第二十四話 魔王の魂術(ソウルアーツ):「赤竜よ、我が手を薪(まき)とし、万物を灰燼(かいじん)に帰せ」
*< ミロク視点 >
「邪魔だ!どけ!」
正面から突っ込んできた一匹の顎を、逆手の刃で下から叩き上げる。砕けた歯が飛び散り、ゴブリンが後ろへ吹っ飛んだ。その体を踏み台にして跳び、後続の二匹の頭上を越える。着地と同時に右の短剣を横薙ぎに払った。
ザンッ! ドチャッ。
二匹分の血が石壁に飛んだ。
数が多い。洞窟の穴という穴からゴブリンが湧き続けている。倒しても倒しても、新しい気配が闇の奥から滲み出してくる。
ガッ! バキッ! ドシャッ!
錆びた鉈が肩を掠めた。革の籠手で受け流し、そのまま肘を相手の鼻面に叩き込む。軟骨が砕ける感触。ゴブリンが悲鳴を上げる前に、左の短剣が脇腹に刺さった。引き抜く間もなく次が来る。
「ガアッ!(殺セ!)」「ギャギャ!(囲メ!)」
左右から二匹。俺は腰を落とし、真っ正面へ踏み込んだ。右の奴の懐へ潜り込み、腕を掴んで体ごと左の奴へ投げつける。
ゴッシャアッ!!
二匹が絡まって壁に叩きつけられた。その隙に短剣を二本とも鞘へ収め、投擲ナイフを左手に三本持ち替える。
シュッ、シュッ、シュッ。 ドサッ ドサッ ドサッ。
三本が続けざまに三匹の喉へ刺さった。
崩れ落ちる音が三つ重なる。残りが怯んだ一瞬を見逃さず、俺は短剣を再び抜いて走った。
地面を蹴って飛び、空中で体を捻り、三匹の頭上から一気に降りながら二本の刃を交差させて振り下ろした。
三匹が同時に沈んだ……その時。
ズンッ……ズンッ……ズンッ……。
洞窟の壁が震えた。
足の裏から伝わってくる振動は、ゴブリンの足音じゃない。岩盤そのものが揺れているような感覚だ。続いて、通路の奥から聞こえてきた。
ピキキキキキッ!!
パキャアアアアアッ!!! ドゴォォォォォンッ!!!!
何かが砕ける音。いや、凍りつく音だ。直後、ゴブリンの断末魔が重なり、壁の向こうで爆音が弾ける。洞窟全体が揺れ、天井から小石がぱらぱらと落ちてくる。
俺は残っていたゴブリンを一匹一匹、もはや無駄口を叩く暇も与えずに屠った。
「ギャッ……」「ガッ……」「ガ……」
次々と沈んでいく。俺の動きは最初より速くなっていた。早くリーファのところへ行かなければならないという焦りが、体を動かす。
ピキャアアアッ!!
今度はさっきより大きい振動がきた。天井の亀裂から土が落ちてくる。
その時、横穴の手前で新たに固まったゴブリンの群れが壁を塞ぐように立っていた。
まだいたのか。一匹ずつ片付ける時間はない。
数は七、八匹。全員が鉈を構え、俺の前に横一列に並んでいる。
俺は走りながら、胸の奥へ意識を向けた。魂核の傍に宿る、もう一つの気配。あの血の池の玉座。
ピンッ!
「ゼロ、聞こえているか。力を貸してくれ」
一瞬の沈黙があった。
【……はぁ】
深く、呆れ果てたような溜息が脳裏に落ちてきた。
【この程度の雑魚を片付けるのに我を頼るか……】
「早くしてくれ!」
俺がそう言うと頭の奥に何かが流れ込んできた。
【今、脳に浮かんだ言葉をそのまま唱えろ。我が魂術が使えるはずだ】
「わっ分かった。そのまま言えばいいんだな」
俺は走りながら口を開いた。脳裏に浮かんだ言葉を、そのまま声に出す。
「赤竜よ、我が手を薪とし、万物を灰燼に帰せ」
瞬間、右腕が燃えるように熱くなった。
覆いつくした炎は今や五本の爪となり、俺の右手に巻きついている。制御の仕方が分からない。感覚だけで、横へ一閃、左から右へ薙ぎ払った。
「魂術:火竜爪」
ドォォォーーン バンッ!!!!!!
五爪の先から炎の斬撃が直進し、前にいるゴブリンたちを一刀両断した。上下が切り離され、次の瞬間には燃えカスとなっていた。
これが……魂術か。いや、感動している暇はない。
熱波で周囲の岩が溶け始め、天井が崩れてくる。すぐさま後退すると岩が穴を塞ぎ、それ以上ゴブリンたちは現れなかった。
燃え盛る右腕に未だに力が湧いてくる。魂力が流れているからだろうか。それにしても熱すぎて、皮膚が溶けるような痛みが治まらない。どうやって解除するのか分からず、ゼロに聞こうとしたら、自然と炎が消えていった。魂力が心臓部にある魂核へと戻っていく。
【たった五秒の顕現……初めてにしてはまぁまぁだな】
言いたいことはあるが。
「話は後でする」
俺は右腕を一度だけ振り、魂力を吸収しながら走り出した。リーファが引きずり込まれた横穴へ。
走りながら、胸の奥が苦しかった。
俺が掴めなかった指先の感触がまだ残っている。あと一センチだった。あと一センチ踏み込めていれば、掴めた。
悔しさを胸に足に力を込める。狭い通路を抜けると冷気が来た。洞窟の空気とは別の、刃のように鋭い冷気が通路の奥から押し寄せてくる。吐いた息が、白く染まった。
もうすぐだ。
ズンッ!と最後の振動が来て、通路が開けたその光景に俺は思わず足を止めた。
……。
部屋の全体が、白かった。
床から壁から天井まで、分厚い氷が張り詰めている。岩の質感が完全に消え、鈍い白銀の光が部屋全体に満ちていた。白い霧がまだ薄く漂っており、踏み込むたびに足元で霜が鳴る。
周囲には、ゴブリンたちがいた。
いや、正確には、いた跡がある。
心臓部を貫く氷の槍を生やしたまま、彫像のように固まっている。表情さえ残したまま、完全に凍りついていた。怯えた顔、叫んでいる途中の顔、逃げようとした顔。全員が、一瞬で時間を止められたように動かない。
ひときわ大きな個体があった。通常のホブゴブリンよりも明らかにデカい、長か。だが今は、両手両足がなかった。氷で切り落とされたのだろう。断面が白く凍りついたまま、床に倒れ込んでいた。
奥には鉄格子のようなものが見えたが、分厚い氷の壁が形成されており、中が見えない。
そして、部屋の中心に。
「リーファ!」
俺は大きな声を上げ、駆ける。
白い霧の中心で、リーファが立っていた。薄藍色の革鎧に乱れた銀髪。吐いた息が白く細く溶けている。その表情はいつも通り静かで、涼しかった。
「ご主人様……遅かったじゃない」
こちらを振り向きながら言った、その瞬間、リーファの膝が、ガクリと折れた。




