1ー4 精神の不便
「なあなあネロ様」
「なんだ」
人攫いの始末、そして馬の召還とで連続で魔力を消費してしまった手前、小休止を必要としていた私は、皆が作業をする中、近くにあった切り株に腰を下ろして休憩していた。
そうしていると先程一緒に死体を捨てに行ったブローナという筋肉質の女エルフが、私にちょっかいを出してくる。
「にひひっ、何でもないよーん!」
その割には頬をしつこくつついてくるようだが……何なのだこのエルフは。私はこれでも魔王だぞ?
「コラ、ブローナってばネロ様をつつかないの!」
「だってこれだけのもちもちほっぺだってのに、触らない方が失礼ってもんだろー?」
そうしてブローナを注意するルスケアだったが、当の本人はいたって反省していない様子に思える。
「そういえばネロ様」
「なんだ」
「ネロ様って、大きいおっぱいの方が好きなのか?」
「ぶっ!?」
「ちょっと、ブローナ!」
本当に、何なのだこの女は。まあ確かに、ルスケアのせいで少々意識せざるを得なくなっているのは事実だが、そう大っぴらに言われてしまうと否定せざるを得ない。
「そんなことはないが」
「うっそだぁ。何かと視線がルスケアに向いているのが見え見えだぞ」
「なっ!? それは本当ですか!?」
「何かと一番接点があるのが彼女だから、目で追うのは仕方ないことだと思うが」
確かに人間の部分が出てきているのか、意味もなく胸に視線を集めてしまうなんてことはありはするのだが……人間とは不便だ。
「だったら、ほれ!」
「ん? ぶっ!?」
一体何を考えているのか、ブローナは私の後頭部に手を回し、抱きかかえるかのように自身の胸に押し付けてくる。
「どうだー? あたしはルスケアよりも大きいぞー?」
いや、大きいというがそれは筋肉の問題もあると――というより、息ができない!
「……んっ! んーっ!」
「何だなんだ? 聞こえないぞー?」
馬鹿者! 何度も叩いているのだから苦しいと察しろ!
「ちょっとブローナ! 何をしてるの!」
ここでようやくルスケアの手が入り、私は十秒ぶりの新鮮な空気を吸い込む。
「はぁっ、はぁっ……くっ……阿呆か貴様は!」
「いやー、これでも一応あたしなりにアピールしているつもりなんだけどなー」
お前を殺すという意味かそれは。
「全く、馬鹿げた話だ」
このような下らぬ問答で死ぬなどあっては、あの世で私の部下が大笑いするに違いない。
「むー……」
「頼むルスケアよ、この女をしばらく私から離してくれ」
「えぇーっ!?」
「分かりました、ネロ様。ほら、行くわよブローナ! 休憩は終わり!」
名残惜しそうにしながらもそのままルスケアに引きずられていくブローナを見送った私は、妙に鼓動を早い心音を収めるべく深呼吸をする。
「はぁー……これからもあのようにして突っかかってくるつもりなのかあの女は……おっと」
――戦いでもないのに鼻血を出すなど、全く、人間の体は不便極まりないものだ。