1-3 肉体の不便
衣食住は世話してもらえるとはいえ、最低限の働き程度はするべきだろう。
「よっ……と」
やはり幼い体では、一度に持ち運べる薪の量もたかが知れている。しかしそうであったとしても、少しでも働いておいて損はない。
「あぁーっ! ネロ様ってばまた無理をしちゃって!」
「気に、するな……」
「そんなことないですよ、お家でのんびりしていていいのですから!」
このように、他のエルフ達からも含めて私には好待遇が続いている。加えてこれは私からの提案であったが、魔王ではなく人間として扱って欲しいとの約束も守ってくれている。
「……この地をこのような荒れた地にした半分の責任は私にある。だからこそ、少しでも役に立たねばならぬ」
「そんなことないですってば。ほら、ルスケアだってあれだけ張り切っているんですし」
遠くを見やると、確かにルスケアの姿が見える。そして向こうもこちらを見つけたのか、笑顔で手を振っている。
「妹を助けて貰ったのもあって、本当に感謝しているんですよ」
「そうか……」
実はあの時取引材料として確保していたなど、今更口が裂けても言えまい。
「この辺りくらいまでか。魔力汚染が無いのは」
汚染の境目――草の生い茂る土地と、荒れ果てた大地とが、この場所で綺麗に分かたれている。
「そうですね。ここから先は、誰か聖職者が不浄の地を祓う術式を使うか、あるいは間に属する者が放出された魔力を全て吸収するかですが――」
「悪いが今の私はまだそこまでには至っていない。単純な力不足だ」
「いえいえ! ネロ様のことを言った訳ではありませんよ!」
流刑地に指定されているとはいえ、ある意味では今の私に与えられた領地には変わりない。この地に今後誰かを呼び寄せ、民を増やすのだとするなら、あの不浄の地の整備は現時点での最優先事項だ。
「その為にも、もっと生贄が必要となってくるのだが――ん?」
噂をすれば、その生贄候補が向こうからやってきてくれているようだ。
追われているのはダークエルフの少女。そしてその後ろから追ってきているのは人間の男四人。いずれも最低限の武装をしているところから、人攫いには間違いない。
少女は私を見つけるなり進路を変えてこちらへと走り、そして助けを求めて私の名前を呼ぶ。
「はっ、はっ……助けてください! っ、セフィード様ぁ!!」
「なっ!? セフィードだと!?」
「死んだはずの魔王の名を、何故――」
――彼女達が私の名を呼ぶにあたって、ひとつのルールが存在する。
それは対象を殺してしまっても構わないと思える程に、助けて欲しくなった時にだけ呼ぶことだ。
「――暴食ノ爪」
「向こうから人間のガキが――何だあの爪は!?」
前に人間の魂を喰らったことで、グールを喰らった時よりもまた少しだけ強くなれた。
その証拠として私の両手は、引き裂いたものをそのまま別次元に消し去る巨大で凶悪な爪へと変化できるようになっている。
「乱爪乱流」
私は少女を通り過ぎて、そのまま男たちの懐へと入り込む。そして舞を舞うかのように回転し、周囲全てを引き裂いていく。
「がっ――」
「ぎっ――」
悲鳴を挙げる間もなく分断された体から、本来ならば昇天あるいは地獄へと向かうはずの見えない魂が飛び出してくる。しかし私はそれらを逃すことなく、余すことなく右手で掴み、喰らいつくす。
「ふむ……同じ人間でも戦いの為に鍛えている人間――つまり生命力がある人間の方が、贄として価値があるか」
まだまだ半分の力にすら程遠いが、それでも少しずつ力を取り戻すことができている。
「全盛期であれば、暴食ノ爪で遠くの山々まで切り裂くことができたものだが……今の私にはこれが限界か」
しかし早い段階でこれが使えるようになったのは幸いといえる。この爪なら、盾を持った相手であろうが、問答無用で切り裂くことができる。
「まだまだ成長の余地があることは、嬉しきことと捉えるべきか……」
「はぁっ、はぁっ……ありがとうございました、ネロ様」
「気にするな。衣食住と引き換えにしていることだ」
「本当に、感謝しております」
それよりもこの死体、どうしておけばいいのやら。
「その辺のグールに喰わせて証拠を消しておくか」
「ならば、私達が行って参ります」
気づいた時にはルスケアを含めた数人のダークエルフが、死体を運ぶべく布袋に入れ始めている
「そういえばお前達、馬はいないのか?」
「ええと、昔はいたのですか――」
「そうか。ならば――」
――この魔法が使えるかどうかだ。
「さて……」
歩いてすぐ近くの不浄の地まで足を運び、大地にこびりついた魔力を利用した召喚を試みる。
「死霊召喚」
すると目論見は成功したのか、肉が一切ついていない、全身が骨で構成された二体の大きな馬が地面から湧いて姿を現した。
「大地に散らばっている半分はあくまで私の魔力。吸い取ることはできなくとも、多少の利用は可能となったか」
そうやって二匹の骨の馬を連れて帰ってきたところ、ルスケアは余りの事態に目を丸くしている。
「す、凄いですね……」
「昔ならこの程度、騎兵もつけて千を超えて呼び出すことができただろうが、今はこれくらいしかできないのでな」
「これくらいって……充分過ぎますよ」
そうして一体は私が乗り、もう一体をルスケアに任せようとしたが――
「…………」
「…………」
「……馬に届かない」
自分が七歳児だという事を忘れていた。
そうして無様な姿を晒してしまったことを恥じていると、ルスケアが嬉しそうに私を抱きかかえて馬に乗せ、そして自身もその後ろに腰を下ろし始める。
「な、何のつもりだ!?」
「乗れないのでしたら一緒に行きましょう! もう一体の方にはブローナが袋を乗せて乗りますから!」
そう言われてからもう一体の方を見やると、細身のルスケアとは違って野人を思い出させるような、筋肉質の女エルフが馬にまたがっている。
「……馬が少々きつそうにしているようだが」
「何ぃ!? この馬、あたしが重いってのかよ!? どう考えても死体袋のせいだろぉ!?」
私もルスケアも何とも言えない表情を浮かべながら、死体を処理すべく不浄の地の中へと馬を走らせていったのだった。