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2-1 私と私

 ラインヴァントで生活を始めてから二月ふたつきほど経った時のことだった。思ったよりも土地の復活が早いのか、草木が伸びて平原と変わらぬ様相を見せ、動物も少しずつであるが見られるようになった頃のこと、私は招かれざる客を迎え入れなければならなくなった。


「んー、んー……? これはこれは一体どういうことだ? 本来ここまで不浄の地だったはずだが?」


 馬車の周りにいる三人の護衛が睨みを利かせる中、私はこの事態を生み出した張本人と、真っ向から向き合っていた。


「これはこれは、ミルベ兄様。わざわざ僕のような愚弟の無事を確認しに来てくれたのですか?」

「無事を確認だと~? ……まあ、そうなるな」


 どうせグールと化した愚弟の姿でも身に来る予定だったのだろうが、予想外の土地の浄化で慌てているといったところだろう。しかし幸いなことに、来訪に早めに気づくことができてよかった。ルスケアには既に非難指示を済ませ、他の皆とともに身を隠させている。更には洞窟入り口に私の隠蔽魔法を重ね掛けしているのだから、まず見つかることはない。


「それよりも一体何だこれは。すっかり普通の平野となっているようだが」

「それが聞いてください兄様。ここを通りすがった僧侶様が、この不浄の地の半分を浄化してくださったのです」


 あくまで七歳の子供として振る舞い、そして王子らしくする為に、少しだけ年相応より大人びた話し方をする。そうやってネロという人格は形成されていることを私は身に染みて知っている。


「へぇー、僧侶がねぇー……」


 ――当然これは、嘘ではない。しかしこの後の会話の行き先次第では、いくつか嘘を交える必要がでてくる。


「その僧侶、今どこにいる?」

「残りの不浄の地を浄化するべく、儀式の準備をされているみたいです」


 これは本当の話。一応の保険として柱を立てて回っている様で、私も彼がどこにいるのか、細かく把握はできていない。一応知ろうと思えば不浄の地に広がる魔力を通して、大まかな位置を知ることができるが。


「そうか……不浄の地を戻せる僧侶がいるなんて、父上が聞いたら喜ぶだろうよ」

「はい、僕もそう思います」

「まっ、それとこれとは話が別だがな」


 それとこれ――これというのは当然、私にかけられた疑いの話。状況的に向こうが考えうるのは、流刑地に捨てられたところを幸運なことに高位の僧侶に拾われ、何とか生き延びているといったところか。


「それで、どうやって生活をしているんだ?」

「僧侶様の下で、この不浄の地が元に戻るまでは一緒について回っています」

「ついて回ってるって……たった今そいつは不浄の地にいるって言ってたじゃねぇか」

「えぇーっと……僕は今、こっちの地で食べられる薬草とかを探したりしているんです。不浄の地はやっぱり危ないからって」

「ハッ! 不浄の地にいないと流刑の意味が無いがな!」


 相変わらず不愉快な男だが、ここはぐっと我慢。後は適当にこの地でのほほんと暮らしていることを知れば、いずれ興味を無くして去っていくだろう。次に来るとすれば村ができた時くらいだろうが、その時もまた僧侶アビオスに全て擦り付ければいい。


「とりあえず、また見に来てやっから、死体になってんじゃねぇぞ」

「お気遣いに感謝します、兄様」

「フンッ! 面白くもない。さっさと帰るぞ!」


 面倒な問答も終わり、私は心の中で胸をなでおろす。このまま周囲に興味を持たずに去ってくれれば、万が一の隠蔽魔法もあるとはいえ、まずダークエルフのことがバレることはないだろう。

 そうして向こうも面白くないといった様子で帰ろうとしていると――


「おっ! 狩猟から帰ってくれば、ネロ様じゃねぇか!!」

「んっ? 女の声!?」

「まずい……」


 苦虫を嚙み潰したような顔で、私は小声を漏らす。遠くから聞こえる声。そして草をかき分けて走ってくる足音。私はこの女を知っているし、この場にいてはいけない存在だということも分かりきっている。


「あっ! なっ!? ダークエルフゥ!?」

「ヒヒッ! 今夜はウサギ鍋だぜぇーって……ネロ様、こいつら知り合いか?」


 恐らくは遠くまで狩りに出ていたせいでルスケアの通達が行き届いてのであろう、何も知らないといった様子でブローナが私の方へと近づいてきている。


「……おい、ネロ」

「はい」

「さっき、僧侶の下で暮らしてるって言っていたな? この(ダークエルフ)はなんだ?」

「…………」

「黙っていて通る問題じゃねぇぞ!! 一体どういうことだ!!」


 とは言っても、今すぐに言い訳が立つ問題でもない。果たしてどう説明して切り抜けようか。僧侶の弟子? いや、がさつなブローナにそれは無理がある。偶然出会って同じく生活している? これもあまり良くない。というより、向こうとしては貴重なダークエルフを見つけたのだから、何としても回収を試みるはず。だとすればありとあらゆる言い訳はこの場で封殺されてしまう。


「とにかく、このダークエルフは連行だな」

「な、何だなんだお前達は!!」


 ミルベの指示の下、護衛がブローナを取り押さえようとじりじりと近づいてくる。当然(ネロ)には、何もすることができない。ネロという末端の王子の身では、第一王子のミルベには逆らうことなどできはしない。

「どうされるつもりで?」

「とりあえず多少無駄に筋肉がついているが、それでもあのダークエルフだ。いくらでも楽しみ方はある」

「流石は王子、女性の悦ばせ方も知っておいででしょうなぁ!」

「当然よ! ナッハッハッハッ!」


 お付きの者との下卑た会話が耳に届くが、(ネロ)は動くことができない。今までのように、遊んでいたおもちゃを取り上げられ、壊されてきた過去と同じように、このネロから、今度はブローナを取り上げようとしている。


 ――ならばこの場において、ネロであることを辞めてしまえばいい。


「――やめてください」

「あん?」

 いつの間にといった様子でキョトンとした護衛の前に、私は両手を広げて立っていた。

「あ? 何だなんだ?」

「どうやらネロ王子が阻んでいるようで」

「なんだとー? おいネロ!! てめぇ自分の立場分かってんのか!? 下手なことすればてめぇ、魔王の転生体だって吊るし上げてやることもできるんだぞ!?」


 そんなことなど、この(セフィード)には関係ない。いくら罵詈雑言を並べようが、私にとって脅しにならない。


「この私に対する暴言の数々は、いくらでも受け入れましょう。魔王の疑い、それが未だに張れたとは私自身も思っていません」

「っ……分かってるなら、そこをどけ――」

()()()

「っ……!」


 たった三文字で、私はその場を掌握する。魔力も何も使っていない、ただ言葉の重みだけで全員の動きを縛り付けている。


「これ以上、私の大切な人達に危害を加えるようであるならば、私は兄様を許しません……()()()


 それは脅しではなく、宣言。条件が満たされればそれは、確実に実行される。唯の子供ネロだと思っていた存在が僅かに見せた、魔王たる者の片鱗。

 それをあくまで(ネロ)の言葉として理解して貰えたのか、威勢の良かった筈のミルベの口が、ぐっと閉ざされる。


「うっ……」


 本来ならばこの場の力関係において一番強いはずの護衛までもが後ずさりをする中、改めてといった様子で(ネロ)はブローナに兄を紹介する。


「……ではブローナさん、改めて紹介しますね。あの方が私のお兄様、第一王子、ミルベ=ファルベ王子です!」

「お、おお……そうなのか……初めまして」

「あ、ああ……初めまして……愚弟が、世話になっている」


 ぎこちなくも交わされる挨拶。それはこの場を取り繕う為だけのもので、今後の友好を示すものではないことなど、お互いによく分かっているだろう。


「……そ、それではな! ネロ! せいぜい死ぬなよ!」

「はい! お兄様こそ、お元気で!!」


 馬車が去っていく中で、私は別れを惜しむように最後まで大きく手を振っていた。


「……本当に、お元気で」


 ――せめて私が、貴様を殺すまでは。

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