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第一話 人間ではない者

新作です!

「――死んでこい」


 それが、人類が俺たち”奴隷”に与えた最初の命令だった。


 言ったのは、六人いる勇者のうちの一人。白く輝く鎧を身にまとい、今回の「魔王討伐」にて希望として崇められている存在だ 。

 彼の背後には、抜身の長剣を手にした騎士たちが、逃走を許さぬ鉄の壁となって並んでいる。一歩でも退けば、魔族に喰われる前に、味方であるはずの人間たちに首を撥ねられる。

   

 生き延びる道は、ただ一点。  

 命令通り、前方の霧を裂き、そこに立ち塞がる魔族を皆殺しにして突き進むことだけだ。


「行くぞ、イツキ、ナナ」

「おう。俺の背中から離れるなよ」

「……うん、分かってるっ」


 イツキが重厚な盾を構え、その背後でナナが震える手で杖を握りしめる。

 俺は先陣を切って二本の短剣を抜き放ち、ぬかるんだ石畳を滑るように踏み込んだ。


「ギギッ……ギギャアッ!!(腹が減った、女、犯す、喰う)」


 霧の向こうから、醜悪なゴブリンが濁った声を上げた。  

 最小限の動きで錆びついた鉈を回避し、逆手に持った短剣をゴブリンの喉仏の最も柔らかい箇所へ突き立てた。

 刃が肉を断つ嫌な手応えと共に、熱い返り血が顔にこびりつく。

 その瞬間――胸の奥で、不気味な音が鳴った。


 ヒュ~ポン。


 魔族を殺すたび、相手の魂核ソウルコアが砕け、光となって自身の魂核ソウルコアに吸い込まれていく音。

 適性者アデプトならば、ここで全身に万能の魂力が漲る。

 だが、俺には何もない。熱も、高揚感もない。

 ただ、乾いたスポンジが泥水を吸うような、不快な重みが腹の底に溜まるだけだ。


 ……キーン。


「……ッ」


 視界が歪み、”知らない景色”が泥流となって割り込んできた。 

 湿った洞窟の暗がり。同族の肉を奪い合う惨状。人間を憎み、女を犯す姿。

 殺した魔族の、生々しく醜悪な「生前の記憶」が断片的に流れ込んでくる。


「……ミロク、大丈夫」


 返事をするまで、一拍遅れた。


「……平気だ。行こう」


 ”魔族の記憶”が流れ込むのは、俺だけだ。


 イツキもナナも、他の奴隷も同じことを言う。

 魔族を倒しても”魂力”が少し高まるだけで、

 頭痛はない。記憶が見えることもない。

 原因は分からない。治療など受けられるはずもなく、考えるのをやめた。

 今では生まれつきのものだと割り切っている。


 俺は再び、血に濡れた短剣を構え直した。目の前から”ホブゴブリンの長”が、霧を割り巨躯を揺らして現れる。


「……死んでたまるか」


 異質な熱を帯びる脚に力を込め、俺は再び死地へと踏み込んだ。


 ……


 一週間が経った。


 俺たちは魔王城がはっきり見える平地に拠点を築いた。

 三日前から、空は重苦しい黒雲に蓋をされたままだ。

 太陽の光は届かず、昼も夜も判然としない。

 滞留する空気には、鉄錆びた戦場の血の匂いと、行き場のない奴隷たちの体臭がべっとりと混じり合っていた。


「 S 666番 」。


 俺の番号が呼ばれ、首の奴隷紋が紫色に拍動した。  

 大人の奴隷たちの間を縫い、蔑みと嫉妬が混じった視線を浴びながら木壇へ進む。


「またあいつが”長”を殺したのかよ」

「チッ、涼しい顔しやがって、クソガキが」


 背中に投げられるヤジを、俺はただの雑音として聞き流す。  

 この地獄では、誰よりも多く殺す、あるいは強い個体(”長”)を討てば、相応の金貨が与えられる。人間の欲を利用し、奴隷同士を競わせる露骨な管理システムだ。


 俺はこれまでの報酬で、最低限の鉄製防具と二本の短剣、投擲用のナイフ、切れ味を保つための砥石を揃えた。残りは一銭たりとも使わず、全て貯金に回している。


 理由は一つ。この首に刻まれた呪わしい奴隷紋を解除するためだ。    

 奴隷紋の解除には、膨大な額の金貨が必要になる。それも俺一人の分だけじゃない。イツキとナナ。三人全員でこの泥沼を抜け出し、本当の自由を買い取る。  

 それが、明日をも知れぬ戦場を生き抜くための、俺の唯一の執着だった。

 周囲に視線を配りながら進む。ふと、以前よりも「風通し」が良くなっていることに気づいた。


 ……本当に、数が減った。


 百万の遠征軍。そのうち、すでに三十万が土に還った。  

 全員、俺たちと同じ奴隷だ。


 初日に息巻いていた連中は、ほとんど死んだ。

 今残っているのは、激しい戦場を潜り抜けてきた者ばかり。


 俺は囁き声と乾いた笑いを無視し、階段を上った。


 左右に三名ずつ、磨き上げられた鎧に身を包んだ騎士。

 その中央、椅子に深く腰掛けた男がいる。  

 俺の“ご主人様”。名を、オルロー。

 この遠征軍の一端を担う、肥え太った指揮官だ。


 視線を主人の頭より上に上げぬよう、俺はゆっくりと床に跪いた。


「……よい。面を上げろ」


 その瞬間、首が勝手に持ち上がった。

 自分の意思とは、無関係だ。

 奴隷紋を刻まれた者は、主の命令に逆らえない。

 顔を上げると、退屈そうにちょび髭を弄る大男が視界に映った。


「今回もよくやった。褒美だ」


 差し出されたのは、薄汚れた革の小袋。


「ありがたく――」


 言い切る前に、ドッ、と鈍い衝撃が頭を打った。

 袋の中の金貨が耳元でジャラリと鳴る。


「もっと下だ。頭を下げよ」


 強制的な命令。俺の意志とは関係なしに膝が折れ、額が冷たい床へと叩きつけられた。

 鼻腔を突くのは、高級な絨毯に染み付いた、歴代の奴隷たちが擦り付けてきた泥と脂の混じった不快な匂いだ。


「よし。面を上げてよいぞ」


 満足したように鼻を鳴らし、命令は解かれた。

 俺は床に転がった袋を無言で拾い立ち上がる。

 列へ戻る途中、誰とも目を合わせない。嘲笑、蔑視、あるいは媚びを売るような視線。その全てを素通りし、俺は自分の場所へ戻った。


「よく反撃しなかったな。さすがだ」


 S005番――イツキが、分厚い手で俺の肩を強く掴んだ。  

 盾とハンマーを背負ったその大きな背中は、他の誰よりも頼もしい。


「痛かったら言って……? 腫れちゃう前に、すぐ回復かけるから……っ」


 S007番――ナナが、おどおどとした手つきで俺の額をのぞき込んでくる。相変わらず距離感が近い。視線に困る。


「……ありがとう」


 目を逸らしながら返事をしたのが、

 S666番――ミロク。俺だ。


 こうして名前で呼び合っているが、俺たちに本当の名前はない。  

 物心ついた頃から誰かの所有物として生きてきた。親の顔も、出自も知らない。知る必要がないとそう扱われてきた。

 俺たち奴隷は、皆そうだ。


 せめてもの反抗心か、俺たちは番号ではなく自分たちで付けた名前で呼び合う。

 主人から咎められれば、名前で呼んだ方が反応が早く、戦場で一秒でも長く生き残り、あなた様の役に立つためだと言えば、それ以上は追求されない。  

 そうやって、俺たちは偽物の名前に縋って、今日まで命を繋いできた。


 ――ダッ、ダッ。


 重い足音が広間に響いた瞬間、空気がはっきりと変わった。

 先ほどまで満ちていたざわめきが嘘のように消え、数万の視線が、ただ一人へと吸い寄せられる。


 壇上に現れたのは、黄金の鎧を纏った男。

 現代最強と謳われる、六人の勇者の一人。

 名を――アクト。


 一国の王子。血筋、才能、環境。

 生まれた瞬間から、すべてを与えられてきた人間。


 俺とは、正反対の存在だ。


 無意識に、首元へと手が伸びる。

 指先に触れる、冷たい感触――番号と奴隷紋。

 彼を見ていると、同じ空の下に生まれたはずなのに、最初から住む世界が違うと再認識される。


 胸の奥から、どす黒い感情が滲み出す。

 羨望か、嫉妬か。

 それとも――理由の要らない、憎悪か。


「諸君。明日、我々は魔王を討つ!」


 高らかな声が、広間を震わせる。  

 騎士たちは剣を鳴らし、地響きのような歓声を上げた。

 熱狂。高揚。希望。  

 だが、その眩い光は地面に這いつくばる俺たち奴隷の頭上を素通りしていくだけだ。


 あまりにも立場が違いすぎる言葉は、意味を持つ前にただの音になる。  

 俺は、静かに目を伏せた。


 ――人類も、魔族も、勇者も、魔王も。

 奴隷の俺にとっては皆同じ。


 全部、俺を踏みにじる側の存在だ。



 このときは、まだ知らなかった。

 明日始まる戦いが、ミロクの運命を【二度と戻れない場所】へ連れていくことを。


……

こんにちは、T.Tです!

新作は異世界×極復讐×奴隷×超絶魔法戦闘×エッチです!?

割と濃い目のダークファンタジーにします。

五話まで読んでいただければ、この作品の魅力、そして絶望【災厄】が待っています。

ようこそ、魔法と魂の世界へ。


次回:第二話 愛に溺れる者

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