第十七話 三人のおでかけ
これってデートじゃね?
--2212年 東京区 南区 内区 白河家--
白河家は優輔の家からほんの五分程歩いた所にある。4LDKの一軒家で今は父親がいないため少々広く感じるらしい。昔は優輔も住んでいた懐かしの場所だ。門扉を開け、玄関の呼び鈴を鳴らす。すると中から誰かの足音が聞こえてきた。おそらく遥だろう。ガチャと扉が開き、中から顔が覗ける。
「あら、優輔君」
「あれ、おばさん?」
出てきたのは遥ではなく遥の母親の白河翠だった。ゆったりしたチェックのブラウスに長めのスカート、家にいるためか控えめの化粧は17歳の娘がいるにもかかわらずとても若々しく見えた。元々美人で顔立ちは良い方ではあったが、年の波を感じさせない整った顔はとても魅力的だ。それを受け継いだのが遥というわけだ。まあそれは余談だが。
「遥は?」
「まだ身支度してるわ。もう少し待っててね、多分すぐ終わると思うから」
女の化粧とか用意は時間がかかるという。これまでも遥はこういった準備では時間をかけていたので別段驚くことは無い……が、遥はこの待たせてる感覚を面白がってる節があるからちょっと厄介だ。どこまで本気にすればいいか判らない。
「で、優輔君、その子が…」
「あぁ、うん、こいつはフィリア。おばさん知ってたんだ」
「ええ、遥から話は聞いてたわ。とっても可愛らしい女の子が優輔君の家に最近住み始めたっていうからどんな子なのかなって思ってたんだけど」
翠はフィリアの前でしゃがみこみ、柔和な顔でフィリアの頭を撫でた。
「こんな小さくて可愛い子だったなんてね~。思ってたよりも可愛いわ~」
フィリアの頭を撫で、ついには体を引き寄せてぎゅっと抱きついた。フィリアは突然のことでむきゅ、と驚いていたがすぐに顔を綻ばせていた。フィリアはこういった人体接触のスキンシップを喜ぶきらいがある。特に抱きつかれるとご満悦な顔になる。
「ごめんごめん、お待たせ~ユウ、フィリアちゃん」
廊下の奥から遥がやってきた。淡いグリーンのパーカーに太ももが隠れる程度のスカート、髪はワンポイントなのかリボンを付けていて子供っぽい…もとい可愛らしい格好だ。ブーツを履いて優輔の前までやってきた。
「遅いぞ遥」
「いいの、女が男を待たせるのは当然なんだから」
なんだそりゃと思いつつも口では反論しなかった。言ったら面倒なことになるのは明白だからだ。
「もう、お母さん、もう行くんだからフィリアちゃんを放してあげて」
しょうがないわねーと言いつつ、名残惜しそうにフィリアを離し、もうひと撫でして翠は立ち上がった。
「じゃあお母さん、行ってくるね」
「あまり遅くならないようにするのよ」
「わかってるって。さ、ユウ、フィリアちゃん、行こ」
遥はフィリアの手を握って歩き出した。その姿は本当に親子のようだった。
「優輔君、遥をお願いね」
「うん、わかってるよ」
優輔は遥達を追いかけた。後ろでは翠が手を振っていた。それに気づいたフィリアが大袈裟に手をバイバイと振った。その間に優輔が追いついて二人の横に並んだ。
「んで、どこ行くんだ?」
優輔は遥に訊ねた。結局どこに行くとも、何を目的として行くのかも全く決まっていない。直前の直前まで遥が悩んで悩んでしたせいだ。決めてあるんだろうか。
「ふふん、東区だよ」
「東区ぅ?」
遥はなぜか自慢げに言った。
東区は商業で栄えている街だ。大規模な商店街や色とりどりの店が立ち並び、週末のお出かけには最適な場所だ。人が沢山集まってることから東京区で最も栄えている区と言っても過言ではない。
「そう。東区にとても連日大賑わいの人気のスイーツの店があるんだよ。常に長蛇の列ができるくらいの」
東区は多くの店が並んでいることからこういった食品系の店の流行の最先端ともなっている。食品系に限った事ではなく、ファッションのような衣服も多く揃えられて買い物好きな女子には堪らないつくりとなっている。優輔はちなみにプライベートではあまり東区には赴かない。猥雑で喧騒としてて、騒がしい事この上ないからだ。優輔はあまり騒がしいのが好きではないからだ。
「ってまさかそんなの食うためだけに俺がかり出された訳じゃないだろうな!?」
「そうだよ?」
遥はあっさりと肯定した。当然じゃんとばかりに目をパチクリさせている。何が一体当然なのか。
「それにユウ約束したじゃん」
「何を」
「夜遅くまで待たせた罰として甘いもの奢るって」
「…………」
今優輔は猛烈に後悔していた。軽々しくあんな発言しなければよかった、と。場凌ぎとはいえ軽率すぎた。後悔先に立たずとはよくいったものだ。
「約束したじゃん」
「…はい、しましたね…」
「ならいいよね」
遥はこれで話は終わりとばかりに優輔を無視してフィリアとの談話に熱中してしまった。本当に、遥には適わない、改めてそう思った。
暫く歩いたところでバス停に到着した。ここから東区まで歩いていくのは面倒なのでバスを活用することにした。
東京区のバスは便が緻密で、また渋滞もあり得ないので滞りなくあっという間に目的地に移動することができる。優輔は普段バスを活用しないので乗ること自体、かなり久し振りだった。
「バスに乗るなんて久し振りだな」
優輔はバス停の時刻表を見ながら呟いた。それによれば、後数分もしないうちに来るみたいだ。
「そうなの?あたしは結構利用するんだけど…」
「あまりプライベートで他の区に行ったりしないしな」
なるほどね、と遥は道路の対岸を見ながら言った。
「ねーねー、ばすってなに?」
フィリアが遥の袖を引っ張りながら尋ねた。その瞳には好奇の色が宿っていた。
「バスっていうのはね、こーんな大きい乗り物のことだよ」
遥は両手を駆使して大きな円を描いた。バスが大きいことを表現したいのだろうが、それはあまりにも小さい。しかしフィリアは大層驚いたらしく、感嘆の表情をもらしていた。
(そういやフィリアってこの世界のこと何も知らないんだよな…)
棺桶に収められ、幾星霜の時を越え、ようやくその檻を破ったフィリア。当然の事ながら世情なんて知る由もなかった。優輔達が当たり前のようにやっていることがフィリアにとってそれは未知の体験そのものである。見るもの全てが新しく、また知らないものであれば興奮も収まりきらないだろう。楽しそうにはしゃぐフィリアを優輔は見つめていた。
「あ、来たよフィリアちゃん。あれがバスだよ」
クラックションを鳴らしつつ、通常の車より遥かに大きな車体がガタガタ揺れながら近づいてくる。バスはバス停に設けられたベンチの前にピタリと止まった。
ぷしゅー。
中央のドアが開く。それに合わせて前方のドアも開き、何人かの人々が下車する。優輔と遥は驚いているフィリアを促し乗り込んだ。整理券を三人分取り、一つは優輔、もう二つは遥の手に渡った。遥の握られた二つの整理券の一つはフィリアの分だ。無くされたら困るからだ。
車内は満員というほど混んではいないが、座る場所は少なかった。二人分を確保するのが精一杯だった。その二つの座席に遥とフィリアが座るという形になった。
フィリアは座席を後ろ向きに座って外の景色を見ていた。
優輔にとって見慣れた街並みが左から右へと流れていく。普段とは違うその姿に優輔は新鮮味を感じた。
「こら、ちゃんと座りなさい。危ないでしょ」
遥がフィリアに注意するとフィリアは頷き、元の姿勢に戻った。それでもやはり気になるのか、ちらちらと後ろを振り返っている。
優輔や遥と違いフィリアは体が小さいため体全身を捻らなければ窓の外の景色は臨めない。
「まあ、いいじゃねえか。ちょっとぐらい」
「ダメよ、小さな頃からこういった公共の場でのマナーを身につけておかないと後々大変なんだから」
「保護者かよ」
「キミが保護者でしょ?」
遥は人差し指をピシッと優輔の鼻先に向け、にっ、と笑った。
「……保護者、か」
正直実感が湧かない。この世に生を受けて両親と暮らし、両親が死んでから遥の家で暮らし、今まで誰かの庇護の元、或いは自分のためだけに生きてきた。それを突然小さな女の子を授かり、世話しろといわれても到底無理だ。順序立っていない。誰かを愛し、その愛を育み実らせ、時間をかけて誰かのために生きるというのを学び、それから次代へと繋ぐ子を産む、それがものの道理ではないのか。段階を踏み越え過ぎだ。優輔はまだ誰かを愛した事さえない、ただの子供でしかないのだ。本当に、フィリアを世話できるのだろうか?
「大丈夫」
遥は優輔の手をぎゅっと握った。力強く、それでいて優しく、温かく。決して離さないようにぎゅっと、両手でしっかり結び止めた。
「あたしも、一緒にやるから」
ね?と微笑んだ。口にしていないのに、優輔の考えを見透かしたように。優輔のことは何でも知っているかのように、小さく笑った。
「……ああ、頼むな」
優輔もふっと笑った。
次は、東区内門前。東区内門前でございます。お降りのお客様は、整理券とともに、料金箱に料金を入れて前のドアからお降り下さい。
次の停留所を示すアナウンスが狭苦しい車内に木霊した。
一気に投稿すると疲れます。
どうもカヤです!
十七話目ですよ!
結構続くなー飽きっぽい私がここまで続くとは。
五話くらいで潰れると思ったのに。
私は極度の飽き性なので全く長く続かないのです。直そうにも直せない。ああ、もどかしい!
こんな飽き性でも見捨てないでね……(;_;)/~~~