第9章:反逆の狼煙
数年の時が流れた。
神聖銀河帝国の首都星アストラル・ノヴァの夜空に、かつて勝利を祝った無数の光の柱はもう見られなかった。代わりに、街路を煌々と照らすのは、兵士たちの無機質なサーチライトと、行き交う人々の、俯きがちな顔だけだった。人々は互いに目を合わせることなく、ただ足早に家路を急ぐ。子供たちの笑い声は、帝国が「秩序と平和」と呼ぶ静寂に飲み込まれて、久しい。
そんな窒息しそうな空気に、風穴を開けようとする者たちがいた。反乱軍だ。そのリーダーの一人、レオという名の若者は、たった一隻の小型艇で、帝国軍の追跡を躱し続けていた。まだ十八歳。その頬には泥が付き、緑色の瞳は幾日も眠っていないように赤く充血していたが、それでも、その瞳の奥には、燃えるような光が宿っていた。彼は、追手から逃れるたびに、ぼろぼろになった操縦席で呟く。
「『片翼の悪魔』は、どこにいるんだ……」
レオは、帝国軍とのゲリラ戦を続けながら、伝説の英雄の影を追い求めていた。
「銀河を救ったと言われる『片翼の悪魔』アルク・フォン・ドラグーンは、今どこにいるんだろう……」
彼は、アルクが銀河を救ったと信じていた。そして、再びその力を借りて、帝国を倒すことを夢見ていた。
銀河の片隅で、俺は隠遁生活を送っていた。「シマカゼ」は、錆が浮き、その機体は星の塵に覆われていた。メインモニターには、恒星が爆発するニュース映像が流れている。その光景を眺めながら、俺は冷え切ったスープをマグカップに注いでいた。もう二度と戦場に出ることはない。そう思っていた。
「あなたが、アルク・フォン・ドラグーン……! どうか、俺たちに力を貸してください!」
彼は膝をつき、両手で俺の手を掴んだ。その瞳は、かつてリアンが俺を見つめた時のように、純粋で、ひたむきだった。リアンによく似た眼差しだった。
俺は何も言わず、ただ静かに彼の手を振り払った。帝国を許すことはできない。だが、皇帝リアンを、愛した男を、この手で討つことなどできるはずがない。
「帰ってくれ」
俺の声は、凍るように冷たかったと思う。だが、レオに同行してきた少女、ミアは、両の拳を握りしめて俺に訴えかけた。
「今の皇帝を、あなた以外の誰が止められるというのですか」
ミアの叫びが、俺の胸に突き刺さる。そうだ。リアンが変わってしまったのは、俺が彼のそばを離れたからかもしれない。彼を止められるのは、彼を独りにした俺しかいない。
俺は、静かに立ち上がり、操舵席に深く腰を下ろした。
「……わかった。行こう」
俺はいつか誰かが、今の生活から引きずり出してくれることを、心の中では望んでいたのかもしれない。
俺の言葉に、レオは顔を上げた。その目に、喜びと安堵の涙が浮かぶ。
「師匠と呼ばせてください! 俺、あなたの期待に応えてみせます!」
俺は再び「シマカゼ」を駆ることにした。今度は愛する男と戦うために。
レオは俺を師と仰ぎ、ミアと共に、俺の隣で戦うことを誓った。俺はレオに、戦闘技術と、リーダーとしての心構えを教えこんだ。
「シマカゼ」が再始動したと聞いて、懐かしい顔ぶれが艦に集まってきた。
最初に現れたのは、コトハだった。彼女は、昔と変わらないボサボサの金髪を揺らし、けだるそうな顔で、俺の背中を力強く叩いた。
「もう、どこほっつき歩いてたんだよ、船長。心配させんなっつーの」
彼女の荒っぽい口調は変わらなかったが、その瞳は、再会を心から喜んでいることを物語っていた。コトハは誰よりも義理堅い。故郷の星を失い、復讐の旅を始めた俺に、何も言わずに付いてきてくれた。そして、俺がリアンの元を去ってからも、きっと俺の帰りをずっと待っていてくれたのだろう。
コトハの後ろには、知的な雰囲気のライカが立っていた。彼女はいつも通り、一冊の書物を片手に、静かに微笑んでいる。
「船長、貴方が戻ってきてくださると信じていました。まるで、叙事詩の主人公が、雌伏の時を経て再び立ち上がる物語のようですね」
彼女の言葉に、俺は静かに頷いた。彼女の言葉はいつも、俺の心を揺さぶる。ライカは俺を、物語の登場人物として見ている部分があった。彼女は俺みたいな脇役を英雄だと買いかぶってる節がある。
最後に現れたのは、海兵隊長の少佐だった。彼女はいつもの無表情で、三角帽をかぶり、片目に眼帯をつけている。彼女は何も言わず、ただ静かに俺を見つめていた。その表情は、かすかに口角が上がっているように見えた。
「あなたは必ず戻ってくると信じてました。なぜなら、あなたという生き物は、戦場以外ではうまく生きられないからです。私も同じです。再び活躍の場を与えてくれたことに感謝します」
その言葉に、俺は静かに笑った。彼女は、俺と自分を同類だと思っている。孤独な戦場で、同じ匂いを持つ者として、互いを認め合っていたのだ。
「エルフィとルナも誘おうとしたのですが……」
ライカが静かに告げると、コトハが吐き捨てるように返す。
「ほっとけよ、あんな奴ら。帝国のお偉いさんになりやがってさ」
コトハはそう言ったが、彼女の表情には、複雑な感情が入り混じっているように見えた。彼女たちは「帝国の双璧」と呼ばれる帝国の要人となっている。
「クニヒロだってそうだよ。人間だけじゃなく、イルカも偉くなったら、付き合いが悪くなりやがる」
愚痴をこぼすコトハを、ライカが「そんなことを言ってはいけません」とたしなめる。その姿は以前と同じだった。月日がたったのも忘れてしまう。
ライカは帝国の平和な時代に恋愛小説を何冊か出している。引きこもった生活の中で、俺も読んでいた。彼女の才能が花開いたことを、俺は嬉しく思っていた。夢をかなえた彼女を、また戦乱の渦に巻き込むことは辛い。
「ライカ、本当にいいのか?」
「何がですか?」
「いや、その、反乱に巻き込んでしまって……」
「私、待ってました。船長の行く所なら、どこでもついていきます」
彼女は決意した顔でそう言った後、俺を少しにらんだ。
「今でも一人で行ってしまったこと、恨んでいます」
そう言って彼女は笑った。
「なんで、船長はライカのことばっか、心配するんだよ」
脇からコトハが口を出す。
「コトハも少佐もありがとう」
俺の言葉に三人がうなずく。「シマカゼ」は新しい乗組員も迎えて再始動した。俺は、再び得た仲間たちと共に、リアンの元へと向かうことを決意した。それは、愛する者との最後の戦いだった。




