第八章 2
「話す……?」
「いや、それより――」
獣人のひとりが、一歩前に出た。
「お前たち……どこから来た?」
その問いに、ケンは一瞬、言葉を探した。
だが――出てこない。
「……わからない」
正直な答えだった。
獣人は眉をひそめる。
だが、それは疑いではなく、理解に近い表情だった。
「そうか。なら、同じだな」
「同じ?」と、リーフが聞き返す。
獣人は、当たり前のことを言うように答えた。
「ここにいる者は皆、そうだ。
“前”を知らない」
その場の空気が、静かに固まった。
「名前はある。生き方もある。
だが、それ以前は――誰も知らない」
ケンは、胸の奥が、すっと冷えるのを感じた。
レイドの顔が、脳裏をよぎる。
記憶を持たない存在。
それが、特別なのだと思っていた。
「覚えている方が……異端だ」
獣人は、そう付け加えた。
こいつらは、思考をよめるのか?
その一言で、世界の輪郭が、はっきりとした。
ここは、失われた世界ではない。
最初から、過去を持たない世界なんだ。
だからこそ、積み重なるのは「今」だけ。
だからこそ、この世界は――異世界とも呼べる、世界なんだ・・・
「……それで」
獣人は、ケンたちを見据えた。
「お前たちは、ここで何をするつもりだ?」
問いは、試しでも、脅しでもなかった。
仲間か、通りすがりか。
それとも――災いか。
選べ、と言われている。
ケンは、ゆっくりと息を吸った。
「旅をしてる」
「そして、知ろうとしてる」
獣人は、しばらく黙っていたが――
やがて、小さく笑った。
「なら、客だな」
そう言って、振り返る。
「ついてこい。
この地は、獣人の領域だ」
こうして、ケンたちは
記憶を持たない者たちの社会へと足を踏み入れた。
――ここから先は、もう引き返せない。




