1-7 土地をならしましょう
「あーあー、禁欲者たる僧侶には目の毒でしかない光景だわ」
「なんだこいつ、ぶん殴ってやろうか?」
私の客人という事で話は通してあるが、それでも人間であるアビオスに対しては警戒のまなざしが強く、ブローナの言い分も分からないでもない。しかしここで暴力に出てしまえば、何もかもが白紙となってしまう。
「やめておけブローナ。やつの宗教上の問題だ」
しかしながら並の男が女しかいないダークエルフの集落に踏み入れるとなっては、よほどの強い信念を持たなければ欲に負けてしまうのは容易に想像できる。そんな中でアビオスはまるで念でも込めるかのように、眉間にしわを寄せて祈りの言葉を口に出し始める。
「月の神ルーナスよ、我の欲を封じたまえ……」
「神頼みで言うことが禁欲か」
「俺にとってこれは大事なことなんだよ! 俺の宗派は僧侶になった時点で月の神と婚姻を結ぶことになってるから、浮気でもしようものなら文字通り天罰が降るぞ!!」
その言葉を聞いて実のところ少し安心した。今のところ生臭坊主にしか見えないから、彼女達に手を出されないかと一抹の不安があったのだ。
「ふむ、面倒な宗派だな……ちなみに僧侶は男女どちらでもなれるのか?」
「なれるぞ」
「……月の神は女神ではないのか?」
「女神だけど、女もイケるって口ってことだろ」
自らが信じる神に対してそんな軽口を叩いておいて、大丈夫なのかこの男は。
「それよりも、ダークエルフって本当にこういった場所に住んでいるんだな」
「人間の中でも、密猟者とも言うべき下衆がいる為ですからね」
ここでようやく、ダークエルフの代表としてルスケアが会話に口を挟んでくる。
「まあそりゃ確かに、こんなに美女が揃ってるとあれば人攫いが来るだろうが、こんな薄暗い洞窟にいつまでも住んでいるなんて気が滅入ったりとかしないのか?」
そう言ってアビオスは辺りをぐるりと見まわして同情の言葉を吐く。確かに私自身、彼女達をこの場所でいつまでも生活を強いらせる考えはない。
そうして渡りに船といったアビオスの感想を聞いたところで、私はある依頼をする。
「助けとはまさにこれに関連する」
「ん?」
「お前から見たこの土地、どう感じた?」
「どうって……ラインヴァント自体が勇者と魔王の魔力で汚染された土地だから、このままだと土地開拓はできねぇな」
「それではどうすればこの地を活性化できると思う?」
私は更に狙いを絞って問いを投げかける。アビオスはまだこの問題の終着点が見えていないのか、他人事のようにスラスラと自分の考えを並べ始める。
「活性化っつーけど、既にこの土地自体が魔力で活性化され過ぎてダメージを受けている状態だから、ひとまずは落ち着かせないと草木も生えねぇ――って、まさか……」
ようやく本題に気が付いたのか、冷や汗をかき始めるアビオスを前にして、私は年相応の満面の笑みを浮かべてこう言い放った。
「――沈静化の儀式。中庸に属する僧侶ならば、できなくはあるまい」
「ちょっと待て! だだっ広い土地だぞ!? どれだけ時間がかかると思っていやがる!?」
確かに彼の言う通り、まともにやれば沈静化をするのに年単位の祈祷が必要になってくる。
――しかしこの地に広がっている魔力の半分は私のものだ。ならば多少の補助も加えられる。
「心配せずとも、私が術式の補助をしてやろう」
「まっ、魔王様直々のサポートなんて、有難迷惑というかなんというか……」
「できるのか? できないのか?」
アビオスは難しい顔をしながら腕を組むと、暫くの間うんうんと唸るように考え込んだ。そして遂に腹をくくったのか、ラインヴァントの地を浄化する決意をすることに。
「よーし分かった! ひとまずやってみるとするか!」
「素晴らしい」
「本当にできんのかよ?」
「まあまあブローナ、ネロ様もご助力なさるみたいだから大丈夫よ」
とはいえ、一朝一夕でできるものではないし、下準備もしなければならない。それらを踏まえた上で、アビオスにどの程度の規模で浄化を行うのか
「まずはどれ程の規模で行う予定だ?」
「そうだな……ひとまず様子見で――」
――半分くらいか?