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時刻みの仮装兵器〈トランスアーム〉  作者: カヤ
1章 小さな出会いと大きな決意 〈who is she?〉
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第七話 滅亡のトビラ

東京都心のとあるオフィス街。毎日懸命に働くことを旨とする日本のビジネスマン達は真昼、初夏の太陽の下で書類鞄を手に、オフィスからオフィスへと営業に回っていた。


初夏といえど都心のアスファルトの上は暑い。天から降り注ぐ太陽光と足下から太陽の恩恵を吸収した熱がサンドウィッチ状に歩く者を板挟みに襲ってくる。通行者もハンカチ、タオルを持っている者がほとんどだ。持ち歩いてない不幸者はハンカチやタオルを恨めしげに睨んでいた。


個人が思い思いの感想を抱いてるとき、何処からか、ぶもっといった低い唸り声のような声が響いた。

道行く人々は立ち止まり、音源を探した。すると、建物と建物の間の路地から一匹の猪が現れた。


一般の人々は猪をどんな風に想像するだろうか。大多数の人は茶色の毛皮を持ち、豚よりも少し大きめの体をした四足歩行の生物だと認識しているに違いない。


だが目の前の猪はそんな一般常識とは乖離していた。


一般的な猪とは豚よりも一回り大きいものだ。だが眼前の猪は馬並みの体躯をしていた。鋭く太陽光を反射する銀の体毛。まさしくそれは原子番号47番、Agの記号を持つ金属の銀そのものだった。メタリックな印象を与え、まるで金属の塊のようだ。


猪といえば何をすることで最も知られているのか。答えは明白だ。


突進だ。猪突猛進の語句からも判るように、猪は何物にも目をくれず、ただ突っ走ることで有名だ。

暫く鼻を鳴らしていただけだった銀猪は唐突に前方に短い足を蹴り出した。


一瞬だった。おそろしく速いスピードで駆けだしていた。初速のスピードは目算で自動車並だと推測できる。



ぐしゃっ!!どちゃっ…



猪の進行路にいたスーツの女性が爆発的な速度に乗った猪に激突する。激突した女性は勢いに負けて吹き飛ばされ、後方にあったコンクリートの壁に頭から衝突する。頭から砕けた骨の鈍い音が発せられ、壁面に大きな赤い血痕が付着した。そして重力に従い、落ちてきた際に再び顔面から地面に墜落する。鼻骨が折れたようだ。頭からはドス黒い血が次々に放出され、赤黒い血溜まりが出来上がる。顔と頭という水源からこんこんと新しい血液が湧き上がり、血の泉を形成していた。


女性は俯せに倒れている状態で、砕けた後頭部が露わになっていた。頭蓋骨は歪にひしゃげ、後頭部が陥没している。おぞましい情景だった。


手足はぴくりともせず、広がる血溜まりに潜むばかりだった。


周りの通行人は突然の出来事に目を見開くばかりだった。一瞬に起きてしまったせいで頭の回転が追いつかない。そのことが次の反応を遅らせる要因となってしまった。


ぐるりと向きを変えた銀猪は再び猛烈なダッシュを開始した。猪が走る光景は一陣の風のようだった。



ぶしゃっ!!



またしても女性だった。今度は吹き飛ばされはしなかったものの、口元に生えた大振りの牙に腹を貫かれた。女性は目を逆向けて、何か低い喚き声を上げた後、目から生気の色を失って、動かなくなった人形のようにだらんと両手足は吊り上げた。


腹から鮮血が迸り、熱い盛んに血を放出し続ける。身に付けていた白いスーツが刹那の内に赤黒く染まり、アスファルトに大小様々な血痕が作られる。


銀猪は返り血を気にする風でもなく、頭を無造作に振り、牙に刺さっていたモノを引き剥がす。

地面に仰向けに伏した死人は貫通したほぼ円形の穴からさらなる大量の血をアスファルトにこれでもかというくらいに流していた。開いた穴からは内臓と思わしき臓物が顔を覗かせている。内臓は血で赤黒く染色され、貫通した穴の上下とで分離されていた。よく周りを見ると、内臓や皮膚の欠片が辺りに散乱しているようであった。


オフィス街の一角に赤黒い血溜まりが二つ出来上がった。中心にいるのは、もう息をしておらず、二度と吹き返すこともない死人が二名。あっという間に二名がこの世から退場していった。

ようやく事の重大さに気付いたようだった。言葉になっていない喘ぎ声を発しながら、半歩、半歩後退し、遂に悲鳴を上げ、身体をぐるっと背け、死の現場から逃げ出した。


そして一人が逃げ出すと、後は雪崩のように各々逃げ惑った。あちこちから飛び交う悲鳴、悲鳴、悲鳴。この世のものとは思えない叫び声が三々五々聞こえてくる。恐怖の根源たる銀猪は待ってましたとばかりに突進を開始する。所詮は人間の脚力。自動車並みの速度のでは亀の歩みにも等しい。しかも騒ぎのおかげで錯乱しきっている。銀猪がこれを狙うのにさほど苦労はなかった。


猛烈な速度で逃げ惑う人々を次々と跳ね飛ばしていく。吹き飛ばされた人は誰一人の例外もなく息は引き取っていった。酷いものでははじき飛ばされた衝撃で壁に頭から激突し、血の海に沈んでいった。

一部の銀猪の突進から免れた人は裏路地に逃げ込んでいた。幸い銀猪は表通りの人のみを狙っているようでこうやって隠れている人は目もくれないようだった。潜んでいた人は表の惨状を傍目に見ながらも物陰に隠れていた。


眼前で起きている非日常から目を逸らしたかった。これは夢だ、夢に違いない。既に脳の処理能力は限界に達していた。身体は各所から悲鳴を上げ、休息を必要としていた。荒々しい息づかいで、無理矢理に息を整えようとしたが緊張で一向に実行できない。身体の震えを止めようとしても今にも全身を襲うかもしれない恐怖に覆われて行う気力すら湧いてこなかった。



かたん



路地の奥の方から何かが倒れる音がした。



ぐしゃばきぃ!!



銀猪の口元から生える鋭く、緩やかにしなった牙は人間の頭を無残にも砕き、穿った。頭蓋骨の硬さをものともせず牙は頭蓋骨は粉砕した。辺り一面に鮮血が飛び散り、人間の死体がまた一体、追加された。



東京から離れたとある都市。ここでもまた惨劇が繰り広げられた。穿かれた道路、大きな一文字の傷が入れられた壁、斜め一閃に斬られた痕が残る信号、街路樹。


剣の決闘でも行ったのかと見紛う痕が残っている。


そして道路を駆け行く二つの影があった。


一人は人間。学生のようだ。服はあちこちが裂け、血が斑点のように滲んでいる。


もう一つは人間の後を追う巨影。象ほどの大きさの巨大な蟷螂。全体にスラッとした印象を与えるも、太く長い腹がそれを相殺している。三角頭にぎょろっと大きな二つの眼。そして極めつけは巨大な鎌。蟷螂の象徴とも言える鎌がその存在感を余すことなくアピールしていた。


幸い蟷螂は足は鈍重らしく、人間はその差を着々と広げていた。


そして建物を右折しようとした時、もう一体の蟷螂が待ち構えていたかのようにぬっと躍り出た。


本来蟷螂の鎌の用途は獲物を切り刻む為のものではなく、掴む為にあるらしい。


蟷螂界の常識を凌駕した巨大蟷螂は自慢の得物を無造作に横に薙いだ。



ひゅっ、ざしゅっ



その軽い動作だけで、風切り音か聴こえた。鋭利な刃物と化した鎌は人間の首を易々と切り落とした。胴体側の首から凄まじい量の血が噴出し、頭側の首からも申し訳程度の血が噴出した。


血の海に沈む首なしの血塗れの胴体と胴なしの血塗れの生首。この様相だけで普通ではないことは明白だ。だがここは人が住む都市などではもはやない。


建物の角の向こうは地獄絵図だった。


何十体ものの首なし胴体と生首が散乱している。道路は黒っぽい赤色に染められた部分が目立ち、ここでの惨状を窺える。血生臭く、鉄の臭いが充満し、鼻腔に鋭利な刃物が突き刺さったような感覚がする。



また人間が、死んだ。



とある場所では三メートルはある巨大熊が現れ、特大の爪痕が刻印された人間の死体の山を築き上げたり、


とある場所では人間大の猿の群れが人間を集団で襲ったり、


とある場所では自動車サイズの土竜もぐらが地中から人間を食い物にしたり、


とある場所では町中が流砂だらけになり、蟻地獄が流砂に落ちてきた人間を食いちぎり、人一人もいない町が流砂に今にも飲み込まれようとしていたり、


とある場所では虎やライオンと見間違える程の大きさの犬や猫が町の人間を食い尽くして、町を闊歩していたり、


とある場所では蟋蟀こおろぎや鈴虫が肥大化し、この世のものとは思えないメロディーを奏で、人間の鼓膜を破裂させたりした。


既にこの世界は人間のものではなくなっていた。人間ではない異形のものに席巻されてしまっていた。


人の中にはこれからの新生活に胸を膨らます新人社員もいただろう。試験や授業についてぶつぶつ文句を言いながらも学校に通っていた学生もいる。順風満帆の生活に究極の幸せを見いだしている新婚もいれば、仲違いして離婚してしまった夫婦もいるに違いない。独り身の独身の若者、老人もいるだろうし、女性もいる。皆それぞれ野望や願望に希望に思いを馳せらせ、明るい未来の実現に向けて四苦八苦していたはずだ。


それが一瞬、刹那のうちに崩されてしまった。


いとも簡単にあっさりと。


人間ではない、異形のものに。


突如現れた化け物によって。


世界は百八十度、姿を変えてしまった。


殺戮と蹂躙が支配する、混沌として異質な世界へと。


壊れてしまった境界の門は二度と閉じられることは、ない。


この時人類は初めてある一つの事実を悟った。



この世界には、神など存在しない、と。

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