無血のホワイトデー
この年バレンティン公国は冷害に見舞われた。作物が不作なままで冬を迎え、特に北方に位置するウラディ領の民は冬越えのための燃料や食料品の価格高騰に直面する。
ただ、若くして家督を継いだミール・ウラディ女伯爵はやり手だった。『こんな事もあろうかと!』と既に諸々の災害に備え金塊60本を予備費として蓄えており、差し当たりそれを使うと国へ通達。それと同時に、更なる支援要請も手際良く行なった。
しかしーー
「どうしてですか!?」
「それぞれ手順通り行なったはず」
「なぜ国から許可がおりないのです!」
結果は、まさかの全却下。パニックに陥る部下達。何故そんな事になったかと言うとーー
「問題は、一部の無能な高位貴族の面子みたい」
王室へ強い影響力を持つ古参貴族の一部に災害への備えを全くしていなかった無能がいて、国の支援は優先的にそちらに回す事になったとのこと。
また、そんな中でウラディ領が自力でなんとかしてしまうと彼らの面子が丸潰れになってしまうとも判断されたらしい。
それで、『公平性がーー』とか『他領との足並みがーー』とかふわっとした理由で、ウラディ領の金を使った衣類の配給や大規模炊き出し案までもが一律で却下されていた。
ちなみに国の本音は『まあ他領より経済も医療も治安も発展しているウラディ領だし、全く支援しなくても餓死するのは一部の孤児や貧しい民くらいだろうから別にいいでしょ……ヨシ!』である。
「どうしましょうミール様……」
「再申請だとあまりに遅いですし」
「無許可でやると多大なペナルティが……」
そう言って暗い顔をする部下達。だがーー
「まあ、想定の範囲内ではあったわ。」
一番悪いシナリオにはなっちゃったけどね、こんな事もあろうかと法律家と協議してプランを立ててはいたのよ、差し当たり孤児や一部の貧しい民から救っていきましょう、とミール。
「みんな協力して頂戴。ウチの領地から餓死者や凍死者なんて、絶対にださないわ。」
***
聖ツバクロウ教会は世界最大級の修道会だ。各国に孤児院や救貧院を開いており、バレンティン公国にも大きな影響力を持っている。
その礼典の一つに無事に冬を越せる様に神へと祈りを捧げる『雪精祭』という催事があった。それに伴う慣例で、特権階級は貧しいものへ簡単な菓子を渡す事が喜捨とされている。しかしーー
「正直、菓子よりも毛布や薪が欲しい……」
ウラディ領の孤児院運営を任されている導師ミヤモトは、思わずそう呟かずにはいられなかった。
毎年孤児院や救貧院に当てられる予算というのは『清貧』という建前の下、ごく僅かに限られていて常にギリギリだ。
そこに数年前、現バレンティン王室がやらかしたことによる戦災孤児の増加と今年の物価の高騰が重なり、現在の経営は火の車であった。
冬の間、孤児院はいつも冷たい。
燃料が足りず、古い建物ゆえ隙間風の多い暗い部屋。そんな劣悪な環境ゆえ、孤児達はいつも暖をとるために固まらねばならないほどだ。
さらに悪いことに、冬特有の病にかかった者が出た際は集団感染を防ぐためさらに寒い屋根裏部屋などに隔離せねばならない。
人間は病を退けるには体温をあげねばならないが、寒い所ではそれも難しく体温を保つのにも多大なエネルギーを使うのだ。
無論、毎年の喜捨により配給される菓子の定番である簡素な焼き菓子や干し芋、ナッツ類というのも子供に喜ばれる。
しかし、いま孤児院に必要なのは命を守るための毛布や燃料、そしてエネルギー元となる高カロリーの食糧であった。
「あ、導師きましたよ」
「三色燕の旗印、ミール様です」
とはいえ、今から迎える女伯爵にそれを要求するわけにもいかないだろう。
孤児達はよく視察にきて様々な便宜をはかってくれる彼女の事を親の様に慕っているが、今回は教会独自の情報網で援助のための各案が却下されてたことが分かっていたからである。
なのでミヤモトの出来ることといえば心からの礼を伝えることと、後日、冬明けに何人かの子供が天に召されたとしても本日菓子を貰った幸せを持って行けたと伝えることくらいであろう。
と、思っていたのだがーー
「わわ、凄い量!」
「これ全部、僕達に下さるんですか!?」
「ええ、そうよ」
例年よりも明らかに持ち込まれた荷物の量が多い。喜捨の品というよりは、支援物資でも入っていそうな巨大な木箱が厚い毛布に包まれた状態で次々に運び込まれてくる。
孤児達からは歓声が上がっている。
「あの……こちらとしては大変ありがたいんですが、これって大丈夫なんですか?」
「あら、チョコレートを箱に入れラッピングしてお渡ししているだけですわ。あくまで喜捨の範囲内、何も問題はないはずよ」
つい気になってきいてみると、そんな回答が返ってきて目を白黒させる。
「チョ、チョコレートですって!?そんな高価な品をこの量……」
どうやらミール女伯爵は、栄養価の高いチョコレートを木箱に入れ、防寒に使える毛布で包み『災害支援ではなくあくまでも喜捨』というスタンスで孤児院へ大量に送ってくれるようだ。
孤児達は一度も口にした事もない高級品のチョコレートや手にした事もない厚手の毛布に大はしゃぎである。また、木箱だって解体すれば暖をとる燃料となるだろう。
なるほど、これだけの品があれば餓死や凍死者を出すことなくこの冬を越せそうだ。
無論、費用対効果としては決してベストな方法ではないだろう。しかし国の面子を立てたまま迅速に支援をするにはこの方法しかなかったことが窺える。
「きっと、領の財政に影響が出るほどの金額になったでしょうに……心からの感謝を。何年かかるか分かりませんが、このご恩は何らかの形で必ずお返しさせて頂きます。」
本心からそう口にした導師ミヤモト。
しかしーー
「あら、貴方達が気にする必要はありませんわ」
ミール・ウラディ女伯爵は口元を綻ばせ、実にあっさりとこう答えた。
「お返しというならば、適切な所から、近いうちに頂戴する予定ですから」
ちなみに、目は全然笑っていなかった。
***
冬が明け花が綻ぶ頃、バレンティン公国でクーデターが起こった。
今は亡き前王妃の正嫡で、優れた才覚を持ちながらながら冷遇されていたココ王子をウラディ家、ローズ家、バース家といった新興有力貴族が擁立し現王へ反旗を翻したのである。
現王軍は当初、城に立て籠もり徹底抗戦の構えを見せた。
しかし開戦早々に三家連合軍から破壊力抜群の外国製大砲を城壁へ169発撃ち込まれた時点で無条件降伏、白旗を上げることとなった。結果、死者ゼロでの王位交代と腐敗した旧貴族のクリーンナップが行われることになる。
その後、白星を上げたココ王子はミール・ウラディ女伯爵と結婚し、国を隆盛させていくことになった。
なお後世、バレンティン王妃が旧政権にキッチリお礼参りして白旗を上げさせたこの日は『ホワイトデー』という記念日に制定されるのだが……それはまた別の話。
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