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時刻みの仮装兵器〈トランスアーム〉  作者: カヤ
1章 小さな出会いと大きな決意 〈who is she?〉
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第四話 装甲蟹の驀進

思ったよりも鉄幹は先を進んでいた。二〇メートル程先に鉄幹の巨体が見える。優輔は全速力で鉄幹に追いつき、併走するように後ろについた。自慢ではないが足の速さには自信がある。優輔は男子にしては比較的小柄だが、その分小回りが利く。小さな体を生かした戦いが優輔の本分なのだ。


しかしなぜ後ろにつくのか?


それは既に後方に装甲蟹の大群が押し寄せているからだ。


金属と石畳の地面がぶつかる嫌な音が通路に反響する。赤い双眸が無数に蠢き、発光苔の淡い緑色とが神秘的なコントラストを描き出している…訳がない。殺意がひしひしと伝わり、今にも襲いかかりそうな勢いなのに神秘的なコントラストなど描き出す訳がない。


装甲蟹自体移動速度は俊敏とは言い難い。だが鉄幹が速く走れないので必然と優輔それに合わせる形になり、二者のスピードはほぼ互角だった。


だが、少しばかり装甲蟹の方が速い。徐々に二人に追いすがってくる。


装甲蟹の恐ろしさは大群で攻められると収拾がつかなくなってしまうことだ。倒しても倒しても尚増幅する。自然に押し寄せる波を打ち消そうとすることと同じくらい無意味なことだ。


今ここではその惨劇が繰り広げられている真っ最中だ。銀色をした異質な蟹は隆盛を極めている。


優輔は走りながら腰のホルスターに手をかけ、拳銃型古代兵器を引き抜く。抜きざまに撃鉄を引き起こし、首だけを器用に後ろに向けて引き金を引いた。弾丸ではなく、紫色のラインが一直線に進む。進んだ先には装甲蟹の核。核が貫通し、ガラスにひびが入るような音がする。装甲蟹の大群の先駆けは力の源を失い、失速する。


速度が弱まった瞬間、後続に跳ね飛ばされた。そして金属が潰れる音。そんな音も大群の足音に掻き消されてしまった。少しでも規律を守らなかったものへの制裁を加えるかのようだった。


優輔はぞっと慄然した。


(もし追いつかれたから……)


自分達もああなるのだろうか。


無残にも潰され、骨までぐちゃぐちゃにされ、そして最後には蟹どもに喰われ……


背筋に冷たいものが流れる。


そう感じながらも、優輔は走り、撃ち、走り、撃ちを続けていた。


この拳銃型古代兵器は一般のとは異なり、弾丸の装填を必要としない。なぜなら弾丸の代わりに己の体内に宿る魔力を練って発射しているからだ。


魔力、とは云うが、実際には何も解明されていない未知のエネルギーだ。現代の科学では全く解析できず、なぜこのようなものが存在するのか不明瞭な部分が多い。故にその神秘性を揶揄して〈魔力〉と呼ばれている。実際問題、この力は古代兵器を動かすためのエネルギーとまでしか判っていない。


さらに、この力は全ての人間に公平に与えられている訳ではない。力が強い者もいれば、弱い者もいる。あまつさえ力が全く無い者も存在する。というか、この世界には力を有していない人間の数の方が大多数を占めている。


すなわち優輔や鉄幹みたいな者はエリートなのだ。図らずも選ばれた者。選ばれた者の能力は時として人間を凌駕する。


優輔もとても人間業とは思えない射撃を披露していた。


後ろから迫ってくる装甲蟹を超高速射撃で次々と屠っていく。だがその数は一向に減らない。一体倒すごとに周りから新たに追加される。その勢いに優輔は走りながらも茫然とした。


(何だよ畜生!一向に減らないぞ!?おかしい…、こんなの普通じゃない!)


人を遥かに凌駕する力を持ってしても、人外の魔物には及ばない。けれど、この程度熟達した力量を持つ二人なら相対できるはずだった。


しかし、この数は異常だった。幾つもの危機を乗り越えてきた優輔でさえ、このような事例は初見だった。


(既に踏破された遺跡はどれも危険度の低いものばかりなのに…)


全力で狭い通路を駆け抜ける優輔はふと感じた。


(やっぱりアレが原因なのか…)


後ろに注意しつつも、ちらりと見た。


闇を感じさせる漆黒の棺桶。その中に眠る生死不明の少女。謎は混沌を生み、思考をさらなる深みへと誘う。


再び思考の海に捕らわれそうになるのを押さえ、神経をきりっと研ぎ澄ます。


もうすぐ大広間が見える頃合いだ。地図を広げなくとも感覚がそう告げている。そこに出れば、後は太く、長い回廊を突き抜けるだけだ。優輔は安堵半分集中半分と、落ち着いた境地になった。


引き金を引き続ける今も、後ろからの恐怖は消えない。早くこの異常地帯から脱出したい、と心から強く懇願する優輔であった。それは前の鉄幹も同じことだろう。速度を緩めることもなく、少年二人は走り続ける。


そして突然広い空洞が開けた。奥行きは何メートルあるか計り知れない、長く続く空間がそこにあった。それは広間というより巨大な通路のようである。二人はその甚大な大きさの空間の横穴から出た。息が乱れ、肺が潰れそうになる。狭い通路は酸素不足というほどでもなかったが、ここまで来ると肺の中にすっと多少マシな酸素が充満する。外の空気が近いのだ。


優輔は肩で息をし、両手に膝を突いている。鉄幹はそれする許されず、重い荷物を持ちながら、真っ赤な顔をしていた。


お互い会話もない。する余裕もない。


脅威が無くなった訳ではない。安心するには早すぎる。


ふと空気が冷たく鋭くなるのを感じ取った。空気が霊気に触れたかのように冷厳となり、同時に怖れを撒き散らすようになった。辺りからギチギチと不快な音が発せられた。後ろからではない。右も左も前からも四方八方からだ。


ぎん、と赤い光が二つ灯ったかと思うと、それに触発され、辺りが赤い血のような光に満たされた。比喩ではない。確かに赤い世界に自分達は立っているのだ…。



ゾクリ、



未だかつてない恐怖が優輔の体を蝕んだ。人間は本当の恐怖に遭遇すると息もできなくなると今この時初めて知り得た。蛇に睨まれた蛙。その気持ちが初めて判った。


赤い光芒を残し、赤い点が移る。二人の下へと。


二人は声もなく走った。幸いなのか、はたまた災いなのか出口方面への通路は赤が無かった。だが今のその状況を確認する余裕が二人には無かった。疲れきった体を叱咤し、無理やり動かす。走った身体的疲労と魔力消費の疲労が体を確実に襲っている。


後方から洪水の度を超えた津波が二人を飲み込まんと迫ってくる。金属音の残響が広間に木霊し、しかしそれもすぐに消失する。新たな雑音が耳に入り、要らぬ情報が伝わる。優輔はもう銃を上げなかった。この量ではもはや焼け石に水に過ぎない。いやむしろマグマに水、と変更した方がよいだろう。


残った力で二人は回廊を駆け抜ける。石柱が次々と横へ抜けていく。先程よりも数倍大きい金属音が次の金属音に掻き消され、生成消滅を繰り返している。


幸い速度は更に一段と落ちている。数が増え、煩雑になったせいだろう。だが、威圧感は一層強さを増している。絶望的、危機的という状況に変わりはない。


暗い遺跡を疾駆する人間二人と津波。


もの凄い地響きで遺跡が崩落するのではないかとさえ思う。


暗闇が薄らいできた。前方に明るい点が見える。闇を照らす光、だった。


残り二〇〇メートル、ぐらいだろうか。あれを抜ければ、この脅威から逃れられる。


『守護者』たる装甲蟹は遺跡から出られない。そういう風になっている…らしい。この状況下でそれが通じるか甚だ怪しいところではあるが。今はその希望に縋りつくしかない。


一つの光明を得た二人はフルパワーで回廊を駆ける。息をしているかどうかわからない。きちんと機能しているのかどうか。極度の緊張感でそれすらも判らない。通路は入り口に近づくにつれて道幅が狭くなっている気がする。


後一八〇…一六〇…一二〇…百。


百メートルを切ったところで通路の横から這い出るものを見た。


装甲蟹だ。


ぎちぎちと関節と関節が擦れ、赤い瞳が優輔と鉄幹を見据える。その瞳には嘲笑が含まれているような気がした。


前後に挟まれた二人は酷く絶望した。


(嘘だろおい…、何で、何でこんな時に…!出口はもう目の前だってのに!)


走りながら優輔は慄然とする。スピードは緩められない。かといって前にそのまま進んでいくとむざむざに鋏の餌食になるだけだ。


後方の大群に押し潰されるか、前方の一匹に突貫するか。


勿論後者だ。なんとしても生き延びてやる。

優輔は走った。鉄幹も思惑はやはり同じようで止まらず走り続けた。互いに顔は見ない。信頼関係ゆえにだ。


恐怖感は拭えない。むしろ大幅に増幅しているといえよう。心の底から怖れの感情がせり上がり、足が竦みそうになる。恐怖から一刻も早く解放されたい一心で一歩一歩踏み出し続けている。


(後五〇メートル…!)


もう出口はそこだ。


「シャアアアァァ!」


大群の一匹がそれ以上進ませんとばかりに跳躍した。それは鉄幹目掛けての攻撃だった。

優輔は銃を構えることが出来なかった。もう目前に前方にいた装甲蟹と接触しようとしたからだ。


もう一秒もない。


一瞬の逡巡。そして銃を握っていないもう片方の手を腰のホルスターに掛ける。しばらく封印していた秘技を解禁するときだ。


右手には先程まで握っていた黒い拳銃『黒蛇』を。


左手には新たに引き抜いた優輔の真骨頂、『白蛇』を。体を真横に向け、『黒蛇』を先ゆく鉄幹の前方の装甲蟹に向け、『白蛇』を後方の装甲蟹に向けた。


ガガン!!


拳銃の音ではなく、ライフルを撃つような凄まじい音が同時に轟いた。紫色と群青色の軌跡を描きながら光弾は装甲蟹へ肉薄する。バギン!と後方の空中にいた装甲蟹の核を打ち砕いた。そしてほぼタイムラグもなく、もう一方の弾丸は鉄幹の脇ギリギリを通り抜け、直線上の装甲蟹の核を続けて破壊した。砕けたガラス質の核の破片が二人に当たるが、当然のごとく無視する。本体は二人とも断末魔の叫びをあげることなく、前方の装甲蟹は爆走する鉄幹に弾き飛ばされ、やがて津波に飲み込まれ、後方のそれも同じ運命を辿った。


がら空きになった前方へ猛進する。


突っ切れ、鉄幹!!


心で叫びながら回廊を抜けた。


忽然と壁が消失した。明るいフラッシュが目にまぶしい。目がチカチカする。視界が遮られたが構わず走り続けた。


外へ出たのだ。


だが、新鮮な空気を吸う暇もなく二人は走り続けた。装甲蟹は『守護者』で頭では追ってこないと判っていても本能的恐怖が自然と足を進めさせていた。


そして数分走った。二人は荒い息を吐きながら地面に大の字になって倒れていた。


「はあ、はあ、はあ……」


「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」


肺が新鮮な空気を求めていた。幸い余るほどある。二人とも交わす言葉もなかった。回復までもう少しかかりそうだった。


更に数分、次第に荒呼吸も沈静化し、呼吸以外にも脳は機能しだした。二人ともお互いを見た。


「ぷっ…あっ、ははははっ!!なかなかしてやったんじゃないか、俺ら!?」


「はっはははっ!!いやこれは大発見だよ!」


二人はひとしきり笑った後、途端に黙り込んだ。


正直笑える状況ではない。何か未知のものを引き揚げてしまったのだから。これが人類の未来を切り開く最後の駒となるのか。それとも人類に破滅をもたらすパンドラの箱となるのか。微妙なボーダーラインなのだ。かなり危険なものには違いないが、怪しいものがあったら持って帰ってこいと隊長から仰せつかったのだ。多少無理をしても持ち帰らなくては。

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