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時刻みの仮装兵器〈トランスアーム〉  作者: カヤ
1章 小さな出会いと大きな決意 〈who is she?〉
8/21

第八話 幼馴染み

--西暦2212年 南区 外区--


現在朝五時少し前。今の季節この時間帯はまだ薄暗い。五月の早朝は少し肌寒く、薄いTシャツ程度では多少寒く感じられるだろう。もともとこの辺りは昼間でさえあまり人気がない。早朝といえば尚更閑散としている。中心街でも行けばこの時間帯でも人はいるのだろう。住宅区であるここらは早朝はびっくりするほど人気がない。まあ昼間も多いとは決して言えないのだが。住宅区の舗装された大通りでさえ、人っ子一人いない。街路樹の上で雀がチュンチュン鳴いている他は物音ひとつしない。街灯も点いていない。節電のため、人が通らない時間帯は点かないのだ。


大通りをずっと真っ直ぐ行くと、巨大な門が見えてくる。鋼鉄製の頑丈そうな門扉だ。高さは大体七メートル、幅は六メートルほどもある。この門は両開きではなく、上から降ろすタイプだ。つまり、シャッターみたいなものだ。開け閉めは面倒だが、その分強度が高い。この世界では面倒だとか、そんなことは言っていられない。一つのミスが大きな過ちとなってしまうからだ。


そんな巨大な門の近くに一人の少女が立っていた。


髪は肩にかかるほどのセミロング、身長も平均女子とほぼ同じくらい。顔も整っていると言って差し支えないだろう。長袖のTシャツに更に一枚上着をかけて、ジーンズをはいている。ラフな格好でもかなり絵になる程きれいな顔をしている。そんな少女が腕時計と門をしきりに交互に見やっていた。


「うーん、そろそろかなぁ…ユウ…」


そわそわしながらその場をくるくる円を描きながら回転していた。


「昨日も帰ってこなかったし、向こうで夜営してるのかな…?」


門を前にひとりごちた。聞いている相手は勿論いない。少女の小声は閑静な住宅地に飲まれるように消えていった。


「あっ……」


唐突に門の脇に設置されたランプが明滅しだした。あれは門が開閉するときの合図だ。昼間なら盛大な音も付随するのだが、朝と深夜はランプが輝くだけだ。この音はかなりうるさいのだ。赤いランプがチカチカと明滅する。薄暗い早朝の中で血のように赤いランプは不気味に怪しく輝いている。この赤ランプは不気味だと地元住民や門を出入りする人には少々不評だ。


赤ランプが点灯し、重そうな門が開き始めた。門が徐々に上に持ち上がっていく。鈍い音が辺りに散らばり、砂塵が舞う。やがて全体の半分まで開いたとき、赤ランプは明滅を止めた。代わりに今度は隣の緑のランプが輝きだした。あれは通ってもよしというサインだ。人が通るときは門は全開しない。大体半分くらいのところで止まるが、しかし普段人はあの門を使用しない。人が通るには巨大すぎるし、あれを上げる燃料が勿体無い。だから人が通るときは門を管理している事務所の中を通る。


「通れない理由があるのかな?」


しかし、考えてみても思い当たる節はない。


悩んでいる間にも緑のランプは点滅し続ける。すると門から二人の人が歩いてきた。


「やっと帰ってきた…」


少女は溜め息をついた。彼らは昨日の夜に帰ってくるはずだったのだ。しかし帰ってこなかった。まあ何か理由があったには違いないのだろうが、待つ身にもなってほしい。少女は門に向かって駆け出した。


「おーい!ユウー!鉄幹ー!」


走りながら手を振る。二人も彼女に気づいたらしく手を振り返す。


「おー、遥。ただいまー」


「ただいま、遥」


ユウこと松村優輔は気怠そうに生返事をし、鉄幹こと倉田鉄幹は片腕を上げながら歩いてきた。遥と呼ばれた少女は二人を交互に見ると、はあ、と溜め息混じりにぼやいた。


「もう…二人ともただいまじゃないよ。昨日結局帰ってこなかったし、あたしの気も知らないで……」


「待ってたって、どれくらい待ってたんだよ?」


「十二時まで待ってたんだよ?徘徊時間ギリギリまでずっとここで立ちっぱなし。もう足が棒みたいになっちゃったよ」


「げ……。わ、悪い」


優輔は自分に非を感じ、謝った。確かに予期せぬ事態に遭遇したが、それは優輔の事情だ。遥が何時間も待っていてくれていた事とは関係がない。


「あーあ、足疲れちゃったなあ。もうふくろはぎがぱんぱんだよ。乙女の足に何てことしてくれちゃったのかなあ。これはもう謝るだけじゃ済まないよねぇ?ねぇ?」


「うっ……」


痛いところを突かれて言葉が出なくなる優輔。


昔からそうだ。優輔は遥にこういった手口を幾度なくやられている。口では遥には勝てないのだ。


「……はいはい、わかったよ。わかりましたよ。今度甘いものでも食わせてやるからそれで勘弁してください」


優輔は遥に問い詰められ、為すすべもなく了承した。遥はやった、と満面の笑みを浮かべ、体の前で小さくガッツポーズを取る。


(ま、こんなだけ喜んでくれるならまあ、妥協してやるか)


ふう、と溜め息をつき、財布の中身を確認する。


(とりあえず……大丈夫……だよな?)


財布事情を確認する情けない男子。いつか「俺が全部だしてやるよ」というくらい豪儀な大人になってみたいものだ。おそらく夢だけで潰えるだろうが。


「ねえ、優輔。そろそろこれ、降ろしていい?」


「え、あ、ああ……てかまだ持ってたのか、早く降ろしちまえよ」


優輔は財布をポケットに押し込み、鉄幹は肩に担いでいた巨大な棺桶を降ろした。降ろしたときの衝撃が足に伝わってくる。


闇を連想させる黒に近い灰色の棺桶は外に出すとその全貌が更に明瞭になった。相変わらずガラスの部分には青白い文字の羅列が並んでいる。文字は数十秒、等間隔で雨粒が落ちた時の波紋のような波を起こしていて、揺れ動く文字は波間に揺れる漂流物のようだ。


「さっきから気になってたんだけど、それ、何……?」


遥が指差して言う。その声色には驚きと怯えが織り混じっていた。


優輔と鉄幹はどちらともなく、苦い顔をして、やがて優輔が答えた。


「それは…教えるより見た方が早いと思う」



優輔にそう促され、遥は棺桶を覗き込んだ。


「なに……これ……」


やはり遥も同じように絶句し、言葉をなくしていた。棺桶の中で横たわる、冷たく、氷のような印象を与える少女。年は見た感じ、十一、二歳ぐらいだろうか。腐敗もせず、ただ横になっている少女。空が徐々に明るくなり、東の空が色づいてきた。


「ちょっと……ユウ……」


優輔はばつが悪そうに顔を背けるだけだった。鉄幹も、概ね同じだった。


「ユウ…まさか……こんな趣味があったなんて……」


……………………………………………………………は?

「女の子を裸のままで、ケースに入れるなんて……ユウにそんな趣味があったなんて、知らなかったよあたし……」


「…は、はああぁぁぁ!?んなっ、んなわけないだろ!!だっ、誰がそんな特殊な性癖を持ち合わせてるか!!」


「でも実際そうなってる訳だし……」


「ありえねえよ!!鉄幹、そんな訳ないって否定してくれよ!!」


優輔は突然の遥の嘆きに当惑した。何をいきなり根も葉もないことを。事実無根だ。だが遥は憐れみと軽蔑の視線を優輔に送る。否定しても証拠が優輔には残念ながら無い。その場にいた鉄幹だけが唯一にして絶対的な証人だ。


「そうなんだよ遥……優輔ってば僕の制止も聞かずに」


「っておおいぃぃぃぃ!!何言ってるんだ鉄幹!?見てただろ!?見てたよね!?」


唯一味方であったはずの鉄幹でさえ訳の分からないことを口走る。何でそっちの味方なの!?


「ユウ………」


遥のさけずんだ目線が痛い。この場において優輔は完全なアウェイとなった。味方はもはや誰もいない。理不尽な展開だ。


「なんなんだよお前ら………俺をイジメて楽しいのか……」


「「うん」」


優輔はがっくりうなだれた。何だか盛大に疲れた気分だ。はあ、と溜め息をつき、その場にしゃがみこむ。


「ごめんごめん、冗談だってば、冗談」


「そうそう」


二人は悪びれた様子もなく、ニシシと笑みを浮かべながら肩にポンと手を置く。すごくわざとらしい。


優輔は再び溜め息をつき、よっと立ち上がった。


「まあ、いいけどさ…」


頭の後頭部をポリポリ掻きながらぼやいた。


「それで」


遥は表情を戻した。先程とは違い、深刻そうな表情だ。


「これ、なんなの?」


「……さあ、わかんねえ」


優輔もほとんど理解していないのだ。一体これが何なのか、どうしてあのような暗い遺跡の中で置かれていたのか、棺桶の表面の謎の文字に加えて判ることは少ない。ただ言えることは重要な秘密が隠されているに違いないということだけだ。


薄闇が三人を包み込んでいた。

辺りはまだ、薄暗い。

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