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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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悪役令嬢アルテナと、とある世界のお話

乙女ゲームのヒロインらしい私は最推しのことを拒絶します。

このお話は『悪役令嬢アルテナと、とある世界のお話』(https://ncode.syosetu.com/s3942h/)とひとつです。

こちら単体をお読みいただいても大丈夫だと思いますが、他を読んでいただくと理解が深まるかもしれません。深まらないかもしれません。

 私の名前はリリー。

 正確に名乗りをあげるならば、リリアンヌ・メリー・ホワイティ。

 でもこの名前は随分前に無くしてしまった名前で、もう()()()()()()()()だって気がついてしまった。


「お前、何やってるの」

 裏路地で、酔っ払って倒れ込んだ見知らぬおじさんの懐を探っていたら、背後から声を掛けられた。

 振り向くと、市井でよく見かけるブルネットの髪色に、不釣り合いな美しく輝く碧色の瞳をした少年がひとり。

 笑っているのに目の奥が昏く淀んでいるようで、私はゾゾッと鳥肌がたった。


 ――彼との邂逅は、こんなものだったっけ?


 いいや、こんな禄でもない場面じゃない、と心の中で誰かが返す。


「面白いことやってるね。非力そうなのにこういうことが出来たのは、その魔道具のせい?」

 そう言って私の手元にちらりと目を向けた。

 私は思わず両手を背中に回すと、彼を注視しながらもそっと退路を探した。

「逃げようと思ってるの?まあ別にいいけどね。お前自身はどこにでもいそうな鼠だし――」

 そう言って少年は一旦言葉を区切った後、それはそれは楽しげに顔を歪めて手を差し出した。

「でも、その魔道具は置いていきな?お前の手に余るものだ」

「これは母さんの形見で――」

「そんな物騒な形見、オカーサンの形見なの?あははは!それ、盗難届出てるシロモノだけど?」

 ()()()()

 盗賊団が貴族から盗んで、盗賊団から母さんが盗んだ――。私は本当ならばコレが何なのか()()()()()()()()()んだけれど。


 ああそうか。だから私はコレが何か()()()()()()()()()、そして使っちゃったんだ――。

 理解した時に全部()()()()()()よかったのに。そしたら、()()を目指すことが出来たかもしれないのに。


 眼の前に見える、美しい美しい(かんばせ)を見やる。

 髪色は市井によく見かける焦げ茶の髪色。でも、そんなにも手入れの行き届いた髪を持つ子どもはこの辺にはいない。皆パサパサ。櫛が通っていれば御の字。大抵の子は絡まってボサボサで、何日も洗えていない。

 彼はぱっと見ただけなら市井の服を着ているけれど、よく見たら質が良くてツギハギひとつない上流階級の物だ。なのに当の本人は服に見合わないそれ以上の風格がある。本当ならもっと上流の――王侯貴族の服を着てるんだろう。

 そう、彼は本当なら美しい金髪の持ち主で、この国の王太子。


「リヒ、トール・ラム・セ・ハリ、デッド……」


「おや、バレちゃったか」

 うっかり口に出して言ってしまった彼の名前に、彼はニンマリとした笑顔で応えた。バレたところで構わない、とでも言うように。

「市井にあんまり顔を出してないんだけど、よく気がついたね?どうして知ったの?」

 どうして知ったか?だって、それは……、


 前世で遊んだ乙女ゲームの中に出てきた、私が最推ししていたキャラクターだから。


 『リリアンヌと王国の星々』は、 ()()()()()と言う名の少女(ヒロイン)が、複数人いる英雄(ヒーロー)の中からひとりを選び、恋を育み、自分の過去と対峙していくマルチエンディングゲームだ。

 リリアンヌと恋に落ちるヒーローのひとりが、眼の前にいるリヒトール・ラム・セ・ハリデッド。この国の王太子だ。

 ただ彼は、本来隠しキャラと呼ばれる特殊なキャラクターに当たる。

 ゲームのメインストーリーと言われている、彼の弟である第二王子のルートをトゥルーエンドで攻略しなければ、彼のストーリーは解放されない。

 

 彼には二面性がある。

 ひとつは全てを平等に愛する為政者の姿。

 もうひとつは全てが駒にしか見えない冷徹な為政者の姿。

 まるで表と裏に見えるこの二面性は、実のところ計算高い彼が、人の愛を理解できない自分を隠すために演じている姿でもある。

 リリアンヌと恋仲になるルートでは、愛を理解できずに苦悩する姿を見ることになり、ストーリーが進めば、愛がリリアンヌへの執着と言う形で現れてくる。

 また、彼のルート解放後に第二王子のストーリーをリスタートすると、完璧な王太子としての姿の裏で悪逆非道な行為に手を染めていることが発覚し、彼を打ち倒して第二王子が王太子となるIFストーリーが追加される。

 つまり彼は、後ろ暗いところが満載の、腹黒キャラなのだ。


 前世の私は、裏世界で暗躍する後ろ暗い人物が大好きだった。

 他のゲームでは暗殺者、他の漫画ではマフィアの息子。愉悦を持って相手を嬲り、見定めた相手のみ執着する。

 その執着する姿にうっとりして……、私はその相手になってみたいな、なんて思っていたのだ。

 だから私は、彼に関わるルートや設定は網羅した。もしも彼が私の前に現れたらこうするのに、なんてシュミレーションまで妄想して。


 ああ、平和な世界でいたんだなぁって、今なら思う。

 今の彼はきっとせいぜい十二、三歳だろう。

 なのにとても恐ろしい。私を人としてみていない目。

 妄想したとおりに動こうなんてとんでもない。足がすくんで、喉が詰まって、体が震えて、恐ろしくて何ひとつできやしない。

 多分、盗賊団相手に逃げ回るほうが全然マシなくらいだ。だって、今までずっとそうしてきたんだから。


 リリアンヌ・メリー・ホワイティは、幼い頃に盗賊団に攫われた貴族の娘だ。

 本当だったら他国の奴隷商に売られるところを、母さん……やっぱり盗賊団に攫われて下働きをしていた女に助けて貰って、それからずっと逃げ回る生活をしていた。

 その後盗賊団に見つかって育ての親を殺され、逃げ出して彷徨(さまよ)っているところを騎士団に助けられる。

 そうして()()は本当の家族の元へと帰ることができるのだ。


 そう、こんな場所で、リヒトール王太子に出会う、なんてシーンはどのルートでも起こらない。

 彼に出会うのは、ゲームのストーリーが始まってから。

 それもそのはず、本当だったら私はもう本来の家族の元へ戻っているはずだからだ。でも、私は家族の元へ戻れなかった。

 

 ああ、私は()()()()()()()()()()()()()なんだ。


 それもストーリーが始まる前だなんて滑稽だ。

 こうなったのは()がリリアンヌだからだろうか。

 もしも他の魂が――、本物のリリアンヌがリリアンヌとして存在したなら、もっと上手くお話を進めていただろうか。

 もっと早くに思い出せていたら?何故()思い出したんだろう。もしくは、いっそ思い出さずにいられたら良かったのに。


 母さんが殺された時に思い出したのだったら、きっと私はこの魔道具を使わなかった。

 こんなふうに、誰かを(おとし)めて、盗みを働いたりはしなかった。

 そう思いながら、足元に倒れているおじさんを見やる。

 外に逃げ出すルートを探して、そして、騎士団に拾われる努力をして……、きっと母さんを殺した男を()()はしなかった。


 盗みを働き、人を殺し、本来手に入れるはずだったヒロインとしての聖魔法(チート)を手放してしまって、私はもう無価値だ。

 生きるためだった、死にたくなかった、恐ろしかった、……悔しくて悔しくて、あいつらに復讐したかった。


 ああ、この気持ちは、リリアンヌのものじゃなくて、()のものだ。

 ああ、だから失敗したんだな。

 思わず、ふっと笑いがこぼれる。


「お前、何笑ってるの?」

 それまでニヤニヤと笑っていた最推しが、怪訝そうに眉を顰める。

 ああ、そんな表情を私にも向けてくれる事があるんだ。

 決して友好的ではない表情でも、ニヤニヤと嘲笑する以外の表情を見れたなんて嬉しいなぁー……なんて思っていたら。


「見つけたぞ、リリー!指輪を渡せ!」

 そう叫ぶ声と複数人の気配。

 ああ、駄目だ、リヒトールと遭遇させちゃいけない。せめて彼を守らないと。

 そう思って、声のする方へ走り出す。

「おい、待て」

 後ろからリヒトールの少し焦った声。そんな声も聞けるとは思わなかったなと考えていたら、鋭い衝撃とそれから真っ暗な闇が見えた。


 そこからかすかに聞こえる悲鳴と倒れ伏す音。

 どれも盗賊団の声で、リヒトールの声は聞こえない。

 全ての音が鳴り止んだ後、小さくて軽い足音が耳に聞こえてきた。


「お前、馬鹿なの?」

 そう声を掛けてくるリヒトールの冷たい声。

「うん、そう……ばか……なの」

 掠れた声でそう告げた後、口からケホリと血が溢れる。

 そうだ、リヒトールは強い。まだ子どもだったとしても、私に守られる必要なんて無く。

「治癒魔法が使える術者を呼ぶからちょっと待ってろ」

 そう言って踵を返そうとするリヒトールを呼び止める。

「待って、いらない。……わた、し、しっぱいだから……。このままでいい……。指輪、あげる……」

 もしも、新しいリリアンヌが現れたら、貴方を癒やしてくれるといいね。それか、他の誰かでもいい。

「愛せる人が……できると、いい、ね……」

「何の話だ、おい、お前――」

 そうして、私の意識は暗転した。


――――


 目を開ける。

 薄ぼんやりとしか見えない視界の先には色とりどりのヒラヒラした何か。

 目をパチパチと動かすと焦点が定まった。

 ひらひらとしたものは薄くて軽そうなレースのカーテン。華やかな色で染められたそれは、とても()()()()に見えた。

 

 なんで私、こんなところにいるの?

 薄汚れた路地裏じゃなくて?こんな綺麗な場所になんでいるの?


 思わず手を上げようとして……それがとても小さいことに気がつく。

 あれ?

「あぶ?」


「あら、起きたの?リリー、ユリィが起きたみたいよ」

 思いの外近くから女性の声がする。

「ああ、起きたんですね。ありがとうございます」

 少し遠いところから、もうひとり女性の声。それから近づいてくる音。

 ひょこり、と視界に黒髪の女性が現れた。


 悪役令嬢アルテナ・リドル・メイスン!


「あぶ!?」

「ユリィ、お腹空いてなーい?おむつは大丈夫かしら」

 そう言いながら、笑顔で私を見つめるアルテナ。

 そこにもうひとつ、薄茶の髪色をした可憐な女性が現れた。


 リリアンヌ・メリー・ホワ(わたし)イティ……?


 驚いて声も出ないでいる()を、()()()()()はそうっと抱き上げた。

 「そろそろ授乳の時間ではありますね」

 愛おしそうな表情で私を見つめるリリアンヌ。

 いいえ、よく似たリリアンヌの母だろうか。私はもう一度やり直して……?じゃあ、黒髪の女性は誰だろう。メイスン侯爵夫人だろうか。彼女たちは仲が良かった?

「いいわね、ユリィは本当に可愛くて」

「あら、レイトール様も可愛らしいじゃありませんか」

 そう言いながらクスクスと鈴が鳴るように笑うリリアンヌ。

 私の名前はユリィ?リリアンヌじゃなくて?それにレイトールって誰だろう。そんなキャラ、ゲームの中にいたっけなぁ。

「可愛い……可愛い……?我が子ながら父親に似すぎて胡散臭さしか感じないんだけど……」

「リヒトール殿下に見目も能力もそっくりでいらっしゃいますものね。将来有望と、周りの方々も絶賛されていらっしゃいますし……」

「最近の目標は『打倒お母様』とか言われてるんだけど……」

「……アリーは、お強くていらっしゃるから……」

「私が三歳児に負けるわけないでしょうよ」


 コンコンバタン!


 おざなりにドアを叩く音と、誰何の声も待たずに開ける音が聞こえた。

 続いてバタバタと走り込んでくる音と「うぎゃ」という声。

「悪ガキ!判ってやってるでしょう!」

「ははうえ、わたしはやっとじゆうじかんをいただいたのです!」

「だからってマナーを無視した行動するんじゃありません!」

「いちびょうもろすしたくないのです!」

「だからこそマナーを守れって言っているのよ!こうなること、理解してるでしょ?」

「こんどこそははうえをだしぬくつもりだったのです!」

「余計なことをしない!」

 そちらに顔を向けると、黒髪の女性が同じ黒髪の子どもの首根っこを掴んでお説教をしているようだった。

「あはは、レイはユリィも好きだけどアリーのことも好きだからねぇ」

 扉の方から、今まで聞こえてこなかった男性の声が聞こえてきた。

「はい!だとうははうえなのです!」

「いや、なんで好きなのに打倒なのよ」

「好きな女の子には余裕を見せたいものだろう?」

「解釈がおかしい!」

「でもアリーの小さい頃に似てない?」

「似てません!」

 遅れて入ってきた男性を見る。金の髪に輝くような碧色の瞳。そして美しい美しい顔。


 リヒトール・ラム・セ・ハリデッド。


「あぶ……」

 彼は私を見向きもせずに、ゆっくりとアルテナの傍に歩み寄ると、彼女の腰に手を回して愛おしそうに見つめた。

「君は小さい頃からお転婆で、人の目を出し抜いて脱走したり木から飛び降りて人を蹴り倒したり厩舎で遊んで馬糞まみれになってたじゃないか……」

「うぐ……人の黒歴史を……」


 ああ、どうやらこのアルテナはゲーム通りのアルテナではないらしい。人を人と思わず貶めていく悪役令嬢では。

 ……いや、どうなんだろう。人を蹴り倒したって言ってなかった?悪役令嬢だからこそリヒトールのお眼鏡にかなったんだろうか。

 でもゲームに出てくる悪役令嬢は、自分の手を汚すような人じゃなかった。いつも権力を使って自分の手を汚さず、高みから相手を嘲笑っているような人だった。それに、このアルテナはリリアンヌととても仲良くしているように見える。

 そうだ、このリリアンヌは誰を愛したのだろう。私の最推しはリヒトールだった。じゃあこのリリアンヌの最推しは?


 するり、とリヒトールの後ろからもうひとり、金色の髪と翠色の目を持つ爽やかな笑顔を(たた)えた男性が現れて、リリアンヌの横に寄り添った。

「ユリアンヌのご機嫌はどうかな?」

「あぶ」


 アルフレッド・ルイ・セ・ハリデッド。


 リヒトールの弟で、ゲームのメインヒーローで、もしかしたらリヒトールを打ち倒したかもしれない人。

 ああ、()()()()では兄弟仲が良くて、リリアンヌの最愛はアルフレッドで、リヒトールを選ばなかったんだ……。

 リリアンヌはリヒトールを選ばなかったけれど、リヒトールは最愛を得られたのかな。アルテナが彼の最愛になったんだろうか。あの冷たい目はもうしない?


「あっ、こら!」

「きゃっ!」

「りりあんぬおばさま、ゆりぃのおかお、みたいです!いたっ!ははうえ、ぼうりょくはんたい!」

「レディに飛びつくんじゃありません!」

「ぼくさんさいじなので、まだゆるされるとおもいます!」

「ここまで口も頭も回る三歳児はいないわ!」

「まあまあ」

 レイトールを叱るアルテナの声と宥めるアルフレッドの声。それに被さるようにクスクスと笑うリリアンヌの楽しげな音。

 ああ、ここは幸せが溢れてるんだなぁって思った。

 リヒトールがレイトールと呼ばれた黒髪の子どもに近づくと、優しく抱き上げる。

「私の小さい時もこんな感じだったらしいよ」

「陛下と妃殿下のご苦労が忍ばれますわ……」

「酷いなぁ、周囲からは手間が掛からない子だと褒められたものだよ」

「同じ発言をリヒトールに褒め言葉として言った使用人は降格します」

「君は手間が掛かる方が好きだもんね?」

「……そういうことではなくて、自分の都合の良いように子どもを褒めるのってなんか……いや、もう良いです」

「ちちうえ、そんなことより、ゆりぃのおかおみたい!」

 抱き上げられた子どもは、自分を抱え上げたリヒトールの腕をペシペシと叩き始めた。

「ああ、ごめんごめん。ほら」

 そう言ってリヒトールは黒髪の子どもをリリアンヌに抱かれている私の方へと向きやった。


 レイトールもユリアンヌも、ゲームの中では出てこない存在。

 きっとここは、ゲームストーリーもハッピーエンドで終わって『皆末永く幸せに暮らしました』の先にある世界。

 ああ、嬉しいな。私にはできなかったことだけど。この世界のリリアンヌは、頑張ってそこまでたどり着けたんだね、良かったね。


「ああ、()()()()みたいだね」


 耳元で聞こえた幼い子どもの声。そしてひょこりと顔を覗かせた黒髪の少年の瞳。それはリヒトールによく似た美しく輝く碧色の瞳――。


「……はぶ……」

「これから()()()()よろしくね、ユリィ」

 リヒトールの息子、レイトールはそれはそれは愛しげに()を見つめた。

 そう、これから先は、ゲームストーリーと関係なく、私たちが紡ぐ世界。

 

 ……もしかして私、逃げたほうが、良いのかな。

「ちちうえ、いとこはけっこんできるのですよね?」

「できるよ。婚約しておく?」

「します!」

「私はユリィに同情を禁じ得ないわ……」

「止めないの?」

「無理でしょ。私、知ってる」

「だよねぇ(にっこり)」


ーーーー

この世界のリリアンヌが実は平穏無事に暮らしてきたことをご存じない方は、是非シリーズ作品をお読みください。

『悪役令嬢アルテナと、とある世界のお話』(https://ncode.syosetu.com/s3942h/)


ここまでお読みくださいまして誠にありがとうございました!

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