流れ惚ける春の日。?・・《8:2》
「みなさん、おはようございます。今日からこのクラスの担任となった堀良木です」
不快な予感を連れ教室に入ってきたのは、まだ肌寒さを感じることさえある四月の初めの季節だというのに額に脂汗を滲ませているほのかに小太り気味の中年男教師だった。
微妙にパーマがかった不清潔な髪は何か整髪剤のようなもので固められ蛍光灯の真っすぐな直光を反射している。
俺の脳はこういった時に意に反してフル稼働してしまう。
向かい来るもの全てを跳ね返しそうな腹の脂肪に、カチカチのナイスヘッド。それらを総集して、奴の二つ名、即ち『あだ名』というものを俺の頭は瞬時に創造し、組み立て、構築する。
結果、
「…アイアンヘッド」
という案が出た。自己評価、五点満点中三点。
「お、出た!黒田の妙技、初対面者のあだ名付け!」
最後列の俺の席の丁度前に座っていた小画山が俺のお株を奪うようにはきはきとそう言うと、周囲の他の生徒が潜み笑いを浮かべ、クスクスと小声を立てた。
「何を笑っている、そこ!」
新担任に指を差されてまで注意された彼らは瞬時にして姿勢を正し、顔を真っすぐ前に向け、真面目人の表相を見せた。
俺は変わることなく、椅子を後ろに傾け、丁度45度ほどの角度を震央に揺れる運動を超スローペースで繰り返す。
だって、姿勢を正せなどと言われてはいやしないじゃないか。
「おい、おまえ。一番後ろの男!注意されたらしゃんとしろ!」
お門違いだ。今さっき、注意したのか、お前は。
「注意なんてされてないっすよ」
「しただろ?なのになんだその態度は?新学年早々問題を起こす気か!?」
アイアンヘッドは出席簿を手に取り、ページをぺらぺらと捲り始めた。数回動作を繰り返したのちに、あるページを開いてそのページにボールペンのキャップを挟んだ。
「お前の名前は…と」
どうやら席順と出席簿の出席番号を照らし合わせ、俺の個人を確定しようとしているらしかった。
しかし、先公の動作は一瞬、凍り付いた。表情が険しいものとなり、額の汗を少し拭った。唇を二度舐め、その後にぱたんと出席簿を閉じた。
「ほ…ホームルームを終わる。各自解散してよろしい。では、起立」
先程まで俺が注意され沈み暗くなっていたクラスの雰囲気が、先公の奇怪な言動により困惑の声を伴いに変わってしまった。
先公はすぐに教室から逃げるように退室した。
俺の名前を確認して、彼は逃げてしまったのだ。恐らくは。
無論、俺は先公の言葉に素直に甘え、教室をいそいそと後にした。俺が教室から出た瞬間、教室から廊下へ漏れ出す生徒の惰声が一人に二人分ほど大きくなった。
昨年の例に習い、俺が通る道筋は綺麗だった。本当に、奇麗だった。