表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時刻みの仮装兵器〈トランスアーム〉  作者: カヤ
1章 小さな出会いと大きな決意 〈who is she?〉
19/21

第十九話 小さな恋の唄

--2212年 東区 どこかの公園--


三人が座れるちょうどいいベンチを探して大通りを抜け、広い公園のベンチに座った。お誂え向きにそこはベンチだけでなく、木のテーブルまでもが完備されていた。優輔と遥はそこに腰を下ろし、ぐでーっとテーブルにつっぷしった。


「ああ、疲れたな…」


「うん…」


足がもう棒みたいだ。別に体力的に疲れたのではない。SMCで訓練して体力は有り余るぐらいある。何時間も待たされたのと全員分買えなかったのと精神的疲労が大きい。


「ねーねー早く、早く食べようよ!」


フィリアだけは並んでいた時の疲労はどこへやら、元気に振る舞っていた。


「どこからそんな元気湧いてくるんだよ…」



やはり若さゆえだろうか。子供の無限じみた体力にはいくら訓練で培ったといえどかなわないのだろうか。


優輔は店から出てから持たされたケーキの入った箱のハート型シールを剥がし、開ける。そこには先ほど買ったショートケーキが二つ入っていた。


「……どうしよ」


遥が隣で悩んでいた。おそらく店でも誰か一人食べられない状況を想像して、買うのを躊躇っていたのだろう。優輔は箱の中からケーキを二つ、テーブルに並べる。フィリアが取ろうとしたが優輔が押さえた。


「いいよ、お前らが食えよ」


突然の物言いに遥は驚嘆したようで、「えっ!」と急に優輔の方を振り向いた。


「そ、そんなの悪いよ」


「いーんだよ。今日は俺の奢りだったんだから、お前が遠慮することはないんだよ」


「でも…」


「食べたかったんだろ?」


そういうと遥は素直に「………うん」と小さく頷いた。もう反論は言ってこなかった。


(全く、強情なんだからさ)


いつも優輔をからかってばかりいる遥はこういうところになると優しくなるのだ。だから遥を心の底から憎めない。他人に思いやりがある、それが白河遥という人間なのだ。


優輔はショートケーキと箱の中に付随されていたスプーンをフィリアと遥の前に差し出し、食べろと目で合図する。遥は一言「…ごめんね」といってからケーキを口に運んだ。


「……これ…美味しい…」


目を大きく見開いて、ケーキを凝視していた。ほんの一瞬、遥は自分だけの世界に入り込んでいたような気がした。二口目、三口目と次々に口に運んでいく。手の動作が脳が命令を発信したのではなく、勝手に移動している、そんな風に見えた。


機械的にスプーンを動かして最後の一口となった時、遥はその動作をピタッと止めた。そしてちらっと優輔の方を見た。スプーンを握っているその手は口に動かしたそうに震えているのに、何かが邪魔をしてその先に進めないでいるようだ。その障害物がなんなのか、優輔には解っていた。


「いいよ、食べなよ」


優輔の言葉が鍵だったかのように、スプーンが動いた。最後の一口がゆっくりと口内へと運ばれてゆく。そして口が閉じられ、喉を通り、食道を経由して胃に落ちた。


遥は最後の一口まで、心して食べていた。遥の顔は一口目を口にしてから綻びっぱなしで、普段の笑顔とはまた種類が違ってとても魅力的に映った。これほどまでに嬉しそうに食べられたら作った人も作り甲斐があるというものだろう。


フィリアも小さな口で一生懸命咀嚼していた。遥よりもずっと食すスピードは遅いが、ひたむきに食べるその真摯さは見ている方を和ませる。


「…………」


フィリアは食べながら優輔の方を見ていた。そしてスプーンをじーっ見つめた後、ケーキを一口すくい、


「はいっ」


優輔の口の前に持ってきた。


「えっ……」


突然の出来事に優輔は即座に対応できなかった。優輔はケーキが乗ったスプーンとフィリアのにぱっと笑う屈託のない笑顔を交互に見つめていた。


ようやく思考が復活し、優輔はスプーンから離れる。


「いや、いいよ。フィリア、お前が食べろよ」


優輔がやんわり促しても、フィリアは首を横に振るだけでスプーンを優輔から離そうとはしなかった。幼心の、ちっちゃな強情心だった。


「ううん、フィリアは、マスターにたべてほしいの。せっかくならんでかったんだもん。みんなでなかよくたべたいよ」


「………」


優輔は心にじわっと、何かがせり上がってくるのを感じた。それは形容しがたく、言葉では言い表せない、温かいものだった。全身にくまなくその温かさが染み渡り、優輔の心は穏やかなものとなっていった。今まで感じたことのない、これから一生感じることのないものだと、漠然と思っていた。



優輔の心は閉ざされている。重く、堅い扉で厳重に、閉鎖されている。


その扉には南京錠があった。


扉は重々しい黒色をしているのに対し、その南京錠は晴れ晴れしい澄み渡った青色をしていた。無限に広がる虚空を想起させた。


優輔はその扉と灰色の壁に囲まれた部屋にいた。


部屋には何もなかった。


明かりすらなく、自分の顔すら確認できない。ただ唯一あったのは優輔と優輔の両足に縛られた囚人用の鉄球だった。


優輔は縛られていた。


孤独という名の鉄鎖にがんじがらめにされていた。


部屋の外には明るくて、広大な草原が広がっていた。


太陽が燦然と照り、草花が陽気に踊っていた。


優輔は外を部屋の窓からじっと眺めていた。


子供が楽しそうに遊んでいた。


優輔も一緒に遊びたかった。


でも、いつも鉄球と閉ざされた扉が邪魔をしていた。


優輔は孤独に慣れていた。


いつものことだ、代わり映えのないこれからが、ずっと続くんだ。


そう思っていた。


でも本当は違っていた。


優輔はこの孤独から抜け出したかった。


みんなと共に、太陽の下で、大地を踏みしめていたかった。


そんな時、音がした。


カチャ、カチャと金属が擦れ合う音がした。


それは部屋の外から聞こえてきた。


優輔はこの音がなんなのか、迷うことなく理解した。


早く、早く、開けて


ここから、


出してくれ!


優輔は一人ではこの部屋から出られなかった。


勇気が無かったのだ。


一歩踏み出せばそれが叶うことも、知っていた。


ただ、それを行う勇気が無かったのだ。


誰かに手を引いてもらうことが、優輔には必要だったのだ。


カチャ、カチャ、と南京錠と鍵が擦れ合う。


カチャン、


開いた。


扉は勢いよく、風と共に開かれた。


ゴウッ、と風が部屋に広がり、暗かった漆黒の闇は途端に色づき始めた。


まるで、浄化されているかのように。


開かれた扉の前に、小さな影が立っていた。


「いこう、外へ」


小さな影がすっと手を伸ばし、ニコッと笑う。


「マスター」


フィリアは助けにきた、ヒーローのように優輔を待っていた。


優輔は走り出そうとした。


ジャリッ、


重いものに引かれ、無様に転倒した。


扉は開かれた。


それでも優輔を束縛していた鉄球は、依然としてそこにあった。


優輔はフィリアを見た。


フィリアは微笑みかけ、手を伸ばすだけでその態勢から微動だにしない。


鉄球は自分でどうにかしろ、ってことか。


優輔はゆっくりと立ち上がり、一歩目を踏み出そうとした。


鉄球は遅々として進まず、まるで、自分のように重かった。


それでも進まなきゃ。


目の前に、待っている人がいるんだから。



フィリアはスプーンを手に、優輔に笑いかけている。スプーンには白いケーキが乗っている。遥が美味しそうに食べたケーキが。


「…ありがとう、フィリア」


優輔はフィリアの頭を撫でた。フィリアは不思議そうに優輔を見た。実際優輔にもなぜこのような行為をしたのか、よく判らなかった。それでもしなければならないそんな感じがしたのだ。


優輔は手をフィリアの頭から離すと、口をスプーンの近くへ持って行き、パクッと食べた。


(…こりゃあ…)


見た目は変哲もないただのショートケーキだ。だが、味が格別だ。今まで食べてきたのは何だったんだと疑いたくなるようなものだった。


「なあ、遥」


「ん?」


「俺、これがなんで『小さな恋の唄』なんて名前なのか、解った気がする」


「………うん、そうだね。あたしも…なんだか解るような気がするよ」


小さな恋。それはすなわち、初恋。誰しもが若い頃に経験がある、ささやかな恋。幼い頃、異性に初めて抱いた、特別な感情。これまで考えもしなかった、意識もしてなかった相手に対する誰かを好きになるという感情。


それをこのケーキは再現している。普通のケーキより甘さが控え目なのは、初めて抱く、淡い恋心を表現するため。ふわふわなスポンジケーキは崩れやすくて、脆い、簡単に砕け散る初恋をイメージしている。すぐにクリームが溶けてなくなるのは、初恋は叶わないで、そのまま溶けしまうかのように消えてしまうことを表す。


そんな切なさと儚さを唄ったこのケーキ。まるで製作者自身を反映させたような、そんな風に感じた。


残り全てのケーキを平らげ、箱とアルミ箔を公園のゴミ箱に捨てて、遥は空を見上げていた。遥か彼方にあるのに、手を伸ばせば届きそうで。手を伸ばしてみたがやはり届かない。何もない虚空をただ掴むばかりだった。


「………」


白い雲が渡った。碧空を通り、波間に浮かぶ漂流物のように、それは風に流される一方だった。


「遠いなあ…」


いつかあの白い雲が操作できたら。どこまでだって行けるだろうに。幾多の障害なんて、軽く避けられるだろうに。


「なーに独りで黄昏てんだよ」


トイレに行っていた優輔とフィリアが戻ってきた。フィリアは遥が貸したハンカチで一生懸命手を拭いている。


「ほら、早く飯食いにいこうぜ」


優輔が促す。ケーキは食べたが、昼食はまだだ。ケーキを食べたことで余計にお腹もすいた。遥は立ち上がり、優輔の後に続くように歩いた。


「ねえ優輔」


「ん」


「優輔って初恋の人とか、いる?」


優輔は暫く無言で歩いていた。沈黙がこの空間を支配していた。風のさざめきがやけにはっきりと聞こえた。公園をでる頃に優輔はようやく口を開いた。


「ああ、まあ、初恋の人ぐらいは」


時間をたっぷり費やした割には簡素な返答だった。素っ気なく、微妙に投げやりな感じもする。しかし遥にはそれで十分だったようで「……そっか」と優輔の耳に届かないぐらいの囁いた。


「そういうお前はどうなんだよ」


逆に優輔が聞き返してきた。遥が先に聞いたのだから当然といえば当然なのだが。遥は顎に手をやり、ほんの一時考えて答えた。


「…内緒」


悪戯っぽく微笑んだ。優輔は呆れ顔で「なんだそりゃ」と返した。優輔はそれ以上は追及しなかった。軽々しく訊ねられる話題でもないからだ。


三人は新緑が茂る小道を並んで歩いていった。

ケーキの名前は適当に決めました。中身も結構適当だったり。こじつけっぽいし。


どうも!カヤです。


十九話目です。後少しで二十話ですな。それなりに続いているのかな?


それよりまだ話の中心にすら行ってませんね…。


ですけど予告通り?次には話のターニングポイントに突入します。多分。 


なんか最近色々忙しくて執筆があまり進まないのです。(←言い訳)


誰かオラに元気を分けてくれーー!


元気さえあれば何でもできるはずです。


どうでもいいですな。では、また次回で。次は早めに投稿できそうなできなさそうな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ