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第90話 古代の鎧

 すっかり上機嫌になったシャルルに案内され、俺たちは欧州ギルド本部の最奥にあるギルドマスター執務室へと通された。

 そこは、美術館の特別展示室かと見紛うような空間だった。壁には歴史的な名画が飾られ、アンティーク調の豪奢な家具が品良く配置されている。


 ふかふかのソファに腰を下ろすと、凛が早速タブレットを展開し、ビジネスの顔に切り替わった。


「さて、シャルルさん。エデン・グループについてですが」


 凛が話をきり出そうとした、その時だった。


「それについてなんだが」


 シャルルは優雅に紅茶のカップを置き、俺の方へ真っ直ぐに視線を向けた。


「作戦会議の前に、一つ……君のような奇跡の腕を持つ芸術家アルティザンに、紹介したいものがあるんだ」


「俺に、ですか?」


「ああ。きっと君の探求心と、その無骨な合理性を刺激するはずさ」


 シャルルが意味深に微笑み、立ち上がる。

 彼が執務室の壁に飾られていた巨大な風景画の額縁に触れると、カチャリと静かな音が鳴り、壁の一部がスライドして薄暗い隠し通路が現れた。


「ついてきてくれ」


 促されるまま、俺たちはシャルルの後に続いて隠し通路へと足を踏み入れた。

 通路は緩やかな下り坂になっており、魔力で灯る淡い照明が先へと続いている。


「楽園を攻略するには、当然ながら強大な戦力が必要になる。君たちの戦闘力は申し分ないが、相手の懐に飛び込む以上、備えはいくらあっても多すぎることはないからね。トオル、貴方に関しては特に」


「はあ……それについては理解しているつもりですが……」


「まあまあ、聞いてくれたまえ」


 コツ、カツ、と足音を響かせながら、シャルルが前を歩きながら語りかけてくる。


「数年前、欧州でも未踏とされていた古代遺跡の最深部で発掘された、古代文明の遺物があってね。私はこれを『美の極致』の一つだと確信しているんだ」


「じゃあ、それを今回の作戦で使うんですか?」


 セイラが首を傾げると、シャルルは少しだけ悔しそうに顔をしかめた。


「そうしたかったんだが……欧州ギルドが誇る錬金術師や魔道士が総力を挙げて、完全に修復しようと試みたんだけど、遺物は起動しなかったんだ。いや、正確に言えば起動はしたんだが……どれだけ精密に魔力を流し込んでも、起動した瞬間に装甲内部で魔力が大暴走を起こしてしまう。テストで着装した勇敢な戦士は全員、数秒で重傷を負って病院送りさ」


 シャルルは歩みを止めず、肩をすくめた。


「結局、誰もその美しい鎧に触れようとしなくなってしまった。……だが、あれほど美しい『天上の涙』を完全に蘇らせるほどの君なら、あの鎧の『余白』に何が詰まっているのか見抜けるんじゃないかと思ってね……さて、着いたよ」


「ここが……」


 話をしているうちに、通路の突き当たりにある分厚い金属製の扉へと辿り着いた。

 シャルルが手をかざすと、重々しい駆動音と共に扉がゆっくりと左右に開く。


 中に入ると、埃ひとつ落ちていない白亜の研究施設のような空間が広がっていた。

 そして部屋の中央に、ライトアップされるようにして『それ』は鎮座していた。


「かっこいい……! ヒーローだよ、ヒーロー!」


 セイラが目を丸くして感嘆の声を漏らす。凛も静かに息を呑んでいた。

 そこにあったのは、流線型のフォルムを持つ、全身を覆うタイプの装甲服だった。


 鈍く光る漆黒の金属をベースに、要所に白金のような輝きを持つ装甲板が配置されている。特撮ヒーローのスーツと、最先端のパワードスーツを融合させたような、洗練された力強さと美しさが同居するデザインだ。


 戦闘力皆無の俺にとって、身を守る手段は多ければ多いほうがいい。

 これを直すことが出来れば、戦力アップは間違いない


『ムムッ! 主様、あのような鉄の塊に魅入られてはなりませぬ! 主様をお守りし、優しく包み込むのはこの第一の剣たるワタシの役目……!』


「お前は包み込めないだろ」


 背後でカリバーンが危機感を覚えて騒ぎ出したが、俺はそれを軽くあしらってて一歩前へ出た。


「じゃあ……見せてもらいます」


 装甲服の前に歩み寄り、右目の『真贋鑑定』を発動させる。


 ――ブォン。


 視界が明滅し、ただの金属の塊に見えていた装甲の内部構造が、複雑な立体モデルとなって浮かび上がる。

 そして、ステータスウィンドウが展開された。


 ====================

【名称】古代魔導機装・アガートラーム

【ランク】神話級

【状態】魔力暴走状態(起動不可)

【真価】着用者の身体能力を極限まで引き上げ、内蔵された古代魔力炉心で攻防を自動サポートする装甲。

【修復条件】内部の魔力接点にこびりついた『超微細な金属ダスト』の除去。日本製の『エアダスター』による吹き飛ばしと、『接点復活スプレー』の塗布。

 ====================


「……っ」


 俺は思わず、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。


 暴走の原因は、複雑な呪いでも、未知の魔導理論の欠陥でもなかった。

 単純に、長年遺跡に埋まっていたせいで、回路の繋ぎ目にミクロレベルの「金属の埃」が入り込み、それがショート(魔力暴走)を引き起こしているだけだったのだ。


 昔のテレビの裏側や、古いゲーム機のカセットの端子に埃が詰まってバグるのと同じ原理である。トップクラスの錬金術師たちが高度な魔法や錬金術で直そうとするあまり、そんな物理的かつ初歩的な「ただの汚れ」を見落としていたというわけだ。


「透? どう、直せそう?」


 セイラが小声で聞いてくる。

 俺はニヤリと笑って頷き、シャルルの方を振り返ったのだった。


「少し時間をいただけますか? 俺のやり方で、こいつを完璧に目覚めさせてみせます」


「ダコール、任せよう。君の魔法を見せてくれ」


 シャルルが嬉しそうに道を譲る。

 俺はアイテムボックスを展開し、こいつを直すための「魔法の道具」を取り出した。

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