第8章:最後の愛
その夜、俺は皇帝となったリアンの私室を、これまでにない決意で訪れた。
玉座の間よりも広々としたその部屋は、煌びやかな調度品が所狭しと並び、豪華絢爛という言葉がふさわしい。だが、その華やかさは、部屋の奥で一人、ホログラムの星図を眺める男の孤独を、かえって際立たせている。かつて、酒場の薄暗い光の下で見た彼の後ろ姿は、寂しげでありながらも、どこか凛としていた。しかし、今、皇帝の威厳をまとうリアンの背中は、重い荷に押しつぶされそうだ。
俺の存在に気づくと、リアンはゆっくりと振り返った。彼の透き通るような紫の瞳に、深い疲労が影を落としている。
「リアン。お前は、変わってしまった」
俺の言葉に、リアンは答えなかった。ただ、一歩、また一歩と、ゆっくりと俺に近づいてくる。その歩みは、まるで重い足枷を引きずるようだった。
「……私は変わっていない。ただ、この銀河を救うために、必要な道を選んだだけだ」
彼はそう言ったが、彼の唇はかすかに震えている。彼は俺の腕の中に、逃げ込むように体を預けてきた。その震えが、俺の服越しに伝わってくる。
「行かないでくれ、アルク……。君だけは、私のそばにいてくれ……」
その声は、かつて俺が愛した、助けを求める弱々しい響きを帯びていた。俺は、ただ強く、その体を抱きしめることしかできなかった。
その夜、俺たちは身体を重ねた。
だが、そこにかつてのような魂の交わりはなかった。彼の肌は燃えるように熱いのに、指先は氷のように冷たい。俺の温もりを確かめるように、むさぼるように唇を求めてくるリアンの瞳は、俺の姿を映すことなく、虚空を見つめていた。それは、愛し合っているはずなのに、互いの心が最も遠い場所にいるような、虚しい行為だった。俺の耳に届くのは、彼の甘い吐息ではなく、ただひたすらに、孤独に耐える男の苦悶だった。
夜明け前、隣で眠るリアンの顔を見つめた。かつては澄んでいた彼の顔には、疲労と苦悩が深く刻み込まれている。その様子は、まるで彼の純粋な心が、ゆっくりと蝕まれていくかのようだ。このままでは、彼は権力という猛毒に殺されてしまう。愛する彼を、この檻から救い出すには、俺が彼を殺すしかないのか?
俺は、懐に隠し持ったブラスターの冷たい重みを確かめた。引き金に触れた指先が震える。だが、引き金を引くことはできない。愛した男を、この手で討つことなどできるはずがなかった。
俺は、リアンに何も告げずに、ベッドから抜け出した。月明かりが差し込む窓辺で、リアンの銀髪に最後の口づけを落とした。そして、もはや老朽艦の籍にあるかつての乗艦「シマカゼ」と共に、帝都から姿を消す決意を固めた。
愛する彼に背を向け、孤独な旅路に出る。それは、俺が選んだ、最後の愛の形だった。
静かに加速する「シマカゼ」の艦影は、光り輝く帝都から遠ざかり、再び漆黒の闇の中へと溶けていった。




