第一話 遺跡にまみえる守護者
長編はこれで二度目の投稿です。拙い文章で申し訳ありませんがそれでもよろしかったらどうぞ( ・∀・)つ
足音が響き渡る。
といってもそれは摺り足で歩くような微かな音だった。デコボコと凹凸が激しい石畳の上では尚更である。
とん…とん…と規則的で緩やかなリズムの行進が続く。足音以外の雑音は聞こえない。
足下や壁には光る何かが張り付いている。それは光る苔だった。発光苔と呼ばれるその苔は体から淡い緑色の光を発し、辺りを蝋燭で灯したかのように不安げな光を発していた。そのおかげで足下は明るく、歩くことは苦にならない。
足音は唐突に止み、音の主ははあ、と溜め息をついた。優輔は両手で握っていた拳銃を下ろし、腰のホルスターに戻す。腰のベルトに装着していたホルスターは二丁あり、拳銃も二丁揃えてあった。そして小さなポーチが一つ。そのポーチからミネラルウォーターを取り出し一気に呷った。冷水が渇いていた喉を通り、全身の渇きを潤す。空となったペットボトルをポーチに戻し、新たに一本の携帯食料バーを取り出す。味は決して上等ではないが、緊張感で擦り切れた神経や脳に栄養を行き渡らせるには十分だった。
優輔は遺跡内部にいた。
ここは高尾遺跡。高尾山中腹に位置する大型の遺跡だ。一ヶ月に発見され、今優輔はその調査の途中にあった。内部はちょっとした迷路となっており、地図が無ければ迷ってしまうだろう。主に太い通路と細い通路に分かれ、この先を進んだ所に太い回廊と広間がある。広間から幾重にも細い通路が顔を覗かせている。
遺跡に侵入当初優輔はパートナーをもう一人連れていた。だがあることが原因で散り散りになってしまっていた。
その原因というとーー
ギシギシギシギシギシギシギシギシ
…ちっ、もう来たか。
通路の先から赤い光点が幾つもの見えた。それは徐々に徐々に優輔の方に向かってくる。
勿論それを黙って見ているほど優輔は馬鹿ではないし、お人好しでもない。優輔は踵を返し、更に奥へと急いだ。走りながらホルスターから拳銃を一丁抜き出し、一度振り向いた後、再び逃走を開始した。
敵の数は四体。捌ききれない数ではない。接近する何かは発光苔によって不気味な緑色に照らされていた。
全身は鋼のような金属に覆われている。足は四本。前側に大きな鋏が二本。間違いなく蟹だった。コイツが相方と離れる原因となったのだ。
正式名称は装甲蟹。金属質の外殻に覆われ、巨大な鋏を持った異生物だ。体長は約一・五メートル、金属質の甲殻は一体何キロあるのか想像できない。その堅固な外殻は非常に堅く、生半可な武器では掠り傷す、負わない。
装甲蟹は二つの大振りの鋏を振り上げ、優輔に向かって来た。速度は人間のダッシュとほぼ同じ。振り上げたその姿は威圧感があり、切迫感がつのった。蟹とは思えないほどの縦ダッシュは一般人ならそれだけで恐れおののき、身じろぎ一つとれなくなるなるだろう。
だが優輔は生憎ただの一般人ではなかった。
優輔は身体を装甲蟹に向き直し、直り様に引き金を引いた。
パン!と痛烈な音が通路に反響し、螺旋に回転しながら弾丸は装甲蟹に一直線に進んだ。
銃弾は群青色に光っていて、普通の弾丸と造りが違うのは明白だった。
優輔か手にしているのは拳銃型古代兵器である。
古代兵器とはその名の通りこういった大昔の遺跡から発掘された武器のことである。
大きく二種類に分かれる。
一つは優輔が持っている古代兵器。発掘総数の実に八割を占めていて、剣や銃などの種類や大きさまで多岐にわたる。
もう一つは知能兵器と呼ばれている。これは総数の二割ほどしかなく、個体数が非常に少ない。知能兵器とは個々の武器に意志が宿っている武器のことだ。発声器官は、これまた謎なのだが、無いにも関わらず会話をする事ができる。だがそのほとんどが性格がきつかったり、武器自身が使い手を選ぶことが多い。発掘されている数よりも使い手の方が圧倒的に少ないというのが悲しい現状だ。
そしてこの古代兵器は用途が多岐にわたり、武器は勿論、後方支援用の道具も存在する。
優輔が扱っている古代兵器は魔法銃である。銃身は一般的な拳銃とさほど変わりはない。だが本来詰められているはずの弾丸はどこにもなく、空である。それは魔法銃の所以通り、使用者の魔力を練り上げ、弾丸として発射するのである。つまり、魔法銃自体は魔力を撃ち出す装置でしかないのだ。魔力を練り上げる事自体に複雑さは皆無だ。だがいかに上手く魔力を込められるかがミソなのだ。多少の誤差なら撃つことは可能だ。だが込める魔力が多すぎたり逆に少なすぎたりすると発射しない。繊細さが求められるのだ。
優輔はその難しい作業を一瞬のうちに終え、放った魔弾が着弾をするのを待たず、次弾を発射した。
その間、実に〇,二秒。
飛来する弾丸は装甲蟹の眉間の赤い部分に着弾し、亀裂を生じさせた。そして続けざまに放った次弾が着弾し、赤い宝石のような部分はガラスが割れるような音と共に、粉々に砕け散った。
被弾した装甲蟹は、妖しく輝く赤い両目が光を失ったと同時に崩れさった。
砕けた赤い宝石のような部分は核と呼ばれる魔獣の共通の急所である。
魔獣とは二〇〇年前に唐突に現れ、瞬く間に世界を席巻していった生物たちの総称である。既存の動物をベースにしたものや見たこともないような型まで存在する。今のような蟹型をはじめ、猿型や巨大昆虫など多種多様であり、ス○イムのようなゼリー状まで存在する。なかんずく目立つのは竜種である。二〇年前にヨーロッパで発見された竜種は全身が燃え盛る炎を体現したような赤い鱗に覆われ、巨大な翼を持ち、鋭い牙が生え並ぶ大振りの口と視線だけで人を殺めそうな眼を持つ姿をしていたらしい。全身約十三メートル。誰もがその神々しさに目を瞠ったそうだ。
だがこれらの魔獣には全て共通の弱点があるとされている。それが核と呼ばれ、一個体につき、一つあると確認されている。核は魔獣たちの象徴であり、同時に弱点でもある。自然界の覇者であった人類を占領した所以はこの核にある。攻撃を受けても暫くすると、回復し始める。自己修復機能が備わっているのだ。その能力を促しているが核であると云われている。この能力、核の恐ろしさを知らず、二〇〇前刃向かった人類は呆気なく全滅せしめられた。魔獣達の本性を知らずに挑んだ結果、人類の衰退に拍車をかけてしまったのだ。しかしこの核も完全ではない。ある程度の深手を負えば、自己修復機能も機能しなくなり絶命させることは可能だ。つまり早い話、核、心臓部分を破壊すれば活動を停止させることができ、一瞬で絶命させることができる。この発見が人類の反撃の足がかりとなり、今日までどうにか人類が滅ばずにいることができる。
話を戻そう。目の前の装甲蟹は甲殻が鉄のように堅固で、並みの兵器では傷一つつけられないが、核が表面に曝け出されている。普通は体内の中で外殻に護られているものだ。だが装甲蟹はどこで間違えたのか、核が表面に浮き出ていて、単体では非常に倒しやすい。しかし、この弱点を補い余るほどの外殻の堅固さに加え、単体ではなく四~五体の集団で襲い掛かるという集団戦術を起用するという厄介な点もある。決して気を抜いて勝てる相手ではないのだ。
「ふっ!」
優輔は小さく呼吸し、一体倒した余韻に浸らず、間髪入れずに魔力を練り上げる。細い一本道の通路では装甲蟹お得意の集団戦が活用できない。だから優輔はこの場所に誘い込んだのだ。
仲間の屍を踏みにじりながら装甲蟹は優輔に向かって突進してくる。ギチギチと口から不気味な奇声を発しながら、鋏を振り上げる。
優輔は走りながらも器用に引き金を引く。一発、また一発と核に命中し、ガラスの破砕音のようなものとともに蟹を一体ずつ始末していく。
あっという間に残り一体となり、装甲蟹は仲間が無惨にも死んでいったのもいざ知らず、果敢に突進してくる。
優輔はそこでやっと立ち止まり、銃を両手で支え、蟹に向かい合った。
装甲蟹は好機と感じ取ったのか、優輔に向かって飛びついてくる。無謀にも近づいてきた装甲蟹に渾身の一発をお見舞いした。両手で銃身を支え、精度が飛躍的に上昇した銃口から群青色の弾丸が発射される。弾丸は見事に核の中心に着弾し、一撃で砕けた。生気を失った蟹の飛びつきを避けるのはそう難しくなかった。がしゃっと金属音を最後に、再び静寂が包まれた。
「……ふぅ」
優輔は魔法銃をホルスターに戻し、溜め息一つ吐いた。あのくらいの敵なら幾らでも倒せる。慢心とは違う、心の底からそう思った。
「…だいたい、外殻がやけに堅固で、それでいて殻が出てるなんておかしすぎるだろ。未発達じゃないかよ。これでも『守護者』なのかよ」
そうぼやいても決して油断はしない。それくらい出来ないとこの仕事はこなせない。
全国各地に散らばる遺跡を護っているのは蟹型の魔獣が大半なのだ。なぜそうなのかは不明だが、とにかくそういった役割から『守護者』と皮肉を込めて揶揄されている。強くはない、だが決して弱くはない。素人なら手こずるかもしれないが、自分は専門家だ。まあそもそも『外界』に出る人間なんて専門家を含めたほんのごく少数なのだが。
優輔は骸となった装甲蟹を足蹴にしながら進んでいた方向とは逆へ進んだ。元々進んでいた方向は誘いをかけるためのものだ。本来の進行方向とはてんで違う。暗い遺跡の道はこれからの未来を暗示しているようで少し、心細かった。
長期連載にチャレンジです。受験とかその他諸々忙しいですが、合間を縫って執筆したいと思います。