双子のエルフ
「……ちょっ、ちょっと待って。どういうことなの?」
そう口を開いたのはレイナーだった。
「言った通りの意味だが?第三者になる。ということはすなわち今まで味方だった存在を敵にまわすということだ。」
アリエラは淡々と応える。
「無論、お前が手を汚すことがないような策を練ることもできる。だがそれでもだ。狗零、お前に覚悟はあるか?」
「……少し、考えさせてくれ。」
狗零はそう言って立ち上がり、部屋を出て行こうとする。アリエラはそんな彼の背中を見つめながら言葉をかける。
「……明日に答を聞かせてもらう。その時までに覚悟を決めておくんだな。ただ、一言言っておこう。全ての事柄が綺麗事ですまされるなど、まず、ない。」
「ーーーーッ!」
狗零はアリエラの言葉に震えながらも部屋を後にした。
狗零が出て行き、1分もしない間に焔がアリエラの胸ぐらにつかみかかった。
「……一体どういうつもりだ!?」
「どういうつもりも何も、これが神々の決めたルールである以上魔族がこの世界の勇者を倒すわけにはいかない。そうなれば魔王の勝利。ということになってしまうからだ。」
焔の怒りに燃える真紅の双眸に射抜かれてもアリエラは表情ひとつ変えずに平然と応える。その様子に焔はさらに怒りで身体を震えさす。
「あいつがこの世界の勇者を倒さなくてはならない理由は!?同じ種族なら暗殺者にでも頼めばすむ話だろ!?」
「言っただろう?『覚悟はあるか?』と。いつまで善人気取りでいる気だ?元・味方に剣を向ける覚悟もない奴は邪魔なだけだ。
それに何も殺せとまでは言っていない。無力化出来ればそれでいい。私が知りたいのはあいつに覚悟があるのかどうかだけだ。」
そう語るアリエラの瞳は睨みつける焔を捉えずに何もない空間を見つめている。
それを傍目で見ているレイナーもアリエラに対する怒りがあった。彼女は魔女であると同時に軍の策士でもある。それゆえにレイナーはアリエラの語ることが正論であることを理解していた。
「ーーーーそれにだ。誰も傷つかずに終結する戦争など、しょせんは御伽噺の中の世界だけだよ。」
「ーーーーッ!貴様ッ!」
限界に達した焔は衝動的に掴んでいるアリエラに殴りかかった。しかし、その拳が届くことはない。なぜならいきなり虚空から現れた二人の女性が焔の腕を掴んで止めているからだ。
その女性は褐色の肌に金色の髪と瞳をした双子の女性。耳が尖っていることから“エルフ”だと考えられた。とてもよく似ているが姉と思われる方の左手には赤い刺青があった。
「お嬢様に攻撃しないでいただけますか?」
「直ちにその腕を引っ込めて下さい。」
「さもなくば。」
「こちらも少々手荒なことをせざるにえなくなりますが。」
「「どうしますか?」」
双子のエルフの連携がとれた台詞回しに焔は小さく舌打ちしながらも掴んでいた腕を放した。
一方のレイナーは目の前の光景に言葉をなくしていた。
「……レティス、レティシア。私は別に助けてくれなどと言った覚えはないが?」
「お嬢様に万一傷が出来てしまったら。」
「私達がマックルさんに叱られます。」
「「少しは考えてください。」」
「あ~、はいはい。分かった分かった。」
アリエラは溜息をつきながら適当に返した。その様子にレティスとレティシアは片手を額に当てた。
そんな光景を見ていた焔はレイナーが驚いた表情をしながら震えていることに気がついた。
「……どうしたの?いきなり震えたりして。」
「……う、嘘……!な、なんでSランクの冒険者がここに!?」
「え゛ッ!?」
レイナーの記憶があっていれば今指差した二人は900年も前に生死不明になった最高ランクSランクの冒険者。『レティス・ウィンディ』と『レティシア・ウィンディ』だったからだ。
ーーーー黒き黒き黒き黒き黒き闇を暗く暗く暗く暗く暗く照らし地を地を地を地を地を無情に蹂躙し蹂躙し蹂躙し蹂躙し蹂躙し草木を喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ陸の生命を喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ海の生命を喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえこの世総てを喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ。
ーーーー我は汝を喚びし者。汝は我を求めし者。
ーーーー我この門を開き汝を手招き、汝我が意に応え我が敵を滅ぼす。
……喚ばれている。誰かがこの封印を破り自分に語りかけている。
ゆっくりとソレは目を開ける。次に自らを喚ぶ愚者を捉え、舌なめずりをする。
ーーーー目覚めよ。
漆黒の闇の中でソレを求める愚者の言葉だけが響いた。