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僕と通夜


 通夜が始まる。

 母が振り返って礼をした。僕は席を立つ。パイプ椅子が少し軋む。履き慣れない革靴を二日連続で履いたせいで少し足が痛かった。

 前に出る。

 僕は振り返って一礼した。

 頭を上げて映るのは左手側──入り口から見れば右手側──に親族の数十人 (従姉と目があった)と右手側にズラリと並んだ弔問客だった。

 焼香台と向き合い僕はあの中の何人かが祖父の死を悲しんでいるのかなと頭の隅で考える。

 香を一摘まみする。線香のように小さな火の中に落とすと焼けていく匂いが乾いた目に染みて少し痛かった。もう一度礼をして席に戻る。配られたお経の文字だけを追う。

 親族の焼香が終わって弔問客が立つ。通りすぎていく彼らに僕は事務的に頭を下げる。

 彼らの目は愉快そうでこそないが、大した悲哀も込められていない。

 僕もきっと彼らと大して変わらないだろう。

 壇上に飾られた写真を見る。決して若々しくはないながらも照れたようにはにかむ写真の中の祖父は活力があった。十二時間前の祖父を写真のモノと重ねて頭を下げたままの僕の胸に何かがよぎった。

 それがどんなものかは僕にはわからなかった。


 一時間もすれば人波は消えてなくなって僕は顔も名前も覚えていない幾人かの親戚の「大きくなったね」、「今年でいくつ?」という問いに答え続けた。

 僕が今年で大学生になることを答えるとだいたいは「そう、もうそんな歳になるの」と顔を綻ばせた。皺の寄る頬はいくらか死に慣れていた。少なくとも僕や従姉よりは。

 虚しい。

 ここに何があるだろうか。僕や従姉が居る。祖父の血縁の人間が居る。しかし彼らの興味はどちらかと言えば祖父よりも僕や従姉の年齢や生活にある。祖父が喪われて行くのを僕は感じた。

 強かった祖父が、優しかった祖父が、将棋の強かった祖父が、

 彼らの胸から去っていく。

 それがたしかに感じられるようで僕は虚しかった。


 通夜が終わる。

 明日は葬儀がある。

 それを終えればきっと祖父は僕にとっても過去になるだろう。




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