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片翼の悪魔  作者: 万里小路 信房


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最終章:愛の終着点

 反乱軍はついに帝都の宮殿へと踏み込んだ。俺は、玉座の間へ向かう。


「若い連中は、遠慮というものを知らんようだな」


 背後で、少佐が淡々と呟くのが聞こえた。彼女はすでに海兵隊に指示を出し、手慣れた様子で瓦礫を積み上げてバリケードを築いている。ライカが横でそれを手伝いながら、静かに言った。


「そうそう。物語の構造も知らないようです」


 コトハは、玉座の間へと続く長い回廊とレオを交互に眺めながら聞こえよがしに言う。


「ラブシーンは二人きりにしてやれよ」


 少佐、ライカ、コトハは俺のことを理解してくれて、俺を一人で行かせてくれようとしている。ありがたい戦友だ。

 一方レオとミアは付いて行くと言って聞かない。俺は一人で行きたかったが、根負けした。強情は若狭の特権だ。見届け人として同行することになった。


「船長の邪魔すんじゃねーぞ」


 とコトハが二人に言っている。ライカが涙ぐみながら言う。


「待ってます、なんて言いません。船長は船長のやりたいようになさってください」


 他の二人も涙ぐんでいる。あの、いつも無表情の少佐ですらもだ。


「ありがとう。行ってくるよ」


 俺たち三人は奥へと向かった。玉座の間は、静寂に包まれていた。豪華絢爛な装飾が、かえってその場の寂しさを際立たせている。高い天井から降り注ぐ光が、磨き上げられた床に、無数の星屑のように反射していた。その光の中心、玉座に座る男は、変わらぬ端正な顔立ちをしていた。しかし、俺がかつて愛したその瞳には、かつての星々を憂う光はなく、虚ろな虚無が満ちていた。その手が、玉座の肘掛けを掴み、小刻みに震えている。


 リアン。


 数年ぶりに見る彼は、皇帝の威厳をまといながらも、どこか壊れかけているように見えた。


「なぜだ、アルク……!」


 リアンの声が、静寂に満ちた広間に響く。それは怒りではなく、深い悲しみを湛えた、か細い声だった。


「なぜ……私を一人にした……!」


 彼の震える唇から、言葉が漏れ出す。


「私より……その若造を選んだというのか……!」


 俺は一歩も動けなかった。レオとミアが、俺の背後で息をのむ。リアンの瞳に、一筋の涙が浮かぶ。その涙は、俺が彼のもとを去ってからの、彼の孤独な日々を物語っていた。


「違う! 俺は変わっていくお前を……、見ていられなかったんだ、リアン!」


 俺の言葉に、リアンの瞳が揺れる。玉座から立ち上がり、ゆっくりと俺に近づいてくる。その一歩一歩が、重い懺悔のようだった。


「……君の愛を失った私は……自分を見失っていた……」


 彼の言葉に、俺は懐に隠し持ったブラスターの冷たさを感じた。その冷たさが、俺の心にまで染み込んでくるようだ。だが、引き金に触れた指先が震えていた。


「お前への愛は、消えてはいない。今も、ここに……!」


 俺は、懐からブラスターを取り出した。その冷たい感触が、俺の手に震えをもたらす。




 頭の中に、いくつもの光景が走馬灯のように駆け巡る。


『君が、「片翼の悪魔」か』――酒場のグラスを傾けようとした、あの夜。俺の隣に座り、まっすぐに俺を見つめていた、あの純粋な瞳。


『アルク、君と共に、この銀河に真の平和を』――解放戦争の夜明け。差し出されたリアンの温かい手。


『……アルク』――月の光が差し込むバルコニーで、俺の胸に顔をうずめて、初めて弱さを見せてくれた、あの夜。




「…リアン」


 俺の愛した光が、今、彼を蝕む猛毒となっている。このままでは、彼は権力という檻の中で窒息してしまう。俺が彼を愛したからこそ、この檻を壊してやらなければならない。それが、俺にできる最後の愛だ。


 俺は迷いを断ち切り、ブラスターの引き金を引いた。


 放たれた一条の光が、静かに、しかし確実にリアンの胸を貫く。彼は苦悶の声を上げることもなく、ただ静かに倒れこむ。俺は駆け寄り、彼を腕の中に抱いた。


「俺は、お前を自由にしてやる。この愛が、お前の鎖を断ち切る最後の光だ」


 俺の言葉に、リアンはかすかに微笑んだ。その瞳は、冷たい光を失い、かつて俺が愛した、世界を憂う優しい光に戻っていた。腕の中で、彼の体温がゆっくりと失われていく。


「ありがとう、アルク…これで、ようやく……君と離れないで済む……」


 リアンの掠れた声が、俺の耳に届く。その瞬間、宮殿の天井から、石膏がパラパラと音を立てて崩れ落ち始めた。俺がリアンを討ったことが、この帝国という虚構を支えていた最後の柱を崩壊させたのだ。


「アルク、もう行きましょう!」


 ミアの叫び声が、遠くから聞こえてくる。俺はリアンの体をしっかりと抱きしめたまま、静かに首を振った。


「いや、俺はここに残るよ、ミア。君は、レオがああならないように、支えてやってくれ」


 俺は、リアンの体をしっかりと抱きしめた。腕の中で、彼の体温がゆっくりと失われていく。


 これでいい。


 俺は、故郷を滅ぼした復讐を成し遂げた。


 そして、愛した男を、権力という名の檻から解放してやった。


 この宮殿の崩壊は、俺の復讐の終着点であり、リアンの孤独な旅路の終わりでもあった。


 崩れゆく宮殿の瓦礫が、二人を飲み込んでいく。俺はそっと、リアンの冷たくなった唇に、最後の口づけを落とした。


 その口づけには、後悔も、悲しみもなかった。ただ、永遠に変わることのない、深い愛だけがあった。


 遠い宇宙の片隅で、二つの命の光が静かに消えていく。


 そして、その光は、遠い未来で、レオとミアが築く新しい銀河の平和へと、静かに繋がっていくのだった。

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