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【奴隷君主】滅びた魔王を宿す者の崩壊路~世界は知らない、魔王は今もなお、少年の中で生きていることを。  作者: T.T
第一章 魂の世界

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第二十話 えっちな私のご主人様

*< リーファ視点 >


「お風呂に……その、一緒に入りましょうってことよ」


 言ってから、頭を抱えたくなる。何を言っているんだろう……私は。

 言い訳をするなら、理由は明確。循環行為が途中で終わってしまったからだ。行き場を失った熱と魂力が思考を甘く溶かして、少しの摩擦だけで声が漏れそうになる。あともう少しでいけたのに……。恥ずかしすぎて死にそうになった。

 けれど、完全に理性が飛んだわけじゃない。

 明日にはクエストに出る。貼り出された依頼書を見た時、亡くなったお母さんが語っていた話は本当だったと思い知った。

 「冒険者は、常に死と隣り合わせの仕事よ」と。

 だから、試さなければならなかった。

 逃げ場のない密室。完全に無防備な私の背中。絶対的な命令権(奴隷紋)を持つ彼が、それでも一切手を出さないかどうか。言葉ではなく、行動で証明させる以外に、この怖がりな私が彼を信じる術はなかった。


 結果は――。

 私の背中を滑ったあの布の感触。強すぎず、弱すぎず、一定のリズムで肌を撫でた律儀な手つき。震える私を気遣い、ただ汚れを落とすことだけに集中していた、あの不器用な優しさ。

 もう、十分よ。

 今日一日、頭の片隅でずっと思っていた結論が、確かな一本の線になった。

 故郷で散々聞かされてきた……そしてこの目で見てきた、欲の塊のような人間たちとは違う。自分の私利私欲のために他者を踏みにじり、エルフの女を慰み者にする。そんな醜悪な獣たちとは、決定的に何かが違う。

 お母さんと同じ……優しい人間。

 不器用で優しい、少しえっちな私のご主人様。それがミロク。

 

 でも、そう思ったが最後、私のからかい心が発動してしまった。

 ……湯船に一緒に入ろうだなんて。

 誘った後で、心臓が破裂しそうに跳ねる。少しやりすぎたかな。

 もしも、彼が男としての性に抗えなくなって、本当に湯船に入ってきて、私を力で押し倒してきたら……私は、どう……。


「……え?」


 そう思った直後、視界の端。湯船の縁を掴もうとした彼の手が、不自然に滑った。

 ガクン、と。

 糸の切れた操り人形のように、大きな体が前へのめり込んでくる。


「えっ、ちょっ――」


 避ける暇なんてなかった。

 咄嗟に両腕を伸ばし、倒れ込んでくる彼を真正面から受け止めてしまう。


 ――ムニュ。


 水気を帯びた厚い胸板が、私の柔らかな双丘を無慈悲に押し潰した。


「あっ……!」


 鋭い電撃のような快感が、先端から脳髄を直接突き抜ける。密着した素肌越しに彼の高い体温と、力強い心臓の鼓動が直接伝わってくる。

 押し倒される。そう思った私は彼の濡れた肩に手を置き、必死に押し返そうとした。


「ダメっ……ちょっと、離れ、て……!」


 押し返そうとした指先に、奇妙な違和感が走った。

 抵抗がない。

 私に覆い被さっているはずの彼は、腕を私の腰に回すこともなく、ただだらんと水面に垂らしているだけ。


「……どっ、どうしたの……?」


 肩を押し返し、恐る恐るその顔を覗き込む。

 湯気の向こう。彼の目は、静かに閉じられていた。

 苦悶の表情すらなく、全身の力が完全に抜け落ちている。私を襲うどころか、意識そのものが真っ暗な底へと沈み込んでいる顔。


「……寝て、しまったの?」


 限界まで張り詰めていた私の感情が、行き場を失って空を斬る。

 ポチャリ、と湯船のお湯が虚しく揺れた。

 胸の奥で渦巻いていた熱も、羞恥も。ポツンと置き去りにされたまま、私はただ意識を失った男の体を抱き抱え、湯気の充満する風呂場で呆然と立ち尽くしていた。


「……もう、訳が分からないわよ……」


 湿り気を帯びた浴室に、私の掠れた独白が空虚に響いた。怒る気力さえ湧かなかった。ただ、膝の力が抜けてしまいそうなほどの脱力感と、それ以上にやり場のない感情が胸の内で渦巻いている。

 ぐったりと項垂れ、意識を完全に手放したご主人様。その大きな体を引き上げ、私の肩に預ける。

 彼が意識を失う直前に見てしまった、あの禍々しい男の証。それを隠すように、剥き出しの彼に急いで服を押し込んだ。

 何も反応がない……本当に寝てしまっている。

 その顔が少し可愛いと、思ってしまった。

 私も手早く服を着て、彼を肩に担ぐようにして風呂場を出る。

 一階を通り抜ける時、受付の老婆が眉をひそめてこちらをじろりと見たが、無視して軋む階段を上った。


 部屋に戻り、彼をゆっくりとベッドに横たえる。


「……ふぅ」


 さすがに疲労がどっと押し寄せてきた。張り詰めていた糸が切れ、たまらずその狭いベッドの隣に身を投げる。

 仰向けのまま、少しだけ首を左へ傾けた。

 すぐ隣で、ご主人様が静かな寝息を立てている。


「本当に……変な人」


 ぽつりと、夜の空気に溶けるように呟いた。

 今日一日の出来事が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 薄暗い地下室で、血まみれになりながら私に差し伸べられた手。「俺には夢がある」と語った、あの真っ直ぐな瞳。

 私に恥ずかしいV字の鎧を押し付けてきた時の、間の抜けた顔。

 宿の廊下で、私の醜態を見て固まっていた姿。

 そして——私の背中をただ静かに汚れを落とすためだけに洗ってくれた、あの温かい手。倒れてきたときは本性が現れたと思ったけれど、見ての通り寝てしまった……。私を襲うことなく、スヤスヤと。


「認めるしか、ないわね」


 えっちな部分があるけれど、私が嫌がる危害を加えるような人間じゃない。

 明日からは彼を信じて、クエストにも挑める気がした。

 心がふっと軽くなり、完全な安心感が私を包み込む。


 ――その安心が、皮肉にも眠っていた熱を呼び覚ましてしまった。

 下腹部の奥。魂核がチリチリと燃え上がり、私の制御を離れて暴走し始める。

 中断されたままの、魂力循環行為。

 さっき胸が当たった感触が、濡れた素肌の熱がまだ肌にべったりと張り付いている。

 このままじゃダメ。明日からのクエストに支障が出る。


 私は音を立てないようにベッドから抜け出し、再び廊下に出た。

 突き当たりのトイレ。今度は、ドアノブの真ん中にある突起をカチリと押し込んだ。これが鍵の役目を果たすのだと、さっきの失敗でようやく学習したからだ。

 誰にも邪魔されない、完全な密室。


 便座に跨り、薄い部屋着を胸元までたくし上げる。

 冷たい空気が肌を撫でるが、内側で燻る熱を冷ますには到底足りない。震える指先を、ゆっくりと自分の秘所へと這わせる。


「……んっ……ぁ……」


 私はこの行為には酷く時間が掛かる。

 理由は分かっている。私には、想い人がいないから。

 この循環を行う時、恋い慕う相手を脳裏に描けば、魂力はスムーズに巡り、瞬く間に熱を解放できるという。

 でも、私には愛なんて分からない。ただ虚像を繋ぎ合わせ、作業のように体を弄るしかなかった。


 魔族は体の成長が早い。下級の魔族でさえ、数年もすれば成体の形を成す。けれど、それは他者の命の奪い、魂力を喰らい続けた場合の話。

 私はお母さんにそれを固く禁じられていた。「殺してはいけない。奪ってはいけない」と。

 その教えを守り続けた代償が、この十歳前後のまま止まってしまった、幼い肉体。

 それなのに、お母さんに似て不釣り合いに膨らんだこの胸だけが、私が紛れもない女であることを、惨めに、そして執拗に主張してくる。

 実年齢は十六。ご主人様と同い年。

 身体の奥底だけは、残酷なほどに、女としての熱を孕めるほど成熟してしまっている。


「イッ……んっ……はぁっ、はぁ……っ」


 柔らかな粘膜を指先が捉える。

 いつもなら、ここから果てしないほどの時間をかけて、虚しさと戦いながら熱をやり過ごすはずだった。


「んっ……あ、れ……?」


 違和感があった。

 いつもとは比べものにならないほど、身体が勝手に激しく早く動いてしまう。

 指が触れるたび、背筋を突き抜けるような甘い痺れが脳髄を直接揺らし、思考を白く塗り潰していく。

 きつく目を閉じると、真っ暗な視界の裏に、さっきの出来事が鮮烈なフラッシュバックとなって襲いかかってきた。


 似合ってると真っ直ぐに私を見つめた、ご主人様の眼差し。

 頼もしさと威圧感を湛えた、あの広い背中。

 そして、湯船で私に向かって倒れ込んできた、あの岩のように熱く、猛々しい体温――。チラッと見えた……禍々しい何か……。


「イッ……! あ、ダメっ……!」


 彼を思い浮かべた瞬間、自分でも信じられないほど、手が勝手に早く動いてしまう。

 ドクン、ドクンと魂核が脈打ち、溜まりきった魂力が一気に臨界点へと達しようとしていた。

 こんなこと、今まで一度もなかった。

 誰かを思い描いて、こんなに体が熱く、溶けそうになるなんて。


「はぁっ……あ……っ!」


 喉の奥から、甘ったるい嬌声が跳ねた。

 目の前が真っ白に弾け、足の指先までがピーンと反り返る。熱い濁流が全身を駆け巡り、私は便座の上で小さく痙攣しながら長い絶息を吐き出した。

 熱が引いていく。

 いつもなら、行為の後に残るのは、ひんやりとした虚無感と自己嫌悪だけだった。

 今は胸の奥がじんわりと温かく、不思議な余韻がずっと残り続けている。


「何で……だろう……」


 乱れた息を整えながら、私は便座に額を押し当てた。

 私は理由が分からないまま、ただ熱の残る胸を持て余し、不思議な夜を過ごした。

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