ある霊能者
「お願いです、息子に取り憑いた悪霊をどうぞ祓ってください」
そこそこ名の知られた霊能者である私のところに今日も依頼者がやってきた。四十代から五十代ほどであろう男性は藁にも縋るというような目で私のことを見ている。
依頼者の隣には、息子であろう中学生ほどの年ごろの少年が立っていた。あまり睡眠を取れていないのだろう、目の下には隈があり窶れたような顔をしている。そしてそんな少年のすぐ隣には髪を振り乱し目を血走らせ、服のところどころに乾いた血なのか赤黒いなにかが付着している女性が立っていた。よく見ると向こうの壁が透けて見える。これが彼に取り憑いているという悪霊だろう。おそらく普通の人には見えないものだ。
私は分かりましたと頷くと少年を受付から奥の部屋へと案内した。その部屋はあえて暗くなっており中心にはリクライニングチェアが置かれている。そしてほかには私が座る用の椅子が一つあるだけでなにも置いていない。
少年をリクライニングチェアに寝かせると、やはり最近あまり寝れていなかったのだろう、彼はすぐに眠りに落ちていった。それを確認した私は幽霊に話しかける。
「もう彼から離れてやったらどうですか? あまり取り憑きすぎると彼も命を落としてしまうかもしれませんし、そうなれば私よりも力のある霊能者があなたを祓ってしまうかもしれません。それはあなたにとってもイヤなことではないですか? なにか話したいことがあるのでしたら私が相手になりますから、彼からは離れてあげてください」
そう、私には直接霊を祓う能力などないのだ。ただ霊の姿を見て話しかけることができるだけである。
だがほとんどの霊は人間に認知されたい、話しかけたいという思いが行き過ぎた結果として取り憑き悪影響を出してしまうだけなので直接祓う力などなくてもなんとかなることが多いのだ。
今回もそうで、女の霊はこれからしばらくの間私の部屋に通って話をするということで少年から離れてくれることになった。
私は少年を起こすと依頼者の待つ部屋に戻る。そして、何日かしてもまだ悪霊の影響があるようでしたらまた来てくださいと言った。依頼者は悪霊の影響がなくなったのが分かったらすぐにお金を払いに来ますと言って帰っていった。うちは料金後払い制でやっているのだ。
これも客足が途切れずに済んでいる理由の一つかもしれない。
そして私はカレンダーで日付を、次いで自分の口座を確認する。何日か前に幽霊を説得して取り憑くのを辞めさせた大学生の依頼者からのお金が未だに振り込まれていないのだ。
それを確認した私はその大学生へと電話をかけてみた。
電話に出た大学生に私は自分の名前を名乗ると、料金がまだ振り込まれていないことを伝える。すると大学生はこう言った。
「あんたなんにもしてねえじゃん。幽霊に取り憑かれてたってのもいま思えば気のせいだし。詐欺なんだから二度と電話かけてくんな」
そして電話が切られた。私は大きくため息を吐いた。ときどきこういうことがあるのだ。目に見えないことだから証明が難しいので仕方ないとはいえ、詐欺師呼ばわりはさすがに傷つく。
おそらくああいう手合は私が女だからと舐めているところがあるのだろう。
寂しさから簡単に言うことを聞いてくれる分幽霊の方がこういう類いの人間より遥かに良いと思えてしまう。
『ねえ、 どうかした?』
先ほどの少年から離れた女性の霊が話しかけてくる。私は彼女に対してある住所と名前を告げた。
「良かったらそこにいる彼に取り憑いてくれない?」
先ほどまでの電話で私がなにをされているのかを理解していたらしい彼女はにやりと笑うと、喜び勇んで飛んでいった。
やっぱり人間よりも幽霊の方がはるかに付き合いやすい。飛んでいった幽霊を見送りながら私はそんなことを考えていた。
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