プロローグ 2
そして今、彼はハッカー人生の中でも屈指の難題に挑んでいた。
政府中枢のさらに奥、スーパーコンピュータ最深部に厳重保管された最重要機密データ、通称〈Zファイル〉。
常識的に考えれば、不可能。
だが、彼には常識の外側で戦うための武器があった。
進入経路を欺き、監視をすり抜け、存在そのものをカモフラージュする——独自開発のアルゴリズム群。常軌を逸した処理能力を持つそれらは、公開すれば一生困らない富をもたらす代物だった。
しかし礼人は、それをしなかった。
過去の経験が、彼に教えていたからだ。
自分の刃は、自分のためだけに使うべきだと。
結果として、彼は莫大な利益を手にした。
その代わりに、“普通の暮らし”という選択肢を、静かに手放していた。
Zファイルへ辿り着くまで、すでに一週間。
政府のコンピュータに潜り込んだまま、彼は孤独な戦いを続けてきた。
だが、ついに——。
「……このパスコードを処理すれば、終わりだな」
久しぶりに、彼の口元が緩む。
数分後、最後の入力が完了した瞬間、画面に剥き出しの〈Zファイル〉が現れた。
「よっしゃ……終了、っと」
データは二つのメモリーチップに保存された。
依頼主に送る分と、そして——自分のための分。
依頼主は、ファイルを開くためのパスコードをすでに持っていた。中身まで盗み見られるとは、想像もしなかっただろう。
仕事を終えた礼人は、即座にZファイルを解析した。
そこに記されていたのは、世界の終わりを示す冷酷な予測だった。
オゾン層の消失。
地磁気の崩壊。
重なり合う多重カタストロフ。
地上の生物は、ほぼ全滅——。
補足資料の末尾で、彼の視線はひとつの仮説に留まった。
太古の文献に残された、“進化”の可能性。宇宙放射線を力へと変える、特異点の存在。
礼人は、静かに呟いた。
「……屋久島、か」




