第11章:新生「シマカゼ」、戦場へ
改修のためドックに入った「シマカゼ」。そのドックの指令所に、白衣をまとった女性が現れるなり、高く響く音がした。俺の頬に、鋭い平手打ちの熱い跡が残る。
「あなたね、エリザベートを殺したアルクって言うのは!」
彼女の怒りに満ちた声が、部屋に響き渡った。彼女の瞳は、燃え盛る炎のように俺を睨みつけている。
エリザベート。それは銀河連合のヴァルハイト提督の名だった。
彼女を連れてきたミアが狼狽している。
「あ、あの、アルクさん。こちらは元銀河連合の造船技術者、リシュア博士で……」
俺はミアの言葉を遮り、冷静に口を開いた。
「ヴァルハイト提督は、優秀で、人格的にも立派な指揮官でした。私は敵ながら提督に敬意を抱いていました」
その言葉を聞いたリシュアの目に、大粒の涙が溢れ出した。彼女は何も言わず、ただその場に立ち尽くし、泣き続けた。その涙が静かに頬を伝っていく。彼女は震える声で呟く。
「……エリザベートも、あなたに同じことを言っていたわ……」
その言葉だけを残し、リシュアは白衣の裾を翻し、去って行った。
「シマカゼ」はリシュアの協力で改修されることになった。かつて銀河連合と死闘を繰り広げた「シマカゼ」が連合の技術で改修されるなんて、昔なら考えられない話だった。それは、運命の皮肉であり、そして、過去の憎しみを乗り越え、未来へと繋がる、小さな希望のようにも思えた。
リシュアとは酒を酌み交わす関係になった。話題は彼女の元恋人、エリザベート・フォン・ヴァルハイトのことばかりだった。彼女の話すヴァルハイト提督は、俺が戦場で見た冷徹な騎士ではなく、ただの不器用で、愛に不器用な女性だった。彼女の口から語られるヴァルハイト提督の、人間らしい一面を知れば知るほど、俺は胸が締め付けられる思いだった。俺が殺した彼女もまた、誰かの愛する人だったのだ。
「シマカゼ」の改装中にボルガ提督の大艦隊がやってきた。
「『大軍に兵法なし』か」
俺はレオの艦のブリッジでつぶやいた。「シマカゼ」の改装中、レオのいない彼の艦に同乗させてもらっている。
「なにを感心したようなことをおしゃっているのですか?」
同行しているライカが、俺の一人言に反応した。
ボルガ提督は堂々たる艦隊を率いていた。これだけの大艦隊を養う補給線を作り上げたこと、彼の成長を実感する。彼はこの大艦隊を率いて、帝国の勢力拡大に努めてきたのだろう。その威圧効果だけで多くの反乱は鎮圧されてきたのだ。
「いや、素直な感想だよ。ボルガは成長した」
だがな、その方向は銀河連合のそれと同じだ。大艦隊維持の効率化のため、より太い補給線が求められる。たった数本の太い補給線に頼ることになれば、その補給線に縛られることになる……。
「船長、ボルガ艦隊の動きが……」
ライカは目ざとく見つけたようだ。敵艦隊の動きに乱れが生じている。
「レオの別動隊が艦隊の後方を襲ってるんだろう。それと、ライカ。他人の艦にいるときは船長と呼ぶな。アルクと呼べ」
「了解しました、アルク……」
恥ずかしがっているのか、ライカの返事の語尾はかき消えそうに小さかった。
「アルク、やりました。敵艦隊、浮足立ってます」
ミアが声をかけてきた。彼女はレオの代わりに艦長代理として艦長席に座っている。俺は艦長席の彼女に黙ってうなずき、ふたたびライカの方に向き直った。
「ボルガは銀河連合と同じ失敗をしているんだ。太い幹線に補給を依存している。さんざん俺たちが連合を苦しめた戦法に引っかかりやがって……」
大国にいると効率ばかり考えて、危機管理がおろそかになる。補給線なんてものは細い線を多数撚り集めなくちゃならないんだ。ボルガは帝国の生ぬるい湯に浸かりすぎて、俺たちの昔の戦い方を忘れたようだ……。
「アルク、これからどうしましょう?」
ミアが心配そうに、二人の会話に割り込んでくる。ライカがちょっと嫌な顔をした。
「そうだな……、レオの援護のために揺さぶりをかけるか」
「攻撃ですか?」
俺は微笑みながらミアの質問に答えた。
「いや、後退だ」
思った通り、前線の本隊の後退を見て、食いついてきた奴らがいる。後方の補給線の防御に向かう部隊もある。だが多くは現状維持だ。ボルガ艦隊は前後に長く伸び、統制を失った。
後方からは砲撃の光が見えた。戦闘が始まったようだ。こちらもミアが半包囲の中の獲物に十字砲火をくらわす。各個撃破。ボルガは昔の俺たちの戦い方を忘れちまったようだった。統制の崩れた大軍ほど始末の悪いものはない。敗走にうつる敵本隊を追撃し、ボルガの旗艦をレオが沈めた。ボルガよ、先にヴァルハラで待っていてくれ。俺もすぐに行くから、そっちでまた酒を飲もう。
銀河帝国宇宙軍連合艦隊司令ボルガの戦死の後、レオの艦隊の前に立ちふさがったのは、帝国最強、帝国の双璧と謳われる二人の提督、エルフィとルナだった。
エルフィが完璧な三次元機動で反乱軍の艦隊を誘導し、ルナが放つ無数のレーザーが敵艦隊を飲み込む。彼女はきっと、「狙いをつける必要はない。とにかく撃てば敵に当たるぞ」と部下を鼓舞しているに違いない。完璧な連携攻撃に、レオは追い詰められ、撤退を余儀なくされる。
そこへ、俺の改修された「シマカゼ改」が駆けつける。艦の後部が、かつての無機質な形状から、生物的なフォルムに変わっていた。新型エンジンを搭載した艦の後部が銀河連合の技術で生物的なフォルムに変わった。ライカが副長となり、クニヒロが航海長に復帰した。リシュア博士が機関長として乗船してくれた。
「シマカゼ改」は、エルフィとルナの艦隊を翻弄し、その完璧な連携を分断していく。彼女たちは最初、俺たちとは気づかなかったようだが、その戦い方で、気づいたようだ。通信要請が入り、モニターにエルフィとルナの顔が映し出される。二人の顔に驚きの色が浮かんでいた。
「アルク船長……!」
「交戦停止!」
ルナが怒鳴り声が聞こえる。
「久しぶりだな。二人とも元気そうだ」
俺は二人になんて言葉をかけていいかわからなかった。てれ隠しにそんな当たり障りのない言葉しか出てこなかった。俺の言葉でエルフィの瞳から涙が溢れ出す。ルナは悲しそうに、そして静かに言った。
「……アルク船長。なぜ、オレたちが陛下のもとに残ったか、わかりますか? 船長が、陛下のそばを離れたからですよ」
かつて「シマカゼ」の副長で、いまや帝国を支える提督のエルフィは、静かに俺を責めて言う。
「船長が去ったあの日、陛下は私たちにすら心を閉ざしました。夜中に一人で星図を眺め、無意識にあなたの名を呼んでいました。まるで、壊れてしまった子どものようでした」
その言葉を聞き、胸が締め付けられるのを感じた。
「私とルナは、なんとか陛下を支えようと、陛下が求めるままに働き、陛下の命令を遂行しました。捕虜を労働力として使うことも、敵を殲滅することも……」
エルフィの声は震えていた。ルナがスクリーン越しに哀しそうな目で彼女を見つめている。
「私たちが、陛下を正気に戻せるかもしれないと、そう信じていたんです。でも、陛下は日に日に、人としての感情を失っていった。まるで、権力という毒に蝕まれていくように……。それでも、私は……私たちはずっと信じていました。あなたが、いつか戻ってきてくれると」
エルフィが涙ぐみながら話し終えた。
俺がリアンを愛したように、彼女たちもまた、深く俺を愛してくれていた。だからこそ、俺が去った後のリアンの孤独を、自分のことのように感じていたのだ。彼女たちはリアンの変化に誰よりも早く気づいていた。それでも、彼を支え、内部から彼の暴走を止めようと、必死に抗い続けていたのだろう。その努力が実らなかったことは、彼女たちの言葉を聞かなくてもわかる。エルフィの声には、かつての活発さがなく、疲労が滲んでいる。ルナの瞳も、あの頃の明るい輝きを失っていた。
「ありがとう、エルフィ、ルナ。二人には苦労を掛けたな」
俺は二人に感謝の気持ちを伝えた。
「俺は自分の責任から逃げてきた。だが運命とは決着をつけなければならない」
エルフィもルナも、「シマカゼ」のクルーも静かに聞いていた。
「頼む。道を開けてくれ。リアンは、俺が止める」
俺の言葉に、二人は静かに、しかし、力強く頷いた。
「「……了解」」
二人は静かに敬礼し、俺のために道を開けた。俺たちの間に流れる、言葉にはできないほどの信頼と、リアンへの深い想い。それが、戦場に静かな奇跡を生み出したのだった。
俺は再び、「シマカゼ」で、帝都を目指す。かつて愛を誓った男を止めるために。愛と、そして復讐の旅路は、ついにその終着点へと向かっていた。




