決定
松明の灯りに照らされた薄暗い廊下とは対照的に、切り立った崖の上に建てられたヴァレン城のテラスは月明かりによって幻想的な風景をつくり出していた。
そこにふたつの人影が立っている。先ほどまで『当主の間』で狗零と共にアリエラと会話をしていたレイナーと焔だ。
焔は煙草の紫煙を吐き出しながら、レイナーはヴァレン城から臨む景色を視界の隅で眺めながら言葉を交わしていく。
「……あの吸血鬼、狗零と二人だけで話がしたいって言っていたけど……今頃何話してんだか。」
そう喋るのは焔。彼女の疑問にしばらくの間をおいてレイナーが応える。
「彼女は学者でもあるのよ?きっと狗零のいた世界のことに興味があったのよ。」
そう応えたレイナーも気になるのは事実だった。だといって部屋の中をこっそりと覗くような勇気は二人にはもちろんない。
こんな時のために隠密の練習もしておくべきだったかしら。とレイナーは思いながら顔の向きを変えて視界の中心で景色を眺める。
アリエラが治める領地はこのヴァレン城の敷地のみだ。なぜならこの城は巨大な湖の中心にある島の突き出た崖の上に建てられたからだ。だが誰も汚さない湖は透き通り近くで見れば底が見えるほどだった。絶景なのである。
「……綺麗な湖ね。」
思わずそう呟いてしまう。しかし焔は煙草の煙をリングにして吐き出すのに忙しそうで景色を見ていない。
「レイナー様、焔様。お嬢様がお呼びです。お部屋にお戻り下さい。」
「おっ、話は終わったのか?」
「そうみたいね。」
いきなり虚空から現れた初老の男性はアリエラに仕える執事マックル・テルダント。彼女達をテラスに案内したのも彼だ。
「んじゃ行くとしますか。」
「マックルさん、案内をお願いします。」
「畏まりました。」
そう言うとマックルは歩き出し、レイナーと焔はそれに続いた。
焔の吸っていた煙草を片付けて談笑しながら進んで10分ほどで『主の間』の扉に辿り着いた。
取り敢えず焔が扉をノックしようとしたときに扉の向こうから声が聞こえてきた。反射的にレイナーと焔は扉に耳をあてて聞き取ろうとした。マックルは何もせずに立っている。
「それは50年ほど前に……した火竜の……だ。こっちが……の尾、これが水……の背……だ。」
「あ~。俺……竜が一番……したな。斬っても……ても効きやしない。」
「それは火……の皮膚もとい……が相当……いからだ。……属性の魔法が一番有効だよ。」
扉を挟んでいるためにところどころ聞き取ることができなかったが、どうやら二人は自分が戦ったことのある魔物について話し合ってるみたいだった。レイナーは少しだけ微笑みながら扉を開ける。
「早い話がだ……ん?来たか。2分の時間オーバーだぞ、マックル。」
「申し訳ございません。少し談笑しながら進んできましたので。」
「そうか。ならいい。」
アリエラがマックルと会話している間にレイナーと焔は狗零に近づいて問いかける。
「何の話してたんだ?」
「過去に戦った一番苦労した魔物について話してたんだ。それだけだぞ?」
「本当かしら?正直に話しなさい。」
レイナーに問いつめられて狗零は冷や汗を流しながら視線を明後日の方向に向けて口笛を吹きながら応える。
「……な、何のことだ?ほ、本当にそれだけだぞ?ヒュ~♪ヒュ~♪」
((……怪しい。))
アリエラは狗零の態度を横目でチラリと見て、はぁ……。と嘆息しながら玉座に座り直した。
「……先ほどの頼みだが、お前達がこの戦争に終止符をうちたいと言うならば我々は進んで協力しようーーーー」
「本当「ーーーー但し。」……?」
焔の言葉を遮ってアリエラは続きを話す。
「但しこちらのやり方に従ってもらう。それが条件だ。……どうする?」
そう尋ねるアリエラに三人は薄く微笑むと、代表で狗零が応えた。
「構わない。従うぜ。」
アリエラはそれを聞くと満足そうな顔で頷いた。そして玉座の横に設置してある机から束ねた紙を取り出した。
「ならば話すとしよう。この戦争がそもそも何のために行われているのか。そして、私のやり方をな。」
勇者とは何なのか。魔王とは何なのか。何故勇者と魔王は対立し、争うのか。
数万の時を経て原初の神々すら消えたこの世界でそのことを知るのは、ほんの僅かな存在だけ。
その先にあるものは絶望か、それともーーーー