ここにあるすべて。
口のきけない少女が一人、ある村にいた。
五歳頃。少女は母親の死を目の前で見て、その時のショックから話すことが出来なくなってしまった。
母親は自殺だった。何があったのかは誰一人も知らない。
知っていても――語らない。
ともあれ、少女は一人で生きる羽目になったのです。父親は産まれたときからいないし、貧しい家庭だったのでお金はない。
「…………」
少女は口をパクパクとさせ、引っ切り無しに村人に何かを言おうとします。
何回も。何回も。
首を傾げられては次の人へ。シッシと手で払われては次の人へ。
そんなことを村人全員を周って行っていました。
分かってくれる人に会えるまで。
しかし、それを村人は次第に気味悪がるようになりました。少女のことを自分達とは違う何か、として認識するようになり、同じ人間だとは扱わなくなりました。
八歳。
その少女は村の奴隷になり果てていました。
泥まみれなのは常で、切り傷が痛むのはもう慣れた。そんな状態です。
「…………」
自分の手首にある鎖の付いた腕輪を見て、少女は何かを言おうとします。しかし、未だに声は出ず、口が開いたり閉じたりするだけが精一杯。
時々、実は小さく『ア』の音が聞こえているのですが、周りにそれを聞く者はいません。
「おい! お前! 手を止めるな!」
「……(コクン)」
少女は、せっせと村の大きな畑を耕している途中なのでした。畝を作る作業です。自分の背丈と同じかそれ以上の大きさの鍬を持って、土を掘るのです。
マメが手で潰れた痛さは、いくらか慣れたのですが、体力が追いつきません。
鍬を土の上に突き立てて、一分は休まないと。
しかし、男が言うので鍬を持ちあげて、振り下ろします。一生懸命働きます。
その内、フラフラになりました。もう動けない、などという弱音を少女は知らないので、それでも続けようとするのですが、足が震えます。腕が震えます。
それを見た男も、もう働け、動けとは言わなくなりました。
「……(バタッ)」
ちょっと休憩。畝を枕に転がります。
もう夕方で、山の上から太陽が消えようとしていました。真っ赤な太陽です。昔から見てきた、温かいものです。
それに手をのばします。
「…………」
一二歳。
村にたくさんの人がやってくるようになりました。
なんでもお金の材料(?)が取れるようなのですが、少女にその知識はないので、なんかいっぱいいるなーくらいにしか受け取れませんでした。
少女もその頃は、口をパクパク開いたりしなくなり、無言で言う通りに働いていました。
そして今では、村一番の働き者。聞こえはいいですが、実際には村一番の働かされ者でした。
「……(ゴシゴシ)」
汗を腕で拭いました。さて、今日はお金の材料の採掘です。
採掘と言っても、廃坑からお金の材料の漏れカスを探す作業なのですが、少女にとっては金色の砂を見つける作業です。
と、一人の男性がやってきました。
雇い主かとも思って働くフリをします。サボり癖も少し身につけたのです。
「ねぇ、君は、いつもこんなことをしているのかい?」
やってきた彼はそう言いました。
「……! ……? ……、」
何年ぶりでしょうか。まともな会話の予感です。
最初は喜び、その次は警戒心が現れ始め、終いには唸るようにして後ずさります。話したいのは山々ですが、知らない人です。村の外からやってきた人です。何をされることか。
少女は自分が女の子だという自覚はなかったのですが、男はケダモノということは本能的に知っていたようです。
「喋れないのかい……君」
村の外から来た少年は少し驚いたようでした。
「それに、その腕輪……奴隷?」
奴隷、という自覚もないので、指差された腕輪を少年にどうだと自慢します。長年の友です。
「……それ、自慢してる?」
「……(コクリ)」
はぁ、と大きなため息を少年は吐きました。空を仰ぎ出したので、少女も何かあるの?と空を見ます。
「……(ジー)」
訳。何もないじゃん。
「違う違う。考え事」
「……」
訳。はぁ。
少女はこうして村の外から来た少年と知り合えたのです。これは、少女にとっても幸せなことでした。やっとまともに話せる人に巡り合えたのです。
夕方、ノルマの量を集められず、雇い主に怒られましたが、それ以上に少年と話したことが忘れられません。
叩かれて、叩かれて、叩かれて、ついには飯がもらえませんでしたが、気力だけはいつもよりあるような気がしました。
十三歳。
お金の材料が取れなくなりました。たくさんの人が来たのでなくなったそうです。
しかし、採掘し損ねたカスを拾い集める者などいないので、少女の仕事はこれで定着しました。時々、畑を耕しますが、それも慣れたことです。
少年の名前をユウと言いました。
彼もお金の材料を目当てにこの村に来たのですが、なくなってしまったために、もうそろそろ帰るのだそうです。
「ごめんね。アイのことをどうにもできなかったや」
アイというのは彼が付けた少女の名前です。それを少女も気に入っていて、彼と話す時にしか使われないことに最近、不満でした。
「……?」
「あのね。僕はアイを奴隷として買おうとしたんだ。もちろん僕のお金じゃないんだけど……。出世払いって言ってさ」
「……、」
「でも、許してくれなくてさ。どうにか明日までに……」
アイは近づいて、ユウの隣に座ります。膝を抱えて、不安がる彼を見ていて痛まれなくなったのです。触れようと、手をのばします。
しかし。
「……、」
自分の手はマメだらけの醜い手。腕には鈍い銀色の腕輪が付いています。
奴隷という意味をこの瞬間、初めて知ったような気がしました。
これは罪なのかと初めて思いました。
そう思ったのでした。
「――逃げろ。ここから」
ユウは言います。鼻息も荒いです。
「逃げればいい」
二度言いました。よほど大切なことのようです。
しかし、アイは少し考えた後、首を振ります。その時のユウの顔は絶望に染まっていました。
「だって! こんなところで一生こき使わされて、それが何に」
「……、」
アイは微笑みます。ユウを怖がらせないように。不安がらせないように。
でも、特に意味はないのです。
喋れないというハンデを補った結果のようなものです。
「ああ……もうわかった。死ぬまでここにいておくといい」
そう言って、ユウは帰っていきました。
突き放すための笑顔でした。
十五歳。
村に異変が起きました。流行病です。
今まで働かせてくれていた雇い主も逃げるようにして村から出ていってしまったので、アイは何もすることがありません。
有体に言うと、暇でした。
流行病は村中に感染していたのですが、なぜかアイだけはかからなかったのです。アイ自身、それを不思議に思っていたのですが、それよりご飯。明日の食物です。
「………」
お腹がすきました。
今日までは、野イチゴなどを食べていたのですが、流石に限界があります。
「…………」
口をパクパク開きます。昔、よくこうやってたなぁなどと思いながら。
それで、自身の異変にも気づきます。
もしかすると。
「……ァー」
掠れてはいますが、声です。自分の声です。
話すには至りませんが、なんとか単語なら言えそうです。
「……(ガクッ)」
挑戦しようとして、話し方を知らないことに気付きました。馬鹿でした。
しかし、めげずに努力を続けていると、とりあえず自分の名前くらいは言えたのでした。
それから、ユウと話していた一年間の記憶を遡り、話し方、主には唇の動かし方を思い出しました。
「……おんあんあ」
やはり『ア』音しか分かりません。口の動かし方は知っていても、喉の使い方は全くでした。『カ』と言おうとして『ワ』になるくらい全然。
今更ながらに、自分の名前が『ア』音だけなことに気付きます。とても便利でした。
「あい」
発音練習に飽きたら、何度もそう言いました。まぁ、お前なんて名前よりはよほどいいなと思いながら。
母親に付けてもらった名前もあります。これは誰も知らないことです。村人たちは忘れているだろうと考えているに違いありません。
残念ながら。
誠に不快ながら。
覚えているのでした。
でも、アイと言う方が楽なので、私はアイだと決めたのでした。気分です。勢いです。話の流れです。
それから半日経った頃、暮れの夕方に村の中を歩いてみました。
辺りが臭いです。最初は、流行病による排泄物や吐瀉物の臭いかと思いましたが、
「……うぇ」
鼻を摘みながらでないと、歩けないほど強烈な異臭が立ち込めています。それに、畑仕事に使っていた時の排泄物肥料の臭いとはまた別の何かだと気付きます。
なんでしょうか。
なんなのでしょうか。
それに、人がいないのです。気配の問題ではなく、納屋から馬小屋まで全部見回っても誰もいないのです。
生者が自分ひとりだけだと知るのに時間はかかりませんでした。
恐怖と安堵が一度に襲ってきて訳がわからなくなり、うーうー言います。
「い……とり、あ? あぁ?」
アイは納屋の中で呻きました。明日から一人なのか、と。
村人を一度も恨んだことがないアイは、ざまぁみろと笑う事もできず、その晩、ずっと膝を抱えて泣いていたのでした。
「たすけて」
四歳の時からずっと言い続けた言葉を、朝まで何度も言いました。
一七歳。
大きくなったユウがやってきました。廃村になって使わなくなったこの土地をもらったのだそうです。その日は、土地の様子を見に来たのだとか。
最初、彼は驚きました。幽霊でも見るような眼でアイを見ます。
「失礼ね」
言葉を発した時には、もう引っくり返そうなほど驚いていました。本当に失礼です。
「い、今まで一人で生きていたの?」
「そう」
話せるようになった今でも、話すこと自体が得意ではないので、単語だけを口にします。
「ひとり」
奴隷として扱われていた頃よりアイの生活の質は格段に向上し、畑仕事で食物を育てたり、山菜の知識を駆使しながら、上手に生きていたのでした。
元が元ですから、それくらいは簡単なことでした。
身体も育ちましたし、長年付き添った重たい腕輪も外れています。鍬も昔より軽くなりました。走るのもさほど苦労しません。
育つにつれて、寂寥感が募るのが一番苦労したかもしれません。
「よかった……よく生きていたね……本当によかった」
「よかった?」
「ああ、僕は嬉しい」
首を傾げました。さて、他人が生きていていいことなどあるのでしょうか。
生きていること自体が罪だと言われてきたアイには皆目見当がつきません。
「嬉しい、って?」
「アイが生きていたことに決まってるじゃないか」
「……わかんない」
眉をひそめてそう言います。誰かに会えて嬉しい、ということでしょうか。しかし、それにしても、この喜び様。アイは二、三年ほど一人で生きていたので、ユウに会えて嬉しいのですが、ユウは逆にどうなのでしょうか。
まさか自分と同じ状況、同じ心境ではないでしょう。たぶん。
現に、今だって、大勢の人を連れてきています。聞けば、明日にはもっとたくさん来るのだそうです。
どう考えても、ユウは大勢の人間に囲まれて生きているようでした。
「あ、そうだ。アイ。君はこれからどうするの?」
「……?」
意味が、よく分かりません。
「ここはもうすぐ更地にして、建物が建つ予定なんだ。要するに、アイのお家がなくなるの。わかるかな?」
「……そんなのやだ」
「でしょ? だから……その………提案なんだけど、僕と一緒に来ない?」
アイはここ以外の世界を知りませんでした。
この山々に囲まれた廃村の世界だけで生きてきたので、外に行くという発想がないのです。昔、彼に逃げろと言われて、突き放したのもその理由が一つです。
また半年したらここに戻れるとのことですが、それまでどう生活すればよいのでしょうか。
「僕の家に来るんだよ。その、よければ、だけど」
変にもじもじするユウです。彼にも何か思う事があるのでしょう。
「行って、どうするの?」
「僕と一緒に暮らしてくれ」
「奴隷として?」
「じゃなくて。昔は確かに奴隷として君を買おうとしたけど、今はもっと別の方法があるんだ。養子にする方法もあるし……その……君を妻として迎えるとか」
しばらく、うーんと唸って考え込みます。断る理由もないのですが、やはりこの村にいたいという気持ちがありました。今の生活が一番好きなのです。
ユウの妻。それは知識の乏しいアイでもわかる、結婚というやつでした。
そんな未来は考えたことがありませんでした。なので、快諾しようにも、想像が追いつけず、ちょっと待ってくれと言ってしまいました。
「あまり時間はないんだけどな……いいや。アイの気持ちが一番だ」
「………もし、さ。私が結婚したら、どうなるの?」
「そうだね……ちょっとアイには難しいことを覚えないといけないかもしれないけど、働かずにはよくなる」
「働くのは好きよ」
「あー、ジッとしろって言って聞いたりしなさそうだよね」
苦笑いをするユウに、男が一人近づいてきて、何か耳打ちをしました。それから男は、ふんふんと頷くユウを見ると、また遠ざかって行きました。
「ああ! くっそ! ………アイ。予定が変わった」
「?」
「今すぐ来てくれ!」
切迫した状況だと、アイにもすぐわかりました。結局、アイはユウの家まで馬車でついていきました。
あとで分かることなのですが、それはユウの父親が死んだという訃報の知らせだったのです。ユウはベッドに横たわる父親の姿を見て、泣いていました。
長男としてその後すぐに、彼は後継者としての遺産相続の分配や書類の整理に追われて、全てが片付いた時には、アイは結婚させられていました。なんでも家系間での結婚が嫌なのだそうで、外から連れてきたアイを許嫁として置くことで、それを回避したのだそうです。
「利用するようで、ごめんね」
しかし、アイはさほど嫌だとは思いませんでした。悲しむ暇もない彼に、寄り添いたいう気持ちが芽生えたのでした。色んなことを覚えさせられたり、慣れないことを何度もやらされたりするのにはうんざりしましたが、努力は得意です。頑張りました。
次第にその生活にも慣れ始め、半年経つと、元奴隷だとは誰も思わなくなるほど更生されていました。
まぁ、更生です。半ば強制の。
忙しくユウは家を出入りしていましたが、落ち着き始めると、住んでいた村に建てた屋敷に住もうと言い始めました。異論はありませんでした。
二十四歳。
歳をとりました。老けたな、と思うくらいには。見た目はまだ若いですが、中身が少し問題があるようです。人生が濃いんだよ、アイは。とユウに笑われました。
今はゆっくり村の屋敷で過ごしています。
しかし、そんな平穏も束の間。
現在、都で流行っている病の話でもっぱら噂になります。
「アイ。どうやらこの村で起こったものと同じらしいんだけど……君はどうやって生きたの?」
「どうって、ご飯もらえないから山菜食べて生きてたわ」
「山菜……具体的に」
「えーと……そうね。野イチゴはまぁ、たくさん生えてたから毎日。あとは食べられる葉っぱと、きのこ。焼くか茹でるかしてたわ」
「今でもこの辺りに生えてる?」
「生えてるでしょうね。採りに行きましょうか? 私じゃないとわからないだろうから、もちろん私は行くとして。ああ、従者に取らせるとか言ったらもう知らないわ」
ユウが言おうとしたことが全部遮られます。
仕方なく承諾し、アイとその従者達一行は山菜採りに行ったのでした。過保護なユウは、従者にくれぐれも用心しろと言いつけていましたが、それを見たアイはほくそ笑みます。
なめるなよ、と。
その日の夕方。アイ一人だけが帰ってきます。泥だらけの姿はまるで奴隷時代のアイそのもので、スカートなどはあちこち破けて、なんだか逞しいです。
あと、アイの目が生き生きとしています。
せっかく更生したのに、野生に逆戻りするのではないかとユウはそう思いました。
「はー……やっぱ歳には勝てないわ。お嬢様暮らしに慣れちゃったのもあるかな」
言葉遣いも心なしか、砕けています。性格崩壊です。
「…………従者たちは?」
「山の奥でへばってるんじゃない? それより、私が食べていたものはほとんど採れたわよ。季節的に採れない山菜があったのが本当に残念だわ。それはまた今度行きましょう」
そのまま行かせたら、もう帰ってきそうにないな、とユウは内心思います。
とりあえずアイには着替えをして、泥も落とすようにと言っておきます。しばらくこのままがいいと冗談染みた顔で笑うアイを桶場に連れて行くのは一苦労です。従者もいないので、ユウが見張り番をすることになりました。
とてもじゃないですが、アイは貴族の生活とは縁遠い存在なのだと実感します。
「……知ってたけどね」
引き取った当初からずっと覚悟していたことなのです。ユウにとっては、アイが今まで耐えてくれたことのほうが奇跡なのでした。
「ユウ、それで私が採ってきたやつを調べてどうするの?」
壁一枚を挟んだ向こうからアイの声がします。夫婦というより、友達の感覚です。そもそも夫婦らしいことは何もしていないので、文句は言えません。
「調べて、予防効果がないかな、と」
「そうね……んー、調べるなら栄養の関係だと思うわ」
聡明な言葉は、アイの勉強の努力の賜物でした。
「ほら。都の料理って、緑が少ないと言うか、肉ばっかりじゃない。逆に、わたしのあの時の生活に肉はなかったの。だから、それが関係しているような気がする」
いやに頭のキレた言葉でした。そして、ユウはアイの考えに賛同し、その研究を始めました。
栄養に関する研究はなかなか進んでいなかったので、それが身体に関係あるかどうかは不明確でしたが、何もしないよりはいいと思い、ユウは都の研究者に依頼しました。
ユウ自身もアイの意見を聞きながら勉強し、そして、ある事実に辿り着きます。
やはり栄養の問題でした。
この時代では、まだ発覚していませんが、それは『ミネラル分の不足』が原因でした。ユウが知ったのはある成分の不足、くらいの認識でしたが、それは見事に的を射ていました。
以降、都では水分の十分な摂取と植物性の食事を進めることで治していくという方法が確立され、それに貢献したとして、ユウは功績を上げます。
「私が今まで苦労して生きてきたのも、役に立ったのね」
と、アイは冗談交じりに言いますが、本当にその通りでした。喋れないというだけで奴隷扱いにされ、それでも生きてきた彼女の功績でした。
しかし、彼女は不幸に塗れてました。
三十一歳。
都の流行病が納まった頃……彼女は別の病にかかります。原因不明の病です。
衰弱は目に見えていました。もう助かりようのないのは医者でなくとも、一目でわかりました。
「アイ」
その手を握り締めてユウは言います。
「君に何もしてあげられなかった。ごめん」
「……そう? 私は楽しかったわ」
「楽しい?」
ベッドに横たわるやせ細ったアイは静かに語ります。
「ええ。まぁ、奴隷扱いの生活は今にして思えば、辛かった。あの歳で頑張ったなって今更のことのように思うわ。そのあとも、一人で生きるのは寂しかったし、何より生きるっていう意味が分からずに毎日過ごしていた。生きるっていうのは作業だったの。空っぽの中で生き続けて、私は死んだも同然。ずーっと、たすけてって口をパクパクさせて言ってた」
「……、」
「それから喋れるようになって、あなたと過ごして、誰かを救って……楽しかったわ。生きるって自分のためだけだと本当に寂しいのよね。誰かに関わってないと本当に寂しい。だから……私の人生の後半は、みんなと喋れたから、関われたから、楽しかった」
最後の言葉のようでした。もう死んだあとのような言葉でした。
それにユウは悲しくなりながらも、話しかけます。
「村の人達。憎まなかった?」
「あの人たち? 最初の時は、そうだったかもしれないけど……まあ、憎んだり恨んだりしても腹は膨れないから」
あははとアイは笑います。本当にそう思ってるのでした。自分を扱き使った村人に対して、憎悪の感情などないのでした。かといって、その行為を許せるほど心が広くはありませんでしたが、ユウに言わせてみれば充分なのでした。
その日の会話がアイの最後でした。
彼女は生きた証をユウに残し、深い眠りについたのです。
「……おやすみ」
アイの顔は幸せそうに微笑んでいました。
――fin.