プロローグ
物心付いた頃から、柳瀬太一には他の人とは違う力があった。
「きる」能力である。
ものに対して切りたいという思いを込めると切れるのだ。
といってもそこまで便利な能力ではない。
ものの硬さに関わらず、切る事のできる力だったが細かい調節はできなかったし
何度も使うと、言い知れない不安に襲われた。
それでも幼少期の太一はその能力の恩恵を受けていた。
積み木は一つから二つになったし、何でも一つ下の妹と分け合う事ができたのだから。
しかし特別な能力を持って生まれ、ささやかな恩恵を受けて暮らしていた少年の平和は
7歳の誕生日に唐突な終わりを迎えた。
きっかけは些細な事である。
上空からの狙撃によって、母からプレゼントにと渡された新品の服を汚されたのだ。
幼かった太一は、躊躇なく狙撃者を切った。
収まらない怒りに、狙撃者の仲間達を八つ裂きにした。
そうして怒りが収まった頃、太一は包囲されていた。
署に連行された太一の証言はこうである。
「かーさんが買ってくれた服を、鳥やろーが汚したんだ!あいつらが悪い」
むしゃくしゃしてやった。後悔はしてないという発言である。
反省の見られない態度であったが、警察官達が聞きたい事は無論違った。
彼の住む町では太一は恐ろしい子供だという話が町中に広まっていたが、
母親の説明によって、太一に24時間監視が付くという形で一応落ち着いた。
それからの太一の生活は酷いものだった。
彼の起こした事件は尾ひれ背びれが付き、やれ人殺しだのやれ死神だのと噂された。
道を歩けば噂され、教室では常に距離を置かれていた彼が正気でいられたのは
家族だけは彼に優しかったからである。
しかし時と言うものは残酷である。
家族の思いも空しく思春期に入った彼は、
唯一のよりどころであった柳瀬家で反抗期に入り、とうとう誰にも頼れなくなった。
ぐれた太一は思った。
「こんな世界全部切ってしまえばいいんじゃないか?
そうすると...母さんは悲しむだろうな。
世界は無くせない。なら自分がいなくなろう。
この世界との関わりをきろう」
そう彼が思ったのを最後に、彼の存在は世界から消えた。
交代制で太一を24時間見はっていた警官達は、違和感を覚える事もなく日々の仕事へと戻っていった。