1-5 生臭僧侶との遭遇
「――人が倒れている?」
丁度いい。新たに贄が欲しかったところだ。
そう思って更に話を聞き出そうとしたが、返ってきたのは歯切れの悪い言葉。
「はい、ですが、その……」
「何だ? はっきり言ってみろ」
ルスケアの膝に座った状態で、私は興味を示す様に両手を前で組んで前のめりになって話を聞こうとした。
するとどうやらいつもの人攫いではないとのことで、更に言うなら不可解な点があるとのこと。
「……恐らく、放浪の末に遭難したかのように思われます」
「何……?」
遭難だと……わざわざこの地で? 一体何の為に?
「普通の人間ならば、この地の危険性を知っている筈……」
いずれにしても、私が確認した方が手っ取り早い。
「ともかく現地に向かうとしよう。行った先でグールになっているのならば処理すればよし、話を聞いて少しでも怪しければ我が贄にすればよし」
どう転んだとしても、直接手を打った方が容易い。そう思った私は、そのエルフの案内に従って、現地を見に行くこととなった。
◆ ◆ ◆
「――あれか」
本来は人間が通るはずのない不浄の地にて、確かにうつ伏せに人が倒れている。近くにはそれまで支えにしていたのであろうか、木でできた杖が転がっていた。どうやらまだ死んではいないようで、魂の気配を感じる。
「中々に質のいい魂を持っているようだが……」
辺りに罠らしきものはない。そして当然だが人の気配も魂も感知できないところから、この者一人という事になるのだろう。
近づいたところでひとまずは顔を見てやろうと思い、かがんで頭を掴もうとした、その時だった。
「みっ、水をくれぇっ!」
「うわぁっ!?」
突然足首を掴まれた私は、この時年相応の子供らしい悲鳴を挙げてしまう。
「頼む! 君が俺の見ている幻想じゃないのなら、水を、今すぐ水を!」
無精ひげを生やした男が、血眼になってこちらの方を見ている。頬も痩せこけているところから、長い期間飲み食いをしていないことが伺えるが、それにしても驚かせてくれる。
「っ、誰がくれてやるものか!」
そうして文字通り一蹴してやると、今のが最後に振り絞った力だったのか、男は再び顔を伏してしまう。
「み、水……」
「……仕方あるまい」
このまま魂を吸い取ってしまってもいいのだが……なんとなく嫌悪感が勝ってしまうが故に、私は遠くで待機しているルスケアの方に向かって声をあげる。
「水を持ってきてくれ! この男はまだ生きている」
「わかりましたー!」
暇つぶしに周囲のグールから魂を回収しつつ、暫く待っていると、布袋でできた水筒を手に持ったルスケアがこちらへと走り寄ってくる。
「水、持ってきました!」
「すまないな。さて、少しまた離れていろ」
「はい!」
そうして念の為にとルスケアを近くで待機させると、私は水筒の栓を開けて男に冷たい水を浴びせた。
「っ!? うわっ、つめた!?」
「起きたか。水を持ってきてやったぞ。飲め」
顔をあげた男に向かって、私は水筒を見せつけ水を持ってきたことを伝える。すると男は窮地に一生を得た様子で笑顔になっていく。
「それは助かっ――がぼっ!? ごふぉっ!?」
そして高いところからそんな笑顔の口めがけて水を落としているせいか、男は折角の水を前に溺れるような声を漏らしている様子。
「げぇほっ! うえぇっほ! ちょっ、お前、まともに飲ませるって発想はねぇのかよ!?」
「ほう、よく喋るまでになったか」
そこで私は男の首を右手で掴むと、率直に話の本題に入りにかかる。
「ならば聞こうか。なぜこのような場所を歩いていた?」
「ぐっ、このっ、ガキ……ち、力が強ぇ!?」
「二度も言わせるな。なぜこのような場所を歩いていた?」
私はとっくに子供であることを忘れ、魔王としての脅しの姿勢を取っていた。しかし男はそんな私に対して臆することなく口を開く。
「ぐっ……その角……もしかして魔族か!?」
「だったらどうする? 私と敵対するか? ならば今すぐに殺してや――」
「ちょっ、マジでタンマタンマ! 俺は魔族と敵対するつもりはねぇ!」
「だったらどうするつもりだ? さっきからこっちの質問には一切答えていないようだが」
「とっ、とにかく普通にしゃべらせてくれ!こんな状態で話をしても、まともに信じて貰えるとは思えない!」
男に言われるまま、私は首から手を離す。すると男は体を起こしてその場に座り込み、そして改まった様子で自らの身の上を明かし始めた。
「ゲホッ、ゴホッ……まずは、水をありがとう。巡礼の旅の途中だったんだが、食料計画を誤ってしまってな」
巡礼……? こいつ、まさか――
「俺の名はアビオス。アビオス=ヨアキン。月の神ルーナスに仕える、しがない僧侶だ」