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みがわり人形  作者: 風元
2/3

ヒナ

 あたしが初めて仕事にかかわった朝、お母さんが念入りに髪をとかしてくれた。

 背中まである髪が、和服の後見頃うしろみごろを流れる。


 サラサラの髪はお母さんからもらったもの。

 お母さんと同じ、夜の海色、深い黒。

 あたしにとって一番の自慢。


 ドキドキしながら、自動車に乗った。

 運転は神社で仕事をしている禰宜ねぎさん。

 あたしはお母さんの膝の上に座って移動した。


 窓から見える空がすごく青かった。

 お日様に輝くガラス板みたいな、キレイな青空。


 たくさんのお花が咲いていた。

 緑の葉を従えて、燃えるように咲く赤いツバキ。

 冬枯れの草の中、すっくりと立つ良いの黄色いロウバイ。

 しだれ梅は満開で、薄紅色の花びらが北風にはらはらと散っていた。

 

 梅は春告草はるつげぐさというんだよと、お母さんが教えてくれた。

 まだ雪がある一月から、百花に先駆けて春を告げるんだって。

 神社にあった白梅は若武者みたいにキリリとしていたけど、しだれ梅は振袖で舞う娘さんみたいだ。

 全然ちがうけど、どっちもキレイ。

 世界にはキレイがたくさんあってうれしいね。


 頭をなでてくれるお母さんのあたたかい手。

 色んなことを説明してくれるお母さんの優しい声。

 うれしいがたくさんあって、世界はキレイ。


 楽しい時間はあっという間に過ぎて、自動車が止まった。

 あたしをギュッと抱きしめてから、お母さんが車から降りる。


 車から降ろされて見上げれば、黒い呪いに包まれた赤い屋根のおうちがあった。

 あたしの目には蛇のような黒いモヤが巻き付いているように見える。

 普通の人間は気付かないモノ。

 

 マガモノにつかれた家。

 この家にヒナちゃんはいた。


 布団に寝かされた、暗い目をした女の子。

 ガリガリにやせ細った血の気のない手足。

 唇はひび割れて、茶色い髪もパサパサで艶がない。

 こげ茶色の目に光りがない。

 ヒナちゃんは、今年で五歳だというけど、子供らしさがかけらもない。

 人間のはずなのに、ぜんぜん命がキレイじゃない。


 ヒナちゃんのお父さんだというおじさんとお話をしているのを、あたしは横で聞いていた。

 ワラ人形を燃やしたと聞いて、お母さんの細い眉がよせられる。

「お願いです。どうか、ヒナを、ヒナを助けて下さい! もう、あなただけが頼りなんです」

 ヒナちゃんのお母さんが、タタミに頭をこすりつけて叫ぶように頼んでいた。

 大人なのに涙をポロポロとこぼして泣いている。

 おじさんも、ぎゅっと握りしめたこぶしが震えている。

 おじさんとおばさんの姿を見ていられなくって、あたしは視線をそらした。


 そらした視線の先にヒナちゃんがいた。

 あたしと目が合ったことにヒナちゃんがびっくりしたみたい。

 彼女は口と目をポカンと開けたて、あたしを見た。

 

 ヒナちゃんはじっとあたしを見る。

 あたしもじっとヒナちゃんを見る。


 はっけよいのこった?

 先に目をそらした方が負け?

  

 ヒナちゃんは目をそらさないまま、口だけを閉じた。

 きゅっと唇をかんで、そろりとあたしに手を伸ばしてくる。

 

 目標は、畳の上にてろりと伸びた、袖のたもとみたい。

 この日のために仕立ててくれた、桃の花を織り出した大振袖おおふりそで

 ヒナちゃんは枯れ枝みたいな指を伸ばして、あかい着物にそっと触れた。


 桃は魔除けの樹で、あかも魔除けの色だ。


 お母さんの思いがこもった、あたしにとっては大切な着物だけど、今時の子供には珍しいのかな。

 弱々しい動きで、布の上に指をすべらせて、はだざわりを確かめているみたい。

 絹のなめらかな手触りに、ヒナちゃんの瞳に明かりがともる。

 微笑がゆらめいた。

 あたしを見上げて、ヒナちゃんが笑う。



 弱々しい笑顔。


 弱い命。


 愛しい命。



 今はケガレでくすんでいるけど、本来の姿を取りもどしたら、きっとキレイに強く輝く。

 笑顔ももっと強くなる。

 

「大切な娘なんです。来月の三月三日で、ヒナはやっと六歳になるんです。だから、どうか。どうかお願いします」


 ひときわ大きな声が、あたしの意識を振り返らせるほどの焦りがあった。

 ヒナちゃんのおばさんの横で、おじさんも頭を下げている。


 三月三日が誕生日で、ヒナちゃんってことは。


「ヒナさんの名前はひな人形からとったのですか?」

 お母さんも気づいたみたいだ。

「ええ、そうです。ひな人形のヒナです」

 お母さんがますます苦い顔をした。

「ヒナさんは、燃やされたワラ人形の代わりに、人形ひとがたになってしまっています。

 ヒナさんは人形にんぎょうの代わりに呪いをうけています」

 お母さんの声が室内にひびいた。






20013/9/3 誤字修正

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