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我が飼いヒトよ、おまえはどこへも行かせない  作者: 明石竜


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9/20

*過去勇者の記録

 古い記録庫は、城の最深部にある。

 石壁に囲まれた室内は、常に一定の温度と湿度が保たれている。

 棚には革表紙の書が整然と並び、背表紙には番号だけが記されている。

 ヴェルタは、その中の一冊を抜き取った。

 番号――第四勇者。

 開く。

 日付。

 討伐遠征開始から九十七日目。

 捕獲から三日目。

 記録は、整っている。

第四勇者:レオン

 年齢二十二。

 単独侵入。

 剣術中級。

 魔術適性なし。

 捕獲時、抵抗強。

 負傷軽度。

 観察開始。

 レオンは、怒っていた。

 捕らえられた翌日から、三日間、ほとんど言葉を発さなかった。

 水を拒否し、食事を投げ、視線を合わせない。

 ヴェルタは、それを「想定内」と記録している。

四日目

 対象、沈黙継続。

 心理的消耗進行。

 逃走意欲高。

 環境刺激を減少。

 環境刺激を減少。

 それは、窓を閉じることだった。

 中庭の音を遮断し、光を制限する。

 罰ではない。

 逸脱行動を抑制する合理的措置。

 レオンは、七日目に再度逃走を試みた。

 警備は強化済み。

 捕獲時間、三十七秒。

 負傷、増加。

七日目

 逃走再発。

 再発率想定内。

 拘束強化。

 拘束強化。

 手首に追加具。

 行動範囲、縮小。

 レオンは、その夜、初めて言葉を発した。

「殺せ」

 ヴェルタは、その発言も記録している。

八日目

 対象、死を選択的解決策と認識。

 自己価値低下確認。

 対話試行。効果薄。

 ヴェルタは、当時も冷静だった。

 怒りも、苛立ちもない。

 管理対象が想定通りに推移しているだけ。

 九日目、レオンは水を飲んだ。

 十日目、食事を受け取った。

 十二日目、視線が合った。

十五日目

 対象、逃走意欲低下。

 拘束一段階解除。

 合理的な進行。

 罰ではない。

 だが。

 十五日目の記録には、余白がある。

 書きかけの行。

十五日目・夜

 対象、発語:

 「……お前は」

 ここで、文章は止まっている。

 次のページに続いていない。

 ヴェルタは、その理由を覚えている。

 レオンは、続きを言わなかった。

 言わずに、笑った。

 あきらめた笑いだった。

 それを、ヴェルタは記録しなかった。

 記録する意味がなかったからだ。

 その後。

 二十七日目、レオンは城を去った。

 帰還を許可。

 理由:戦闘意欲消失。

 脅威度、低。

 合理的判断。

 ヴェルタは、記録を閉じた。

 冷静だ。

 当時の自分に、矛盾はない。

 拘束強化も、窓の遮断も、警備増員も。

 すべて、再発防止のため。

 線は明確だった。

 管理者と対象。

 捕獲者と被捕獲者。

 境界は、強化された。

 そして、逃走は消えた。

 消えたが――

 何かも、消えた。

 それを当時のヴェルタは、

 異常とは判断しなかった。

 合理的な結果。

 それだけだ。

 ヴェルタは、棚に視線を移す。

 第一勇者。

 第二勇者。

 第五勇者。

 どの記録も、似ている。

 逃走。

 拘束強化。

 監視増加。

 意欲低下。

 そして、静まる。

 秩序は保たれる。

 城は安定する。

 魔王は、冷静でいられる。

「……」

 ヴェルタは、ゆっくりと本を戻した。

 エイルは、七日目に走った。

 だが、拘束は強化しなかった。

 警備も増やさなかった。

 窓も閉じなかった。

 合理性だけを見れば、

 過去と同じ処置を取るべきだった。

 だが、取らなかった。

 理由は。

「……」

 定義できない。

 定義できないものは、記録できない。

 記録できないものは、管理できない。

 それでも。

 ヴェルタは、配置を変えなかった。

 線を濃くしなかった。

 過去の勇者たちは、

 静かに、消えていった。

 エイルは、まだ消えていない。

 逃走意欲も、消えていない。

 それでも、

 何かは、消えていない。

 ヴェルタは、最後に一冊だけ抜き取る。

 白紙のノート。

 現在進行中。

 表紙には番号ではなく、名前。

 エイル。

 開かない。

 閉じたまま、手に持つ。

 過去と同じ処置をすれば、

 結果は予測できる。

 予測できる未来は、安定している。

 だが。

 その安定が、

 必ずしも最適とは限らない。

 ヴェルタは、白紙のノートを棚に戻さなかった。

 持ったまま、部屋を出る。

 夜の魔王城は、静かだった。

 静かだが。

 今回だけは、

 過去と同じ手順にしないという選択が、

 まだ消えていない。

 その記録は、二十七日で閉じている。

 エイルは、まだ七日目だった。


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