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みがわり人形  作者: 風元
3/3

人形

 桃の節句は、紙などで人をかたどった人形ひとがたで身体をなでて身の汚れを負わせ、自分の罪やケガレをせおわせて川や海に流した祓い(はらい)の行事だった。

 今でも、その名残で「流しながしびな」の風習が残っている場所もある。

 ひな人形の語源は、ひいな遊びに使う人形である 「ひいな」。

 あるいは「小さい」や「可愛い」を意味する「ひな」だという説が一般的。


 だけど、名前の由来は、実はもう一つある。


 なんを被る(かぶる)で「被難ひなん」。

 自分の代わりに厄災を被せる被難人形が語源だという説。

 余談だけど、被難人形作りはうちの神社の初代が名人だったらしい。

 テレビコマーシャルなんかで流れるヒナ人形の映像はキラキラだけど、元の意味を考えればヒナ人形はめでたいばかりではない。


 そんな名を子供につけたら、家の難を、ケガレを全てかぶせることになる。

 ヒナちゃんは人間だけど、名前の言霊ことだまで、被難人形になってしまった。


「呪いですって、誰が!! どうしてヒナをっ!」

 おじさんの大きなこぶしが、畳をたたく。

「呪いなら返せるじゃないんですか! ほら、あなた。前に見た映画、陰陽師おんみょうじでやってたじゃないの」

 希望をみつけたと、おばさんの声が高くなる。

 陰陽師っていうのは、占いやまじないを仕事にしている人のこと。

 まじないには、呪い(のろい)と祝い(いわい)がある。

 呪いが悪いことを起こし、祝いは良いことをもたらす。

「他人を呪うような悪い奴だから、呪いを返しちゃって下さい。ほら、えっと、弓かなんかで」

 お母さんがつらそうに顔をゆがめた。

「返りのかやりのかぜ

 ヒナさんの病気は、返ってきた呪いの結果です。

 なので、呪いを打ち返すことは不可能です」


 ヒナちゃんのひいおばあちゃんは、まじない屋をやっていたという。


「人を呪わば、穴ふたつ。呪いは必ず返ってきます。

 当事者か、その子孫かはわからないが、いつか必ず返ってきます。

 ときには、呪った人も呪われた人が死んでしまった後にも」

 お母さんの言葉に、おじさんとおばさんの動きが止まって、

「曾祖母さんは呪詛じゅそもしていたのでしょう。

 返ってきた呪いを受けて封じるワラ人形を使って、一時的に返りの風を防いでいたようです。

 ですが、その身代わり人形をを燃やされてしまったので……」


 二人の顔から血の気がひいた。


 おじさんが、真っ青になって、ガタガタふるえ出す。

「俺のせいか。俺のせいで、ヒナが。頼む、神主さん。その呪いを、俺に。娘じゃなくて俺にしてくれ! 俺が代わるから。娘を助けてくれ!」

 おじさんが、お母さんの袖にすがる。

 お母さんはだまって首を横に振った。

「なんでだっ! 頼むよ、娘はまだ五歳なんだ。これから楽しいことがいっぱいあるんだ。頼むよ。俺はどうなってもいいから」

「だめよ、あなたは生きなきゃ。神主さん、私を、母親である私を身代わりにしてください。呪ったのは、私の祖母です。だから、私なら娘の身代わりになれますよね?」

 おばさんが、泣きはらした目でお母さんを真っ直ぐに見た。

 それにも、お母さんは首を横に振る。


 あたしはお母さんを見上げて、目で合図した。


 あたしはヒナちゃんが好きだよ。この子の命をかがやかせてあげたい。

 お母さんは一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべたけど、唇をかんで、首をたてにふってくれた。

 そして、静かで強い声で宣言する。


「大丈夫です。ご両親がぎせいにならなくても、あなた方の娘は助かります」




人形にんぎょうには、命はありませんが、心はあります」

 あたしはヒナちゃんに抱きしめられたまま、深々と頭を下げるお母さんを見ていた。

「その被難人形を、私の娘をどうか大事にしてやってください」

 お母さんの声はこれ以上ないくらい真剣だった。

 

 あたしが呪いを引き受けて、ヒナちゃんを守る。

 大丈夫、心配しないで。

 あたしもお姉さんたちみたいに、ちゃんとお仕事できるよ。


 お母さんが紙垂しでをふって、祝詞のりとをとなえる。

 黒い呪いがヒナちゃんの身体からあたしの器に移る。


 空。お花。お母さん。キレイなものを、あたしはいっぱい見た。

 お母さんの娘であること、被難人形であることを、あたしは誇りに思うよ。

 だから、お母さん、あたしのために泣いたりしないで。


 ああ、だんだん暗くなる。


 お母さん、泣かないで。

 ヒナちゃん、強く笑って。

 もう、なにも見えないけど、あたしはずっと忘れない。


 世界はとてもキレイだね。

 

 




 

                                     fine

  

主人公の正体は人形。

なので「思うこと」と「見ること」しかできないという、

縛りで書き上げるのは楽しかったです。


感想なども頂けたら、とても嬉しいです。

誤字などがありましたら、お気軽に連絡を下さいませ。


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