2-7 ふりだしに戻る
「――魔王と直接対峙した記憶からすれば、第四王子ことネロ=ファルベに生えている角について、かつての魔王セフィードと関連するものではないと思われます」
「そうかそうか、それは一安心といったところだな」
「とはいえ、あの角が魔族由来のものと思われますので、どこかで呪いを受けたのか、あるいは別の問題が絡んでいるのか、根本的な解決には至っておりません」
「そうは言っても、あの最強最悪の魔王の生まれ変わりではないだけでも、ホッとできるものよ」
「それには同感です」
普段の彼女からすればまるで別人であるかのような厳粛な様相で、アネラ=エスメラルダは玉座の間に立っていた。王に向けて発せられる言葉の一つ一つからは真実だけが伝えられ、そして王もまた、その言葉を真摯に受け止めていた。
「……ちっ!」
(おいおい、一体どういうことだ? 十中八九魔王として処分して貰えると思っていたのに、あれが魔王じゃないだと?)
時を同じくしてその場にいたミルベは、期待していた言葉とは正反対のものが勇者から告げられていることに、一瞬だけだが怪訝な表情を露わにしてしまう。
「ん? どうかしたかミルベよ」
「へっ? あぁ、い、いえ! 末弟の疑惑が晴れたようで良かったと思いまして!」
「私もそう思います。それにしても、噂を信じて魔王討伐を依頼する者が早々に出てくるのは、ネロ=ファルベ本人にとってはあまり好ましい状況ではないかと」
「…………」
何重にも仲介を通してのギルドの依頼したため、誰が依頼をしたのかまではアネラには分からない。しかし依頼をかけた大元であるミルベだからこそ、この時勇者が既に裏切っている可能性が僅かにあると考えた。
第一にミルベの息のかかった護衛二人が、まだ帰ってきていないという事実が大きな疑問を残している。ギルドへの報告によれば不浄の地にてグールに襲われて斬らざるを得なくなったと言っていたが、その護衛の実力からしてグール程度にやられるなどあり得ないとミルベは知っている。
「しかし呪いの可能性か……ネロは私にとっての最後の息子、ならば首都に戻ってきてもらい、呪いを解いてやりたいところだが――」
「お待ちください父上! 確かに魔王はないかもしれませんが、魔族の角であることには変わりないのでしょう!?」
ネロを王城に戻す話も出てくる中、それを遮るミルベの声が響き渡る。
「どうしたミルベよ。その角の呪いを解くために、王宮に呼び戻し、聖職者に退魔の依頼を――」
「それはそれで危険に思います! ……私も以前内緒で弟の様子を見に行ったのですが、その時は弟の立場を無意味に危ぶませまいと、伏せていた事実があります」
「なんと! 確かに王宮にいない日もあったが、弟の様子を見に行っていたというのか! 何とも心優しい兄だろうか!」
王が感心してくれているのも良いが、今のミルベにその誉め言葉は不必要なもの。そこからミルベは、かつてネロから感じ取った悪寒について語り始める。
「弟はとある僧侶の庇護下にあるようで、不浄の地も半分程度はその僧侶の力で浄化されていました。そして珍しいことに、ネロはどうやらダークエルフとも知り合った様子で――」
「なんと! あの人前に姿を現さぬことで有名な影の住人と、ネロが?」
「はい。そして私が珍しいと思い挨拶をしようとした途端……弟のネロから、荒々しくそして邪悪な力を感じ取ったのです」
(ふん……大方貴様がダークエルフに粗相をしようとしたのではないか?)
実際に見知った身として、アネラはミルベの言葉に疑いをかけていた。しかしここで噛みついたところで何の得もないと考えたアネラは、静かに黙ったままミルベの話を聞き続ける。
「確かに、不用意に声をかけたのは良くなかったのかもしれません。ですが、それで実の兄を殺さんとばかりの殺気を放つものでしょうか? 僧侶が保護しているのも、ある意味では覚醒を封じ込めるためのようにも思われます」
「ううむ……要するに、既に魔族の気性に引っ張られつつあると言いたいのだな?」
「あまり、信じたくはなかったのですが……」
アネラにとっては不愉快な話でしかなかったが、実際にその場におらず実情を知らない王にとっては、それはまことしやかに聞こえる話だった。
「ならばどうする……王宮に呼び寄せたところで、浄化の前に暴れるなどあっては、民に被害が出る可能性がある。かといってこのままラインヴァントに置いておく訳にもいくまい……不浄の地がまだ残っているのなら、そこの魔力と何らかの反応を示す可能性もある。聖職者を送ろうにも、不浄の地でどこまで力が通用するのか――」
「でしたら」
王の悩みをぶった切るように、アネラが話に割って入る。
「私が再びラインヴァントに向かい、そのまま王子と一緒にいましょう」
「なんと! 勇者たるそなたがか!?」
(普段酒場で飲んだくれてるだけの癖に、自ら酒場がないラインヴァントに行くだと!?)
アネラの提案に、王もミルベも耳を疑った。しかしアネラはいたって本気といった様子であり、そして王に対して更に妙な提案をし始める。
「ええ。私がネロ=ファルベの“妻”として常に傍にいるようにしていれば、わざわざ見張りを立てたりする必要もありません」
「……あー……」
(……狙いはそっちか。行き遅れ女め……)
いたって真面目な提案のつもりだったが、王だけでなくその場にいる者全員が、残念感を表に出し始める。
「……ん? 良い案ではありませんか。角が生えた王子など、そのままで誰が妻として立候補するのでしょう? ならば私が形式上でも妻という形で強制的に一緒にいることで、災いは防げるというものです」
「しかし……お主既に歳が二十――」
「何かおっしゃいましたか王様?」
「いや、なにも」
常識ならあり得ない。齢二十五ですら普通の民は忌避するというのに、このレンクラングという国において、二十一歳差の結婚という暴挙があっていいのだろうか。
しかし実際問題、まだ七歳とはいえネロがこのまま成長するにしても、魔族の角がついたままの人間の下に、誰が婚約者を送り込むだろうか。暴挙と現実問題のはざまで揺れ動く王宮内だったが、ついに決心をしたのか王はこの問題に沙汰を下す。
「……分かった。勇者アネラ=エスメラルダを、我が息子ネロ=ファルベの妻として認めよう。事情が事情で、本来ならば国を挙げて式を開くところだが、それについては取りやめとする」
「承知しました。ではこれからは王様ではなく、お義父様と呼ばせていただきます」
結局のところこの場を思い通りに動かしたアネラの一人勝ちとなってしまったネロ=ファルベの魔王転生問題だったが、ここでアネラも想定していなかった新たな問題が発生する。
「ところでアネラよ」
「なんでしょうか、お義父様」
「お義父様やめて……恥ずかしいから………………ウォッホン! 結婚したとなれば、正式に息子ネロに流刑地としてではなく統治管轄をする地としてラインヴァントを与えるという形になるが、どうやって生活するつもりだ?」
「どうやってって……」
洞窟暮らしとはとはいっても、殆ど野宿に等しい暮らし。そしてラインヴァントは一切手を付けられていない、未開拓の地。ここから先も一切の開拓もなく生活をするのは無理がある。
「……どうしましょう?」
「はぁー……領民を増やし、土地を開墾せねば、一生野宿暮らしとなるぞ」
「なっ!? そこは王族だから支援とか――」
「元々が追放刑だったのが魔王の疑いが晴れただけで、角の問題自体は解決していない。父上が言いたいのはそういうことだ」
つまり実質的には、僻地に正式に領地を与えられ、追放されたのと何ら変わらないという事。
「そ、そんな……王族の妻として楽々人生計画が……」
(結局はそこだったのかよ……というかそういう意味なら散々今までただ酒飲んでたじゃねーかよ……)
“元”勇者、アネラ=エスメラルダ。この度飲んだくれの国のお荷物から、僻地の王子の妻へとランクアップ(?)するのだった。