第3章:王子との邂逅
戦いの日々は、孤独と隣り合わせだった。銀河連合に協力するすべての存在から警戒され、時には賞金稼ぎに追われる身だった。賑やかなブリッジにいても、ふとした瞬間に、失われた故郷と愛する人々を思い出し、胸を締め付けられる。終わりの見えない復讐の旅路は、常に孤独だった。
俺たちにとって唯一の安息の地は、アステロイドベルトの片隅に隠された無法者たちの宇宙港、「ジャンクション・ポート9」だ。星間航路を外れたはぐれ者たちが集うそこは、様々な人種の怒号と喧騒が渦巻き、どこからか流れてくる電子音と、安酒の匂いが混ざり合う。俺たちはこの無法地帯で補給と情報収集を行い、次なる獲物を探す。
「シマカゼ」のブリッジでは、優秀な女性クルーたちに囲まれ、まるで女学校の教員にでもなった気分になることがある。
軍籍をはずれてからのブリッジでは、通常航海時に軍服を着ているのは副長のエルフィだけだった。掌砲長のルナはホットパンツで歩き回っているし、コトハは赤いジャージだし、ライカは動きづらそうな長いスカートだし、少佐は海賊船の船長だし、クニヒロに至っては素っ裸だ。そういう俺もジーンズ、Tシャツの上に艦長コートを羽織っているのだから、あまり人のことは言えない。
「シマカゼ」を離れ、自分を取り戻したくなる時が、俺には必要だった。そんな時に自然と足が向かうバーがここにはあった。煙と酒の香りが、張り詰めた心を解きほぐしてくれる。グラスの中で、透明な液体が微かに揺れる。その揺らめきに、燃え盛る故郷の星の炎が重なって見えた。
酒場のホログラムスクリーンには最新のニュースが流れていた。
『銀河連合、辺境惑星アストラル・ノヴァへの侵攻を開始』
隣でグラスを磨いていた酒場の主人が、鼻で笑う。
「あんな小国、一日と持たねえだろうよ。連合の本気に勝てる奴なんざ、この銀河にいやしねえ」
その言葉に、誰もが頷く。ルシタニアがそうだったように。だが、数日後、再び流れたニュースは、俺たちを驚愕させた。アストラル・ノヴァは、驚異的な抵抗を見せ、連合の第一波を撃退したというのだ。そして、その抵抗の中心には、王家に伝わる謎の古代兵器――《星詠みの杖》を操る、一人の若き王子がいると報じられていた。
ある日の夜。いつものように、酒場の隅でジンの入ったショットグラスを傾けていると、一人の青年が近づいてきた。透き通るような銀髪は、バーカウンターのぼんやりとした照明を反射して淡く輝いている。吸い込まれそうな紫の瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。歳は二十歳そこそこだろうか。この場所には不釣り合いなほどに端正な顔立ちと、その佇まいには王族のような気品が漂っている。彼は、警戒する俺の隣に静かに座った。
「君が、「片翼の悪魔」か」
グラスを傾けようとした俺の手が、ぴたりと止まる。賞金稼ぎか、それとも連合の刺客か。だが、彼の瞳に宿るのは、敵意ではなく、ただ純粋な好奇心と、そして世界を憂う深い悲しみだった。
「……何者だ、お前は」
「リアン。ただの旅の者だ」
リアンと名乗ったその青年と、俺は互いの素性を深くは聞かないまま、グラスを酌み交わした。彼は、銀河の各地で起こっている紛争や、圧政に苦しむ人々の話を、静かに、だが熱心に語った。彼の声は穏やかだが、その言葉には、故郷を失った俺の心を揺さぶる、真実の重みがあった。彼の瞳の奥に広がる悲しみを目の当たりにするたびに、俺は自分の孤独が、この男の悲しみとは比べ物にならないほど小さなものに思えた。ボトルが空になる頃には、俺はいつしか復讐以外の感情に心を支配されていることに気づいていた。
互いのグラスが空になり、俺たちは立ち上がった。
「いつか、また会えることを願っているよ、アルク」
そう言ってリアンは立ち去った。彼は、まるで一陣の風のように、俺の心に静かな波紋を残して消えていった。俺は彼の言葉の意味を深く考えないまま、再び孤独な復讐の旅に戻った。
それから数週間後。「ジャンクション・ポート9」でのアストラル・ノヴァとの同盟会談の席に、俺はいた。俺が「片翼の悪魔」として活動する中で、連合打倒という共通の目的を持つ反勢力は徐々に増えており、その中でも、アストラル・ノヴァの驚異的な抵抗は、無視できない存在になっていた。
会談の席は、荘厳な装飾が施された応接室だった。そこに現れたアストラル・ノヴァの王子の姿に、俺は言葉を失った。そこに立っていたのは、見慣れない華やかな正装を身につけ、しかしあの時の瞳で俺を見つめる、リアン・デ・ケストリア王子、その人だったからだ。




