プロローグ 3
椅子を離れ、彼は好物のバーボンに手を伸ばす。
琥珀色の液体が、グラスの中で揺れた。
この夜を境に、彼の人生は——
いや、世界そのものが、不可逆の方向へと舵を切ることになる。
グラスを傾け、バーボンを一口含む。
喉を焼く刺激が、礼人の思考を現実へと引き戻した。
資料は、どこまで行っても“公式”の言葉で書かれている。
確率、予測、参照データ——冷静で、淡々としていて、だからこそ残酷だった。
三年。
その短い猶予ののち、地表は死の海と化す。
「……冗談にしちゃ、出来が良すぎるな」
礼人は、もう一度データを洗い直した。
改ざんの痕跡はない。論理の破綻もない。
むしろ、異様なほどに整合性が取れている。
Zファイルは、“脅し”でも“虚構”でもなかった。
これは——準備だ。
政府は、すでに結論に辿り着いている。
地上は守れない。
だから、地下へ潜る。
そして、選別する。
オゾン層消失と地磁気崩壊の同時発生。
その前提で進む計画。
地下空洞、極秘プロジェクト、最高会議の承認。
礼人は、苦笑した。
「……人類、まだ諦めちゃいないってわけか」
だが、補足資料に書かれていた“例外”が、彼の胸に引っかかっていた。
生存ではない。
進化。
神格へと至った存在。
荒唐無稽な記述。公式の場では切り捨てられた仮説。
——それでも、完全には消されていない。




