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2-4 お互いの差

「っ、ちぃっ!!」


 とっさに暴食ノ爪(グラトニーエッジ)を出せたのは幸運だった。全く別の技を使っていたならば、今頃私は真っ二つになっていた。


「今再び死ぬがいい、セフィード!」

「お互い随分と姿が変わってしまったようだな、アネラ=エスメラルダッ!!」

「っ、黙れぇッ!!」


 力で言えば向こうが上。当然だ。向こうは転生も何もしていない。ただ十年の年月で年を取っただけだ。

 かたやこちらはただの子供。今の鍔競り合いでも、あっけなく弾かれてしまう。

 しかしそれよりもまず、処分しなければならない者がいる。


「貴様の相手は後だ!」


 私が狙いを定めたのは、遠くにいる護衛二人。何故なら彼らはこの異常事態を目にしてしまった、完全なる第三者。そして今の一連のやり取りだけでも、私が魔王である証拠としては充分過ぎる。


「う、うわぁああああ――」


 今までと違って一切の手を抜くことなく、一瞬で二人を絶命に追いやる。そして振り返って改めて、勇者エスメラルダと真っ向から対峙する。


「よもや再開するなんて思いもよらなかったな!」

「貴様のせいで……貴様のせいで、私の全てが狂ってしまった!!」

「ん……? 何の話だ?」


 国で唯一、魔王と対抗しうる力を持つ者として、勇者という称号を授けられた彼女だったが、今のはどちらかといえば個人的な恨みの様にも聞こえてくる。


「貴様のせいで、貴様との戦いが、あの時でなかったならば!!」

「あの時でなかったら……? いや、違うな。あの時、この場所で戦ったからこそ、私達は最高の殺し合いができたではないか!」


 確かに勇者との決戦の時点で魔王軍全体としては既に負けており、その責任は敗戦の将たる私が全て負わなければならないものだった。だがあの戦いだけは、例え勇者だとしても否定はさせない。


「貴様との三日三晩の戦い……あの戦いがあってからこそ、私は満足して死ねたのだ!!」


 今もこのように互いの刃を交える度にあの瞬間、あの剣戟を思い出す。手に伝わってくる衝撃は衰えど、その剣筋に変わりなどない。

 ネロとしての確かな危機感もある中で、私はこの戦いから愉悦を感じていた。しかし相手にそのような感情などない様子で、あの時以上の憎しみを持って剣を振るっている。


「一体どうしたというのだ!? かつて“閃光(オーレオール)”とも呼ばれた貴様の剣が、このようなにぶり方をする筈はない!」

「なぜ、何故貴様があの時に死んだ!! 何故貴様が若く生まれ変わり、私はこのような姿となっている!!」

「……ん?」


 なんだか話がズレてきていないか?


「……一体何の話だ!?」

「うるさい!!」


 下からの斬り上げを防いだところで、私の体は宙へと飛ばされる。

 何とか着地して事なきを得たものの、私の方は一切の息があがっていない。代わりにそれまで圧倒していた筈のエスメラルダの方が、肩を大きく動かして息を整えている。


「何故だ、何故貴様は、そんな姿に転生をしてしまったのだ……ッ!」


 改めて目と目を合わせたところで、彼女の目に涙が溜まっているのが見える。ああ、私はその顔の若き頃を知っている。凛々しい碧眼に、鮮やかな金髪。それらは一切変わることがなかったが、十年という年月はそれ以外を大きく変えてしまっていたようだ。


「見ろ、この私の姿を!!」

「……何がだ?」


 しかしもって本当に何が言いたい。確かに全盛期たる私と戦った時にはもっと若い少女ではあったが、その強靭に輝く魂は、今も昔も変わらない。

 外見も大人びていて、今なら人間の感性で言うところの麗しき美女へと成長したといえるだろうに、一体何が彼女を怒らせているのか。


「貴様と違い、私は老いた!」

「老いたと言っても、私からすれば順当に成長したと言えるが」

「十年……十年だ! 私は人生で最も輝いていた時期を、貴様との戦いに捧げてしまった!!」

「そうだったのか。確かに今の貴様とですら比べ物にならない程に、全盛期は――」

「私は、貴様のせいで婚期を逃してしまったのだ!!」

「……こん、き?」


 コンキ……? 


 コンキ、婚期……ああ、人間で言うところのつがいをつくる時期のことか。ようやく放り出された思考から戻ってこられた。


 私がそうやってゆっくりと言葉の意味を理解するのをよそに、エスメラルダはおおよそ私にぶつけられても困るとしか言いようがない怒りをまき散らす。


「貴様に分かるか!? 十八のとし、他の皆大勢が誰かとの結婚が決まっていく中、人一倍魔力があるというだけで国を挙げてもてはやされ、大事な時期を魔王討伐に使わされた哀れな田舎娘のことなど、貴様には分かるまい!!」

「うん? よく分からぬが、私を倒した勇者として、その後褒美などを貰えたのではないのか?」

「……貰えたのは貰えたが、そうじゃない! 国内ほぼ全域で顔を見せただけで勇者だからと色々と無料になっているが、そういう話じゃない!」


 なんとなく読めてきたぞ。我が魔王軍にもそういえばいたな。褒賞を貰って調子に乗った挙句、何も考えずにそれらを使い果たして途方に暮れていた馬鹿者が。


「確かに二十を超えてからも暫くは求婚された! でも私は勇者だぞ!? もっとこう、王族とかから婚姻の申し込みとか来てもいいではないか!!」


 残念ながらこの国の一般的な感覚として、二十五を超えればほぼ独身が確定するらしいぞ。王宮内でそんな世間話で耳にしたことがある。


「そうこうしている内に二十五を超えて、もはや普通の男ですら寄り付かぬ始末! 本当なら私は十八の時点で結婚していた筈なんだ!!」

「うーむ、話を纏めると単なる自業自得ではないか?」

「黙れッ!!」


 怒りに任せて剣を振るう――今まで以上に直線的で単調な攻撃となっては、もはや防ぐ必要はない。全てかわし、相手が息切れするのを待つだけ。


「貴様のせいで、貴様のせいで!!」

「しかしながら、もったいない話だ。こんなに麗しき(魂を持った)勇者をめとる者がいないなど」

「――っ!」


 突如として、エスメラルダの手が止まる。それは息切れが原因といったものではなく、まるでこちらの話に耳を傾けようとしているように思える。


「…………」

「……どうした。話を続けろ」

「い、いや。私がもし王子として娶れるというのであれば、娶るのもやぶさかではないというのに――」

「それは本当か!?」


 全盛期の縮地を想起させるようなスピードで、エスメラルダはずずい、と顔を近づける。その表情は必至そのもので、敵対者である魔王に向けるべきものではない。


「その言葉に、嘘はないな!?」

「なっ、そうは言っても私はあくまで魔王――」

「何を寝ぼけたことを言っている? 今の貴様はネロ=ファルベ。魔王疑いを受けているが、この国の第四王子だ」


 ――これまでにない、嫌な予感がする。


「……分かった、取引をしよう。私を妻として娶るのであれば、貴様が魔王だという事を隠蔽するのに一役買ってやる。もし断るのであれば、私はこのまま全力でこの場を離脱し、即座に魔王討伐軍の編成を進言しにいく」

「あ、あまりにも一方的すぎる……」

「何か言ったか?」

「い、いえ! 何も言っていません!」


 あまりの圧にセフィードとしてではなくネロ寄りの口調となってしまい、あまつさえこの理不尽に押し付けられた条件を呑まされる羽目に。


「と、とりあえず取引については了承した。私も、魔王としての身分を隠しておきたいからな――」

「よし、契約成立かつ婚約成立だ! ……結婚自体は十五からだが、できればその前に子どもが欲しいところ……私自身経験が無くて、そういったのは不慣れなのだが……あっ、もちろん処女だぞ私は! そこについては安心してくれ! ……それでもこれから毎晩寝床を共にするのだから、どうにかしないと……まあ、これから一緒に頑張ってお世継ぎを作ろうね、未来の旦那様!」


 ……この後どうやって説明すればいいんだ。助けてくれ――

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