杯やろう」

「えぇ、お待ちしております」

  車が去っていくのを見送って、少女に声をかける。

「置いていくぞ」

「あ、行く行く、待って待って」

  タタタ、と無邪気に駆ける少女を見て、これがNINJAなのかどうか、疑わしくなる。しかし、それこそがNINJAの特性であることは理解しているため、そのままメイドを連れて、中に入る。

「お館様、彼女は…?」

「今回の戦争の協力者じゃ。見た目に惑わされるな、あれはNINJAだ」

「………、はい」

  小声での会話を終了し、ホールの扉を開く。入れ、と声をかける相手は、すでに居なかった。

「………」

  唖然とするメイド、老人は、もう一度ため息をついた。

「な、NINJAじゃろ」




  カオナシは、ホールの中に入ってきた一つの気配に、神経を尖らせる。

(気配を隠す気が無い…、誘ってるのか?)

  足を止め、辺りを見渡すカオナシに、隣のマリアが声をかける。

「どうした?ムラマサ」

  マリアの問いにも答えず、気配を探り続ける。そして、フッ、と気配が消える。

  本来流れるはずの無い風が、マリアの髪を揺らす。

  音がなかった。音が無かったにも関わらず、カオナシは、マリアの見ていた方向にはいなくなっていた。

「へぇ、ムラマサっていうんだ、カオナシ」

  声のした方へ、マリアが顔を向けると、カオナシが身を低くし、少女の首に逆手に持ったナイフを添えていた。少女の言葉を無視して、左手を開閉する。持っているものを離せ、そう言っている様だ。

「はいはい」

  トッ、と何かが床に刺さる。刃渡り15センチ程の幅広のナイフが電光を反射する。それを直ぐにドレスの裾で隠すと、カオナシも持っていたナイフを近くの食器入れに戻した。少女はあどけない笑顔をカオナシに向けて、ぺこりと頭を下げた。

「初めまして、これから居候になります、クロです。以後お見知り置きをー」

「それにしては、物騒なもの持ってんな」

  状況を掴んだマリアが、カオナシの横に並び、クロに向かって言った。

「やだなぁ、このご時世に武器を持ってない方がおかしいでしょ」

「ここは持ち込み禁止だ。こういうことが起きないようにな」

「へぇ、初めて知った。ごめんね。あ、ところで今代の剣聖ってあなた?」

「…それがどうした」

「んーん、歳近いんだなぁって」

  意地の悪い笑みを浮かべながら、マリアを下から覗き込むように身を屈めた。

「それになんだかよわそうだなぁってね」

「こいつ…!」

  手を上げそうになるマリアをカオナシが制止する。

『どこの里だ』

  カオナシにはこの少女の素性がわかっているらしい、ということだけ理解し、マリアは振り上げた手を下ろして腰に手を当てた。

  クロは屈めた上体を起こし、嬉しそうに答えた。

「土の里。この肌の色でわかるっしょ?」

  カオナシは顔を険しくする。他の里の人間が何かしらの意図を持ってこちらにやってくるということが、不吉に思えてならない。戦争に関係があるなら、なおのことだ。

  クロは険しい顔のカオナシに手をひらひらと振って見せる。

「別に敵対しにきたんじゃないから安心してよ。あたしは、あたしら土の人間は、あんたに感謝してるんだ。あんたが紅の里を消してくれたお陰で、あたしらは日の目に当たれる。知ってる?土の里じゃ、あんた英雄だよ」

  首を振るカオナシ。英雄などと呼ばれる筋合いは無いし、そんな資格も無い。自分がしたことの重さは、自分が一番知っている。一番思い知らされている。人殺しを英雄とするならば、キュウビでさえ英雄とされてしまうだろう。

  意味を履き違えてはいけないのだ。人を救う英雄と、ただ人を殺す人殺しを、一緒くたにしてはいけない。

(それに、人殺しの方がまだマシだ)

  自分には誰かを救う事など考えられないのだ。ただ、己の欲の為に、剣を奮う。カオナシには、それが正しいのだ。

「よかったじゃん、ムラマサ。やらかしたことでも、誰かの役に立ってるなら、御の字じゃないか」

(やらかした…まぁやらかしてはいるけども…)

  なんだか釈然としていないカオナシに、クロは口を開いた。

「自分でどう思ってようと、私達がどう思ってるかは変わらないよ。それより、ご飯食べようよ、あたしお腹空いてんだよね。運転手に化けるのに15時間も張り付いてたんだから。その間ご飯食べてないんだよ?褒めて褒めて」

「………、」

  ずずい、と頭をカオナシに突き出す。その頭をマリアが拳骨で撫でた。

「すごいすごい、すごいなー、すごくすごいなー」

「いだだだだだ!痛いってば!求めてたやつと全然違う!」

「ふん、人の相棒に手出すな」

  あ、と口を開いて言い直す。

「人の旦那、だな」

「へぇへぇ、お熱いことお熱いこと」

  やだやだと手を払う。感情も豊かだが、この少女は仕草の一つ一つに顔があるように見えた。こいつの真似をすれば少しは楽になるだろうか、と考えながらも、まだまだ裏の多そうな少女に最大限の警戒をしつつ、しばらく様子を見ることにした。

(しかし、土の里か…)

  土の里。他にも里があるのは知っていたが、ほとんど話題に上がることが無かったのは、どうしても紅の里が他の里を見下していたからに他ならない。NINJAの始祖、紅、その人物が里を築いたから紅の里。安直だが最も分かりやすい上下関係の作り方だ。その中から分岐して他の里が出来たという風に伝わっているが、実際は定かではない。

  だが実際に他の里がどのように出来ていようが、カオナシには関係ない。有用なら放っておくし邪魔なら斬る。やることは今までとなんら変わりの無い事だ。それよりも目的が気になる。居候をする、ということは、誰かしらに話を通してあるということ。マリアの様子からして知っていたわけでもなさそうなので、恐らくは、あの老人に話がいっているのだろう。

  首を巡らせるが、老人の姿は見受けられない。単に人混みに紛れているだけか、別件でホールから出ているのか。兎にも角にも、探して話を聞いた方が良さそうだ。文字を打ち込もうとしたところで声がかかる。

「ここに居たか。どういう瞬発力をしてるんだか、全くNINJAは訳がわからん」

「あ、爺や、こいつが居候ってどういうことだよ、初耳だぞ」

「さっき決まったことだ。後で積もる話がある。カオナシ、ちょっとこい」

「………」

  どうやら、自分が大きく関係していることを悟り、頷いてついていく。その背中を寂しそうに眺めながら、マリアはため息をついた。

「まーたなんかありそうだなぁ」

「あるよー?一杯ね」

「…やっぱりお前知ってんのか」

「教えて上げたのあたしだしね」

「何を知ってる」

  白波がゆれる。無理矢理にでも聞き出す、そういう顔をしている。しかし、それに気圧されることもなく、クロはあどけない笑みを浮かべながらその場でくるりと回った。ドレスが翻る。

(ナイフがない…!)

  床に刺さっていたはずのナイフがない。痕跡すら残さず消えていた。

「大丈夫大丈夫。グランバレットはいつも通り、いつまでもいつまでも、バカな王様のお守りをしてればいーの。ちょっと特殊な内功が練れたって、結局あたしらには勝てないんだから」

「…バカにしてんのか」

「え〜?今更〜?」

  マリアの周囲の空気が変わる。波ではない、空気のゆらめき。まるで炎天下に晒されたアスファルトのように、熱が空気を歪めて行く。

「…無駄だってば」

  半ば呆れたようにクロは言う。まるで、こちらの手の内など全てわかっているかのような物言いだ。

「人をバカにするとどういう目に遭うか、今教えてやる」

「何言ってるのさ、さっきも言ったけど、あたしらには勝てないよ。波がどーのこーの言ってるけど、所詮は内功の一つ、内功の扱いならあたしらの方が上手なんだよ」

「あんた、白波を見たことはあるか」

「文献でね。詳細に書かれてるよ、NINJAは情報網が命だからね」

「なら一個書き加えておけ」

  ピシ、と揺らめきが止まる。揺らめかなくなったというわけではない。揺らめいたまま、空気が歪んで見えるまま止まってしまったのだ。

「白波は進化している。お前らが思っているよりもな」

「…………」

  口をパクパクさせたまま、焦り出すクロ。自分の喉元を抑えながら、自分の体を見る。

(白波…!いつの間に!)

  自分の体の周りに張り付くように、白い膜がある。呼吸はまだ出来ているが、声が出ない。確実に喋っているはずなのに出ない、ということはつまり。

(あたしの声の波に合わせて打ち消している…?)

「波っていうのはな、本来見せるものじゃあない。爺やがいってた。空気に馴染ませ、空気そのものを己の意のままにする。波動の基本だ。本来色が浮き出るのは自分の周りの濃い部分だけ、全体に色濃く波動を染み込ませる必要はない」

  クロは自分の中で内功を練る。が、なかなか練り込むことが出来ない。

「無駄なことをしてるのは、お前の方だ。波に乱された状態で、気を使う事なんて出来やしない」

  揺らめきが収束して行く。空気に馴染んで消えていく。もう、十分に上下関係は伝わっただろう。そう判断してのことだ。事実、クロの額から汗は引いていない。危険な存在だということを身を持って体感したからだろう。

  息を飲む。自分に張り付いていた膜が消えたのを確認してから、口を開いた。

「なんで、カオナシと戦うときは使わなかったの?」

  マリアは少し乱れた前髪を避けて口を開いた。

「私の波動はまだ未完成なんだ。完成形がどんなのかも見当がついてない。それを、意識して使おうとすれば、剣が鈍る。足を引っ張られるより、最初から切り捨てた方がいいこともある」

  マリアは白いドレスを鬱陶しそうにしながらズカズカとクロの目の前に踏み入る。

「居候は居候らしく、大人しくしとけ」

「いっ、むぅ…」

  額を小突かれ膨れ面になったクロに、皿を差し出す。クロは目を点にしながら皿を受け取り、自分より少しだけ背の高いマリアを見上げる。マリアは少しばかり苛立っているようにも見えるが、クロの視線を受けて口を開いた。

「腹減ってるんじゃないのか?食えよ、私も腹減ってるんだ」

  波は消耗が激しい。そう言いながら、手近の料理テーブルから皿に盛る。点になっていた目が安堵に変わると、マリアの腕に擦り寄りながら自分も料理を皿に盛り始める。くっつくクロにまた鬱陶しそうにしながらもマリアは少しだけ、口元を緩めた。

  そのままカオナシ達が戻って来るまで、二人は食事を貪り続け、カオナシ達が戻ったときにはメイドが用意した椅子に座って二人仲良く机に突っ伏していた。

  傍に置かれた水の入ったコップを見て、カオナシはもしや、と文字を打つ。肩を揺するのではなく肩を叩いてマリアの顔を上げさせる。あぁ?と機嫌の悪そうなマリアが

  カオナシの文字を見て頷いた。

「本当に食べ過ぎた…。気持ち悪い…」

「へへ、あたしと張り合おうとするからそうなうっぷ…」

「お前が先に張り合ってきたんだろ。ったく…」

  少し辛そうに腹を抑えながら体を起こす。老人は二人にため息をついて、壇上に向かった。

「高いところから失礼、皆様お楽しみ頂けたでしょうか。親戚同士積もる話も出来たかと思いますので、そろそろお開きとさせていただきます。本日はまことにありがとうございました」

  親族達が揃って手を叩く。軽く頭を下げた老人は壇からおりてホールの出入り口に向かう。親族達の見送りをするのだろう。カオナシは自分も参加すべきかと悩んでいた所へ、親族から声をかけられる。

  カオナシに差し出された手は、白く、細かった。

「おめでとうございます、見事な腕前でしたね。マリアちゃんも幸せね、こんな素敵な旦那様持てて」

「カーリア…お前きてたのか」

「あら、幼馴染の結婚式に来ないほど無粋ではありませんわ」

「そーかよ、また一人で修行してんのかと思ったぜ」

「修行もしてますわ。この間やっとランキングが20位台に乗りましたのよ」

「へぇ」

  長い銀髪を織り込み、後頭部にお椀の様に纏めた女性は、たわわな胸を揺らしながら嬉しそうに体を上下に揺らした。大きく開いた胸元と合間って、扇情的な光景に周囲の男性が小さく声を上げるが、カオナシは無関心だ。

  それより気になったのは、その手だ。指そのものは細かったが、人差し指と親指の間の皮の色が濃い。おそらく銃を使う際の反動で硬くなったものだろう。加えて特徴的な銀髪、仮面をつけてはいないが、何と無く浮かんでくる名がある。

『トリガーハッピー』

  仮面舞踏会にでも参加する様な煌びやかな装飾をした顔の上半分を隠す仮面をつけ、魅惑的な身体で相手を惑わす。その手に握られた銃に気づかず、いつの間にか、全てを奪われている。

  しかし銃の腕も本物らしく、まともに撃ちあったのではまず勝てないのだとか。

  実際に見るのは初めてだが随分と物騒な女性を親族に持ったものだと思いながら、握手をする。柔らかくもあるその手は、銃を打つ際に必要以上に負荷が手にかかっていないことをカオナシに教えてくれる。

  互いに手を離すと、女性はカオナシと握手した手をじーっと見て、カオナシに言う。

「随分と、苦労をなさったのですね。肌の感触でわかりますわ。ずーっと剣を握り続けている手ですもの。でも、心でまで剣を持たないでくださいね。マリアちゃんが傷ついてしまいます」

「…………」

  目を白黒させるカオナシ後目に、彼女は手を振って去って行った。

(…見抜かれたってのか?握っただけで?)

  カオナシは自分の手を見る。そして笑った。

(やはりこの世界は面白い。里にいて普通に賞金稼ぎになったんじゃわからねえもんを、俺は知ることができる。協会に追われるのは癪だが、こんな面白いものを知れるなら安いもんだ)

  握る。力強く。

(やはり、杭は出ているからこそ面白い。並んで埋没した杭なんざなんの面白味もねえ)

「なんでムラマサは笑ってんだ?」

「大方、おっぱい星人に魅了されたんじゃん?」

「?!」

  自分の行動が勘違いされ、弁解しようにも出来ないその男の挙動は、一言で言えば滑稽だった。

「マジかよ…、あいつほどじゃないけど、私もそれなりにあると思うんだけどなぁ」

「マリアはある方でしょ。あたしなんかまな板にブルーベリーだよ」

「おっとここで下ネタは禁止だ。一応格式高いんでな」

「これはこれは」

  コントの様な話をしながらパントマイムするカオナシをスルーしつつも、マリアはカオナシに言う。

「お前は誰にも渡さないからな」

  カオナシは手を止め、マリアの顔を見る。マリアの不敵な笑みに少し安堵した。

  それから親族達を見送り、カオナシとマリアは自分達の部屋に戻った。

  机の上に置きっ放しになっていた焼き菓子を見て、マリアは苦笑いした。

「このデザートは難敵だな」

  包装を剥がし、一口かじる。そのままカオナシに渡した。

「ほれ、あとはやるよ。これ以上食ったら吐きそうだ」

  ありがとう、と口で言ってみる。マリアは笑顔で頷いて、どういたしまして、と返した。

「私は風呂に行くよ。カオナシも入るなら入ってこい。そしたらもう寝るぞ」

「………」

  うなずいて、タルトを平らげる。

  思ったよりも甘ったるくて、腹が重くなった。




  翌る日。稽古場に鋭い音が響く。木刀と木刀が弾かれ、凹みを作りながら、続けざまに鋭い音を響かせる。木目の床に、素足で踏み込みながら木刀が風を切る。

  その音を聞きながら、老人と少女は稽古場の傍で観戦していた。剣術の訓練をしているのはカオナシとマリアだ。といっても、カオナシに剣の筋を見てもらっている、というのが正しいだろう。

  波動式には、一式と二式があり、一式は波動と剣をうまく組み合わせながら多対一を想定した剣術で、ある程度相手の練度が自分より低いことが前提になっている。対して二式は一対一を想定し、ほぼ剣のみで敵を翻弄するスピード重視の剣術だ。

  一式の場合には、波を周囲にばら撒き、複数の動きを波の干渉で把握するため、速さよりも力で波を押し付ける。このスタイルは今のマリアの使っているツヴァイヘンダーを鑑みれば大して苦ではない。しかし二式を奮うにはツヴァイヘンダーはあまりにも重すぎる。正直に言えば今のマリアには向かないのだ。ともすれば、今マリアが習得しなければならないのは、武器の重さに頼らない立ち回りだ。

  しかしカオナシは口で伝えることはない、身体で覚えこませる。早朝6時から始まった稽古は既に三時間が経っている。この短時間で、カオナシは波動二式で必要な立ち回り、足の動かし方を全て把握していた。更にマリアに扱いやすいように最適化まで済ませている。

  それを、マリアは身体で取り込んでいる。剣受けることに必死だった最初の一時間に比べ、随分と動きが良くなった。つまりそれは、マリアの剣聖としての才能が開花し始めているということでもある。コロッセオでのマリアの動きは、お世辞にも剣聖とは程遠く、剣に振られていた。

(やはり、剣聖の血は強い)

  着々と、振られるのではなく振る為の下地が出来てきている。それにしても、とカオナシに目を移す。身体を大きく使い、マリアに見せる為の動きをし続ける彼は、身体を動かし続けているにも関わらず汗一つかかない。マリアは息も荒く玉の汗を大量に振りまいている。

  剣聖の力は本物だ。それは今までの戦争や決闘などで証明されている。しかし、それを凌ぐ彼の力は何なのか。老人は隣に座り込んで眠そうにしている少女に尋ねてみる。

「カオナシは、何故ここまで剣に長けているんじゃ?」

「んー?あたしは紅のじゃないし細かいことは知らないけど、紅の中じゃ、カオナシは剣神って呼ばれてたらしいよ」

「剣神…」

「そそ、内功を使う術に関してはどうかわかんないけど、そのまんま剣の神って呼ばれるほどだったんでしょ。聖じゃあどうなんかなーって感じ」

「代々続いていたのか?」

「ぽっと出ってやつ。突然現れた逸材。だから、周りが嫉妬したんじゃんか」

  老人はもう一度カオナシを見ながら、神は残酷なものだと感じていた。

  と、そこで、マリアの動きに変化が出る。完璧な踏み込み、力の入れ方、的確な筋。偶然だったかもしれない、だが完全にカオナシの袈裟に入ったと思われた木刀は、空を切った。

  瞬きーーー


「ッ!!」


  ーーー突風。

  首に添えられた木刀が、摩擦で熱を持っていた。

  ぞわりと鳥肌が全身を駆け巡る。視線だけを下に移すと、左側に身を屈めたカオナシが、頭を抱えていた。間違えた、というように。

  はたから見ていた老人が辛うじて目で追えた今の光景を焼き付ける。

(今のは何だ?回転?半身で袈裟をよけた勢いで振るった?)

  木刀を下ろして文字を打つ。

『今のは波動式じゃない。俺のだ』

  木目の床を撫でる。木刀が擦られた跡が黒く残っている。若干の焦げた匂いで、速すぎた木刀が床を焦がしたことを知る。

  クロは眠気まなこから一気に覚め、カオナシの足元に注目していた。

(内功を無意識で使ってる…。しかも足の裏から薄皮一枚レベルの精度で。いつ練ったのかもわからなかった)

  どれだけ修行を積んだのだろう、どれだけ努力を重ねたのだろう。その強さを潰そうとした紅に、嫌悪が走る。

(これを周りと同等に扱えると思ってたんだ、紅の連中は)

  その傲慢さを馬鹿馬鹿しく思いながら、クロはカオナシに尋ねる。

「今のは何ていうの?」

『廻の太刀』

「へぇ、やり方は?」

『内功を廻す。足の裏で内功を廻して遠心を得る」

「廻す…廻す……」

  内功を練る。湧き出る内功をイメージで動かして行く。足の裏に内功を集め、自分の体が僅かに浮き上がるのを感じながら回っていく。しかし、止められない。回転する内功が勢いを守ったまま止まろうとしない。

「ちょ、ちょっとまって止まんない!」

「気を鎮めるんじゃ、もしくは逆回転をかけろ」

「うわわわわ…!」

  耳に届いているのかわからないが、段々と回転は勢いを失い、クロはやっと地に足をつけた。

「びっくりした…」

  クロが座り込んだのと同時に、マリアも木刀を落として座り込んだ。

「…?」

  不思議そうにカオナシが覗き込むと、マリアは恥ずかしそうに腰を押さえてそっぽを向く。そして小さくボソッと呟いた。

「腰が…抜けたんだよ…、…あんまり見るな」

「………」

  カオナシは口パクでマリアに何かを伝えると、木刀を壁に立てて、老人に向かって文字を見せる。

『剣がいる、直剣でも曲刀でも良い。片手で扱うような剣がいる』

「そうだな、あいつに見繕わせよう」

  カオナシは頷いてマリアの下に戻る。マリアの木刀を拾い上げ、そのまま何も言わずにマリアを抱きかかえる。息が詰まったような音が聞こえ、少し遅れてマリアが抵抗を見せる。

「ちょ、何すんだよ!」

  顔を真っ赤にしてジタバタするマリアを抱きかかえたまま老人とクロを置いて稽古場を後にする。外に控えていたメイドが出てきた二人を見て微笑ましそうに一礼する。もう諦めたのか、それとも恥ずかしくて動けないのか、抵抗しなくなったマリアを連れて向かったのは浴場だった。

  汗臭いとでも言いたかったのだろうか、マリアは自分の服をかいでみるが、自分ではわからないので、思い切ってカオナシに聞いてみる。

「私、汗臭い?」

  カオナシは首を振る。マリアを下ろして文字を打つ。マリアはまだ腰にうまく力が入らないのか、カオナシに寄りかかりながら文字を見る。

『良い匂いだ、むしろ興奮する』

「ブッ!馬鹿野郎!!」

  頭を叩かれながらも笑顔を見せるカオナシ。冗談だ、と口で伝えると、もう一度文字を打った。

『良い匂いなのは本当だ。興奮まではしない』

「どっちでもおんなじだばーか!」

  今度は背中を思い切り叩かれる。バシィン!と良い音をさせ、マリアは浴場の中に入って行った。その背中を見送ったあと、調理場に向かう。中ではシェフ達が暇を持て余しながら仕込みをしていた。始まらない朝食に痺れを切らすまで間も無いだろう。

  壁を二三指で叩くと気付いた一人がへこへこしながらカオナシの下にやってくる。

「はい、何でしょう?」

『WASYOKUを知っているか』

「WASYOKUですか…。少々お待ちを。シェフ!ちょっと!」

  奥の長いコック帽を被る男性へ駆け寄る。そこで幾つか言葉を交わしたあと、その男性がこちらに歩いてきた。

「WASYOKUは作れないことはありませんが、なぜWASYOKUを?」

『味が濃いんだ。もっと薄くていい。体が資本だからな』

「なるほど、かしこまりました。できる範囲でやっみましょう」

  手を振って後にする。その後向かったのは鍛治場、店主の様子を見にいくと、彼は忙しそうに、されども楽しそうに何かを作る店主がいた。

  球状の鉄の塊を持ち、重そうにしながらリングへとはめ込む。例えるなら、惑星だろうか、真っ黒な鉄の塊が炉の光を、太陽に光を受けて赤く燃える黒い惑星。その惑星を、今度は大きな鉄の船に嵌め込む。船、と言うには、余りにも無骨で、粗雑に見える。くびれを持ったその船に、レーザーカッターを差し込んでいく。

  ごとり、ごとり、と鉄の塊が地面に落ちる。印など必要なく、手の感覚のみで、刃を作っていく。しかし厚みに対して刃の幅が余りにも狭い。まるで切ることを放棄して、最早殴りつけるような、そんな武器だ。辛うじて刺突なら入るだろうか。

  何故店主がそれを作っているのかの意図はわからないが、不要なことはしないだろうと踏み、一段落つくまでその作業を見守った。

  額の汗を拭い、レーザーカッターを作業台の上に置くと、重そうにその剣を持ち上げようとする。が、持ち上がらない。カオナシが柄にまだ収まっていない茎を持つ。そこで店主はやっと彼に気づいたようだ。驚きながらも、ニンマリと笑う。

「丁度いいや、お前、ちょっと持ってみろ」

「………?」

  掴んだ茎を持ち上げようとする。が、重い。重すぎる。両手で掴み、もう一度挑戦して、やっと、持ち上げられた。カオナシはしかめ面で店主を見る。

「そんな顔するな、ちゃんと目的はある。あの嬢ちゃん、ツヴァイヘンダー使ってたろ」

 頷く。

「それお前がボロボロにしたろ」

  頷く。

「剣に振られてたろ」

  頷く。

「だから先っちょめっちゃ重くした。これなら思いっきり振られた方がいい塩梅になる」

  納得する。だからこの剣は茎を持って持ち上がらないのだ。梃子のせいで持ち上げることは出来ないが、振り回せば遠心力で自然と剣は浮き上がる。浮き上がれば角度を変えるだけで振り下ろすことができる。持ち上げることを全く考慮しない、カオナシにとっては斬新な剣だった。

(これなら一式がもっと栄えるな)

  しかし、と刃を見る。厚さ四センチはあるであろうこの剣に対して、この刃はやはり少な過ぎる。カオナシが刃を指でなぞると、店主はそれにも答えた。

「それは斬らねえよ、叩き割るんだ。だから刃は最小限でいい。振り回した後で力を抜けば、その勢いのまま叩き割れる。まあ、割る必要もないけどな。大抵の強化骨格なら強化骨格ごと吹き飛ばせる。あとはどっかに飛んでいかないような柄をつける予定だ」

  その前に、と店主は腹をさすった。

「飯を食うのを忘れてた。朝食はもう終わっちまったか?」

  首を振り、親指で火事場の外をさす。店主は嬉しそうに分厚い手袋を外して作業台に放る。それから、カオナシと一緒に新しいマリアの武器を作業台の上に乗せた。あとは表面と刃を削って完成だろう。置いて一息つくと、店主がカオナシの腰を指差した。

「その木刀どうしたんだ?」

  カオナシは思い出したように木刀を抜いて店主に渡した。店主がじっくり眺めている間に文字を打ち込む。

『ツヴァイヘンダー以外にもう一本欲しい。片刃でも両刃でも構わない』

「ほぉ…。いや、その必要はないかも知れんぞ」

「………?」

「この刀の振り方はお前にソックリだ。お前の小太刀を一本くれてやればいいんじゃないか?」

  作業台の横に立てかけられていたカオナシのエモノを軽く叩く。カオナシは少し悩んだ後、頷いた。

「ん、そうしてやれ。願掛けにもなる」

  さてと、と店主が出口に向かうと、メイドが待っていた。どうやら二人が出てくるのを待っていたようだ。

「朝食の準備が整いました。ダイニングへお集まりください」

「丁度いいや、行こうぜカオナシ」

  二人が揃ってダイニングに向かうと、風呂上がりでサッパリした顔のマリアが指南書をめくっていた。傍らでクロが気まずそうに紅茶をすすり、老人はコーヒーをすすっている。二人に気づいたクロが助かったとばかりに声をかける。どうやら、会話という会話はなかったようだ。

「待ってたよ、ご飯食べようご飯」

「誰だこのチビ」

「居候じゃ。席につけ。おい」

  老人の声でメイドが食事を運んでくる。香ばしい匂いと懐かしさに思わずカオナシの頬が緩んだ。

「本日は旦那様のご注文でWASYOKUをご用意しました。

「わしょく…?」

「ほんとに?!カオナシありがぐっ」

  カオナシに飛びつこうとしたクロの襟をマリアが掴み椅子に座らせる。首が締まった反動で咳き込みながらマリアに非難の目を向けると、殺気のこもった目が返ってきた為クロは口笛を吹きながらそっぽを向いた。

  改めて、メイドが運んできたプレートには焼サーモン、ダイコンのすりおろし。茶碗に白米、小鉢にほうれん草のおひたし、スープはお吸い物だった。味噌の調達は今はもう難しい。作り手もほとんどおらず、使うものも多くない為、需要と供給の必要性が薄れている。それを鑑みれば、このWASYOKUはよく出来ている。

  メイドの隣に立っていたシェフに親指を突き立てる。それから、クロとカオナシは揃って手を合わせた。その動作に他者は首を傾げる。それに気づいた二人、カオナシがクロに視線を配り、クロが口を開いた。

「文化っていうか慣習っていうか、あたしらは食べる前にこうやって手を合わせて『いただきます』って言うんだ、食物と作ってくれた人への感謝を込めてね。いつもの癖ってやつ、WASYOKUを見るとついやっちゃうんだよね」

「へぇ、そうなのか。それじゃあ、私たちもそれに倣うか」

  全員が手を合わせ、声を出す。

  いただきます。

  それを聞いたシェフは、何だか心が安らぐような、そんな心地よさを感じていた。食物に対しての感謝、作り手への感謝、その二つを、その言葉は上手く表している。いただきます、わざわざ敬語を使うことで現れるその気持ち、普段なら聞くことなど無いだろうその言葉、素直に感服する。

 そして皆が食事を取る風景を、その目に焼き付けた。

「あとどれだけ見れるだろうかな」

  隣のメイドにだけ聞こえるような声で、シェフが呟いた。メイドは視線を動かさずに答えた。

「見られるように生きるだけですよ。それこそ、私たちが死ぬまで」

「…そうだな。グランバレットに、衰退は無い」

「えぇ、その通りです」

  自分たちの生きる希望は目の前にある。生きていく道しるべも、まっすぐある。主役である必要は無い、脇役である必要も無い。名前も顔も覚えられないような、大衆のうちの一人でいい。それでもこの家の為に、この家が歩く道をともに出来たなら、彼らにとってそれが最大の幸福なのだ。

  WASYOKUを食べながらはしゃぐ彼らを見ながら、二人は一つ、隠れた決心をしたのだった。

  生き延びるという決心を。




  ソファの上でふんぞり返りながら男はイラついていた。目の前の小テーブルに置かれた自分のヒビ割れた仮面を見ながら、歯ぎしりを部屋に響かせる。

  その部屋に入ってきた女は灰色の髪を手で整えながら、イラつく男に向かってため息をついた。

「まーだいじけてんのあんた。小学生?」

「うるっせぇえ!ぜってえ許さねえ…あの女もカオナシも!この俺をコケにしやがって…!!しかもブラックフェザーまで俺に歯向かってきやがる!ああああああ!!!クソッ!!!」

  仮面を蹴り飛ばす。壁に当たって派手な音を立てる仮面はそれでもその形を崩さなかった。狐の目が此方を見る。

  男はその目を見て舌打ちをする。

「クソ…わーってるよ、今は待つさ」

「物分りがいいわね。少し黙っててもらわないと困るのよ、やっと協会の幹部に入り込めたんだから、無駄にするような真似はしないで頂戴ね」

「ハッ!誰のおかげで入り込めたと思ってんだよ。幹部の席を空けたのはこの俺様だぞ」

「そうね、感謝してるわ。だからこうやって助けてあげてるんじゃない」

「わかってんならいーんだよ。で?パワードスーツは?」

「もうすぐよ。あのコロッセオでデータを収集出来て良かったわ」

  数枚の紙をその男の前で広げる。大型のパワードスーツではなく、直接身体に装着するタイプのパワードスーツのようだ。詳細な武装も載っている。

  高出力電磁剣、レーザーガトリング、小型電磁シールド、ステルス迷彩…様々な機能を見ていく男は、広げられた紙に舌打ちする。

「ミサイルが無えぞ、どういうことだ」

  彼を象徴するべきミサイルポッドの武装が見当たらない。女性はスラスターの項目を指した。腰についている九つの小型スラスター、小型といえど、最先端の技術が使われたそれは以前男が使っていたスラスターよりも高出力だった。

  悪くない、男の感想はそれだった。思わず顔がにやける。おぞましく歪んだ笑みに女性は一抹の不安を感じながら、その資料をそのまま男に渡した。

「オイ」

「何かしら?」

「宣戦布告だ。仕掛ける。いや、仕掛けさせる。剣聖とかいうわけのわかんねえ奴にいつまでも周りもびびってらんねえだろうしなぁ。そろそろ対等に行こうぜ、対等によぉ」

  対等。剣聖のいる国の周辺国を連合させ、確実に数で潰そうとしているこの状態が、対等だという。

「あなた、剣聖を知ってるの…?」

「よぉぉぉおおおおおおく知ってるぜぇぇえ?先代のころからずぅぅうううううっっっっっっとなぁぁあ!!」

  嬉しそうに、楽しそうに、笑う。

「なんたって先代の剣聖を潰したのは俺の親父だからなぁ」

「…どういうこと?何をしたの、あなた達は」

「なんだっていーじゃねえかてめえが気にするこっちゃねえ。それより、あっちの国との協会のコンタクトは切ってあるんだろうな」

「………、えぇ、あの国には重罪人が居るかもしれないからってことで繋げさせてないわ」

「よぉぉしよしよしよしよしよしよし……!!いいぞいいぞいいぞぉぉぉ!!!イガァ!!」

「ハイ」

  男の背後に目以外を黒い布で隠した男が現れる。NINJA、女性の脳裏に伝説の存在が浮かぶ。全滅したと報告を受けていたというのに、そこら中に蔓延っている。女性は頭を抱えながら男の言葉を耳にする。

「仕掛けさせろ。各国に潜り込んでる奴らを使ってあの国を、カオナシも剣聖も全部まとめてぶっ壊してやる」

「御意に」

  ふっ、と瞬きの間に姿を消したNINJA。男はまた嬉しそうに笑う。

「16年前のお陰でいぃいきっかけが出来たぜぇ…、俺のNINJAが今やほとんどの国の実権を握ってる。いぃぃいいい時代だぜぇええ」

  狐の面が、いつの間にかテーブルにあった。その仮面を顔につける。不気味な声だけが部屋に響く中、女性は静かにその部屋を後にする。そしてその足で資料室に向かう。コンソールのデータを洗う。

「…いた」

  キュウビ。登録されたのは、16年前。彼がまだ14の時だ。しかしもう一人、九尾がいる。16年前に死んだ、キュウビ。おそらくこの男が彼の父親、先代の剣聖を殺した男。方法はわからない。ただあのNINJAが関わっているのは確かなのだ。

  NINJAが戦場にひしめくことになれば…。

「…賞金稼ぎたちには悪いけど、戦争の参加はさせない方が良さそうね」

  確実に死ぬ。しかし、どうやって他の幹部を納得させようかと考えたところで、彼女は思い出す。

(…あちらの国からは賞金稼ぎは雇えないから、いっか。必要以上に競争相手が消えることはないし、そもそもの話、あちらに加担する賞金稼ぎも早々いないでしょう)

  勝手に加担した場合についてはむしろ罰則を与えよう。そうすれば被害も抑えることができるはず。

  そんな事を考えていると、自分は意外と真面目に幹部としての仕事をしているのだなぁと感じる。そもそも幹部になった方法がまともじゃないのはこの際置いておくとしても、だ。

  彼女が協会の幹部になりたかったのは、彼女が賞金稼ぎの父親を失ったから、だった。彼女の父親は善を働く事を目標に日々人の為になるような依頼を受け続けていた。その中で、協会内部の腐敗を知り、糾弾する為に様々な手を使って協会に直訴していた。しかし協会としてはそれを認める訳にはいかない。絶対中立という建前を崩さぬ為に、父親は犠牲になった。

  少なくとも、彼女はそう考えているし、父親のやり方も協会のやり方もある意味では正しい。しかし父親は賞金稼ぎとしての立場を活かしきれなかった。賞金稼ぎは依頼があることで様々な権利が与えられる。殺人、強奪、誘拐、何をしてもいい。真っ当な理由があり、協会に申請して通すことが出来たなら、いや、通せざるを得ない状況に持っていけば、父親は死なずに済んだかもしれない。

  大々的に協会のやらかしたことを吹聴して回れば、そのツケは自分自身に来る。依頼でなければ、父親は協会から守られることはない。つまり誰かに頼んで依頼を出してもらえば良かっただけの話なのだ。それをしなかったから、彼女の父親は死んだ。

  だから彼女は、幹部にのし上がった。

 彼女の父親が集めた資料を全て依頼の申請理由に載せ、最後に、父親の仇を加えて依頼を出した。協会は受理せざるを得ない。また協会のイメージを悪くする訳にはいかない。協会の毒を彼女が消すなら、それにあやかりたいのが一番の本音だろう。

  しかしそれだけでは済まされなかった。彼女はそれに加えて新たに調べ上げた協会の毒を叩きつけ、脅しあげた。

  私をその空いた幹部の椅子に座らせろ。

  シンプルな条件だ。協会のトップ、リッキマン・イグサは二つ返事で呑み、彼女を幹部に指名した。

  その後、何とも面白そうに笑ったのだ。

「私と全く同じ方法ですねぇ」

  面長な彼の顔が釣り上がるのを、彼女も同じく頬を釣り上げて返した。

  そのリッキマンとキュウビに繋がりがあることを知ったのはその少し後の話。キュウビが無差別に殺人を繰り返し、協会に届く苦情が増えてきた頃、彼に対してどう処置を取るべきか判断に迷っていた時のことだ。

  リッキマンは『いつものように』勧告の文字を打ち、彼の所へ送りつけた。あまりにも手慣れた作業、加えてそれ以上の措置をしようとしない事で、彼女は思わず彼に反抗してしまった。それでいいのかと。

「これしかないんですよ、私達が生きる為にはね。私にはここに座らせてもらっている恩もある」

  彼女はそこで気付いたのだ。

「だから、あなたは私と全く同じ方法なんですよ」

  それ以来、数年もの間彼女はキュウビに対して何か協会の立場からするようなことはなかった。

  しかし先日の一件で、その沈黙は破られてしまった。何を血迷ったのか、国と国を繋ぐ公道をメチャクチャに破壊した挙句、有力ギルド『BF』に捕まる大失態を犯している。それでも彼女を含めた協会は、彼を助けなければならなかった。

  護送車からの脱走はキュウビ自身がやってのけた。おそらくNINJAの力もあってのことだ。その後彼は彼女の元へやってきた。用件は単純、匿え、パワードスーツを作れ、以上。この二件でも彼女にとっては大仕事だ。匿うことに関しては、彼に部屋から出てもらわない事で成立する。しかしパワードスーツを作ることには本当に苦労した。技術者を雇い、ここ数年で溜め込んだ金をはたいて最新型のパワードスーツを作らせた。それも直に完成する。

  彼について調べるのをやめて、カオナシについて洗う。彼女は、彼もNINJAで、恐ろしく強いということしか知らないのだ。

  カオナシが賞金稼ぎとして登録したのは10年前、丁度15の時だ。経歴だけで見ればキュウビの方が5年ほど長い。しかしランキングは彼の方が上。カオナシが八位に対してキュウビは9位。僅差ではあるがその差は大きい。十位以上からの一位毎の差はどう足掻いても縮まりにくい。

  なんせ十位以上からは国からの依頼を受けることもある。そして国から受け取る金は民間の比ではない。いくら民間からの依頼を受けても追いつける額ではないだろう。しかし顔なしは7位に追いつけそうな勢いがある。彼が受けた依頼を洗ってみると、今利用している事案と繋がった。

  グランバレットの依頼。この高額な報酬は、この家の遺産だろう。そりゃあ人が集まるというものだ。近隣国合わせて250組、ギルドの人数も加味すれば500人以上。その中で報酬を掻っ攫ったのがカオナシというわけだ。この依頼にはキュウビも参加している。

  というかよく見れば、彼が二十位台のランキングに上がってきた辺りから、公募の依頼はほぼキュウビと被っており、その依頼はカオナシが全て報酬を攫っている。

  なるほど、道理でキュウビがご執心なわけだ。カオナシが攫った金を全て合わせれば彼は容易に七位に躍り出る。

  しかし、彼が真面目に賞金稼ぎをしているのは少々意外だった。今度面と向かって聞いてみよう。もしかすると面白い顔が見れるかもしれない。

  コンソールを落とす。表に出て四輪駆動を回す。区画がキッチリ整備された協会周辺には協会関係者の居住区、それから一般人の住む発砲禁止区域がある。協会の周りだけには準発砲禁止区域は無い。協会関係者が賞金稼ぎと知り合いになり優遇されるのを防ぐ為だ。

  彼女が向かっているのは今パワードスーツを作らせている研究所だ。賞金稼ぎたちへの技術提供も協会は欠かさず行う為に、独自の研究機関を持っている。その途中、夕日に差され一瞬瞬きをしたその瞬間に、目の前に人が立っていた。

「っ!」

  急ブレーキを踏み、ハンドルを切る。すんでの所でぶつからずに済んだ。窓を開けて抗議をしようとすると、その顔に見覚えを感じる。黒い布から目だけを出したその男は、まさに先ほどキュウビの所へ現れた男だった。抗議をするのも忘れ、車から降りる。

  何を考えているのかもわからない真黒い瞳に、女性の顔が映る。男は布を抑え喋り出した。

「カオナシは、今どうなっている」

「カオナシ…?どうしてカオナシのことを?」

「答えろ」

  その雰囲気に気圧されながらも、カオナシの近況を話し出す。

「賞金稼ぎとして順調よ。グランバレットと結婚して、これから戦争にも加わるんじゃない?」

「…そうか」

  そのまま姿を消すことなく、歩き出した男を呼び止める。

「何でカオナシの事を?」

「…お前が知る必要はない。お前は協会をしかと纏めることだ。父上の意志を正しく行え。そうでなければ、お前も死ぬことになる」

  振り返る事なく、男はその場から去って行った。彼女は考える。父の意志、腐敗を許さぬ正しき心。それを行えと言う。彼女からすれば、彼らの方がよっぽど悪どく見えるのだが、彼がその言葉残す意味がわからなかった。

  また四輪駆動に乗り込む。後で考えればいい。

  今はただ、自分がすべきことをするしかない。


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