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短編

君の手を。

作者: 白千ロク

【 まえがき 】


■ポケクリからの再掲[移転]です


■ブログに掲載した小話→ポケクリ→個人サイト→小説家になろうという変遷(へんせん)を辿っています


2012/10/7

君の手を離したのは、何時だったか。――そう白々しく思うが、忘れることはない。


白いベッドに寝かされ、人工呼吸機を付けられた彼女を見れば、愉しげな彼女の声が甦った。


「早くぅ、ね、こうちゃんっ」


俺は幸夜こうや。双子の妹倖乃さちのからは幸ちゃんと呼ばれていた。俺は倖乃のことは倖と呼んでいる。


あの時、俺達は県外のアウトレットモールへと買い物に来ていた。衝動買いをしてしまったが、それでもほしいものを手に入れた帰りだった。


駐車場で止めた車の前で倖が手を振る。荷物は全部俺に持たせ――そもそも俺は荷物番として連れてこられた訳だが――倖は購入した服を着て、明日は彼氏とデートだと浮かれていた。


倖に近付く中、あ、と思った時には遅くて。手を伸ばしても、届かずに、倖は倒れた。彼女は駐車スペースを探す車に跳ねられたのだ。突然のことで、頭が真っ白になる。母さんの悲鳴も父さんの声も喧騒もなにもかも、聞こえなくなった。世界は歪み、躯が痛みだす。そうして意識を失い、俺はその場に倒れた――と思う。気付いた時には、白い天井が視界に入って。そうして、母さんの顔が白い天井を隠す。


「……気が付いた?」

「俺……どうし……?」

「倒れたのよ。倖乃は、集中治療室よ」

「そ、っか……。倖は……治療、中――……」


手を伸ばして、引き寄せればよかった。走り寄れば間に合ったかも知れないのに。俺は、なにも出来なかった。


腕で目を覆い、ごめん、と呟く。なにも出来なくて、助けられなくて、ごめん。


俺の躯が軋むのは、倖乃の痛みだろう。他の人には解らないが、双子には時々、痛みや考えが相手に伝わることがある。それは突然の場合もあるし、なんらかの違和感の後にくる場合もあった。


なにも聞こえなくなったあの時、それは倖乃の痛みを受ける前触れだったのだろう。


そして、二ヶ月たった今も、痛みは続いていた。直後の骨からくる痛みというよりも、今は慢性的に肩凝りに似たダルさが続いている。慣れてしまった為に日常生活に支障はないが。


「倖……、」


パイプイスに座る俺の言葉には勿論、返事がない。替わりに、ただただ人工呼吸器の高い音が響くだけ。


今、倖の声は、倖の笑顔は、聞こえないし見られない。


何時になれば目を醒ましてくれるのだろうかと考えつつ窓の外を眺めていれば、ふと躯からダルさが掻き消える。今までが嘘のように躯が軽い。


まさかと思った瞬間、ピッ、と人工呼吸器の機械音の中に、微かだが聞こえた声。


「こ……ちゃ……ん」


倖乃を見据えれば、彼女の睫毛が震え、次いで瞼が押し上げられた。


「こーちゃ……ん」


くぐもってはいるが、紛れもなくそれは倖乃の声だ。人工呼吸器が曇る。


「倖? ……倖、乃?」


指をゆっくりと閉じて拳を作り、腕をゆっくりとした動作で持ち上げる。


「幸ちゃん」


倖乃は涙を浮かべながら、だらりと垂れ下がる俺の手を柔く握った。


「倖」


涙で掠れた声を掛ければ、彼女は微かに笑って、「幸ちゃん」ともう一度、俺の名前を紡ぐ。


俺は急いで枕の横に下がるコールを押し、柔く繋ぐ手をやんわりと外して、病室を出た。


ドア向かいの壁に躯を預け、看護師が駆け寄るその姿を一瞥し、俺は掌を眺める。


夜には父も母も呼ばれるであろう。


掌に伝い落ちた涙。それは流れ、床に弾ける。俺はその掌をぎゅっと、固く握りしめた。




君の手を。

(掴み損ねた。)

(それでも君は、柔く手を掴む。)




end.

2009/10/31

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