第二話 棺桶に眠る少女
本作二度目の投稿です。未だに慣れません。それでも一生懸命頑張ってますんで暇潰しと思って下さい。
暫く進むと小部屋らしき扉があった。壁や床と同じく石造りで重く頑丈そうであった。
「さて……どう開けたものかな…」
取っ手も何もない。中央に真円の窪みが二重にあるだけだ。
まず押してみた………開かない。
次に引っ張ってみた………取っ手がなかったことに気づいた。
こういうのは引き戸というのが相場だ、と手を窪みに引っ掛け、引いてみた………びくともしない。
「うーーん……」
押してだめなら引いてみよ、どちらもだめなら実は引き戸だ、という教えを実践してみたが一ミリたりとも動かない。
前提条件が間違えているのか、とぶつぶつぼやきながら、窪みに手をかざした。
扉が光った。
縦状に緑色の光が発し、次いで真円の縁が緑色に輝いた。
優輔は驚嘆し、手を引っ込め、身を引いた。
「な、なんだ!?」
ホルスターに手をかけて銃を構えた。やがて、真円の窪みは淡い緑色の光を発しながらゆっくりと左回転した。窪みが九〇度回転したところで、止まった。止まると同時に中心に縦状に隙間ができたと思うやいなや、ゆっくりと左右に開き始めた。数十秒で扉は完全に開き、中の状態が明らかになった。
小さい小部屋だろうと踏んでいたが、意外にも大きな部屋だった。五〇メートルプールを二つ並べたくらいの広さがある。ここにも相変わらず発光苔が叢生しており、天井に張り付いた様は夜空に星々が輝いているようだった。
優輔は足下のの発光苔に注意しながら歩いた。よく見ると中はドーム状になっていて、壁に壁画らしき絵が描かれているが、掠れていて大部分を失っていた。
そして中心には巨大な円が円が描かれている。その円上に優輔と同じくらいの大きさの石柱が鎮座している。どうやら燭台らしく、左右対称に、四本ずつ、上から見ると正十角形のように意味ありげに置かれている。だがこれも年季を感じさせ、半分以上は一部損壊し、幾つかは原形をとどめていない。まるで、いや、祭壇そのものだ。
真ん中の一段高くなった祭壇には、明らかに異質な物体が安置されていた。優輔は確認のため覚束ない光を頼りに祭壇に上がった。
それは棺桶のようなものだった。ドラキュラでも眠っていそうな黒に近い灰色のデザインだった。極めつけはその材質だ。木でもない。石でもなく、鉄でもない。それは不可思議な金属質であった。優輔が持っている二丁の魔法銃と材質が全く同じで、曰く付きというのは間違いない。
そう、これも古代の遺物に違いない。
棺桶の上には埃が被っているが、金属自体には錆びは見られない。何百、何千年も時を越えてきたはずなのに、磨き上げたばかりのようにつややかだ。それもこの二丁の拳銃の発掘状況と酷似していた。
蓋は金属質ではなく、ガラスのような透明な板が取り付けられてる。僅かに青色を帯びた水晶のような板は辺りに輝く発光苔の淡い緑色の光を吸収し、何ともいえない色彩を放っている。
優輔はガラスの向こう側を唐突に覗いてみたくなった。棺桶は言うなれば宝箱と同じだ。罠であろうと開けてみたくなるのは人間の性だ。光の反射具合で微妙に見にくいガラスの向こう側を見る。そして、次の瞬間、優輔は言葉を失って、立ち尽くした。驚きで、棺桶から目が離れなかった。中に収められていたのは、
少女、だった。
あまりの出来事に優輔は内心狼狽してしまった。
暗く、よく見えないが、端正な顔立ち、あどけなさが残る容姿、生まれたままからの一糸纏わぬ姿で横たわっていた。彼女の周りは水か何かしらの液体で満たされているらしく、朧気な光がその存在を明らかにしている。
優輔はふと思い、そして慄然とした。
この古代の異物の中に眠っているということは、この少女は大昔からすっと、こうして眠っていることになる。
遺跡の天井から冷たい滴が滴り落ち、床にできた水溜まりに落ちる。ぽちゃんと澄んだ音が反響し、波紋を生み出す。
その波紋のように優輔は恐怖がせり上がってくるのを感じた。得体の知れない何かがある、それだけは十二分に判った。
いや、と自らの説を否定する。人間が何百、何千年もの昔から腐敗もせずに生きた状態を保持できるわけがない。
いつか人間は死ぬ。
たとえもっと生きたいと強く願っても、懇願しても、いずれ死を迎える。ならこの少女はいったい何なのか?
どちらにせよ、放置するわけにはいかない。とは言っても一人ではどうにもならない。優輔は相方が現れるのを待たなくてはならなかった。幸い無線機があるので連絡は取り合うことにするが、こちらの現在地が正確に判らないので向こうに探してもらうしかない。
優輔はポーチから無線機を取り出し相方と連絡をとる。
「鉄幹、俺だ。そっちは大丈夫か?」
耳障りなノイズが耳の中に入ってくる。ノイズと混入した声が届く。
「新手の詐欺なら間に合ってます」
「詐欺じゃねえよ。俺だよ、松村優輔だよ。つか無線機使ってるの俺とお前だけだろ」
冗談言ってる場合じゃないだろ、と心の中で突っ込んで、少し安堵した。危機は乗り切ったらしい。
装甲蟹の出現によって分断された優輔の現パートナー倉田鉄幹はあれくらいの数なら凌げる実力を有している。今この野太い声を聞いて胸を撫で下ろした。
「まあ、正直全く心配していなかったがな」
気持ちとは正反対のことを言う。声を聞いて安心した、なんて恥ずかしいことは言えない。
「それは信頼感故の言葉だと受け取っておくよ」
何かを含んだトーンの低い声で返してきた。今頃向こうではニタニタと笑ってるに違いない。畜生め。
「それで、何かあって連絡したんでしょ」
重みを含む声色は無線機からは少々聞き取りにくい。
やはりというか…こいつは鋭い。よく人を観察している。確かにパートナーだから多少は大丈夫カナーとは思ったが、それ以上は思わなかった。大体ここはまがりにも戦場だ。他人の安否を気にする暇など普通はない。他人にまるで興味のない自分とは鉄幹とは全く違うな、と優輔は自虐的に笑った。まあ、一人くらいなら優輔にもいるにはいるが。大切な人が。
「奇妙なものを見つけた。どんなものかは来て見た方が早い。今すぐ来てくれ。場所がこちらにもよくわからないからそっちで確かめてくれ。大体お前と別れたところを真っ直ぐに進んできているから」
「了解」
鉄幹も優輔と同じく専門家だ。居場所が判らなくても多少なら判断できる。ここはそんなに複雑な遺跡ではない。時間は多少かかるだろうか大丈夫だろう。ぷつっと無線機の通信が切れ、ノイズしか聞こえなくなった。無線機の電源を落としてポーチにしまい、溜め息を吐いた。再び少女に向き直った。棺桶に眠るそれは白馬に乗った王子様を待つ白雪姫のようだった。
「それを運び出そうとしてる俺は王子様か、それとも、遺跡から宝を盗み取る盗賊か」
後者だな、とぼそっと呟いた。
「なら、盗人は盗人らしく、宝を強奪する算段を考えましょうかね」
またも自虐的に笑った。
棺桶を運び出すにはどうすればいいか。人間には到底不可能であり、優輔は言わずもがなだ。だが人間離れした腕力の持ち主がいる。それが鉄幹だ。鉄幹は身長190センチ、体重は約100キロの回しでも巻いてる方が似合う巨大だ。元々の腕力もさながら、鉄幹はある古代兵器を持っている。
それが腕力上昇のグローブだ。
この古代兵器は腕力が飛躍的に上昇する補助的な古代兵器だ。自動車程度のものなら持ち上げることが出来、それよりも軽いはずの金属の棺桶は言わずもがなだ。この古代兵器が人外の腕力を与え、超重量級の物を運ぶことを可能にしている。
だが一方でこの作戦には欠点がある。
両手が塞がってしまうことだ。流石に片手で持ち上げることは不可能であろう。すると装甲蟹が現れたとき対処できない。
これには優輔が対処するとしてもなかなか厳しいものがある。
何かを守りながら敵を退けるというのは思うよりも難しいことだからだ。だから優輔は人と深く接することを厭う。親睦を深めれば大切なものが増えてしまうからだ。そうなると守らなければならないものが増えてしまう。非力な自分ではそれを全て守ることはできないだろう。だから優輔は逃げてきた。人から、世界から。
「…………」
解っている。自分が逃げていることくらい。守れないなんてのは言い訳だ。それを口実に現実から逃避しているだけなんだ。それでも…。
「それでも、失うことは、嫌なんだ…」
自分にもっと力があれば、と優輔は思う。でもそれは叶いやしないと解っている。力があれば、そんなこと、世界中の人がそう思っているはずだ。
この世界で、この、壊れた世界では。
発光苔の光だけが朧気に、儚く遺跡を照らしていた。